マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「あの堅物、何とかならないか?」
トレーナー室でのチームメンバー全員が出席したミーティングが終わり、トレーナーさんが今度はトレーナー同士による会議に出席するためにいそいそと退出した直後、シリウスシンボリさんはそんな事を漏らしました。
「堅物、ですか? むしろかなり自由な人ですよ?」
「そうだな。むしろ自由すぎて偶に困るほどだ」
エアグルーヴさんも私の意見に同意してくれました。代表的なのはシリウスさんの加入の顛末でしょうか。あの事件については他のトレーナーたちからは若干引かれたらしいですが、本人はどこ吹く風でしたし。
「んー、私は自由な方がトレーナーさんらしいと思うけどね?」
「うん、そうだよね」
フジキセキさんとマヤノトップガンさんは、そんな自由なトレーナーさんには肯定的なようです。もちろん私もですが。
それにエアグルーヴさんも少しの苦言こそ零しますが、嫌がっている訳でも無いようですし、発起人のシリウスさんは言わずもがな。おおよそここにいる全員がトレーナーさんの行動原理は好意的に受け取っています。
「あー、アイツの行動原理が硬いって訳じゃない」
「それじゃあ、何が堅物なのでしょうか?」
「アイツが私に手を出そうとする様子が欠片もない、ってこった」
『……』
シリウスさんの言葉に、全員が思わず動きが止まりました。大真面目な顔でそんな事を言って来るなんて思いもしませんでした。
「シリウス先輩、唐突に何を言っているのですか」
真っ先に再起動したエアグルーヴさんがツッコミを入れますが、若干顔が赤くなっています。そしてシリウスさんもそんな言葉程度で止まるはずもありません。
「私がいくら手を変え品を変えアピールしても、靡いた様子もないから癪なんだよ」
「……具体的には?」
「聞きたいか?」
「……いえ、結構です」
エアグルーヴさんが思わず引きました。それはともかく、シリウスさんが何を言いたいかはよくわかりました。
「つまり、トレーナーさんと結ばれたい、と?」
「当然だろ」
恥じらう様子もなく、さも当然のように言い切るシリウスさん。
「……言い切りますね」
「はっ、別に隠すような事じゃないだろ。そもそもここにいる全員が大なり小なり私と同じ気持ちなんだからよ。告白まで行ったのは私とエアグルーヴとフジが確定だが、フラッシュとマヤノも多分やったんじゃないか?」
『う……』
マヤノさんと一緒に思わず呻いてしまいました。顔が赤くなるのが自分でも分かります。私の場合、雰囲気も何もありませんでしたが、確かに告白はしていますし。
「って、待って? いつの間にシリウスさんってトレーナーちゃんに告白してたの!?」
「告白というよりも宣戦布告だな。先に告白してた二人の顛末で『酒が飲める歳になってから出直せ』って言われるのが分かってたから、『これからアンタを私に全力で惚れさせてやるから覚悟しな』って宣言しておいた」
「すごーい……」
まさにシリウスさんにピッタリな告白?ですね。これには感心するしかありません。
「もっとも、未だに陥落させられていないがな。アイツの理性も中々頑丈だ」
「確かにね。私も週に28回デートしているけど、いつも平然としているよ」
「……それ、本当にデートか? それは置いておいて、アプローチを変えるのも手か? 雰囲気を変えてギャップを狙うとか」
「どうだろう。私も先週おしとやかなお嬢様で攻めてみたけど、少し驚いた程度で終わっちゃったし」
「ほー。ちなみにアイツがただ単にポーカーフェイスが上手いとかないか?」
「んー、どうだろう? 可能性はあるけど確信出来ないかな」
お二人は私が想定している以上に攻めているようですね。そこに待ったをかけたのはエアグルーヴさんでした。
「いや、待ってくれ。トレーナーが今手を出したら問題だろう」
「そうか? 在学中にトレーナーとくっついている奴は偶にいるぞ」
「それはともかく! トレーナーの倫理観がしっかりしているのは良い事でしょうに」
「それはそうだね。……その倫理観のせいで先手必勝が出来なかったんだけどね」
