マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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今回はかなり長くなりました。


14話 騒動の種は直ぐに取り除いた方がいい

 

「……やっぱり無茶してたんだね」

「いや、そこまでじゃ……」

「してたんだよね?」

「そこそこと」

 

 見舞いに来たフジのジト目に何も言えずに、目を逸らす。

 フジのレースから翌日。俺は府中にある総合病院の個室に再び押し込まれることになった。

いや、元々入院してたのを無理言って外出しただけだから、病院に戻るのは当たり前なんだが、昨日ははしゃぎ過ぎた。具体的にはレースの後にライブ見て取材を受けてたもんだから、痛み止めの効果が切れて怪我した所が滅茶苦茶痛み出した上に、脇腹の傷もちょっと血が滲んだ。

お陰で病院に帰った時には、医者から大目玉食らって退院するまで外出禁止を言い渡される羽目になっちまった。

 

「昨日のレースはトレーナーさんのお陰でとても盛り上がったし私も勝てたけど、だからってトレーナーさんに無茶をして欲しくないんだ」

「あ、はい。すみません」

 

 因みに昨日のレースはフジが勝った。樫本さんにはあんなこと言ったものの、ぶっちゃけあの状態だと掲示板に乗れば御の字とか思ってたんだが、フジは俺の想定を軽々と越えていきやがった。表向きは当然って顔でインタビューとか受けてたが、内心大分混乱してたからな。

 

「そもそも、いつも無茶な練習だけはするなって言ってる本人が、あんな無茶をするのってどうなの? 人に教えるなら自分でも実践しないと」

「全く持ってその通りです、はい」

「それに私以外の子にも心配かけさせるのもダメだよ」

「はい、実際チームメンバーに謝り倒しました」

「やっぱり」

 

 チーム・デネボラのメンバーは観客席にいたもんだから、レースが終わった直後に全員から凸食らって主にエアグルーヴから滅茶苦茶怒られた。ついでに縫った所から血が滲んだ時には、顔を真っ青にされて心配されちまった。

 

「……他にも色々と言いたいけど、エアグルーヴが全部言ってくれてるから、お説教はこれで終わりにするね。それじゃあ、ここからが本題」

「本題?」

 

 首を傾げていると、フジは直立の姿勢を取り、

 

「私のためにあそこまでしてくれて、ありがとう」

 

 深々と頭を下げた。

 

「急にどうしたよ?」

「トレーナーさんは命を懸けて私を守ってくれた上に、レースでも無理をして励ましに来てくれた。それなのにお礼が出来なかったからね」

「あー、気にすんな。俺が好きでやった事だ」

 

 実際、護衛にしろ電撃訪問にしろ、自己満足の面が割とあった。だがフジは首を横に振る。

 

「ううん。それじゃあ私の気が済まないんだ」

「そんなもんか」

「だからね、トレーナーさんにはこれを受け取って欲しいんだ」

 

 フジはどこからか無地の紙袋を取り出すと、手渡してきた。思わず受け取ったが、割と軽い。

 

「ここで見てもいいか?」

「うん、ぜひ見て欲しいな」

 

 笑顔のフジに促されるように袋を開け中身を取り出す。

そこにあったのは――

 

 

 

赤い首輪。

 

 

 

「あの……」

「どうしたの?」

 

 いや、これ見た瞬間変な汗がブワっと噴き出したんだが。反射的にフジに目を向けたが、相変わらず笑顔だ。

 

「……え、えーと、あれだ。い、犬でも飼えってメッセージかな……?」

 

 嫌な予感しかしないせいで自然と声が震えてるが、イタズラでこれを渡してきた可能性だってある。希望はまだ残ってる……!

