マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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テンポの関係で描写を省略された襲撃事件当時の各自の反応。


「理事長! 武藤トレーナーが刺されたとの報告が!」
「なに!? ――情報収集を急げ!」
「はい!」

理事長室での秋川やよいと駿川たづなのやり取り。襲撃の一報に、理事長は直ぐにフジキセキへの脅迫の件が関連している判断。即座に動き始めた。



「……は?」
「ウソ……」
「あああああああ!?」
「クソっ!」

トレーナー室で記者会見の中継を見ていたチーム・デネボラの面々の反応。自分のトレーナーのスプラッターシーンにショックを受ける。また同時に先日までのトレーナーの不審行為の理由を察した。



「? 武藤トレーナーから通話ですか。もしもし」
『あ、樫本さん? 実は色々としくじったせいで暫く入院する羽目になりまして……。突然で申し訳ないんですけど、俺が退院するまでの間、ウチのチームを少しで良いんで気に掛けてもらうとか出来ませんか? 今度埋め合わせもしますんで』
「……は?」
『トレーナーさん! こんな時に何を呑気な事言ってるのさ!?』
『いや、引継ぎとか大事だし……』
「あの……、何があったのですか……?」
「樫本トレーナー、大変です!」
「ニュースで武藤トレーナーが記者会見場で襲われて怪我をしたって!」
「…………は!?」

トレーナー室で仕事をしていた時に、件の事件を知った時の樫本理子の様子。襲われた当人が普通に電話を掛けてきたこの状況に、頭が追い付かなかった。





13話 ここにいる

 

『惨劇! 記者会見場であわや大惨事!』『何故白昼堂々と犯行を? 本誌が徹底解明!』『記者会見場で大立ち回り! 武藤トレーナーの正体とは?』

 

「……分かっちゃいたが、胡散臭い煽り文ばっかだな」

 

 ベッド脇のサイドチェストに置かれていた週刊誌をいくつか手に取ったものの、胡散臭い煽り文に読む気が失せたので、中身を読まずに元あった所に戻しつつため息を吐く。

 やる事がなさ過ぎてかなり暇だ。いつもならこういう時には、筋トレをしてるんだが……、生憎とこの部屋――府中の一角にある総合病院の個室には、愛用の筋トレ道具はない上に自重トレーニングも禁止されていた。

 

 あの事件から早三日。俺はベッドの上の住人である事を余儀なくされていた。

 

 あの日、俺はこの病院に救急搬送されると、すぐに緊急手術を受ける羽目になった。何せ割とガッツリと脇腹を切られた上に、肋骨も2本綺麗に折れて、一本ヒビが入ってたからな。幸い内臓にダメージはなかったが普通に大怪我だ。

 手術だが無事成功。後遺症も残らないらしい。とはいえ術後しばらくは経過を見ないといけないという事で、入院する事になった。因みに俺を手術した先生曰く、「脇腹の傷だがあと少し深く切られていたら中身が飛び出していた」とか怖い事を言ってた。マジで古巣で鍛え直しておいてよかったな。ついでに「ウマ娘に全力で体当たりされたら普通はもっと大怪我するのに、何でこんなに軽症なんだ?」とか首を傾げてたから、「そりゃ筋肉の賜物だろ」って答えたら、「何を言ってんだお前は」とか言われた。解せぬ。

 

 そうそう。フジキセキを殺そうとして俺が返り討ちにしたウマ娘だが、会場に来ていた警官によって捕まった。犯人も精密検査を受けたがDDTをモロに喰らったのに、脳震盪とちょっと痣が出来た程度と軽症とか聞いた。

 予想はしていたが、殺害予告を出したのもアイツだったらしい。動機はエンターテイナームーブで人気を博しているフジに嫉妬したとかなんとか。ぶっちゃけアイツに興味はないから詳細を知ろうとは思わん。

 

