マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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久々に平和な回です


17話 食はマジで大事

 

「いつも不思議に思っているのですが」

「ん?」

 

 夕方の栗東寮。フジの許可の下で栗東寮の台所を借り、フラッシュからのある頼み事のために料理の腕を振るうべく、前段階としてトートバッグから中身を取り出していると、同じく料理道具を準備しているフラッシュが疑問を投げかけてきた。

 

「トレーナーさんは私たちの食事については余り口を出しませんね」

「まあそうだな。それがどうした?」

「トレーナーさんは筋力トレーニングのような身体作りが得意ですし、身体作りの一環として、食事メニューもトレーナーさんが指定した方がより効率的かと思いますが、しないのですか?」

「あー……」

 

 トートバッグから先程フラッシュと買ってきた米や鶏むね肉や干し椎茸、オクラやカレー粉といった食材を取り出しながら、曖昧に相槌を打つ。

 実際、俺はチーム・デネボラのメンバーには「これを食べろ」とか「これは食べるな」とかの食事メニューの指定は基本していない。精々口を出しても「バランスよく食べろ」程度だ。幸いチームメンバーには偏食家がいないから、口を出すことがないのが現状だが。

 

「実は昔何回かやった事はあるんだ。ただ滅茶苦茶不評でな……」

「不評、ですか? でもそれで強くなれるのだったら問題ないのでは?」

「いや、俺の場合はちょっとやりすぎてさ……」

「やりすぎ?」

 

 十合炊きの炊飯器を準備しつつも首を傾げるフラッシュ。まあ、そこら辺の話はフラッシュを担当する前の話だから、知らないのも当然か。

 

「一回目はエアグルーヴの専属トレーナーになった直後だな。俺の身体作りの経験をエアグルーヴの身体作りに応用しようって事で、エアグルーヴの食事メニューを指導してみたんだ。……あ、包丁とまな板も出してくれ」

「はい。――確かにエアグルーヴさんなら、合理的な理由であれば実行しますね」

「ああ。始めたときはエアグルーヴもやる気があったから、俺も張り切ったんだがな……、一か月で調子を崩し始めたから慌てて中止したんだ」

 

 最後ら辺なんか死んだ目で飯喰ってたからな。明らかにあれはヤバかった。

 

「調子を崩した、ですか? 食事が合わなかったのですか?」

「いや、メンタルに来てた。……初手で俺と同じメニューは流石にやりすぎた」

「……確かトレーナーさんがいつも食べてる食事は、主にブロッコリーや鶏むね肉を茹でたモノですよね?」

「しかも味付けナシな。俺なんかは慣れてるが、エアグルーヴはこれまでは普通の食事をしてたしなぁ。しかもアイツの場合、真面目過ぎるからチートデイも設けなかったと来たもんだ。そりゃ毎食味気ない食事になったらメンタルに来る」

 

 慌ててカフェテリアに担いでいって好きなモン食わせたら、「食べなれていた食事がこんなに美味しく感じるのは初めてだ」って泣き始めたのは、よく覚えてる。うん、あの時はエアグルーヴには悪い事をした。

 

「っと、取り皿はいらないから仕舞っといてくれ。――あの事件以来、よっぽどの事がない限りは食事に口を出さないように決めたよ」

「はい。――そんな事があったんですか……。あれ、でも何回かあったって言いましたよね?」

「ああ、どうしても食事メニューに口を出さなきゃならない時もあったからな。因みに二回目はフジの皐月賞の後の三冠路線のための脚質改善の時期だな」

 

 トレーナー業を始めてそこそこ経つが、今思い返してもあの時が一番ハードな時期だな。

 

「その話は私もフジキセキさんから聞いたことがあります。かなりハードなトレーニングだったとか」

「今だから言えるが脚壊さないか毎日がヒヤヒヤしたもんだった。んで、何とかレースに間に合わせるためにも、食事メニューの方でも効率化させる必要があったんだ」

「菊花賞はともかく、次走のダービーまで一か月しかありませんから仕方ありませんね」

「本人もそれは分かってたから、素直に従ってくれたな。因みにその時はちゃんとチートデイを入れておいたぞ」

 

 レースまで時間がないとは言っても、チートデイ無しはマジでストレスで潰れかねないからな。本人が要らないとか言ってたが、無視して無理矢理突っ込んでおいてよかった。

 

