マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「おーおー、バッチバチにド突き合ってんな」
種目別競技大会当日。トレーナー席最前列に陣取りながら、目の前の光景に思わず感嘆の声を上げちまう。
「はああああぁ!」
「おおおおおぉ!」
ただいまレースの中でも人気のある中距離戦の午後第4レース。先行戦術を採るシンボリルドルフと同じく先行のシリウスが、ハイレベルなポジション争いを繰り広げている真っ最中だ。他の出走メンバーは未勝利戦クラスやデビュー前しかいないもんだから、二人の戦いに全く追いつけていない。実質あの二人の勝負になってる。
「武藤トレーナー!」
そんな実質あの二人の併走になっているレースを眺めていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、見慣れたトレーナーが駆けてきている。
「おう、桐生院。お帰り」
「ただいま戻りました!」
席取りとして置いておいたカバンをどかして後輩を迎え入れる。桐生院は今回の同盟に誘った最後の一人だ。勧誘したら一も二もなく乗ってくれた。
因みに桐生院とは、コイツがトレーナーを始めて少し経った辺りに、担当しているハッピーミークの身体作りについて相談を持ち掛けられて以来、交流が続いていたりする。今回の同盟に乗ってくれたのは、そのコネが生きた感じだな。
「ミーク勝利おめでとさん」
「はい、ありがとうございます! ミークもとても嬉しそうでした!」
「そりゃよかった。……因みにどんな反応してた?」
「ブイってピースサインをしていました。ピースサインなんて余程嬉しかったんでしょうね」
「そっかー……」
無表情でピースサインをしているミークの姿が見える見える。てかそれって最上級レベルで喜んでんだな。ミークは反応が薄くてイマイチ分からん……。
「シリウスさんはどうですか?」
「ちょうど今やってるところだな。ルドルフとド突き合ってる最中だ」
「あっ。あれですね? ……凄い戦いですね。あそこまでハイレベルなのは重賞レースでも早々見られません」
「お互いヤル気満々なせいで、滅茶苦茶愉快な事になってるな」
シリウスがルドルフ相手に全力で挑んでいくのはいつもの事なんだが、ルドルフの方も滅茶苦茶ヤル気満々なもんだから、自然とハイレベルな戦いになっている。てかお前ら加減しろ。殺気駄々洩れなせいで、他の奴らがドン引きしてるだろうが。
「っと、スパート入ったな」
「シリウスさんが先にスパートしたけど、ルドルフさんの追い上げが凄いですね。シリウスさん勝てるでしょうか……」
「この調子だと微妙だな。てかルドルフの顔が凄い事になってんぞ」
「本当ですね……」
先制スタートで先頭に立ったシリウスを、ルドルフが物凄い勢いで追い上げていく。
事情を知らなけりゃこのレースに少しは興奮できるんだろうが、シリウスから裏事情を聞いてるもんだから頭痛がしてくる。お前まで色ボケかますんじゃねーよ。色々終わってんなこの学園。
「あ、抜かれた」
「……そのまま、ゴールしましたね」
「アタマ差で二位か。健闘したな」
G1獲った時以上にいい笑顔のルドルフに対して、シリウスが滅茶苦茶悔しそうにしているのが見える。
こうして第三者視点で見てて分かったが、シリウスのスタミナを勘案すると少し早くスパート出来たんじゃねーかな。それだったら勝てた可能性はあったと思う。……まあ色ボケしてるルドルフが限界突破してブチ抜いていく可能性も十分あるだろうけど。
それはともかく、今のレースで俺と樫本さん、桐生院による同盟メンバーの担当が出場するレースが全て終わった事になる。そうなると気になるのは優先使用権獲得競争だ。
「優先使用権はどうなると思います?」
「少なくともドリームチームが掻っ攫っていくだろうな」
「ですよね」
因みにドリームチームってのはルドルフのトレーナーが頑張って強豪を集めた同盟の事な。大方の予想通り思いっきりレースで暴れ回りやがった。同盟が勝つ度にルドルフのトレーナーが申し訳なさそうな顔をしてたぞ。
「まあ、俺らの同盟もチーム・ファーストとミークが結構勝ったから、それなりにポイントは入ったはずだな」
「? チーム・デネボラの皆さんもみんな上位に入れていますよ?」
「予想よりもポイントを稼げなかったんだよ。抽選が始まる前は、もうちょっと行けると思ってたんだがな……」
ウチのチームで勝てたのはメジロドーベルとの先輩後輩対決でハナ差で勝ったエアグルーヴだけだ。シリウスは今見た通り二位、フラッシュはゴールドシップとナカヤマフェスタと戦ったものの敗北し三位、マヤノはナリタブライアンとヒシアマゾンに挑むも敗北し三位、そして前回のレースが終わってから調子を落としていたフジは掲示板を逃した七位。
勿論レースってのは水ものであるし、対戦相手が強かったって言ってしまえばそこまでだ。傍から見りゃメンバーの大半が掲示板入りしているんだから、大健闘とも評されるだろう。だが負けは負けだ。
「こりゃ獲れる優先権は前回より減りそうだ」
「それは仕方ありませんよ。次回頑張りましょう」
「そうだな」
種目別競技大会はイマイチに終わったが、同時にメンバーの課題も見えてきた。夏合宿は課題の消化をする事になりそうだ。
「んじゃ、シリウスに声かけてくる」
