マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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今回は少し短いです。


12話 大丈夫

 

「おーおー、やっぱG1は注目度が違うな」

 

 都内のとあるホテル。マスコミ関係者が次々とホールに入っていく姿を、廊下でチラ見する。TV、新聞、雑誌、ネットetc、ジャンルは違えど、全員がカメラなりなんなりの機材を手にしてギラギラした目をしてやがる。

 そんな風にホールを眺めていると、隣のフジキセキが小さく笑った。

 

「このレースに出られるのはみんな強い娘ばかりだし、そんな娘たちが共同会見をするんだから、色々な人が集まるのは当然だよ」

「それもそうだ」

 

 国民的スポーツである競バ業界にとってG1レースは一大イベントだからな。マスコミが押し掛けるのは当然っちゃ当然だ。ただなぁ、

 

「正直面倒くさい」

「そんな事言わないでよ……。そもそもトレーナーさんも、記者会見なんて慣れてるでしょ?」

「そりゃトレーナーになってからだけじゃなくて、レスラー時代でも記者会見はやってたけどな?」

「それじゃあ、何で?」

「経験上、人数が多くなるほどアホが混じってくる確率が上がるんだよ」

 

 レスラー時代、トレーナー時代共通でな。偶に興奮しすぎて、もしくは少しでも粗探ししたいのか、目をギラつかせながらアホみたいな質問してくる奴が混じってるんよ。そういうのに対処するのって大概俺だから、めんどいの一言しかない。

 

 後ついでに言うと――例の殺害予告の内容を考えるとこういったマスコミがいる場所ってのはヤバそうなんだよ。

 

 フジキセキに脅迫文が届いて、早2週間。なんとかここまでフジは平穏無事に過ごしてこられた。途中チームメンバーに不審な目で見られたり、全力で尋問を受けそうになったりもしたが、フジに変な事がなかったのだから良しとしておこう。

 だが問題はそれ以外だ。2週間たっても、未だに殺害予告を出した犯人が捕まっていないんだ。犯人が有能なのか、警察がやる気がないのかは分からないが、手掛かりが少なすぎて捜査に手こずっている、とは聞いている。

 つまるところ、狂った犯人が突撃してくる可能性が未だに消えていない。

 しかも脅迫文の文面的を考えると、ここかレース、レース後のライブの時に狙ってくる可能性が高い。まあホテルには警備員もいるし、警察からも捜査を兼ねて何人か人員が派遣されているから、一息付けそうではあるが。

 

「っと、そろそろ時間だしさっさと準備するか」

「そうだね。私も勝負服に着替えないといけないし。トレーナーさんも一緒に来る?」

 

 いたずらっぽく笑うフジ。こいつ分かって言ってるだろ……。

 

「勘弁してくれ。そんなことやったら俺が捕まるわ」

「ふふっ。半分は冗談だよ」

「半分かよ」

「他の娘がいなかったら本気で誘ってたかな」

「マジで辞めてくれよ……」

「でもトレーナーさん的にもそうした方がいいんでしょ?」

「あー、うん……」

 

 この返しには黙るしかない。

 先週の尋問未遂以来、フジを始めとしたチーム・デネボラのメンバーから俺の行動に関して何か言って来る事はなくなってはいるが、どうやら俺のやろうとしている事を察したようなんだよな。

 お陰で護衛とかはやりやすくなったんだが、その代わりフジからは護衛される立場を使ってイタズラしようとしてくるようになったし、他のメンバーからは「事が終わったら、埋め合わせしろ」って思いっきり圧力を掛けられている。

 

「折角トレーナーさんが私のために一緒にいてくれるんだから、楽しまないとね」

「ほどほどに頼むな」

 

 そんな談笑を繰り広げながら、控室に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 会見はトラブルもなく進行していった。

 司会による挨拶に、私を含めた勝負服に身を纏った出走バたちによるレースへの意気込みの表明と、決められたプログラムが順調に消化されて行っている。

 

「みんなに忘れられない舞台をお見せするよ!」

『フジキセキさん、ありがとうございました。では次に記者の皆様からの質問を受け付けたいと思います』

「はい」

『では最前列の男性の方』

「トゥインクル東京の原口です。コメート・ムトウさん! 今回のレースに対する意気込みをお願いします!」

「あー、今回のレースだが……って、レスラー時代のリングネームで呼ぶなよ」

「折角ですし、コメート・ムトウとしてリングパフォーマンスする感じでお願いします!」

「それ出走者より俺が目立つやつじゃん」

 

 これにはトレーナーさんも呆れ顔をしているね。

 

「どうするよ、司会さん」

『是非お願いします』

「アリなんか。しゃーねーな、なんか顔に書くもんない? ――――――待たせたなぁ!」

 

 こんなやり取りの末に、大分簡略化されているけど顔にペイントを施したトレーナーさんによるマイクパフォーマンスが始まっちゃった。なんだかんだ言っても、トレーナーさんもサービス良いね。

 ヒールレスラーとしてマイクを握っているものだから、そういう事に慣れていない出走する娘たちやそのトレーナー、ついでに一部の記者が豹変振りに驚いているけど、会場にいる半分以上の人からのウケはいいみたい。凄いねこれ。

 

「余裕で勝つとかホザいて調子乗ってる奴らが多いようだが、吐いた唾は吞めないのは分かってんだろうな!? キッチリ潰してやるから覚悟しとけよ!」

「おおおおおっ! ヤッちまえー!」

 

 特にトレーナーさんにリクエストした人なんかはノリノリだ。あの様子を見るに、元々はプロレスファンか関係者だったのかな? トレーナーさんも記者たちもノッちゃったものだから、会場の空気が完全にプロレス会場のそれになっちゃったのは苦笑するしかないね。