「何か言ったか?」
「なにも?」
ジロリと睨むエアグルーヴさんの視線を前にしても、フジキセキさんはどこ吹く風です。
「んー、でもそんなにシリウスさんとフジキセキさんがアピールしてる上に私たちからも攻めてるのに、全然動じないのも変だよね?」
「ああ、私も最近それが気になってる。……アイツ、実はオスとして枯れてたりしないか?」
「待て」
「唐突に酷い事言っていませんか?」
唐突に色々と酷い疑問に、思わずエアグルーヴさんとツッコミを入れてしまいました。しかし当のシリウスさんは大まじめなようです。
「あ? お前、これだけ系統の違うウマ娘から告白されて全部断る上に、女側からアピールされているのに全然反応がないとか、鋼メンタルか枯れてるかのどっちかだろ」
「それはそうですが……」
「……流石にまだ三十路なのに枯れていると疑うのはちょっと」
ごめんなさい、トレーナーさん。完全に客観的な事実なだけに強く否定できません。しかし答えはフジキセキさんが持っていました。
「あ、それは大丈夫。こないだハグした時にトレーナーさんスーツの上着を探ったらピンク色の名刺が入ってたんだ」
「ピンク色の名刺?」
「ネットで検索を掛けたらソープランドだったよ」
そんな答えを聴いた私たちですが、反応は二種類ありました。
「くっ、あのたわけ、そのような所に行くなどと……!」
「うわー……、うわぁー……」
エアグルーヴさんとマヤノトップガンさんが顔を赤くしています。それに対して残った私を含めた3人は落ち着いていられました。
「なるほど。それなら説明が付きますね」
「偶にアイツの身体から変わった石鹸の匂いがするから怪しいとは思ったが、やっぱりそこで発散してたか」
「でも確実に枯れていない事は分かったのは良かったよ」
私たちに隠れて付き合っている女性がいたら絶望的でしたが、これならまだ問題ありません。
「え? 何で三人とも冷静なの?」
「確かに思うところはありますが、トレーナーさんは誰かと付き合っている訳ではないので」
「もし頻繁にそういう所に行っていたら私も黙っていられないけど、変な匂いが付く頻度的にもそこまでじゃなさそうだしね」
「そもそもアイツは独身なんだから、ソープに行くのに誰かから許可を貰わなきゃいけない訳じゃないだろ。そこの女帝サマは納得いかないようだがな」
「ぐっ……。しかしトレーナーがそんな所に行っているのを見て、何も思うところがないのですか?」
「んな訳ないだろ。今どうやって襲おうか考えている最中だ」
「私に言って下されば、いくらでもお付き合いしますのに残念です」
「やっぱりどんな手を使ってでも分からせる必要があるかもしれないね。この際、素直になる薬もアリかな?」
「……あれ? もしかして3人とも掛かってない?」
マヤノさんが変な事を言っていますが、話を戻しましょう。
「ともかく現時点で女性に興味があるのが確定したのは僥倖です。これからのアタックと後々の再挑戦のための計画を変更せずに済みました」
「告白の再挑戦か。……ここにいる全員に確認しておきたい。成人したら再度告白するのは確定なんだな?」
エアグルーヴさんの質問に全員がノータイムで大きく頷きました。強いウマ娘は好きな人に執着しやすいと言いますが、レースをしていると自然と諦めは悪くなりますので、その影響もあるのかもしれません。
「今は次の告白のための準備期間だから、そのためにみんな色々とやってるしね。……もっともトレーナーさんは全然動じてないけど」
「それが一番の問題だがな。……外堀を埋めるって事でお袋に会わせた事もあったが、そっちもイマイチ効果がなかった」
シリウスさんが難しそうな表情を浮かべながら呟きました。確かに両親にトレーナーさんを紹介するのは外堀を埋めるのに良い手段ではありますが……
「私もお母様に会わせたが、いつもと変わらなかったな……」
「私の時も、母さんのサプライズに全然動じてなかったよ。もしかしてそういうのに慣れてるのかな?」
「私の場合は両親に会っていただいたのですが、トレーナーとしての立ち位置を強調していました。本当に頑固です」
