マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
トレセン学園はイベントってのは結構多い。具体例を挙げると学園主催の年二回行われるファン感謝、生徒会主催のリーニュ・ドロワットといった所か。運営する組織は違うが、割と頻繁に何かしらやってる覚えがある。まあ何でもかんでもレース一色ってのよりは情緒教育的にもいいだろうから、俺としては文句はないがな。
で、こういうイベント系だが、基本的にトレーナーはノータッチだ。特に生徒会主催系なんかはトレーナーが出しゃばってもしょうがないからな。
だが逆に学園主催系のイベントだとトレーナーも無関係ではいられない。トレーナーはトレセン学園に雇われている身だからな。イベントがあった時なんかは運営に駆り出されるし、チーム持ちだとチームとして出し物をする事もある。
そんなイベント盛りだくさんのトレセン学園だが、トレーナーにとって最も重要視されているイベントってのがあったりする。
「またこの時期が始まりましたね」
「ですねぇ」
そろそろ夏合宿のシーズンが近づいてきたある日の昼、トレセン学園内にある職員棟の一角。俺は樫本さんとエントランスの片隅で茶をシバいていた。サボりじゃないぞ。書類仕事がひと段落ついたから休憩してるだけだ。因みに樫本さんも同じ理由だぞ。
「しっかし、相変わらず殺気立ってますね」
「皆さんも必死ですから、仕方ありません」
「初見の時は現役時代のブックなしの試合前を思い出しましたよ」
「それ程なのですか」
「まあ直ぐに慣れましたが」
「流石ですね。私は学園にそれなりにいますが、未だに慣れません……」
エントランスに目を向けると、学園に所属している新人、ベテラン問わず多くのトレーナーたちが集結しており、その誰もが真剣な表情で話し合っていた。特に新人トレーナーなんかは土下座する勢いで他のトレーナーに頭を下げているのが、あちらこちらで見える。
「ま、そこまでする気持ちは分かりますがね」
「ええ、ここでの努力が担当の今後に影響を与えかねません」
もっともこうなった原因ってのは分かっている。そして俺たち二人はエントランスでバトってるトレーナーたちの行動を否定する気なんざなかった。
「種目別競技大会の日程が正式に発表されましたからね。そりゃ俺たちトレーナーには死活問題ですよ」
――種目別競技大会
年二回行われるトレセン学園内のレースイベントの一つだ。デビュー前、デビュー済み問わず生徒全員に参加資格があり、好きなレースにエントリーが可能。このレースは全国から注目されており、観覧客も大勢集まる一大イベントだ。
学内や世間じゃ、デビュー前のウマ娘にとって、デビュー済みのウマ娘と肩を並べて戦える貴重な機会として、多くのウマ娘が参加するレースイベントと見られているんだが……、実はこのレースイベント、トレーナー側にとっても後の活動に関わる事柄が決定される色々と重要なイベントだったりもする。
「種目別競技大会の成績で施設利用優先権が得られるシステムになっているので、トレーナーにやる気があるのは健全な事なのでしょう」
「でしょうね。談合よか、よっぽど健全だ」
トレーナーたちが種目別競技大会で得られるものは、トレセン学園におけるグラウンドやトレーニング設備の優先使用権。俺たちトレーナーは、この使用権を獲得するべくバチバチに戦う事になる。
……この優先使用権ってけったないもんが出てきた背景だが、トレセン学園の生徒の規模に対してグラウンドやトレーニング施設が足りてないってのがあるんだ。幾ら広大な敷地を持つトレセン学園とはいえ、チーム持ち、専属、ついでに未契約ウマ娘が一律に満足できるトレーニングが出来る程のキャパはない。
