マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
唐突な話だが、社会人なんてやってると講習会やら勉強会なんかを受けなきゃならないってのは、ままある事だ。会社勤めなんかだと仕事の関連でセミナーを受けなきゃならないってのは多いし、資格を取る時なんかでも講習ってのは必ずついて回る。運転免許なんかは最たる例だな。
んで、このセオリーだがトレセン学園に務めるトレーナーも例外じゃない。日々進化していくスポーツ科学についていくために定期的に学園主催の講習会が開かれているし、トレーナー同士での勉強会なんてのもやっている。
こういった講習会やら勉強会ってのは、基本的に座学がメインだ。こういった奴は知識を得るためのモノだから当然ではある。
ただ一部の講習には、机から離れて実際に身体を動かすタイプ、つまり実習もあったりする。
「で、今体育館を貸し切ってやってるのがそれなんよ」
「へー、トレーナーってそんな事もやるんだ!」
俺の解説にマヤノは面白いモノを見つけたと言わんばかりに、目を輝かせている。
そうそう、ただいまマヤノに誘われてグラウンドの片隅の木陰でランチの真っ最中だ。担当に誘われちゃ断る理由はないしな。
「実習って、どういう事をしているの?」
「色々やってるぞ。走るフォームを実際にやってみたりとか、怪我への対処方法の実践とかやってるぞ」
「そっか。前にマヤが転んで怪我した時に、トレーナーちゃんに処置してもらったけど、なんか手慣れてたのは講習を受けてたからなんだ」
「そういう事。因みに一部の実習は、希望があれば生徒も参加出来たりするんだ。エアグルーヴなんかも俺と一緒に講習を受けた事があるぞ」
因みにトレーナー向け講習会の方も生徒の参加は可能だったりする。将来の進路としてトレーナーを目指す生徒が出席するパターンは割とある。
「へー。……あれ?」
マヤノが不思議そうに首を傾げた。
「でも今日の実習は変な張り紙が貼ってあったよ?」
「あー、それか」
体育館を眺めるマヤノに釣られて、俺も視線を体育館に向ける。ここからじゃ見えないが、大方入り口には『只今貸し切り中』や『生徒立ち入り禁止』とかの張り紙が貼ってあるんだろうな。
「一応、生徒には知られてはいけない機密に関わる講習会って事になってるな」
「へー、機密なんだ。あれ? 一応?」
「そ、一応。エアグルーヴにも聴いたことはあるんだけど、『有名な話だぞ』とか言ってたから、あんな事やってもほぼ意味ないんだけどな」
「んー、聞いたことないかな? マヤにも教えて?」
キラキラした目でおねだりしてくるマヤノ。秘密と言われたら知りたくなるお年頃だし、この反応も当然だな。
「……俺が喋ったらアウトな気がするが、まあいいか。今やってるのは護身術の講習だ。それも対ウマ娘用のな」
「対ウマ娘?」
マヤノが首を傾げる。まあ疑問に思うのも当然っちゃ当然だ。ウマ娘を指導する側のトレーナーが、そのウマ娘と闘うための技術を磨いてるなんざ、傍からみりゃ矛盾してるだろうな。実際、俺もトレセン学園に就職した当初はそうだったし。
ただ、トレーナー側にも事情はあるんだよ。
「ほら、よく聞くだろ? 掛かったウマ娘がトレーナーを襲って、実家に連れて行くってやつ」
「うん」
「なんでも昔、一夜にしてトレーナー10人とそいつらが担当していたウマ娘が消えたって事件があったらしくてな。事態を重く見た学園は暴走するウマ娘への対抗手段って事で、護身術の講習を始めたらしい」
因みにその事件は『夜とうまぴょい事件』とか名前が付けられてたりする。元ネタ的にかなり不謹慎な気がするな。
「講習の内容はさっきも言った通り、掛かって暴走したウマ娘に対抗するための技術の習得だ。簡易的な護身術を教わるんだ。まあ、俺の場合は護身術なんて要らんがな」
「トレーナーちゃんはプロレスと空手が出来るしね」
「そうそう。ちょっと話が逸れるが、トレーナーの採用だと空手や柔道のような武道スキルを持ってると評価点にプラスされるんだ。俺の採用試験の時なんかは、これでかなり点数を稼いだぞ」
「流石プロレスラーだね」
そんな事もあってかトレーナーには実力はともかく、大なり小なり戦うための技能を持ってる奴ってのはそこそこいる。
「後、講習じゃ護身用の道具の使い方ってのも教わるな」
「もしかして、スタンガンやスタングレネードの事?」
「お、そっちは知ってたか」
「うん。シリウスさんから聴いた。確かトレーナーなら全員持ってるって。もしかしてトレーナーちゃんも?」