「今の所チームメンバーに具体的に食事メニューを作ったのはフジで最後だな。後は緊急のダイエットって事で相談された時に、多少アドバイスをする程度だな」

「なるほど」

「結局、食事ってのは身体作りのためにも大切な要素だが、同時に娯楽でもあるからな。そこら辺も考えると、よっぽどヤバい喰い方でもしない限り口を出さない方がいい、ってのが俺の持論だ」

「納得しました。確かにトレーナーさんの方針の方がいいのでしょうね」

「おう、分かってくれるならよかった」

 

何事もバランスが大事、って事だな。効率を求めるタイプのフラッシュも納得したのか頷いてくれた。

 

「しかし――先程もおっしゃったように、ダイエットの時は別ですね?」

「当然。口を出さない理由はないな」

 

 減量となるとカロリー制限は必須だからな。俺の言葉に深く頷くフラッシュ。そしてフラッシュは視線をキッチンの隅に向ける。そこには、

 

 

 

 

 

「そういう訳ですので、ファルコンさんには私のトレーナーさん謹製の食事メニューを食べて頂きます。よろしいですね?」

「救いはないのかなー!?」

 

 フラッシュと同室のスマートファルコンが正座していた。因みにファルコンの姿だが、前振りから分かるように、前に見たときよりも明らかに全体的に丸くなっている。

 

「救いはありません、諦めて下さい」

「バッサリ切られた!?」

「そもそもこうなった原因は、可愛いのリサーチのためと言って、デパ地下や近所の有名店のケーキ全メニューを食べ比べをして順調に太ったファルコンさんにありますから」

「そりゃ太るわ」

 

 むしろよくケーキばっかりそこまで喰えたな。

 

「因みにファルコンのトレーナーはどうしてんだ?」

「一時間程説教した後、ファルコンさんにひたすらプールでトレーニングをさせていました。今はトレーナー室に籠っているので、恐らくトレーニングメニューを作っているのかと思います」

「明日からハードトレーニング確定だな。まあ、話は分かった。昨日送られてきたアプリのメッセージにも書いてあったが、食事メニューはフラッシュが協力するんでいいんだよな?」

「はい。ファルコンさんの食事はしっかりと管理させて頂きます」

「あの、手心とかあるといいなーって……」

「ありません。覚悟していて下さい」

 

 ダイエットで手心とか意味ないしな。

 

「あの……今日の夕飯は、もしかしてエアグルーヴさんやフジキセキさんが食べてたような、味付け無しの野菜を茹でただけの食事になるのかな?」

「お望みならば、今からでも作りましょうか?」

「きょ、今日だけなら……」

「当然、痩せるまで続けますが?」

「それは辞めて欲しいかなーって……」

 

 激おこのフラッシュを前にファルコンの腰が引けてやがる。まー、自分が蒔いた種だから助ける義理はないが。

 

「まー、今回は流石にそこまではしないから安心しろ。代わりにいいダイエットメニューを見せてやるよ」

「昨日言っていたメニューですね。よろしくお願いします」

「あの……フラッシュさん? フラッシュさんのトレーナーさんが明らかに悪い顔で笑ってるんだけど……?」

「気のせいです」

「そうそう、気のせい気のせい」

「絶対嘘だよね!?」

 

 ファルコンがごちゃごちゃ騒いじゃいるが無視して、早速料理を始めようと思う。

 

「さて、今から作るのは簡単に作れる上に、そこそこ美味くて栄養豊富、カロリー計算もしやすいダイエットメニューだ。ダイエット初心者にもお勧めだぞ」

「カロリー計算がし易いのはダイエットメニューに適しているのは分かりますが、味もアピールポイントになるのですか? しかもそこそこではアピールにならないと思いますが」

「美味すぎると食べ過ぎるって事があるからな。ダイエットの時は「そこそこの美味さ」の方が良かったりするんだ」

「なるほど。食材はお米に鶏むね肉、干し椎茸に乾燥ワカメ……。炊飯器を用意していましたし、作るのは炊き込みご飯のようなものですか?」

「それに近いな。んじゃ作っていくぞ。まずは米を研いで、炊飯器に入れる」

「では私が」

「いや、次は包丁を使う方からそっちを頼む」

「分かりました」

 

 折角人手が二人もいるからな。分担するのがいいだろう。

 