そこで学園上層部が作ったのがトレーニング施設の優先使用権って訳だ。事前申請すれば好きなトレーニング施設を好きな時間使う事が出来る優先使用権は、トレーナーにとって垂涎ものの代物。学園はトレーナーの士気向上のために、優先使用権を種目別競技大会の景品にしている。(因みに最優秀チームには、学園が郊外に保有している少人数向けの練習施設、特別練習場の最優先使用権が贈呈される)
……この話を初めて聞いた時、こういうのって、普通はレースで良い成績を取ってたら貰えるとかそういうのだと思ってたな。なんでも今の形になったのは、昔滅茶苦茶強いチームがあって、そいつらが優先使用権を独占してたから、それの解消のために始まったとかなんとか。
閑話休題。そんな種目別競技大会の裏で行われる使用権争奪戦だが、大会での成績とここ半年で挙げたレース成績を数値化し、ポイントが多い奴らが使用権を獲得できるルールになっている。
これだけ聞けば、トレーナー同士によるバトルロワイアルを連想するだろうが、このルールそこまで単純な話じゃない。
実は学園で採用されているチーム制が原因で、全方位が敵って訳じゃなくなっていたりする。事実、目の前のエントランスじゃ複数人のトレーナーが集まって真剣な顔をして話し合ってる姿が、あちらこちらで見られている。
「しっかしまあ、この優先権争奪戦も面倒なルールが紛れているとは思うんですがね」
「何がです?」
「同盟ルール」
この優先権獲得競争だが、当然学園側からルールも設けられている。大まかには、
〇各トレーナーの担当バの出走人数は自由。
〇複数回行われるレースの順位、タイムによってポイントが加算。ただし規定人数以上が参加していた場合、トレーナーが指定した順位ポイントを削減し規定人数分のポイントとする。
〇最終的にポイントが多いチームから、順次優先権を獲得。
こう見ると、トレセン学園の公式ホームページに常時紹介されており、ベテラントレーナーが理事長の指名を受けて結成している一等星を冠した大規模チーム、通称「公式チーム」が有利なルールになっている。(因みに公式チームには多くの担当がいる分、いくつも優先権が必要になるから、とかなんとかほざいてる)
だが、非公式チーム及び専属が完全に不利という訳ではない。非公式、もしくは専属のトレーナーは一定規模までの同盟が許可されていて、この同盟で公式チームに対抗するようになっている。(なお公式チームの同盟は禁止されている)
「種目別競技大会は完全個人戦なのに、その裏側がチーム戦はマズいでしょう。絶対どっかがチーム戦仕掛けてきますよ?」
「ええ、武藤トレーナーの懸念通り、過去にそのような事例がありました」
「あ、やっぱり?」
「今は事件の反省を踏まえて、違反者には罰則が設けられていますので安心してください。それに現在の順位ポイントの内訳ですと、チーム戦をしてもメリットは無いので、今そのような事が起こる事はないでしょう」
「へえ」
ちらっと盤外戦術の手段を考えてたが、実行せずに済むならそれでいい。
そんな雑談をしていると、不意に中肉中背の男が俺たちに向かって小走りで近寄ってきた。見れば俺の同期のトレーナーだ。
「よう武藤。ちといいか」
「それは良いが、同盟の話なら無理だぞ」
「って、開口一番お祈りメールかよ」
「どうせ同盟の話だろ。時間を無駄にさせない配慮って奴だ」
「時間ねぇのは確かだけど、その配慮はいらないだろ……。……まー俺も忙しいし、いいや。それじゃあな」
「おう」
足早に他のトレーナーに目を付けて駆けていく同期を、ひらひらと手を振りながら見送る。
「武藤トレーナーも、人気ですね」
「みたいですね」
同盟ルールなんてモンがあるなら、当然強い担当を持っている非公式チームや専属、少数担当トレーナーは引っ張りだこだ。具体的にはG1勝利バ持ち。特にルドルフとシービーを担当しているトレーナーなんぞ、ジョーカー扱いだぞ。
