マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「うぅ、暗い……」
深夜の美浦寮。そこに住むとあるウマ娘は、自室へ戻るために明かりが消された廊下を一人ビクビクと怯えつつ歩いていた。
「やっぱり我慢すれば良かったかなぁ……」
若干後悔を覚える彼女。いつも寝る前に飲んでいる「ドロリ濃厚ニンジン味」を切らしてしまったので、慌てて寮一階の自販機に買いに行ったはいいものの、帰る途中で消灯時間になってしまったのだ。一応完全な暗黒ではなく所々非常灯が点いてはいるものの、生来暗い所が苦手な彼女にとって、その程度の明かりなど慰めにもならないかった。
「早く帰ろ……」
美浦寮は大きい建物ではあるが広大という訳でもない。早歩きならばここから数分で部屋に辿り着けるはずだ。暗闇への恐怖から自然と足が速くなるウマ娘。
そんな折、彼女はふと昔聞いたトレセン学園七不思議の噂話を思い出してしまう。その内容は音楽室の怪や動く石像、発光する人型といったよくある怪談モノばかりであるが、トレセン学園特有のモノもある。
――トレセン学園にある生徒がいた。彼女は夢の大舞台に立つために日々努力を惜しまなかったが中々結果を出せずにいた。それでもめげずに必死に練習を続けたものの、無理が祟って取り返しのつかない程の大怪我を負ってしまい……絶望した彼女は自ら命を絶った。
しかし彼女の未練は残っており彼女は夜な夜な学園を彷徨っている。そして生者たちの健康な足を羨み、自分のものにしようと襲ってくるという。
内容としてはありきたりな物ではあるが、今の状況で思い出してしまうと、目の前に広がる暗闇への恐怖がより一層増してしまった。
恐怖から逃れるように彼女は足を進める。その努力の甲斐もあって、視界の先に自室の扉を見つけた。
ホッと胸を撫で下ろすウマ娘。だがその時だった。
「――っ、だっ誰?」
ウマ娘の持つ鋭敏な五感が、背後に先程までいなかったはずのナニカを感じ取った。
恐怖に怯えつつ咄嗟に振り返るウマ娘。そして
「きゃあああああああぁ!」
美浦寮に悲鳴が響き渡った。
トレーナーとフラッシュのレース遠征ダイジェスト
〇1日目(移動日)
「さー着いたぞ、京都」
「予定ではホテルに荷物を置いたら、レース会場の下見ですね」
「おう。んじゃタクシーを捕まえていくか」
レースに勝つためにも、下準備ってのは大事なお仕事だぞ。
〇2日目(レース本番)
「行きます!」
――Schwarze Schweret
「……前はレイピア振り回してたのに、いつの間にか大剣使うようになったんだよなぁ」
とりあえずレースはフラッシュが勝った。あと、ライブやったり取材を受けたりしてたら夜になってたので、予定通りホテルで2泊目。
〇3日目(帰宅予定日)
「ではこのまま学園に帰りますか?」
「まさか。折角京都まで来たし、帰る前に観光と洒落込むぞ」
「よろしいのですか?」
「大丈夫大丈夫、レースの帰りに観光なんてみんなやって――」
「あれは……エイシンフラッシュさんですね!? 私京都トゥインクルスポーツの――」
「っち、面倒なのに見つかったな。はいはい、取材はアポとってからなー。行くぞ、フラッシュ」
「はい!」
「あっ、ちょっと!?」
クッソしつこい記者がいたが、結局逃げ切った。
「やっと着きましたね」
「やれやれヒデー目に遭った」
トレセン学園へ続く道を歩きながら、俺もフラッシュも思わず息を吐く。レースに勝ったしライブも盛況と途中までは上手くいってたのに、最後の最後にやたらしつこい記者を撒くのに時間を食ってしまった。観光は予定通りやったが学園に着いた事にはもう日が落ちる寸前まで来ていた。
「今日はまあ楽勝だったけど、結構足を使ったからな。明日明後日は完全休養日にするぞ」
「はい、明日は休日ですのでゆっくりさせてもらいます。そういえばトレーナーさん。明日は何か予定がありますか?」
「生憎とデスクワークが溜まってるんでね。それを片付けにゃならん」
「そうですか。それでしたらクッキーを持っていきますね」
「おう」
そんな取り留めのない談笑をしている間にもトレセン学園の正門をくぐる。道中でデブリーフィングは終わらせたから、お互い後は寮に帰るだけだ。だが、
「ん?」
学園の敷地に足を踏み入れたはいいものの、いつもと違う雰囲気を感じ取った。
「……トレーナーさん」
「おいおい、穏やかじゃねーな」