 

 そんな事を考えている時、ふとホール最奥の記者用の席から誰かが立ち上がったのが見えた。顔はよく見えないけど頭にウマ耳が生えているから彼女がウマ娘なのは分かる。

 不審に思い彼女に目を向けていると、彼女もそれに気づいたのか私に視線を合わせ――ニヤリと笑った。

 

 次の瞬間、彼女は壇上に、いや私に向かって急に駆け出した。そしてその手には――いつの間にか鈍く輝く大ぶりな包丁が握られていた。

 

――そのあまりの非日常な光景に、何が起こったのか分からず思考がフリーズしてしまう。

 

 記者席の人たちは壇上に夢中でその横を掛けるウマ娘の存在に気付いていない。会場脇に控えている警備の人たちは彼女の異常性に気付いて止めようと動き始めたけど、警備員は全員男の人だから、全力疾走するウマ娘を止める事なんて出来ない。

 

 危険が私の身に迫っている。でも止まった思考と恐怖のせいで身体が動かない。

 その時だった。

 

「ったく、仕事しろ警察」

 

 見慣れた大きな男の人が私の盾になるように立ちふさがった。そして次の瞬間、

 

 

 

 

 

――トレーナーさんの身体から血が飛び散ったのが見えた。

 

 

 

 

 

 腹に激痛が走る。

 ギリギリ襲撃者からフジを守ったものの、ダメージを負っちまったのは瞬時に理解できた。

 メインの包丁はギリギリ避けきれずに左わき腹を切られ、更にタックルをモロに食らったせいで肋骨が何本かへし折られたのは嫌でも分かった。少しでも威力を軽減するためにバックステップをしたが、ウマ娘の突撃の前には慰めにもならない。

 たった一撃を防ぐために、これだけの傷を負っちまった。だが――それだけの犠牲を払った甲斐は十分あった。

 

――捕 ま え た 

 

 ふざけた事ヤラかした犯人が文字通り目と鼻の先にいる。この千載一遇のチャンスを逃すつもりなんざ全くない! 

 タックルを食らったと同時に、相手の首に腕を回しガッチリと捕まえて、相手の勢いと己の全体重を掛け合わせ、

 

「おおおぉおらああああああああああぁぁあぁぁ!」

 

 ふざけたウマ娘にカウンターでDDTを叩き込む! 

 

「がっ!?」

 

 轟音がホールに響くと共に、奴が持っていた包丁が床に落ちる甲高い音が聞こえた。

 リングと違いこのホールの床は硬い。幾ら頑丈なウマ娘とはいえ渾身のDDTを食らえばタダでは済まないはず。だが、

 

「あ……ああっ」

 

 まだ奴の意識は落ちていない。それどころか覚束ないながらも落とした包丁を拾おうと手を伸ばそうとすらしている。こいつの戦意は折れていない……! 

 

「っ、ちぃ!」

「っ!?」

 

 それを見た瞬間、自然と身体が動いた。こいつが碌に動けない今以外に、俺に勝機はない。起き上がろうとする犯人に素早く組み付きスリーパーホールドを仕掛ける!

 

「ぐっ、あああぁあっ!」

「~~~~~~~っ!」

 

 犯人がホールドを外そうと暴れそれのせいで脇や肋骨に激痛が走るが、それに構わず全身全霊で締め上げる!

 今この時がこいつを仕留める最後のチャンスだ。俺は脇腹を切られた上に、肋骨もへし折られている。

 

「あああああああぁ!」

 

 今でこそアドレナリン全開で動けているが、すぐに動けなくなる。

 

「あああああああぁあぁぁ!?」

 

 そうなる前に締め墜とさなければ、

 

「墜ちろやああああああああぁああああああああぁああああぁぁ!」

 

――フジが死ぬ!

 突き動かされるように両腕に力を籠め、

 

「トレーナーさん! もういいんだよ、止めて!」

「っ!?」

 

 フジの声が聞こえて、暴走していた思考が少しだけ落ち着いた。ふとチョークを掛けている犯人に目をやる。既に件のウマ娘は抵抗をやめていた。胸の動きを見るに呼吸はしているから、無事に締め墜とせたんだろう。

 

「……はー」

 

 チョークを外し、床に座り込む。会場に目をやると、生徒やらトレーナーやら記者やらが大パニックを起こしていた。完全に集中していたせいで気が付かなかった。いや、それよりも、

 

「フジ、大丈夫か?」

「今はそんな事どうでも良いよ! 誰か救急車を呼んで! 血が止まらない!」

 

 フジが泣きながら、血まみれになりながら自分の上着で俺の脇腹を抑える。思えば割とがっつり切られ上に無茶もしたからな。そら血だって噴き出すか。

 ただ俺にとってはそんなモンは些細な事で……フジが泣いている事の方が途轍もなく嫌だった。

 だから、

 

「大丈夫だ。こんぐらいで死にゃしねーよ」

 

 コイツを安心させるためにも、痛みを全力で無視していつも通りに笑って見せる。

 

「でも!」

「派手に切られちゃいるが、思ったよりは出血していない。このまま病院に直行すりゃ大丈夫だ。てか血まみれじゃねーか。後は自分でやるから、タオルかなんかないか?」

「っ動かないで、また血が噴き出しちゃう! 私が抑えるから!」

「……本当に優しい子だなぁ」

 

 結局、救急車に乗せられて病院に搬送されるまで、フジは泣き止む事はなかった。

 

 

 




プロレスラーがウマ娘にDDTをブチかます映像がお茶の間に流れました。
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