巡り合わせ次第じゃそんな奴らがチームを組んでレースを荒らしてくるもんだから、公式チームでも油断しなくても割と普通に負ける。
「しかし断ってよかったのですか? 折角誘って頂けたのに」
「アイツの所ってチームですから、このまま組んだら余裕で人数オーバーしますよ」
「我々で組むと後一人しかメンバーを入れられませんし、仕方ありませんね」
因みに俺が引き受けているチーム・デネボラだが、樫本さん所のチーム・ファーストと同盟するのが恒例行事だ。毎度毎度、コネを全力で使わせてもらっている。まあその分、得られた優先権は樫本さんが多めに持っていくが、デネボラはメンバー5人の最小チームだから別に問題ない。
因みに優先権の配分だが、同盟ごとに内訳が別だ。トレーナー同士が交渉して決めている。ただ後々ややこしくしないためにも、口約束ではなくガチの契約書が交わされるのが半ばルールになっているんだがな。
「後一人はどうしましょうか?」
「何人か目を付けてる奴はいるんで、俺から声を掛けてみますよ」
「では、よろしくお願いします。――後は担当たちのコンディションですか。デネボラはどうですか?」
「おおよそ良好ではありますが、フジが前のレース以来、調子を落としています。レースの時は発破をかけたお陰で勝てましたが、ありゃ一時的なバフでしたし」
「凄惨な現場を見た事で精神に傷を負ったのは変わりない、ですか」
「その通りです。事件直後よりは大分マシになってはいますが、若干引きずっています」
「それは仕方ありません。ゆっくり時間をかけて癒してあげて下さい」
「そのつもりです。ファーストの方はどうです?」
「私の方も順調です。……あのミニライブ以降、メンバー同士の連携が更によく出来ているように見えます」
「……あー、あの件はすいませんでした……」
「いえ……武藤トレーナーの案がなければ失敗していましたので、お気になさらず」
思わぬところで樫本さんの傷を抉っちまったが、それはともかく両チームともおおよそ戦える状態にある事が分かった。
「それはともかく、だ。この調子ならそこそこ優先権が取れそうですね」
「そうですね」
毎度ポイントでは上位に食い込めているから、今回もそこら辺に食い込めるだろう。そう考える俺たちだったが、
「それはちょっと甘いわね」
唐突に待ったが掛かった。
「さっき聞いた話だけど、生徒会長さんのトレーナーが本気を出して、強い担当を受け持っているトレーナーたちに声を掛けているみたいよ?」
「彼が積極的に動くなんて珍しいですね」
「……どんな奴らに声かけてんだ?」
「私が見ただけでも、スーパークリーク、オグリキャップ、イナリワン、タマモクロス、マルゼンスキー、アグネスタキオンのトレーナーに声を掛けてたわ」
「なにその僕が考えた最強チーム」
この時点でヤバい奴しかいねぇ。
「なんでも生徒会長さんにお願いされて、こんな事してるらしいわよ? それはともかく、今回の大会は覚悟しておいた方がいいわ」
「そうですね」
「ご忠告ありがとよ」
あくまで個人戦の大会に、裏でトレーナーたちが乗っかってるだけだから、やれることは殆どないが、知らないよりマシだろ。
「ふふ、いいのよ」
「そうかい。で、それはそれとして、だ」
声のする方向に振り替える。
「てめーは何でここにいるんだよ」
そこにいるのは――ボディコンスーツに白衣、ついでに仮面までつけてる、ちょくちょくトレセン学園に出没する不審者の姿!
「今度笹針レースがあるから、選手として誘いに来たのよ」
「やるわけねーだろ、ロメロ・スペシャルかますぞ」
「あら残念。なら仕方ないわね。他を当たるとするわ」
そうほざくと、唐突に猛スピードで駆け出す不審者。それを反射的に追いかける!
