マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
あー、夏合宿前の担当割り当てを決める前に、どういう訳か夏合宿における対ウマ娘護身戦術について語る事になった武藤だ。今回は夏合宿における担当ウマ娘からの護身について語らせてもらう。
ここにいる全員が知っての通り、夏合宿っての普段とは違う環境って事もあって、色々と吹っ切ってくるウマ娘が生えてきやすい。具体的にはいつも以上に下半身と残りの人生を狙ってくる。その事を頭に入れていないと、ちょっとした油断で喰われるから気を付けろ。
さて、最初に言っておくべきことだが、護身の基本ってのは危険から逃れる事にある。わざわざ危険な所に突っ込んでいってもしょうがないからな。危険な場所、シチュエーションを避けるのが一番の護身だ。各自これを一番に考えてくれ。
危険なシチュエーションについてだが、まず日中はそこまで危険はない。昼間はおおよそトレーニングをしているからな。ついでにトレーニング会場にしている海岸じゃ周りにもトレーナーや生徒が沢山いるから、精々がトレーナーへのアピール程度だ。
オフの日なんかだと多少危険度は上がるが、真昼間から土地勘のない場所で襲うってのはウマ娘にとってもリスクが高い行動だ。担当と一緒に出掛けるとしても人目のある所を選べば、相手がよっぽど掛かってなかったら無事に終わる。
問題は夜間だ。トレーニング後に近所の夏祭りとかで担当とプライベートで遊びに行くことになって、ホイホイと人気のない所に連れていかれて喰われるってのは、トレセン学園夏の風物詩だ。アイツ等合宿地の土地勘はない癖に、襲撃スポットだけは代々生徒間で受け継がれてるらしい。神社の本殿近くが代表的な襲撃スポットだから、担当にそこに行こうとかせがまれても、何としてでも拒否しろ。
まあ拒否ったら拒否ったで、ウマ娘側が別の襲撃スポットに誘導してこようとするからそこは気を付けろ。対策としては夜に担当と出かける時は、トレーナーがリードして人目のある場所に行くようにするんだ。
後、夜に危険な場所として合宿所の宿泊施設も一応紹介しておく。俺たちトレーナーの大半は普段なら夜はトレーナー寮に居るから寮に居る限りは襲われる事はないんだが、合宿所のトレーナーが泊まる部屋ってのはトレーナー寮と比べてセキュリティーが悪い。そんな訳で偶に夜這いかまそうとする奴や、掻っ攫って人気のない場所でゆっくりと喰おうとする奴が生えてくるしな。
あーそこ、ドン引くな。今宿泊施設は危険って紹介したが、外よりはよっぽど襲撃リスクは低いから安心しろ。宿泊施設で襲撃されるパターンは、大半が外でタバコを吸ってたとか、飲み物買いに施設外の自販機に行った、みたいに敷地内で一人になったタイミングが大半だ。そこだけ気を付ければ宿泊施設はセーフティーゾーンだ。
……ただ宿泊施設の部屋割り次第では、マジで部屋で寝てたら喰われたってのが起こるかもしれないな。間取りをよく見ると分かるんだが、何ヵ所か中から誰にも見られずに侵入出来る部屋があるんだよな。そこに泊まる事になる奴は、気を付けておいてくれ。
んじゃ、次は実際に担当と戦うことになった時の対処法を教えるぞ。つーても、そこら辺はトレーナー向けの講習とかでやってるからある程度知ってるだろうが、夏合宿特有の制限があるから気を付けろ?