 

「うーん、少し惜しいかな。トレーナーさんにペットをプレゼントしようと思ってね」

「……ほー。この首輪は結構大きいし大型犬とかか?」

「残念、外れ」

「なら大型のネコ科動物とか? サーバルとか」

「外れ。ああいうのって結構飼うのが大変らしいよ?」

「意表を突いて大型のトカゲ」

「意表を突きすぎて正解から離れちゃったよ」

「首輪はフェイク。金魚とかの観賞魚」

「綺麗でずっと見ていられるよね。でも外れ。首輪は使うよ」

「……あー、思いつかんな」

「降参かな?」

「ああ、降参。正解は?」

 

 

 

 

 

「私だよ?」

「うん、オチは見えてた」

 

 

 

 

 

 首輪の時点で察してたけどアカンて。

 

「どうしてこうなったし」

「トレーナーさんに命を救われたんだよ? 生半可のお返しじゃ釣り合わないからね」

 

 フジがさも当然のように言い放つ。よく見りゃ、いつの間にかフジの目からハイライトさんがおさらばしてるし……。

 

「やめよ? マジでやめよ?」

「? どうしてだい? 私がいればわざわざ夜のお店に行かなくても、いつでもいくらでもトレーナーさんを満足させてあげるよ?」

「色々アウトだからだよ。てか俺のシモ事情バレてない?」

「偶に嗅ぎなれない石鹸の匂いがしてたから、ちょっと調べたら、ね」

「うっそだろ、おい……」

 

 結局フジをなだめるのに、2時間位時間を使う事になった。その間にフジと色々と約束をしたような気がしたが、今は気にしない事にする。因みに首輪は持ち帰らせた。

 

 

 

 

 

「これなんてどうかな? トレーナーちゃんに似合いそう!」

「ほー、こんなんが今の流行なんだな」

 

 フジの見舞い騒動から翌日。今日はマヤノがお見舞いにやってきていた。ベッドの上に数冊ほどファッション誌を並べながら、二人であーだこーだとお喋りの真っ最中だ。

 

「つーても、ちと派手じゃないか? てか三十路のオッサンがやるにはこのファッションはキツくね?」

「ううん、絶対似合うよ! この間みんなと遊びに行ったときにトレーナーちゃん位の歳の人がこのファッションをしてたのを見たけど、似合ってたもん」

「そんなもんかねぇ」

「トレーナーちゃんもたまにはファッションで冒険してみようよ。マヤと遊びに行くときって、トレーナーちゃんいっつもスーツだもん」

「スーツ系って考えなくていいから楽なんだよな……。分かった、それならこれも見てみるか」

 

 因みにお喋りの内容はもっぱら俺の服装について。ファッションには疎いもんだから余所行きはもっぱらスーツで誤魔化してたんだが、そのことをマヤに言ったらノリノリでファッション誌を買ってきて、仮想ウインドショッピングみたいな事になっていた。

 

「うん、それじゃあこれもチェックっと。んー、これだけあればいいかな」

「結構多いな、買う物候補」

「トレーナーちゃんは元々服のバリエーションが少ないから、これくらい買わないと」

「それもそうか。んじゃ、今度の休みにでも買いに行くかね」

「うん、一緒に買いに行こ! マヤがカッコよくコーディネートしてあげる!」

「おう頼むわ、ファッションは分からん」

 

 なんか普通にデートの約束取り付けられた気がするが、マヤノのモチベーションアップにも繋がるし、気にしないようにしよう。マヤノは変な事するような娘じゃないし。ただ、懸念があるとすれば、

 

「まあ、チェックしたのがどれだけ買えるかも当日試着しながら考えないとな。最悪全滅するかも」

「え? 確かに買う服は多いけど、それでもトレーナーちゃんなら普通に買えるはずだよ? ……もしかしてお金がないの?」

 

 マヤノが疑いの目を向けてるが、苦笑しながら返す。

 

「あー違う違う。サイズの問題だな」

「サイズ?」

「俺の場合、背が高い上にマッチョだからな。一番大きいサイズでも入らないってのが割とあるんだよ」

「あ、そっか」

 

 実際これのせいでファッションに苦労してるボディビルダーってのはよくいる。因みに俺がよく着ているスーツもオーダーメイドだ。なお今回の事件でダメになったがな。高かったのに買い直しだよ。

 

「ごめんね、トレーナーちゃん。サイズの事を考えてなかった」

「いや、ファッションの勉強になったから良いんだよ」

 

 流石にマヤノの可愛い善意を無下にする気なんぞ更々ない。

 