どこか不安そうに俺を仰ぐフラッシュを安心させるためにあえて軽口を返しつつ、辺りを見渡す。そこには生徒や学園職員が行き交ういつも通りの光景が広がってはいるものの、漂う空気はどこかピンと張りつめられている。
「選抜レースが近いから、って訳じゃねーな」
「はい、選抜レースではここまで空気が張り詰める事なんてありません。それによく見るといつもよりも警備員の人が多いような気がします」
「そりゃ気のせいじゃねーな。警備のメンツが見ない顔ばかりだ。明らかに緊急増員している。ついでに言えばどいつもこいつも殺気立ってやがるな」
十代の子供がいる所で露骨に殺気立ってんじゃねーよ、生徒が怯えるだろうが。ついでによく見りゃ、植木の近くでシャドーボクシングやってる奴までいやがる。仕事しろ。
「いえ、あの人学園の制服を着てますよ?」
「え? あ、マジだ。てかデジタルじゃん」
なんか滅茶苦茶殺気を出しながら拳をぶん回してるよあの娘。あ、こっち向いた。
「ひっ……」
フラッシュが小さく悲鳴を上げたけど、これは無理ないわ。正直俺もちょっとビビった。人様に見せられないもん、あの顔。
「あれ? 武藤トレーナーとエイシンフラッシュさんじゃないですか」
「お、おう」
殺気とヤバい表情を引っ込めて、アグネスデジタルがやってきた。
「こう……なんか張り切ってるな。色々と」
「はい、これほどヤル気が満ち溢れているのも久しぶりです!」
「おうそれはわかったから、俺の目の前でシャドーの続きするの辞めてくんね?」
「え、何でですか?」
「いや、クッソ重いワンツーが目の前に飛んでくるとか滅茶苦茶怖いんだが?」
「またまたー。この程度武藤トレーナーなら平気なんじゃないですか?」
「いくら俺が元プロレスラーでも限度はあるからね?」
「そうなんですか?」
俺がいくらタフなマッチョマンでも、ウマ娘の全力パンチは堪える。
「あの……デジタルさんはここで何を?」
フラッシュがおずおずと尋ねる。うん、俺もそれ気になってるんだよな。
「はい、トレーニングです」
「あ、はい。いえそうではなく……」
「こういうのは初めてやってみましたけど、結構難しいですね。トレーナーさん、何かコツってありませんか?」
「んー、俺のファイトスタイルは空手ベースだからボクシングは良く知らないんだよなぁ。強いて言えばパンチを出すとき脇が甘かった、かな?」
「なるほど!」
「ここで乗らないで下さい、トレーナーさん……」
「すまん、思わずアドバイスしちゃった」
うん、話を戻そうか。
「あー、デジタル?」
「なんでしょうか?」
「俺たちがレースで遠征している間に、何があったんだ?」
「……」
デジタルの顔から笑みが引っ込み、真顔になる。その瞳にはどこかどす黒いモノが宿っている。
「ウマ娘ちゃんたちを不幸にする輩が現れました」
「なに?」
「そんな不遜な輩には天誅を下さなければいけません。私のプライドのためにも」
「お、おう……」
感情がこもってない平坦な声でそんな事言われたら、曖昧に返すしかないわ。うん、とりあえず、俺たちがレースで遠征している間に、学園で何かがあった事だけは分かった。
そんな時だった。
「あれ、トレーナーさん?」
不意に、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「寮に不審者?」
「うん、そうなんだ」
とりあえず疲れているであろうフラッシュを寮に返し、先ほどの声の主であり、俺が担当しているフジキセキとトレーナー室に場所を移して事情を聴いた所、思わぬ単語が飛び出してきた。
「え、マジで?」
この返事は傍から見れば薄情にも見えるだろうが、この学園の事をある程度知っていりゃこんな反応にもなる奴だからな。
考えてもみろよ。侵入先が身体能力がヤバいウマ娘オンリーの女子寮だぞ。普通の人間なら見つかった瞬間、抵抗できずにフルボッコ確定だ。有名競走バの私物とか生写真とかってのは高額で取引されてるって噂だが、直接盗みに行くとかいくら何でもリスクが高すぎて、寮に盗みに入る奴なんてこれまでいなかった。
「気持ちは分かるけど、本当なんだ。深夜に寮の中で生徒が襲われてる。トレーナーさんがいなかった三日間では3人目の被害者が出てるんだ」
「おいおい……。てか3人目?」
「そう、3人目。美浦寮で1人、栗東寮で2人被害が出ているんだ。それにも関わらず犯人が捕まっていない所か、暗いせいもあってハッキリと犯人の顔を見た生徒はいない」
「おいおいおい、マジかよ」
野外ならともかく、寮という閉所でここまで被害が出続けるとかいくら何でもヤバすぎる。いやそれよりも、