 ただ世間様の方は犯人、てか事件に興味津々のようだ。

 前代未聞のトゥインクルシリーズの人気競走バへの殺人未遂。それもレース前のマスコミが集まっている記者会見場からのライブ配信だ。そりゃマスコミも視聴者も食いつく。

 お陰で事件当日のスポーツ新聞なんかはデカデカと一面記事を出しているし、全国紙でも紙面の占有率は下がるが一面には記載されていた。テレビのニュースでも今回の事件の話で持ち切りだし、ネットニュースも同様。お陰でその日の各新聞の夕刊は、俺が犯人にDDTを掛けてる写真ばっかりになってたぞ。

 

 因みにニュースでの事件の取り扱い方だが、大体警察へのバッシングに終始している。何せ事件の背景とか当日の状況が、警察にとって悪すぎた。

 

〇トレセン学園から被害届が出されて大体2週間も捜査したにも関わらず、犯人を見つけられなかった。

〇事件当日も警官を派遣していたにも関わらず、犯人は会場に簡単に凶器を持ち込んで凶行に及ぶ。

〇脅迫されていたフジキセキには危害は及ばなかったが、犯行を止めたのは警察じゃなくてトレーナー(民間人)。ついでにトレーナーは重傷を負った。

 

 ……うん、警察全く仕事してないな! そりゃ世間も警察の無能っぷりに目が行くわ。

 なおこういう時にバッシングとかされそうなトレセン学園の方は、そういった事は殆どなかった。護衛を要請した俺が言うのもなんだが、学校法人が凶器を持った犯人を何とかするとか出来るはずもないし当然だわな。てか世間じゃ、半ば俺が勝手にやってたとはいえフジの護衛を許可した事が、警察の怠慢も相まって評価されているらしい。お陰で良い感じにボーナスをもらえる事になった。やったぜ。

 

 

 そんな感じで、世間からすれば脅迫事件は決着がついたってなってる。正直俺もこれで通常運転に戻るのかとも思ってたんだが……、この事件のせいで別の問題も生えてきたんよ。

 

「しっかしどうするかねぇ」

 

 今度はサイドチェストから週刊誌に埋もれていた今朝のスポーツ新聞を引っ張り出してめくっていく。目当ては今回フジが出走するレースについての記事。記事には人気順位が載ってるんだが……フジの順位は13位。事件前の3位から大幅に順位を落としていた。更に記事にはフジについてのコメントも記載されているが、ボロクソ――ではなくフジに滅茶苦茶同情的に書かれてあった。

 

「そら、あんなことあったらメンタルなんてそう簡単には持ち直せないよなぁ……」

 

 あの事件以来、フジはメンタルをやられちまって絶不調に陥っていた。

 これは仕方ないっちゃ仕方ないだろうさ。脅迫事件の当事者だった上に、スプラッターな現場を目の前で見せつけられたんだから、そりゃメンタルに大ダメージを食らうってもんだ。事件直後なんかは「私のせいでトレーナーさんがこんな目に遭ったんだ……」とかも呟く程だった。(因みにこの発言についてはその場で全力で否定したぞ)

 事件翌日にフジを含めたチーム・デネボラのメンバーが見舞いに来たが、イマイチ無理をしているように見えた。この洞察は当たってるらしく、エアグルーヴ曰く、人の前ではいつもと変わらないように振舞っているらしいが、誰の目から見ても空元気ってのが分かる程に余裕がないらしい。

 そんな状態なんだから当然走りにも影響が出ていて、「動きにキレがなく、タイムも大幅に落ちている」と、俺の代理でデネボラのトレーニングを見てもらっている樫本さんから連絡が来ている。

 

 ……メンタルへのダメージは身体へのダメージと同じだ。治すにも時間を掛けなけりゃならない。

 だが今回は余りにも時間がなさ過ぎた。事件から三日経った程度、つまり今日がレース本番なんだ。たった三日でメンタルを持ち直せるとは思えない。

 そう考えるのはレースファンもマスコミも同じらしい。だからこそのこの順位であるし、マスコミも事件のことも相まって同情のコメント――ここでボロクソに言ったら、炎上不可避ってのもあるんだろうが――を出している。言っちゃ悪いが正直俺も同意見だ。むしろ最下位じゃないだけ温情としか言いようがない。