「逃がすか、って相変わらず速っ!」
「ふふふ、その程度で捕まらないわよー!」
「舐めんな! 今日こそチキンロックかましたらぁああああああ!」
この後、一時間くらい追いかけ回したが、結局逃げられた。
「……ん?」
昼休みに誰にも邪魔されずに昼寝しようと、グラウンドの隅の木の上で寝てたら、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきたもんだから視線をそちらに向けた。
「待てやおらああああああぁ!」
「しつこいわねー」
そこには、グラウンドの反対側で私のトレーナーがボディコンスーツに白衣姿の不審者を全力で追いかけ回している光景があった。
「……あー、またやってんのか」
大体状況を察した。大方トレーナーがあの不審者に突っかかっていったんだろう。言っちゃなんだが偶に見かける光景だ。んで、取り逃がすのがお決まりのパターン。
興味を無くしてまた瞼を閉じる。折角の休み時間、あんなしょうもないモンを見るよりも、昼寝した方がよっぽと有意義に過ごせる。
「ふふ、君のトレーナーも相変わらずだな」
「……」
……しょうもない奴の声が聞こえて、また目を開ける。いつの間にかルドルフが私のいる木の下にいた。
「用事なら後にしろ。眠い」
「釣れないなシリウス」
小さく笑うルドルフ。いつもならその姿にイラつくだろうが、今は眠気が勝っていて割とマジでどうでも良い。
「安心して欲しい、用事は直ぐに終わる。――今度の種目別競技大会、全力で勝ちに行かせてもらう」
「……へえ」
唐突な宣戦布告。少しだけ目が冴えた。
「大会じゃいつも大仰な事を言いながら一位を掻っ攫っていく会長サマが、今回は随分と殊勝な事をほざくじゃないか」
「今回はより一層気合いを入れなければいけないからな。例え誰が相手であろうと勝たせてもらう」
私の皮肉に全く動じず、それどころか素直に頷くルドルフ。いつもは理想論ばかり口にするコイツが、今回ばかりは随分と感情的だ。その姿に思わず笑みが零れる。
「ほー、アンタがそこまで言うとは、よっぽどの事があるのかねぇ」
「ああ。
――何としてでも特別練習場の優先使用権を手に入れて、最近シービーに靡いているトレーナー君に誰のモノか分からせないといけないからな」
「唐突に色ボケすんのやめろ」
滅茶苦茶私欲まみれな事ほざいたぞコイツ……!
「もう少しマシな理由とかなかったのかよ……」
「何を言っているんだ! 最近トレーナー君はシービーにばかり構ってて、全然私をデートに誘ってくれないんだぞ!? 手遅れになる前にトレーナー君をモノにしないと、シービーに盗られる!」
「あーはいはい、わかったわかった」
あんまりにもあんまりな理由過ぎて、やる気が急速に萎えてきた……。
「そもそも優先使用権って、トレーナーたちが大会の裏でコソコソ賭けてるあれだろ。アンタがいくら頑張ろうが、そう簡単に上手く行くわけないだろ」
「いや、トレーナー君に強いウマ娘を担当しているトレーナーに同盟を組むようにお願いしておいた。因みに現時点でスーパークリーク、オグリキャップ、イナリワン、タマモクロス、マルゼンスキー、アグネスタキオンが私の同盟相手だ」
「鬼かお前は」
どんだけ特別練習場に行きたいんだよコイツ。
「てかそんだけのメンツを揃えるとなると、アンタのトレーナーも相当苦労したんじゃないのか?」
「ああ、かなり疲れた様子だった。後でしっかりと労ってあげないといけないな」
「その疲れの原因は主にアンタのせいだからな?」
「だが今の同盟状況では、まだ規定人数に届かないな。……そうだシリウス、武藤トレーナーに私のトレーナーと同盟するように打診してくれないか? デネボラが来てくれたら戦力が万全になる」
「誰がやるか!?」
その後も無駄に粘るルドルフを抑えるのに、昼休みを丸々使う羽目になった。
学園主催のイベントの裏でトレーナーたちもバチバチに戦っています。
因みに公式チームと非公式チームの違いですが、公式チームは学園公式HPに常時記載されているチームで、メンバーが活躍した際にHP記載されるのが非公式チームです。
分かりにくい?
常任理事国と非常任理事国のようなもんです。