「はい、席は取っておきますので」
「頼む――って、ん?」
懐に入れていたスマホから通話の着信音が鳴りだした。画面を見れば宛先には理事長秘書の駿川の文字が表示されている。
「もしもし?」
『武藤トレーナー、今お時間よろしいですか?』
「あー、今から担当に声を掛けに行くつもりですが」
『ではそれが終わり次第、理事長室までお越しください』
「理事長室? ……俺、何かやらかしました?」
『いえ……巻き込まれました』
「巻き込まれた?」
駿川さんの言葉の意図が分からず首を傾げる。
『詳細は理事長室でお話します』
「あー、分かりました」
『では失礼します』
巻き込まれたって言葉に嫌な予感しかしなかった。
――そんな呼び出しがから20分後、シリウスを慰めた後理事長室に向かった俺に待っていたのは、
「無念! また面倒な事になってしまった」
「……こちらをご覧ください」
難しい表情を浮かべる理事長と同じく深刻な表情の駿川さんだった。
「ウマッターですか」
「はい、問題はこの書き込みです」
「……あー、今度は俺ですか」
駿川さんからタブレットを受け取り内容を見たが……ため息の一つも吐きたくなるような事しか書かれていない。
『こんな奴がウマ娘より強いなんて、バカじゃないの?』
やら
『男がいくら鍛えた所でウマ娘には敵わない。それを証明してあげる』
とか
『近い内に一生ベッドから出られないくらいボコボコにしてあげるから、覚悟しなさい』
とかの、俺への罵詈雑言や襲撃予告が投稿されたウマッターのスクリーンショットだった。
とはいえ、だ。
「つーても、この程度なら警察に通報でいいのでは?」
言っちゃなんだが、内容的にも近年じゃよくあるネットを使った犯行声明、それもただ単にノリで投稿して炎上するような書き込み程度にしか思えない。
「うむ、既に警察には被害届を出してある」
「ならほぼ事件は解決したようなものですかね。こういうのを実際にやらかす奴ってのはよっぽど極まった奴だけでしょうし」
基本こういうのって特に考えずに書き込んで後から炎上してヤバい事に気付いた、ってパターンばかりだからな。もちろんやらかす奴もいるっちゃいるから、多少は用心するに越したことはないが、それでもその程度だ。
「う、うむ……。その程度であればどんなによかったか……」
「……何か他にもありました?」
だが当の理事長の顔は晴れない。それに不信なものを感じていると、駿川さんが口を開いた。
「……問題はこの投稿をした人物、いえその背景にいる団体です」
「……あ、これもしかしてヤバい奴ですか?」
「投稿したのは――UUUの団体の一つ。それも過激派で有名な『赤い蹄鉄』のメンバーを名乗っています」
「げっ……」
思わず顔が歪む。同時に二人が深刻に悩んでいる理由がよくわかった。
UUU――つまるところ、ウマ娘至上主義者の秘密結社だ。今じゃウマ娘至上主義者自体を表現する言葉として使われる事の方が多いがな。因みにこういう奴らってのはウマ娘オンリー。アイツ等「ウマ娘こそが人類の中で最も優れた種族だ」って主張してる。まあ身体スペックとか考えると言いたいことは分からんでもないが、ウマ娘だけじゃ人口を伸ばす事が出来ない癖にそんな主張するのはどうなんだろうな。
因みにこのUUU、日本だけじゃなくて世界各国にあるんだが、何でも国境を越えてUUU同士で連絡を取り合ったり連携したりしているらしい。アカみたいなことしてんな、コイツら。
閑話休題。
今回脅迫文を投稿したUUUの一つ「赤い蹄鉄」だが、過激派UUUの有名どころだ。威勢のいいことを言ってるだけじゃなく、ちょくちょくと暴行やら脅迫やらの事件も起こしている連中だ。
そんな奴らがわざわざ名指しで襲撃予告をしてくるとなると、流石の俺もしんどい。
「また面倒な……。このアホが『赤い蹄鉄』の名前を勝手に使ってイキってる可能性はありますか?」
「うむ、その可能性は十分にある。だが先の事件での武藤トレーナーの評価を鑑みると、UUUに睨まれていても可笑しくはない」
「一部の界隈では武藤トレーナーはウマ娘よりも強いのではないか、と注目されています。ウマ娘こそが最も優れていると考えているウマ娘至上主義者にとって、絶対に認められないでしょう」
「でしょうね。……別に俺がそんな事言った覚えはないんですけどねぇ」
俺がウマ娘より強い、ってネットで話題になってるのは知ってるが、それが巡り巡ってこんな形で実害が生えてくるなんて思いもしなかった。周りが面白半分に囃し立ててたら、ガチ勢が勝手にブチ切れた形だ。UUUもネット民の戯言にマジになって俺に八つ当たりすんじゃねーよ。
「当面は学園に籠るようにしておきます」
「うむ、それがいいだろう」
「ただもうすぐ夏合宿が始まります。それまでに犯人が捕まればいいのですが……」
「……合宿所の警備は学園よりもレベルが数段落ちる。不安ならば合宿の不参加も許可しよう」
「いえ、流石に俺の事情をチームに押し付ける訳には行きません。警戒は続けますが合宿には参加させていただきます。代わりに外部でも護身用武器を持ち歩きたいのですがよろしいですか?」
「分かった。警察には話を通しておく」
「お願いします」
こうして最後の最後に変な不安事が生えてきつつも、夏合宿が始まろうとしていた。
前作で変な組織を出して思いっきり遊んだ影響か、今作でも変な奴らが生えてきました。