 

「はー……」

 

 このまま出走なんぞすれば、ボロ負けは確定。そうなっても世間からは、別に文句は言われない所か同情されるだろうが……だからって、そのまま放っておきたくない。

 

「……しゃーねぇか」

 

 後が面倒になりそうだ、そんな事を考えながら身体を起こした。

 

 

 

 

 

 

「……行けますか、フジキセキさん?」

「ええ、大丈夫です」

 

 府中競バ場の出走者のために用意された控室。私の問いかけに、勝負服に身を包んだフジキセキさんの顔には笑って答えました。しかしそれは明らかに無理して引き出されたもので、大丈夫でない事が分かります。

 

 ……武藤トレーナーがフジキセキさんを守って重傷を負った事件はチーム・デネボラに大きな衝撃を与えました。エイシンフラッシュさん、マヤノトップガンさんは明らかに動揺していましたし、エアグルーヴさんとシリウスシンボリさんも見た目こそ平静を装っていましたが落ち着きがありません。

 

 しかし最も重症なのが事件の当事者のフジキセキさんです。事件の翌日からは普段通りに装っていますが明らかに無理をしており、精神的ショックが大きい事が見て取れました。

 私もチーム・ファーストのメンバーと協力して――他のチーム・デネボラのメンバーもショックを受けており、協力を仰ぐ訳には行きませんでした――フォローをし、僅かながらも持ち直したようですが、ベストコンディションには程遠いのが現状です。

 精神はボロボロ、当然そのような精神状態では好走など出来るはずもなく昨日の練習でのタイムも酷いモノでした。

 このまま出走しても惨敗は確定です。なので武藤トレーナーに許可を取り、レースの辞退を提案したのですが、

 

「……トレーナーさんは、あんな怪我をしてまで守ってくれたんです。あの人のためにも勝たなきゃいけないんです」

 

 この言葉に、私は何も言えませんでした。

 

「……そろそろ、時間ですね。それじゃあ樫本トレーナー、行ってきます」

「っ、待って下さい、フジキセキさん」

 

 不意に昔の大きな失敗を思い出し、思わず彼女を呼び止めました。

 

「? どうしましたか?」

「勝ちを狙うなとは言いません。しかし無茶をするような事だけは絶対に避けて下さい」

「……今のコンディションでは絶対に勝てないのは私も分かっています。勝つにはどこかで無理を押し通さないと――」

「そのコンディションで無理をしてしまえば、今度は貴女が怪我を、それこそもう走れなくなってしまうかもしれない程の大怪我を負ってしまうかもしれないのです。……そのような事は私は勿論、武藤トレーナーも望んでいません」

「それは……」

「彼は貴女たちに常に怪我だけはさせまいと、頑張っていたんです。もし貴女が大怪我でもしようものなら、今度は彼がどうなるか……予測できません」

 

 少なくとも武藤トレーナーが大きなショックを受けてしまう事は確実でしょう。

 

「ですので結果は二の次、怪我も無く無事に帰ってくることだけは誓って下さい」

「……」

 

 黙り込むフジキセキさん。そんな時でした。

 

「……なんか言いたいこと全部言われちまった気がする」

 

 そんな声が響いたと同時に、扉が開かれました。そこにいたのは、ラフな格好の武藤トレーナーがいました。

 

「トレーナーさん!?」

「武藤トレーナー、どうしてここに……」

「フジが大分参ってるようなんで、様子を見に来たんですよ」

 

 私たちの驚きを余所に、武藤トレーナーはマイペースに「いやー、病院から近くて良かった」と笑っています。

 

「大怪我なんだよ!? 寝てないと!」

「あー、大丈夫大丈夫。医者から外出許可は貰ってるから。てか重傷つーても、命に関わる怪我じゃないから、今も割と動けんだよ」

「それでも、昨日の今日で外出許可は出ないと思いますが……」

「いやー、医者も中々外に出してくれなかったんで、スパイラル土下座で頼み込もうとしたら、一発で許可が下りたんですよ」

 

 それは自分の身体を人質にしてきたから、圧されて許可を出したんじゃ……?