「おう、ちゃんと持ってるぞ」
こういった護身武器はトレーナー全員に配布されている。俺が幽霊騒ぎの時に使ったスタングレネードも学園から配布された奴だ。
「こういった道具は対ウマ娘って事で調節されていてな。掛かったウマ娘相手でも上手く使えば一発で無力化出来るぞ」
「トレーナーさん達も、色々やってるんだね」
まあ、俺はこういった道具は余り好きじゃないけどな。スタンガンにしろスタングレネードにしろ、後遺症が残る可能性ってのは捨てきれないって話だしな。だからフラッシュの時なんかも素手でやった。
ともかく、トレーナー側もただ狩られるだけの獲物じゃないってことだ。ただ、
「……あれ?」
マヤノが首を傾げた。
「でも、トレーナーとウマ娘が学園からいなくなるって話は、今でもよく聞くけど?」
「うん、合ってる合ってる」
実際、未だに学園からトレーナーが消えるって事件はよくある話なんだよ。つまるところ、
「……もしかして、護身術や護身のための道具ってあまり意味がない?」
「正解」
学園やトレーナーたちの努力は実を結んでいないのが現状だったりする。
「一撃必殺の武器を持ってても、スペック差がありすぎてな……」
「そっかー……」
基本的に、ヒトは護身武器を持ってもウマ娘とのスペック差を埋めるには至らないんだよ。
「つー訳で、護身術も武道もトレーナーにとっては必須スキルじゃなくて推奨スキル止まり。むしろトークスキル、つまり生徒との上手い付き合い方が重要視されてるんだ」
「そっか、そもそも掛からないようにすれば安全だしね」
「そういう事だ」
因みにその視点で言うと、俺のケースは思いっきり失敗してるぞ。しかも5人も担当してなお、全員対応ミスってやがる。つくづく今まで無事だったな。
「でもその点は、トレーナーちゃんは大丈夫じゃないかな?」
「ん?」
「だって襲ってきたウマ娘を返り討ちに出来たんだよ? もしここでマヤが飛びついても受け流せるんじゃない?」
「あー……」
キラキラした目ですっごい期待の視線を向けられているが、当事者の本音を言おうか。
「思いっきり加減してくれたらやれなくもないが、全力で来られたら流石にキツイな」
「えっ、そうなの? マヤもニュースで見たけど、トレーナーちゃんは犯人を綺麗に投げ飛ばしてたよ?」
「あれはフジの前に飛び出して相手に動揺を誘ったんだ。で、俺はその隙を突いたって感じだな」
相撲でいう所の猫だましと同じ原理だ。あ、因みにフラッシュの場合はうまぴょい()目的で手加減してくれたお陰で勝てたからな。
「そもそもの話、ヒトの対ウマ娘戦術ってのは相手の意表を突くのが基本なんだ」
「意表を突いて主導権をとるって事?」
「正確には主導権をとっている間に確実に相手を倒さなきゃならない、だな。だから空手や軍隊格闘なんかのウマ娘を想定した戦い方ってのは、一撃で急所を突くか転ばして相手を動けなくするかなんだ」
「ふーん、そうなんだ」
そんな感じで、ウマ娘にやるには些か物騒な話ではあるが盛り上がっていた所、
「へー、意外ですね、巷じゃウマ娘より強いって言われている先輩がそんな事言うなんて」
背後からそんな声が聞こえた。振り返るとジャージ姿の細いながらも引き締まった身体の男がたたずんでいる。見知った顔だ。
「よう、小林か。どうした?」
「今やってる護身術の講習で配られたレジュメ、持ってきましたよ。不参加でも資料だけは読んでおけ、だそうです」
「おう、サンキュー」
小林から資料を受け取る。そんな光景に、マヤノは首を傾げた。
「トレーナーちゃんの後輩?」
「ああ、何年か前にトレセン学園に入った後輩だ。結構腕が良いって評判だぞ」
「君がマヤノトップガンだね。先輩から話はよく聴いてるよ。よろしく」
「よろしくね、小林さん」
お互いの自己紹介が済んだところで、ふと疑問が浮かんできた。
「そういやお前も講習はどうしたよ? 俺は怪我が治り切ってないから免除だったけど」
「護身術の講習って必修じゃないですから、出ませんでした。そもそもああいう戦うのとかって苦手ですし」
「そういやそうだな」
護身術の講習ってのは参加者こそ多いものの、護身術の有効性が微妙って事で任意参加だ。だから樫本さんのように体力に自信がなかったり、こいつみたいに別の武器を持ってる奴は参加しないケースが多い。
「まあ、お前は口が上手いから掛かる前に何とかすればいいからな。そこは羨ましい」
「そこはいつも気を使ってますから、そうそう掛かるなんて事はありえませよ」