「それじゃあ、今度トレーナーちゃんも着れるような服を調べておくね」

「ああ、頼む」

「うん! あ、このファッション誌はどうしよっか?」

「俺のカバンに入れておいてくれ。服くらいしかないし」

「うん。……あれ?」

 

 マヤノが雑誌をカバンに入れようとしたところで、首を傾げた。

 

「奥に何か入ってるよ?」

「ん? 俺は何か入れた覚えはないぞ? 何が入ってたんだ?」

「えっとね。……あっ」

「うっそだろ……!?」

 

 マヤノの手にあるのは――昨日見た赤い首輪……! フジの奴、しれっとヤバいもんを置いていきやがった!

 

「トレーナーちゃん。…………もしかしてこういうのが好きなの?」

「違います」

 

 案の定マヤノが顔を真っ赤にして勘違いしてるよ。マジでそういう趣味とかないからな?

 

「でも、ドッグタグに『武藤専用ポニー フジキセキ』って書いてあるよ……?」

「変なオプションまでついてる!?」

「もしかしてフジさんとゴールしたの……?」

「ゴールしてないから……」

「えっ、じゃあ身体だけの――」

「もっと違うからな?」

 

 結局今日もこの後2時間位説得に時間を食われた。とりあえず誤解は解かれただけマシと考えようと思う。因みに首輪は紙袋に入れて部屋のゴミ箱に叩き込んでおいた。

 

 

 

 

 

「それにしても経過が順調で良かったです」

「まぁな」

 

 見舞いにやってきていたフラッシュは安堵した様に笑みを見せていた。

マヤノが見舞いに来た次の日、つまり今日はフラッシュが見舞いに来ていた。なんか一日一人のペースでチームメンバーが見舞いに来てるが、どうもメンバー間で相談してシフトを組んでいるらしい。なんでもエアグルーヴやフジといった一部メンバーが忙しいから、公平になるように、とかなんとか。

 

「このまま行けば、予定通り明後日に退院出来ますね」

「俺としても今日にでも退院したいところだがな」

「ダメですよ。幾らお腹の傷の治りが早いからといって、予定を早める訳には行きません。それに先日のレースでの無茶で傷口が開きかけていたんですよ? むしろ治療のためにももう少し入院してもらいたいです」

「あー、それ言われると耳が痛いな……」

 

 傷口から血が出始めた時なんか、フラッシュなんか泣きそうになってたもん。いらん心配をさせちまった。

 

「むしろ当初の退院予定日通りに事が進むなんて思ってもみませんでした。お医者さんも回復が早いって驚いていましたよ?」

「昔から怪我の治りは早い方だったからな。現役時代に大怪我した時も予定より早く退院できたし」

「そうなんですか。でもしばらくは激しい運動は禁止ですよ? 激しい筋力トレーニングなんてもってのほかです」

「おおう……」

 

 ぶっちゃけそれが一番つらい。入院して以来、激しい筋トレが出来ていない上に、食事も病院食だから、当然筋肉の量が落ちてるだろう。入院前の肉体に戻すのに相応の時間が掛かりそうだ。

 

「しかし明後日が退院となると、今から持ち込んだ荷物を片付けておいた方が良いかもしれませんね」

「それは当日でもよくないか?」

「いえ、退院の手続きもありますのでバタバタしてしまうかもしれません。それでしたら、時間がある内に片付けておいて退院日に余裕を持てるようにしましょう」

「それもそうか。つーても、俺の私物は財布と着替えと今日フラッシュに持ってきてもらったハンドグリップ位だぞ?」

 

 因みにこのハンドグリップ、ウマ娘用の負荷調節タイプな。最大負荷は流石に握れないが、胸筋を鍛えるのに割と便利な代物だ。

 

「そうでもありませんよ? 例えばここのサイドチェストですと……、やっぱり。お医者様から頂いた書類がありました」

「あー、そういやそんなんも貰ってたな。忘れてた」

「こういった置忘れもありますので、二人で荷物を整理していきましょう」

「うっす」

 

 速攻で実例が出てきたら、素直に頷くしかない。

こうして始まった片付けだが、結構順調に進んでいった。

 