因みに制限だが……護身用の道具を持ち歩けるのは、合宿所内、つまりトレーニング用ビーチと宿泊施設内だけだ。
「護身用武器の携行、学園内に限定される」
この規定に則る場合、合宿所はギリギリOKって事だが、この規則がある限り外に一歩でも出るなら携帯不可になる。これは学園側が出した公式の回答だ。護身道具を外に持ち出すと、警察がグダグダ煩いからこうなっているらしい。
……おっ、ちらほらと血の気が引いてる奴がいるな。ああ、気づいたか。悲しいかな、その予想は当たってるぞ。
護身道具を持ち歩けるのは合宿所内のみ。だがその合宿所は基本的にセーフティーゾーン。
――つまり、だ。実質的に護身用道具を持ち歩く事は出来なくて、掛かったウマ娘相手に素手で戦う事になるんだよ。
つー訳で、ウマ娘相手の素手での対処法を教えるぞ。武道の心得がある奴なら知ってると思うが、武術や軍隊格闘じゃウマ娘を想定した戦い方が存在するが、基本は「初手で決めるか、先手を取って機動力を奪い次の攻撃で無効化する」ってなっている。
格闘術の場合、転ばして踏みつけるのがメジャーだが、いくら暴走してるつーても担当に怪我をさせる訳には行かないから、カスタムしなきゃならないな。
そうだな、俺がやるとしたら……押し倒そうとしたところをスタンディングで受けきった後にぶん投げたら、倒れてる相手にチョークで頸動脈を締めて墜とすな。
あ、投げる時は場所も気を付けろよ? 投げた先に石があって大怪我したとか悔やんでも悔やみきれん。
なに? そもそも押し倒そうとするのを受け止められる訳ないだろ?
いや、アイツ等はうまぴょい(肉欲)したいだけで、別に俺たちトレーナーに怪我をさせたいわけじゃないんだ。だからアイツ等は押し倒そうとする時はトレーナーに怪我をさせない程度に力をセーブしてんだよ。前に担当に実際に試させてもらったが、止められたし。
ん? それでもいくら力を加減されてても無理な物は無理?
筋肉があればいけるいける。筋肉着けろ。筋肉は全てを解決するから。
トレーナーさんが夏合宿の打ち合わせに行ってるから、今のトレーナー室は他の人に聞かれたくない秘密の会議をするには丁度いい場所だね。そういう訳で、チーム・デネボラのウマ娘による定例会議は、基本的にトレーナー室で開催している。
「今年の夏合宿は期間は?」
「今年も2週間だそうです」
「それじゃあ、合宿が終わったら去年と同じ感じになるの?」
「ああ。夏休み中はいつ実家に帰るかを事前報告し、その都度スケジュールを決めるそうだ」
今日の議題は奇しくもトレーナーさんの用事と同じ夏合宿について。内容次第では合宿が終わった後の予定にも関わってくるから、ちゃんと詰めておかないといけないね。
「練習内容はトレーナーちゃんは何か言ってたの?」
「まだ何も言っていないな。種目別競技大会のレース内容を見てから決める、だとよ。ああ、少なくともビーチフラッグスは確実にやるとは言ってたな」
「恒例行事だね」
「後、今年こそあのデカいタイヤを動かしてやるって息巻いてたな」
「それも恒例行事ですね。トレーナーさんの、ですが」
「いくらトレーナーが筋肉ダルマでも、流石にあのタイヤを動かすのは無理だろうに……」
夏合宿は集中的にトレーニングが出来る、私たちトレセン学園にウマ娘にとって大事な時期。ここでどれだけ詰められたかで、秋にどれだけ戦えるかが決まってくる。私はあの事件以来、イマイチ調子が出ないけど、合宿で気持ちを入れ替えないとね。
「夏合宿のトレーニングについては、また後日私からトレーナーから聞き出す。――そろそろ本題に入るぞ」
エアグルーヴの言葉にこの場にいる全員が居住まいを直した。今日ここに皆が集まったのは、合宿のトレーニングについてお喋りするために集まったんじゃない。
「夏合宿で如何にしてトレーナーを墜としに行くか、打ち合わせを始めるぞ」