 

「ま、それはともかく、だ。言いたいことは大体言われたから、俺からはフジにちょっとした提案をしようと思ってな?」

「提案?」

「そ、提案。言っちゃなんだが……、今回のレースじゃフジは期待されていないのは知ってるな?」

「……うん、人気順位を見たらわかるよ」

「やっぱりわかってたか。ついでに俺も再起不能でトレーナーを辞める、なんて噂が出てんの知ってるか?」

「……それも知ってる」

「つまるところ、俺たち二人とも世間からは終わったって見られてる訳だ」

「武藤トレーナー、何を……」

 

 そこまで語った所で、武藤トレーナーはニヤリと笑いました。

 

「そんな奴らが、今回のレースで全部ひっくり返したら面白くないか?」

「え?」

 

 呆気にとられるフジキセキさん。そんな彼女を余所に、武藤トレーナーは語り続けます。

 

「テレビ放送じゃレース前にカメラが関係者席に向けられるのは知ってるだろ? 俺がそこに乱入してトレーナー業続行を宣言したら、場が盛り上がると思わないか?」

「……」

「で、そんな盛り上がった場でお前も勝って、人気順位も事前予想も何もかもひっくり返した日には、大盛り上がりになりそうじゃないか?」

「……終わったと思われていた人が大勢の前で大活躍。王道だね」

「王道は大概ウケるから王道なんだよ」

「そうだね」

「王道は嫌いか?」

「ううん。――王道も悪くない」

 

 そう頷くフジキセキさんの顔にはとても楽しそうな笑みが浮かんでいました。

 

「うし、行ってこい」

「うん、行って来るよ。私の奇跡のショーに期待していてね、トレーナーさん」

「おう。場はしっかりと温めておいてやるから存分に走ってこい」

「うん!」

 

 先程までの思い詰めた空気は吹き飛び、フジキセキさんは勢いよく部屋を飛び出していきました。

 そして控室に残ったのは私と武藤トレーナーの二人。フジキセキさんの足音が聞こえなくなった所で、武藤トレーナーは一つ息を吐くと、近くにあった椅子に腰かけました。

 

「……上手くいった、か」

「貴方も無茶をしますね。傷が痛むのでは?」

「痛み止めが効いてるので、そこまで痛みはありませんよ」

 

 武藤トレーナーは肩を竦めると、私に向けて頭を下げました。

 

「フジ、いえチームを見てもらい、ありがとうございました。まさかチーム・ファースト総出でフォローしてもらえるとは……」

「いえ、結局私は何もしていません。フジキセキさんを元気にしたのは貴方です」

「……つぶれそうな奴がいたら助ける。それが俺の仕事ですよ」

「そうですね……」

 

 武藤トレーナーはトレセン学園に入った時から、このスタイルを貫いていますからね。今思えばこの無茶も予想出来ました。

 

「所で今日のレースはフジキセキさんは勝てると思いますか?」

「俺は勝てると信じていますよ」

「そうですか」

 

 ヒトの身体能力は精神状態によって上下すると言いますが、ウマ娘の場合はそれがより顕著です。今のメンタルを大きく持ち直したフジキセキさんなら、勝てるかもしれません。

 

「んじゃ、俺たちも行きましょうかね」

「ええ」

 

 私たちはそろって控室を出ました。武藤トレーナーとフジキセキさんが魅せるエンターテイメントですか。折角ですし側でじっくりと拝見させていただきましょう。

 

 

 

 

 

「そういえば関係者席にいる時は、トレーナーの武藤とコメート・ムトウ、どちらの方がウケが良いですかね?」

「……いえ、それは貴方の判断にお任せします」

 

 





襲撃事件への反応オマケ

「現場は何をやっていた!?」

事件第一報に顔を真っ赤にしてブチ切れる警察上層部の皆様の反応。脅迫事件の犯人がまだ捕まえられてないという事で、捜査の一環として警官を会場に派遣していたのに、この体たらく。彼らはこの後世間がどう反応するか理解していた。



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