「あー、まあ基本そうだな。てかその発言、フラグにしか聞こえないんだが?」
「それに仮に担当が掛かったとしても僕には脚もありますからね。もし掛かったウマ娘相手でも、逃げ切ってやりますよ」
「おう死亡フラグ重ね掛けすんなや」
「ゲームじゃないんですから……」
ニヤリと笑う小林に若干呆れつつも笑う。
実際、逃亡ってのは護身の観点においては答えの一つだ。危険から身を遠ざけるのは護身の本質だからな。ウマ娘相手にド突き合った俺よりも、護身に関しちゃ小林の方がよっぽど上手くやれるだろう。
そんな俺たちの姿にマヤノは首を傾げていた。
「待って? 逃げ切るって……、相手はウマ娘だよ? 幾ら足が速くても無理なんじゃ?」
「あー、普通ならそう思うよな」
実際、コイツは足は速いが、ウマ娘には絶対かなわん。平地で競走した所ですぐに追いつかれるだろうさ。ただこいつの場合、ちと特殊だ。
「平面じゃ勝てないけど、三次元の機動なら負けないさ」
「三次元?」
「こいつ、趣味がパルクールなんよ」
パルクールってのは街中に置かれている物や自然の地形を障害物に見立てて、走ったり、跳んだり、登ったりするスポーツだ。動画サイトとか探してみると、中々ダイナミックなモンが見られるぞ。
「パルクールなんてやってると、学園にいても自然と『ここ登れそうだな』『ここなら跳べそう』とか考えちゃうからね。相手がウマ娘でもそうそう追いつけないよ」
「ふーん……」
ちょっと面白くなさそうだなマヤノ。露骨にブー垂れてるぞ。まあ走るのが大好きなウマ娘が、ヒトに走りで負けないとか言われたらそうもなるか?
「そういえば、お前の担当のデュオハーンはお前がパルクールを趣味にしてるのは知ってるのか?」
「僕がよく使ってるパルクールのコースには連れていった事はないですね。あ、でも前にデュオと裏山のコースを見に行った時に言ったかも」
「そっかぁ……」
知ってるかぁ……。俺が嫌な予感がしているのを尻目に、小林は腕時計に目を落とす。
「っと、そろそろ良い時間じゃないか。もう行きますね」
「なんか用事があるのか?」
「デュオから相談を受けてるんです。料理の試食をして欲しいって。前からあったんですけど、最近多いんですよ」
「お、おう……」
「……あっ!」
マヤノも何かに気付いて目を輝かせ始めた。待て、まだ詳細次第ではまだセーフだ。
「小林さん、デュオハーンさんの料理って美味しい?」
「? 美味しいよ? なんだか実家を思い出す味だったね」
「そっか」
「そっかー……」
デュオハーン露骨すぎない? てか小林も気づけよ。マヤノなんざニッコニコだよ。コイバナとか好きなんな。
「それじゃあ先輩、また今度!」
「おう。こう……。担当はちゃんと気に掛けろよ?」
「? 当然ですよ? それじゃあ!」
慌てたように校舎に向かって駆けていく小林。その姿を見送りながら、マヤノが呟いた。
「トレーナーちゃん。デュオハーンさんってどんな娘なのかな?」
「……何度か小林と一緒に会ったが、中々活発な娘だったな。先月会った時は小林に懐いてはいたが、そこまで露骨じゃなかった」
「でも、一か月もあれば、何かの切っ掛けで恋心に変わる事もあるよね」
「せやな……」
「女心と秋の空」なんて言葉があるし、この一か月で色々心変わりがあったらしい。てか俺も人の事言えないけど、小林の奴、ウマ娘との付き合い方の基礎である「担当との距離感に気を付ける」に失敗してんじゃねーか。
「デュオハーンさんも頑張ってるみたいだし、成就して欲しいかなー。もしかしたら本当にカップルが成立するかも?」
「そこはまあ、小林の返事次第だな。アイツ前から彼女欲しいって、よく合コンに行ってるし、ワンチャンはある」
「ホント!?」
実例は少ないが、表向きは唯のトレーナーとその担当って奴が、その裏で付き合ってるってのは、あるっちゃあるし。因みにそういう関係になったウマ娘って妙に強くなるってジンクスがあるらしい。
「……ただ合コンがネックだな。これ逆に言えば学園の中の異性には興味ありませんってサインでもあるし」
「あっ……」
デュオハーンがこれをどう捉えるかは、彼女の性格とその時の精神状態や環境、その他諸々が複雑に作用するから予測は出来ん。最悪の場合? とっても愉快な事になるぞ。
「大丈夫かな?」
「とりあえず、上手くいくように祈っとけ。俺達にはそれしか出来ん」
「そうだね。デュオハーンさん頑張って」
……多分マヤノと俺とじゃ『上手くいく』の捉え方が違ってる気がするが、気にしないでおこう。
小林トレーナーにフラグが立ちました。