「書類はここにある分で全てですか?」

「ああ、カバンには入れた覚えがないな」

「ではクリアファイルに一纏めにして、カバンに入れておきましょう。お財布のような貴重品はどちらに?」

「セーフティボックスに入れてあるな。貴重品っつーても財布位だが」

「それだけでしたら、そのままにしておいても大丈夫ですね。あ、何日か前の新聞がありますね」

「あー、入院当日に情報収集で買った奴だな。もう使わん奴だ」

「では捨ててしまいましょう」

「ああ、ついでにそこの週刊誌も全部突っ込んでくれ」

「はい。あら? ファッション誌もありますね。これはどうしたのですか?」

「あー、それは持ってきてもらった奴だな」

「持ってきてもらった? ――ああ、なるほど。では捨てずに持ち帰りましょう」

「いいのか?」

「邪魔をしてはいけませんから」

「察しが良くて助かる」

 

なにせフラッシュは基本しっかりした娘だからな。ホントに脇道に逸れることなくあっという間に病室にあるものが纏められていく。

 

「こんなところでしょうか」

「もう終わったな」

 

そんな訳で30分もかからずに、病室は綺麗に片付けちまった。まあ元々モノは殆ど持ち込んでいなかったからってものあるが、あっという間だった。

 

「これで退院日にはカバンを持っていくだけで大丈夫ですね。退院は明後日ですので多少カバンから物を出しても構いませんが、最低限にしておいてください」

「ああ。何から何まですまないな」

「ふふ、構いませんよ」

 

 クスクス笑うフラッシュ。そして、

 

「では最後にゴミの分別もしましょうか」

「……え?」

 

 唐突に変な事を言いだした。思い出すのは、昨日ゴミ箱に突っ込んだアレ。ちょっと嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

 

「……いやー、プラゴミとか金属ゴミとかは出した覚えはないから大丈夫だって。このまま病院で片付けてくれるって」

「いえ、空のペットボトルがあったのは覚えています。あれはリサイクル出来ますので、しっかり分別しないといけませんよ」

「お、おう……」

 

 真面目なフラッシュらしい正論で封殺されちまう。そうしている間にもフラッシュはゴミ箱の中身を確認し、

 

「ありましたね。――あら、これは……あっ」

「……あー」

 

 案の定フラッシュはゴミ箱の奥底にあった紙袋に気付き、すっごい自然な流れで中身を取り出して、ついでにその正体を前に固まった。

 

「トレーナーさん」

「はい」

 

明らかに怒っているフラッシュを刺激しないように素直に頷きながら覚悟を決める。どう頑張っても昨日のマヤノの騒動のお代わり確定だしな……。

フラッシュが口を開き、

 

 

 

 

 

「ダメですよ? 経緯はどうあれ折角フジキセキさんが心を込めたプレゼントを捨てるなんて」

「………はい?」

 

 なんか変な方向性で怒られた。

 

「え、怒るのそっち?」

「何がですか?」

「こう……フジとそういう関係なのかーとか、倒錯しすぎーとか、そういうので怒ってるもんかと」

「あ、そういう事ですか。フジキセキさんがトレーナーさんに渡したプレゼントについては、マヤノさんとフジキセキさんを通して、チームメンバー全員が知っています」

「えぇ……」

 

 黒歴史の共有とかやめてやれよ。

 

「これを渡したフジキセキさんの気持ちは分かりますから」

「分かるんだ……」

「だからこそ怒ったんです。フジキセキさんは相当な覚悟で首輪を渡したんですよ? そんな大切な物を捨てるのは、フジキセキさんの気持ちも蔑ろにするのと同じなんです」

「あ、はい……」

 

 なんか色々理不尽な事言われた気がするが、ここで反論したらややこしくなりそうだし、素直に頷いでおく。

 

「つーても、これ使うのはちょっとアレだぞ?」

「別に本当に使う必要はありませんよ? フジキセキさんもおっしゃっていましたが、あれは決意の証でもあるそうなので」

「証の形がエグイって……。つまるところ、捨てずに持っとけって事か?」

「はい」

「……部屋の引き出しにでも仕舞っとく」

 

 流石にモノがモノ過ぎて飾れん。てか何で厄介な物を処分しようとしたら、次の日には手元に戻ってくんだよ……。

 

「てか、お前ら的にはこの首輪はどうなんだよ?」

「私は肯定派です。あそこまで出来る覚悟には感服します」

「そっかー」

「ですので、私もフジキセキさんに倣おうと思います」

 

 そうしてフラッシュから手渡されたのは――黒い首輪……!