私たちを始めトレーナーに恋するウマ娘たちにとって、夏合宿はいつもと違うシチュエーションでトレーナーにアタック出来る貴重な機会。重要度で言えばレースと同等だから、しっかりと作戦を練らないといけないからね。夏合宿前のこの時期は、どうやってトレーナーのハートを射止めるか考えているウマ娘は多いんだ。
「まずトレーニング中のアピールは切り捨てるべきでしょう。恐らく効果がありません」
「だね」
フラッシュの言葉に私を含めた全員が頷いた。夏合宿のトレーニングは最優先事項だからね。それを疎かにしちゃ合宿の意味がない。それに他にも理由があるしね。
「トレーニング中はトレーナーさんもそっちに集中するからね。トレーニングの合間にやるちょっとしたアピールじゃ効果はないよ」
「ビーチでのトレーニングは水着が定番だが、着ているのは学園指定のモノだからな。言っちゃなんだが、アイツも普段のプールトレーニングで見慣れてる」
「んー、普段と違う水着ならもしかしたら違う反応するかもしれないけど……。エアグルーヴさん、トレーニングの時の水着って学園指定の水着じゃないといけないの?」
「……過去に露出度が高い水着を着てトレーニングをしたウマ娘がいて問題になった事があったらしく、それ以降は学園指定の水着を着る規定になっている」
「そっかー……」
「規定が緩ければ競泳水着も考えていましたが、それでは仕方ありません」
ともかくトレーニング中のアピールは見込めない事は分かった。そうなると本命は、それ以外になるね。
「狙い目はやっぱりオリエンテーションや休養日だね」
夏合宿中にアタック出来るタイミングは、やはりこのタイミングだ。夏合宿という普段とは違うシチュエーションを最大限利用して自分のトレーナーを誘惑しようとするのは、トレーナーに恋するウマ娘たちの王道パターンだ。
そう提案する私に、シリウスは小さく鼻を鳴らした。
「陳腐だな」
「ううん、王道だよ。それに今のトレーナーさんが私たちに靡いていない以上、色々な手段でアピールしないといけないからね」
「ま、それもそうか」
非常に残念な事に、トレーナーさんは私たちのアピールを受け流したり鋼の精神で耐えたりしているせいで、私たちを一人の女として見ていない。それはトレーナーという職業で見れば立派な事だろうけど……、トレーナーが大好きな私たちにとっては納得できるはずがない。
その鋼の理性を揺らがせ私たちに意識を向けさせないと、攻めあぐねている現状を打破しないといけないんだ。
「オリエンテーションは生徒会の関係もあって運営に回る可能性は高いが、仮にそうなっても完全にアピールする時間がない訳ではない。仕掛ける場面の一つとして候補に入れておくべきだ」
「そういえば練習後の自由時間ってどうなのかな?」
「一応狙える場面ではあるが、時間が短すぎるな。やれても普段のアプローチに毛が生えた程度だ」
「切り捨てる程ではないですが、特別力を入れる必要性はありませんね」
「ううん、そうとも言い切れないよ? 普段通りの何気ない事でも、普段とは違う場所ですると新鮮に感じられるからね」
「ふむ……。ならそちらにも注力しておくべきか」
……みんなはチームメイトであると同時に、トレーナーさんを狙うライバルだ。本来ならこんな共同戦線を張るような事なんてありえない。
でも私たちが狙っているトレーナーさんは、私たちのアピールを前にしても平気な顔をしてられる意思が強い人だ。このまま手をこまねいていたら、成人しても極々普通に断られかねない。
みんなはどこかそんな不安を抱いているからこそ、トレーナーへのアピールは個別にやるとしても、より効果を上げるために周りがライバルであることを一時的にも棚上げして情報共有をしている。
「一番の攻め時は休養日ですね。海水浴場に誘って水着姿で迫るのは定石です」
