マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
トレセン学園ってのは競走バの養成機関ではあるが、同時に中高生の教育機関の側面もある。てか実の所、教育機関の側面の方も結構大きかったりする。
「レースだけが人生ではない」
これは先々代の理事長の言葉だ。
どんなに強い競走バもいつかはレースの舞台から降りる。だがその後も人生は続く。そんな人生の岐路に立たされた時、レースの事しか教えられていなかったウマ娘は、どうすればいいか分からず迷走してしまう。実際、引退したスポーツ選手が破産してしまうって話はよくある話だ。
そんなウマ娘を生み出さないためにも、トレセン学園は勉学にも力を入れている。文武両道を指標の一つとしちゃいるが、その裏側にはこういった生臭い事情があるんだよ。
で、そんなレースバカ防止策のための一環としてだが、学園は将来の進路相談にも力を入れてたりする。これも分かりやすく、レース後のビジョンを意識させるための奴だな。希望する進路によっては学園が職場体験の場をセッティングしてくれたりと、こちらにも力を入れている。
ただまぁこの進路相談、受けるのが個性豊かなトレセン学園の生徒なもんだから、色々と怪しかったりや愉快なモンが書かれていたりすることが割とある。俺が見た事あるやつで具体例を挙げると、第三志望に「海賊王」とか書いてあった奴とかそんな感じ。
まあこの程度なら全然良いんだ。こんなもん中高生のちょっとしたおふざけなんだし、実害もないから目くじらを立てる程じゃない。
だがな、中には色々とヤバい事をガチで書いてくる奴もいるんだよ。しかも割と頻繁にあるとか言うオチまでつけて。俺もそれを実際に見たときは白目剥きそうになったぞ。
具体的に何が書いてあるのかって? ……進路の希望欄の第一志望にデカデカと力強く書いてあんだよ。
「トレーナーのお嫁さん」って。
「進路希望に結婚が書かれているのだから、ウマシィの購買部への入荷は検討するべきだろう?」
「止めよ? 真顔でボケるの止めよ? お前までボケたら収拾付かないからな?」
花壇から場所を移して生徒会室。唐突にとんでもない事を言い出したエアグルーヴにツッコミを入れる。この娘完全に素でボケてやがる。何とかここでコイツを止めないと、別の騒動が起きかねない……!
「お前ら学生だぞ。流石に気が早すぎるわ」
「だが卒業後すぐに進路希望通りにトレーナーと結婚する生徒はいるぞ?」
「それ大体トレーナーがうまぴょい(桃)された結果だからな?」
うまぴょい(R-18)→実家に挨拶→結婚、が基本パターンな。その後トレーナーが学園にいられるかどうかは、そいつら次第だ。まあこの黄金パターンの場合、辞めていく奴が割と多めだが。
「いや、うまぴょい(ピンク)なしでも結ばれている者たちもいる」
「そーだけどさー、マジでいるけどさー」
よくあるうまぴょい()案件じゃなくて、マジで相思相愛になった末に結婚する奴もいるからタチ悪い。因みにそうなるパターンは、ウマ娘側だけじゃなくてトレーナー側も極まってるような奴らだ。代表的なのはアグネスタキオンとそのトレーナーな。アイツ等マジで二人の世界作ってるし。
「そーいう奴らは割と計画的にやってけるから、わざわざ学園で結婚情報誌を仕入れる必要はないだろ」
「いや、そうでもない。卒業後に直ぐの結婚だと、卒業関連のあれこれでリソースを取られてしまって、結婚のための準備が上手くできていない事が多いと聞いたことがある」
「そうなん?」
「ああ、以前会長が仰っていた。何でも卒業生の事を考えて色々と調査した事があるらしい。流石会長だ」
「それ多分、全力で自分が当事者になるつもりだから調べたんじゃね?」
ルドルフって自分のトレーナーを狙ってシービーと全力でバトってるし。
「つーか、そういう双方完全に合意してる奴らなんてレアケースだぞ。大体はうまぴょい(身体)パターンだからな?」
「いや、そういうパターンこそウマシィは必要だろう。ウマ娘が掛かった勢いで突き進むせいで、後々苦労する事があるという。そんな彼女たちが無事に円満な家庭を築くためにも、事前に知識を持っておいた方が良かろう」
「……いや、ウマシィにそこまでの情報はないと思うぞ? なんか紙面のほとんどが広告とか聞いたことあるし」
「いや、情報自体はしっかりと書いてある。問題はないだろう」
「そうなのか」
「ああ」
しれっと言ってるけど、コイツってウマシィ読んだことあるのか……。
「てか学園じゃ需要が限定過ぎるだろ。そもそもトレーナーと契約出来ない生徒が大半だし、担当契約出来た奴でもトレーナーを狙ってる奴なんて更に少数だぞ」
「私も別に大量入荷しようとは考えていない。数冊程度の入荷で問題ないだろう。そうでなくとも、多くの生徒はいつか結婚するんだぞ。今のうちにそういった知識を持っておくのは損ではない」
因みにトレセン学園卒のウマ娘が将来結婚する確率は、日本の女性及びウマ娘の結婚率と比べて高かったりする。トレセン学園は競走バ養成機関だが、同時にお嬢様学校だからな。入学できるだけで箔が付くらしく、トレセン卒は売り手市場とかなんとか。
閑話休題。エアグルーヴは色々と理論武装をしてでも、ウマシィの導入をしたいのはよくわかった。エアグルーヴがこれだと、多分他の生徒会メンバーも同意見になる可能性は高い。それを踏まえて、だ。