 

「まだ私を庇ってくれたお礼が出来ていませんでしたので、決意の証としてこちらを」

「お前もかよ!?」

「あ、実際に使いたいのでしたら、私は構いませんよ?」

「使わん使わん」

 

 結局今日は、捨てたと思った首輪が倍になって返ってくることになった。

 

 

 

 

 

「で、増えたと」

「増えちまったよ……」

 

 フラッシュ襲来から翌日。見舞いに来たシリウスが呆れながら二つの首輪をいじくっている。

 

「こういうのは初めて触ったが、結構しっかりした作りなんだな。良かったな、美少女を二人も好きにできるぞ」

「勘弁してくれ。そんな趣味はない」

 

 いくらウマ娘が美女オンリーとは言え、教え子に手を出さんて。思わずため息を吐く。

 

「てか、何でこうなったし……」

「おいおい、自覚なしかよ。フラッシュは分からないが、アンタ寮長サマには琴線に触れる事やってたろ」

「どういう事だ?」

「……マジで自覚なしか」

 

 若干口元をヒクつかせながら、ため息を吐くシリウス。

 

「前提条件として言っとくが、フジキセキは普段こそ王子様ムーブしちゃいるが、本質的には割と乙女趣味ってのは知ってるな?」

「おう」

「で、この間の事件でアンタは何やった?」

「突っ込んできた犯人にカウンターでDDTかました」

「……質問が悪かった。事件の前後、アンタはフジキセキに何してた?」

「殺害予告来たから護衛して、犯人から庇って、レース前に凹んでたから励ましに行った」

「そうそれだ。で、アンタの行動をフジキセキ視点で見ればな、『惚れた男が自分を守るために側にいてくれて、更に実際に身を挺して戦い、ついでに落ち込んでいる所に駆けつけて励ました』なんだよ」

「あ、ホントだ」

 

 何このムーブ。今時子供向けの漫画でもねーぞ。

 

「惚れた男にそんな王子様ムーブされてみろ。寮長サマの乙女回路が全開に決まってるだろ」

「おおう……」

「フラッシュの方は分からないが、大方アンタが前に何かやってて、今回の件で触発されたんじゃね?」

「はい、全く持ってその通りです」

 

 俺が最善と思える選択肢を選んでたら、こんなところに波及するなんて思わなかった。

 

「……分かっちゃいたが、あいつ等覚悟ガン極まりだな」

「アンタも分かってるとは思うが、一応忠告しておくぞ。アンタはそれなりに上手くやれてはいるが、やってるのは綱渡りだ。しかもベストを尽くせば尽くす程綱が細くなるふざけた仕様のな」

「綱渡りに失敗したら?」

「さあな。だが確実にアンタが望んだ結末には至れないぜ」

 

 最低でも食われるのは確定だな。

 

「ま、綱渡りから降りたいなら、今なら手伝ってやれるがな?」

「具体的には?」

「簡単だ。アンタが私のモノになればいい」

 

 ニヤリと笑うシリウス。相変わらず男前だね。

 

「アンタがトチって修羅場になったとしても、確実に守ってやるぜ?」

「ははっ、返事は前と変わらんよ」

「強情だな」

「そもそも自分のミスの尻拭いってのは、自分でやるもんだ」

「そうかい」

 

 シリウスは呆れたように肩を竦めると立ち上がった。

 

「帰るのか?」

「ああ、買う物が出来たからな」

「へぇ。なにを買うんだ?」

「あ? アンタに着けるための首輪だよ」

「待とうか」

 

 サラっとすごい事言われたんだが。

 