「トレーナーちゃんならよっぽどの事情がない限り、誘ったら一緒に来てくれるしね」
「海水浴での攻勢はほぼ確実か。ここでのアピールが後々生きてくる。各自アピールの方法を凝らさないといけないな」
「ですね。……そういえば夏合宿の時期の海水浴場ですと、トレセン生を目当てにした海水浴客がよく出没すると聞きます。そういった人たちに私たちの計画を妨害される可能性があるのでは?」
「あーいるな。まっ、そういう奴らに絡まれたら直ぐにトレーナーを呼べば終わるけどな。あの強面マッチョがいい笑顔で近づいてくれば、大概の奴は一発で逃げる」
「仮にその人が踏みとどまってもトレーナーさんなら余裕で対応できるしね。それにこれはこれで逆にアピールになりそう」
あの人なら少し大きな声で呼んだら、すぐに駆け付けてくれるだろうね。簡単に想像がつくよ。
「後は合宿所の近くの神社でやってる夏祭りも定番だね。浴衣で一緒に屋台を回りたいなー」
「神社の近くに浴衣のレンタルをしている店がある。そこを利用すればいい」
「やった」
「それに神社に近いとなると、『スポット』がありますね。状況次第では利用する事になりそうです」
「スポット」は私たちトレセン生の間で受け継がれている、トレーナーと二人きりになれる場所だね。逢引きをするもよし、何だったらいい雰囲気そのままにうまぴょい(桃)をするもよしの都合のいい場所だ。
「確かにスポットは近場にあるが、余程のことがない限り夏祭りにはチーム全員で行くことになるだろうから、出番はないだろうな」
「それもそうですね」
因みにこの「スポット」はトレーナーと二人きりで行く、というのが暗黙の了解になっているからね。チーム全員で行くのはルール違反だ。そもそも「スポット」自体が見通しが悪いせいで人気がない所ばかりだから、そういう目的じゃないと行く事もないだろうけど。
「ほー、……なら」
「ん?」
「トレーナーから誘ってきたら、『スポット』を使っていいんだな?」
『……』
シリウスの挑発めいた言葉に、トレーナー室の温度が下がった気がした。
「急に何を言っているんですか」
「ルールはしっかりと決めておいた方がいいだろう? 後から文句言われても困るからな」
「んー、トレーナーちゃんがそんな事するかなぁ?」
「無駄に倫理観で凝り固まっちゃいるが、アイツも男だぜ? アイツが私を求めてくるなら、迷わず喰う」
『……』
みんながシリウスの理論を前に沈黙する。……確かに別にお酒が飲める歳になってから再挑戦する前に、トレーナーを墜としちゃいけないルールはない。トレーナーさんから求められたら私だって即座にイエスと答えると思う。
「確かに再挑戦前にトレーナーさんと結ばれちゃいけないルールはないね。止める権利はないよ」
「そうですね。ここにいる誰もがそうなる可能性はあります。そうである以上、止めてはいけないのでしょう」
「だね」
「……仕方ない、か」
トレーナーさんの倫理観を考えるとそうなる可能性は限りなく低いけど、ゼロという訳じゃない。むしろ全員がそれを望んでいるからこそ、シリウスの言葉に頷いた。
「満場一致か。なら良い。……ああ勿論、明らかにトレーナーの同意がない場合は、全力で止めさせてもらうぞ」
「それは当然です。……もっとも、トレーナーさんもタダでは連行されまいと大暴れしそうですが」
「あ、確かにトレーナーちゃんならやりそう」
確かにあのトレーナーさんなら私たちウマ娘を相手にあの手この手で暴れ回りそうだね。簡単に想像できるよ。
緊張していた空気が少し緩んだところで、エアグルーヴがコホンと小さく咳払いをした。
「ともかく、だ。夏合宿は私たちにとっての勝負の時間だ。各々、しっかりと作戦を練っていこう」
私たちの勝負の時は着々と近づいている。覚悟していてね、トレーナーさん!
ちょくちょくうまぴょい()があるトレセン学園。当然、夏合宿も重馬場仕様です。