「いいなー。私の時はパパがトレーナーに会いに来たんだけど、なんか勘違いしてたせいでトレーナーちゃんと喧嘩になっちゃって……」
「……そういえば、そんなことがあったな。二人してしばらく戦ってて、最後は突然乱入したウマ娘がマヤノの父をジャーマン・スープレックスで沈めていたが」
「あ、それママだよ。その後は誤解が解けてそのままお話してたんだけど、トレーナーちゃんはそのせいでパパに苦手意識があるみたいなの……」
「こう……、これから頑張ろう?」
これには全員がマヤノさんに同情の視線を向けるしかありませんでした。
「なら、トレーナーちゃんの両親に会うのはどうかな? そっちから攻めるのもアリって聞くけど」
「んー、残念だけど、どういう人か聞いたことがないんだよね」
「アイツが話したがらないからな。母方の祖父が花農家ってのは言ってたが」
「私もシリウスさんと同じです。ご両親の話はしたがりません。エアグルーヴさんはどうですか?」
トレーナーさんとの付き合いが一番長いエアグルーヴさんに視線を向けますが、エアグルーヴさんは頭を振りました。
「私もないな。親族関係だと専属時代に一度だけトレーナーのおじい様から花が送られた事はあったが、それだけだ。直接会った事はない」
「その時のトレーナーさんの様子は?」
「お礼の電話もしていたし、その時に別に不機嫌になっている様子もなかった。恐らくおじい様との仲はそれなりに良好なようだ」
そんな何とも言えない答えに、シリウスさんは小さく息を吐きました。
「……狙うとすればじい様の方か。親の方は触らない方がよさそうだな」
「だね。これは根が深い問題かもしれない」
「はい、下手に触ってしまうとトレーナーさんを傷付けてしまうかもしれません。ところで花が届いたという事は、差出人の住所も書かれていたのですよね? どちらに住まわれているのでしょうか?」
「伊豆諸島の八丈島だ。アクセスを考えると気軽には行けん」
「確かに離島ですと、長期のお休みがないと中々いけませんね……」
これは思ったよりも難題みたいですね。
「……ねえ、シリウスさん。八丈島には空港があるんだけど知ってた?」
「ほお? ……今度行ってみるか」
「? お二人とも何か言いましたか?」
『何も?』
マヤノさんとシリウスさんが何か呟いていた気がしましたが、気のせいでしょうか?
「お前ら攻めるのは良いが、守りの事も考えているんだろうな?」
「守り、ですか」
「アイツはオスとしてはまだ枯れていないから、私たち以外の女が横から掻っ攫っていく可能性は残っているんだぞ」
『……』
シリウスさんの指摘に全員が沈黙してしまいました。これは私を含めてあえて考えないようにしていた要素です。
「トレーナーちゃんって女の人からモテるのかなぁ?」
「んー、学園内だとモテるって程じゃないかな? トレーナーさんは合同訓練とかしてるから生徒たちの中でも割と有名だけど、面白いトレーナーって評価が多いしね」
「合同訓練に参加している生徒も、自身の技量向上を目指す者やリハビリ目的ばかりでトレーナー目当ての生徒はほぼ居ないな。偶にあるトレーナー目当ての生徒も、どちらかと言えば尊敬の念の方が強い者ばかりだ」
「教官や同僚はどうなのでしょうか?」
「強いて挙げるとすれば、樫本トレーナーだな。詳しく話したがらないが、アイツがトレーナーになる前からの知り合いらしい」
「新人時代に私と契約しなかったら、樫本トレーナーの下でサブトレーナーとして働くつもりだったらしい。実際、私と契約した後に折り菓子をもって樫本トレーナーの所に謝りに行っている。注意は……するべきか……?」
確かにこれだけ聞くと、樫本トレーナーは私たちの間に割り込んでくるかもしれません。しかし、エアグルーヴさんが言葉を詰まらせたように、あの二人関係に思う所がありました。
「んー、でもトレーナーちゃんと樫本さんの様子を見てると、恋愛関係とかそういうのじゃない感じがするかなー」
「ありゃ、共通の目的のために動いている協力者の関係に近い。注意は払うとしてもそこまでじゃないだろ」
この意見には全員が大なり小なり頷けるものがあります。少なくともあの二人を見ていると、私たちが考えるような関係になり難そうにも見えました。それよりも怖いのは、