「アンタが誰のモノかはっきりさせておかないといけないからな。今後のために今のうちに用意しておくんだよ」

「待て待て待て、俺にそんな趣味はない」

「ん? 私が用意するよりも自分で用意させた方がいいか? 期待しておくな」

「用意しねーよ。てか首輪から離れろ」

 

 お前ら首輪がブームとかアホだろ。なお、結局シリウスの買い物を止める事は出来なかった。

 

 

 

 

 

「ようやく退院か……」

 

 退院のためにこの二日で取り出していた私物をカバンに仕舞っていたら、どこか感慨深い感情に襲われてしまい思わず呟く。そんな呟きに見舞い――ではなく迎えに来ていたエアグルーヴは小さく頷く。

 

「ああ、長い入院だった。ようやく日常に戻れる。全く、フジキセキへの襲撃といい、貴様の入院といい、非日常的な事がありすぎた」

「……ああ、うん。色々あったな」

 

 ぶっちゃけ、入院してからの方がインパクトがありすぎて、事件の事とか割と興味が薄れてるのは内緒だ。

 

「しっかし、職場復帰か……」

「ん? 何か思う事があるのか?」

「……一週間以上休んだもんだから、やらなきゃならん仕事が山になってるだろうからなぁ。正直、見たくない」

「そっちか……」

 

 どこか呆れ顔のエアグルーヴだが、こっちは割と真剣なんだよ。

 

「入院中は暇だったのだろう? 病院で出来なかったのか?」

「それはやってたんだが、持ち出し禁止の書類とか割とあってな……」

「あぁ……」

 

 事情が事情だから提出期限とかは配慮してくれるかもしれんが、大量に溜まってるのは確実だ。

 

「仕方がない。私も手伝ってやろう」

「いいのか?」

「構わん。いつも生徒会の仕事を手伝ってもらっている礼だ」

「マジか。助かる」

 

 溜まってるであろう書類はエアグルーヴでもこなせるものも多いはずから、割と早く片付けられそうだ。

 

「ただし仕事は明日からにしろ。17時からトレーナー室で貴様の退院祝いをする予定だ。チーム全員が参加するから、貴様も遅れるなよ?」

「相変わらず、こういった行事はきっちりしてんのな」

「当然だ。……ところで、貴様に一つ訊きたい事がある」

 

 そう言ったエアグルーヴの顔にはどこか躊躇いの感情が浮かんでいた。

 

「事件の顛末は私も聴いた。……貴様がなぜあんな事をしたのかも理解できた。私にも何も言わなかった理由もな」

「おう」

「その上で確認する。……あそこまでしたのは、フジキセキだったからか?」

「……」

「答えろ、トレーナー」

 

 じっとこちらを見つめってくるエアグルーヴ。耳にチラリと視線を向けると、思いっきり絞っている。お陰でこいつの質問の意図は、すぐに理解出来た。

つまるところ不安なんだろうな。

それが分かっているから、

 

「んな訳ないだろ。事件の当事者が誰だろうが、やる事は変わらねーよ」

 

 混じりっ気のない本音をストレートにぶつける。

しばしの沈黙。そして、

 

「……ふぅ」

 

 エアグルーヴは小さく息を吐いた。

 

「確かに貴様はそういう人間だったな」

「人間そうそう変わらないからな」

「そうだな」

 

 先程と打って変わって耳がピコピコと動いている。どうやら答えはお気に召したらしい。

 ちょうど私物の片付けも終わりカバン肩にかける。

 

「行くか」

「ああ、帰るぞ。退院の手続きは済ませてあるから、後はタクシーを拾うだけだ」

「タクシーだとそこそこ金掛かるし、歩いて帰らないか?」

「たわけ。病み上がりにそんな事をさせられるか」

 

 そんなやり取りをしつつ、脅迫文から始まった一連の騒動はようやく全て元通りになった。

 

 

 

 

 

「ところで、もう一つ訊きたいことがある」

「ん?」

「貴様は首輪を着けるのと着けられるの、どちらが好みだ?」

「お前もそれ訊くのかよ!?」

 

 訂正、一部色々悪化した。

 

 

 




脅迫状から始まった一連の話は今回で一区切りとなります。次回からは通常営業に戻る予定です。
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