「被害者の容態は?」
一番重要なのは被害にあった生徒だ。仮に怪我なんぞあった日には草の根を掻き分けてでも潰しに行く。
「そんな顔をしなくても大丈夫。襲われた生徒に怪我をした娘はいなかったよ」
「……なら良かった」
「その代わりにあるモノが盗まれたんだ」
「盗まれた? 具体的には?」
「えっとね
――靴下」
「えっ?」
「履いていた靴下が強奪されたみたいなんだ」
「えぇ……」
いや、ドン引きだよ。なんだよ靴下強奪って……。変態じゃん。
「てかこれ状況的にも内部犯じゃねーのか? ウマ娘相手に靴下強奪とか同じくウマ娘じゃないと無理だぞ」
「うん。生徒会も同じ意見みたいで調査をしたんだけど、どうもここ数か月、いつの間にか靴下が無くなるっているっていう被害が多発していたみたいなんだ」
「事件自体は割と前からあったのかよ……」
「実は私も先週靴下を無くしてね。その時は洗濯の時に無くしたと思って気にも留めなかったけど、今考えると盗まれたんだと思う」
「あー、集団生活だとそう考えるわな」
洗濯機は共用だからそこで服が何処かに紛れて無くした、というのは割とあるらしいし、気づかないのも仕方ない。
「窃盗から強奪にエスカレートか。今のうちに止めないと更にヤバい事になりそうだな」
「生徒会も事態を重く見て抜き打ちで全生徒の部屋を捜査したんだけど、何も手掛かりになるような物は見当たらなかったみたい」
「まあ相部屋に隠す奴はいないわな。問題児組は?」
「勿論捜査したよ。でも事件発生時にはアリバイがある娘ばかりだった。因みに『もしかして色々振り切って闇落ちしたんじゃ?』という事で、最有力候補として見られていたアグネスデジタルは、監視中に第三の犯行があったからシロだって確定してるね」
「あー、それでデジタルがブチ切れてたのか」
まあ冤罪吹っ掛けられたら、そら切れる。
「学園側は?」
「基本的に内部犯を疑っているみたいだけど、外部犯の可能性を捨てきれないという事で、理事長がセキュリティーの強化に乗り出したみたい」
「それで見ない顔の警備員がいた訳か。あの理事長の事だから人員増強じゃ済まなそうだけど」
「そうだね。後、生徒会の方でも志願者を募って寮内の警備をしてもらう事になってるよ」
「因みに志願者の内訳は?」
「生徒会と風紀委員のメンバーは全員が参加。後はヤエノムテキやエルコンドルパサーを始めとした戦闘技能を持った娘も参加しているよ。ついでにアグネスデジタルも志願してるけど」
「寮外より寮内の方が殺意高くない?」
特にデジタルの殺意。それはともかく、学園側が件の変態に対して対策を講じているのはよくわかった。
「ここまで対策してるなら、俺が出しゃばる必要はなさそうだな」
「んー、それはそうなんだけどね?」
フジが煮え切らないような表情を浮かべる。
「私はトレーナーさんにも手伝ってもらいたいな」
「いや、戦力だけなら十分あるだろ?」
犯人側からすりゃ、ウマ娘が揃っている分下手な場所よりよっぽど怖いぞ。
「戦力面より心理面かな? やっぱり男の人がいると安心感があるんだよ」
「……いや、パワー的には生徒の方が上だぞ? ガチったら普通に負けるからな俺」
「確かに力は私たち生徒の方が上だけど、メンタルは普通の女の子なんだよ? だから不審者は怖いんだよ。その不安を和らげて欲しいんだ」
「つーても、なんも出来んぞ?」
「寮に居てくれるだけでいいよ。大人がいるというのは安心感があるからね」
「そんなもんか。分かった、俺も警備に入るとしようか」
ここまでフジに頼み込まれてしまうと、俺としても断れない。
「んじゃあ、寮の玄関前にでも陣取るか?」
「ううん。寮内で」
「……いや、不味いだろ」
言うまでもないが、トレーナーの学生寮の立ち入りは禁止な。
「寮長の特権を使えば大丈夫さ」
「特権乱用ダメ絶対。てか寮に入ったら俺が不審者扱いになるわ」
「そこは私と見回りをすればセーフだよ。ああ、トレーナーさんが変なことをしないようにってアピールを兼ねて、寮に居る間は手を繋いでいよっか? そうすればみんなトレーナーさんが不審者じゃないってわかるよ」
「それ今度は別の意味で騒動になる奴じゃねーか」
「それを狙っているしね」
「おい」
その後も押し問答が続いたが、最終的に建物の中には入るが玄関からは動かないで待機という形で納得してもらえた。
今回のチャンミは一応距離Sのクリオグリが出来たので、グレードAを狙ってみようと思います。