「それじゃあ鶏むね肉の脂を切り取ってくれ」

「はい」

「お、流石に手慣れてるな。っと、鶏肉は切り分けなくていいぞ。丸々炊飯器に入れるから」

 

 胸肉本体に包丁を入れようとしたところで、ストップをかける。

 

「それでは食べ難くなるのでは?」

「調理工程で肉がばらけるんだよ。だから切り分けてやってもいいんだが、そこまで意味ないんだ。――おし、こっちは準備出来た。胸肉を炊飯器に入れてくれ」

「はい」

「んじゃ、残りの食材も入れていこうか。つーても後は炊飯器に入れるだけだがな。まずはオクラ。こいつを入れると鶏肉が柔らかくなるからお勧めだ。本来ならヘタを取らなくてもいいんだが、気になるなら取っちまっても構わない」

「では取ってしまいますね」

「即答だな、もう全部取っちまったし。次に入れるのは旨味成分として干し椎茸と乾燥ワカメを投入。入れる量は作り手の好みだな。俺が作る時はおおよそ一掴みだが――」

「正確な量でお願いします」

「という訳で、今回は椎茸30グラム、ワカメ10グラムで行こう。椎茸の方が歯ごたえあるから、こっちを多めにしておくぞ」

「これで食材は全部入れましたね」

「後は味付けにカレー粉を大匙3、味を調えるために塩コショウ適量入れたら、水2リットルを入れて炊飯だ」

 

 蓋をしてスイッチオン。調理はこれだけだから、ホントに簡単だぞ。

 

「これで炊き上がれば完成ですか」

「いや、更に8時間保温で蒸らして完成だ」

「そんなに時間をかけるのですか」

「そっかー、それじゃあ今日は食べられないね!」

 

 今までキッチンの片隅で気配を消していたファルコンが滅茶苦茶元気になった。よっぽど俺の作った料理を食いたくないらしいな。だがな、ファルコンよ。

 

 

 

「という訳で、これが8時間蒸らした完成品だ。喰え」

「あるの!?」

 

 トートバッグからタッパーに入れた件の料理、通称「沼」を召還する。

 そんだけ時間かかるもん作るの事前に分かってんだから、事前に用意するとか普通じゃん。

 

「って、見た目悪すぎない!?」

 

 ファルコンが「沼」の外見にドン引いている。その感想はまーしゃーないな。入れた具材がグズグズに溶けたせいで、見た目ゲロだもんコレ。

 

「つーても、変なモンは入れてないのはちゃんと見てたろ」

「そうですね。あの食材ならば食べられない程不味いという事はありえません。見た目は少々悪いかもしれませんが、ファルコンさんには私たちの目の前で食べきって頂きます」

 

 フラッシュがタッパー片手にファルコンににじり寄っていく。

 因みにフラッシュは事前に栄養素の説明と味見をさせて変なモンじゃない事は確認させてあるから、ファルコンに「沼」を喰わせるのに躊躇はないぞ。

 

「待って!? 見た目が悪すぎて食べたいとも思えないんだけど!?」

「まー、ぱっと見ゲロなせいもあって、食欲減衰効果がついてくるしな。その点でもダイエットにはピッタリだ」

「もう少し真面な見た目のメニューとかなかったのかなぁ!?」

「沼の亜種で、トマトリゾットに近い『マグマ』もあるぞ。見た目もほぼトマトリゾットだ」

「それでよかったんじゃない!?」

「いえ、ダイエットならば外見による食欲減衰効果も効果的です。ではファルコンさん、覚悟してください」

 

 フラッシュがそんなことを言ったと思ったら、次の瞬間にはファルコンを壁に抑え込んでいた。一瞬過ぎて見落としたぞ。因みに手に持っているタッパーは欠片も零れていない辺り流石だ。

 

「待って、待ってええええぇ!?」

「大丈夫です、見た目は色々と危ないものを連想させますが、味は私が保障します」

「その見た目のせいで食べたくないんだよ!?」

「これもファルコンさんのためです。はい、口を開けて下さい」

「いやあああああぁ!?」

 

 スプーンですくった沼を徐々にファルコンの口に近づけるフラッシュ。その手の趣味がある奴なら、興奮するかもしれない光景だな。持ってるもんがアレなのは無視しろよ!

 そして、

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああ―――あっ」

 

 

 

 ファルコンの悲鳴が栗東寮に響き渡った。

 




なおここで紹介した沼はマジであります。
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