「いやー、そこまで言われても学園に結婚情報誌を置くのはないわ」
ヤバいもんはヤバいんだよ……。エアグルーヴの要望に真っ向からNOを突き付ける。
「む、何故だ?」
「どう考えても、ウマシィ読んで掛かってトレーナーに突貫してくるオチしか見えねーよ。絶対付録についてくる婚姻届けもってサインさせに来るって」
生徒に人気の少女漫画が原因で掛かったパターンもあるんだぞ。そんな奴らにウマシィなんて放り込んでみろよ。確実に掛かってトレーナーに突っ込んでいく生徒が出るわ。
「てか学園側もウマシィ導入したいなんて言われた所で、全力で止めに来るぞ。特にトレーナー陣が」
「む……」
で、俺が言った予想なんて、よっぽどの新人じゃない限り思いつくだろうさ。喰われる側のトレーナーたちも全力で阻止しようとするだろうさ。
「だがあの理事長ならば認めるかもしれんぞ?」
「かもしれないけど、その場合でもトレーナー陣が徒党を組んで全力で理事長を止めに掛かるぞ。トレーナーの大多数が止めに入ったら、流石の理事長も動けないだろ」
よっぽどの重要案件ならともかく、今回はたかが結婚情報誌の導入の可否だから、理事長の本心は別としてもこれから起こりうるであろう被害を鑑みてトレーナー側に就くだろうさ。仮に理事長がダメでも他の理事は確実にトレーナー側に就く。そうなれば流石にトレーナー側の要望は通るはずだ。
そうなれば生徒会を始めとした生徒たちがいくらウマシィを希望しても、学園内の力関係的にウマシィが購買部に並ぶ事はない。
「ふむ、貴様のいう事ももっともか……。ならば、この要望は却下しておこう」
「そうしてくれ。トレーナー陣のためにも」
納得した様な表情と声色をしてるけど、露骨に耳と尻尾が残念そうにペタンとしてるのは見なかった事にしておこう。
ともかくヤバい案件が事前に潰せた事に今は喜んでおこうと思う。
「――という事があった」
「そっか、残念」
消灯時間前の栗東寮の談話室。生徒たちが各々過ごす憩いの場の一角で、私はフジキセキと談笑をしていた。
「私も前々から読んでみたいとは、思っていたんだけどね」
「後学のためにも読んでおくのも悪くないぞ。結婚式など一生に一度きりだからな。目新しい事ばかりだ」
「へえ、今度買ってみようかな? ……でもトレーナーさんは、ダメって言ったんだよね?」
「ああ。悔しいが、強引に進めても負けると分かっている以上、あそこは引くしかなかった」
悔しい事ではあるが、トレーナーが語った予想は説得力があった。恐らく学園側はウマシィの導入には明確に反対の立場をとるだろう。そうなってしまえば幾ら生徒会の権限が大きいとはいえ、力関係では学園側が上である以上、その決定を覆すことは出来ない。騒動にならない内に事が収まったのは僥倖ともいえるだろう。
だが、
「そっか。――それでさ?」
「む?」
「エアグルーヴは諦めるつもりなのかな?」
「まさか」
だからと言って簡単に諦めるつもりなどない。いたずらっぽく笑うフジキセキに笑って返す。
「ウマシィの件は会長にもお伺いを立てたが、導入には即座に賛成された。『学園のウマ娘たちの未来のためにも、参考になる資料は導入するべきだ』と仰っている」
会長が味方に付いたのなら千人力だ。これで勝ちは確定したようなものだ。
「でも購買部はダメなんだよね?」
「ああ、流石の会長でもそれは不可能だろう」
先も言ったが会長を始め生徒会が全力を出したところで却下されるだろう。ならば、
「購買部がダメなら、別の場所に置けばいい」
ニヤリと笑って見せながら、ポケットからとある用紙を取り出しフジキセキに手渡す。
「先程書いておいた要望書だ。受け取ってくれ」
「うん。確かに受け取ったよ」
要望書を受け取ったフジキセキは、とてもいい笑顔をしている。
ウマシィを購買部に置けないのなら、寮に置いてしまえばいい。そうすれば入寮している生徒全員が読むことを出来る。むしろ情報共有という面で言えば、購買部で仕入れるよりもずっと生徒のためになる。
「うん、『情報誌』だね。値段も安いしこれなら通せるよ」
「ああ、頼む。必要ならば生徒会も協力しよう」
「その時はお願いするよ」
学園に請求書を出す際には、「情報誌」とだけ報告すれば問題なく通るだろう。よっぽど高ければ詳細を求められる事もあるが、ウマシィの値段は数百円程度なので、学園側もいちいち気にしない。こんな事が出来るのも学生自治の権限が強いトレセン学園だからこそだ。
「美浦寮の方は?」
「手筈通りなら会長がヒシアマゾンに要望書を出しているはずだ。抜かりはない」
「ならよかった。……それにしてもよかったよ」
「む? 何がだ?」
「ウマシィの件を知っているのが、トレーナーさんだけって事」
「ああ、なるほど。確かにな」
仮に生徒会でウマシィ導入を要請して騒ぎになっていたら、このような裏技は使えなかった。情報誌として請求書を出しても、学園はそれを怪しんで確実に調査しに来ただろう。
そう考えると、あの時私を止めてくれたトレーナーには感謝しかない。
「トレーナーには礼をしないといけないな」
「そうだね。私も協力するよ」
「ああ、頼む」
感謝するぞトレーナー。貴様のお陰で余計な騒動を起こさずに済んだのだからな。
この後二人でいい笑顔を浮かべながらニンジンジュースで乾杯した。
ここのエアグルーヴはトレーナーの影響で色々と強かになっています。