「問題は完全な第三者だ。アイツはお世辞にもイケメンって訳じゃないが、スペックだけ見ればお買い得商品だぞ」
「そうだね。中央のトレーナーって高収入だし、合コンとかだと人気があるって聞いたことがあるよ」
「確かトレーナーちゃんの元カノさん付き合い始めたきっかけが合コンだったって言ってたっけ?」
「……合コンに行く、などと言い出したときは要注意だな。それとなく妨害、もしくは迎えを装って相手に牽制するか」
「それで行くか。後あり得るのが、元カノからの復縁要求だな」
「確かに今のトレーナーを知って復縁を迫ってくる可能性はありえますね」
「もっとも、こっぴどくフラれたらしいから、今更トレーナーさんが素直に受け入れるかは分からないけどね。少なくとも警戒はしておいた方が良いかも」
過去、トレセン学園ではウマ娘がトレーナーに恋していたのに、当のトレーナーが学園外でパートナーを作ってしまった、という事例が事欠きません。なのでこういった対策は必要不可欠とも言っても過言ではありません。
「んー、これまでの話を纏めると、再告白のために皆でアタックしているけど暖簾に腕押し。私たち側の外堀も効果がなくて、トレーナーさんの外堀は取り扱い注意。それでいて学園外からの刺客にも注意しなきゃいけない、って所なのかな?」
「……こうして纏めてみると、トレーナーを墜とすのは中々骨だな」
エアグルーヴさんの呟きに、シリウスさんがため息を漏らしました。
「……もう面倒だし、全力でうまぴょい(ピンク)して分からせるか?」
「シリウスさん!?」
「それは辞めて下さい」
「うん、そんな事になったら私たちも止めるよ」
「それにうまぴょい(桃)しようとしても、トレーナーさんも全力で抵抗すると思います」
それも私たちが無傷でいられるように、上手く戦うでしょう。私の時のように。それはともかく、私たちの反論にシリウスさんは肩を竦めました。
「安心しろ。冗談だ。半分はな」
「半分は本気なんだ……」
「どうしようもなくなった時の、最終手段として選択肢に残るな。ここにいる全員も本音はそうだろうに」
『……』
沈黙。それが全員の答えです。好きな人と何としてでも結ばれたいという思いがある故に、思いの丈をぶつけるうまぴょい()は、どうやっても選択肢の一つとなってしまうのです。
「しかし現時点でうまぴょい(R-18)をする必要はありません」
「ああ、そうだな」
私の言葉に素直に頷くシリウスさん。とりあえず二回目の乱闘は回避されました。そんな折、フジキセキさんが口を開きます。
「……折角だし今後のためにも、ルールを決めない?」
「ルール?」
「うん。みんなトレーナーさんを狙っているのはいいけど、そのせいで脚の引っ張り合いなんてなったら、チームが大変な事になっちゃうからね。大まかにでもルールは決めておいた方が良いと思うんだ」
「ルールねぇ……」
シリウスさんが若干嫌な顔を見せますが、フジキセキさんは笑って返します。
「ルールと言っても、本当に緩いものだよ。これまで通り再告白の時期まで各自アピールは自由。そして他の娘はアピールの妨害をしない。この程度かな」
「ま、その程度なら良いか」
「私も異議はない。後、トレーナーが外で女を作ろうとした場合の協力体制の構築を提案したい」
「あ、マヤも賛成。個人個人で動いてたら上手くいかないしね」
「いいね。じゃあ纏めるけど、これまで通り再告白の時期まで各自アピールは自由で妨害は禁止。合コンみたいにトレーナーさんが外でパートナーを作りそうなら、全員で協力して妨害と牽制。これでいいかな?」
『異議なし』
こうしてチーム・デネボラのメンバーによる、トレーナーさんの攻略が改めて始まりました。
「ところで気になったんだけど、いいかな?」
「ん?」
「この中の誰かが結ばれたとして、他のメンバーはそのまま諦められるの?」
『……』
……とりあえず、今のうちにドイツへの逃亡ルートの選定はしておきましょうか。
チーム・デネボラですが、トレーナーがウマ娘からのアプローチを全力で回避&防御しているせいで、ウマ娘側が協力体制に移行しているので、チーム内の空気は良かったりします。