マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
12月7日。少しだけ加筆しました。
赤い蹄鉄の襲撃から数日経ったある日の夕方。
「トレーナーちゃん、ホントにいいの?」
今日のトレーニングが終わって宿までの道。そこをチームメンバーと歩いている真っ最中、マヤノが俺を見上げながら訊ねた。
「おう、折角の夏祭りなんだから楽しんで来い」
「うん……」
頷くマヤノ。だがイマイチ歯切れが悪い。そんな光景にシリウスがどこかつまらなそうに口を挟む。
「アンタは碌に外に出られないからな」
「そうですね、今回ばかりは仕方ありません」
「うん、トレーナーさんには申し訳ないけどね」
シリウスの言葉にフラッシュ、フジが同意。更に先頭を歩いていたエアグルーヴがため息を吐きた。
「……あの日以降また襲撃されないのはいい事ではあるが、犯人が捕まっていない以上は、下手に外を出歩くわけにはいかない、か」
……まー、つまりそういう事だ。
赤い蹄鉄のメンバーに襲われて以降、俺が外に出るのはトレーニングの時だけ。それ以外はトレーナーたちが泊っている部屋で引きこもりの生活だ。俺もいつ襲われてもいいように警戒をしているんだが、結局あの黒鹿毛のウマ娘は一度たりとも姿を現さない。
「警察も捜査を続けているそうだが……」
「主な手掛かりが俺の証言だけじゃな。期待は出来んよ」
合宿所がある地域が田舎なせいもあって、都会のようにそこら辺に監視カメラはない。お陰で手掛かりがマジで俺の証言だけなのが痛い。更に夏合宿の時期は海水浴やトレセン生目的でやってくる観光客が押し寄せるもんだから、余計に捜査が難しいらしい。正直当てにならん。
「俺も学園指定の護身武器は文字通り四六時中持ち歩いて警戒はしてんだが、いい加減しんどくなってきた」
「四六時中って、もしかしてホテルでも持ち歩いてるの?」
「おう。風呂の時以外は常時持ってるぞ」
「……流石に宿泊施設にいる時くらいは気を抜いてもいいのではないか?」
「いや、俺が泊ってる部屋って一階だから、最悪の場合急襲されかねないんだよ」
エアグルーヴのツッコミは最もだが、警戒は解けないのが現状だ。赤い蹄鉄って昔、滅茶苦茶しつこく脅迫状送りまくった末にリンチかましたって事件起こしたらしいし。その執着心を考えると、マジでホテルに突撃しかねないんよ。
担当の襲撃を警戒するのが普通(?)なのに、なんで俺だけガチの襲撃を警戒しなきゃならないんだ。
「んー、なら今みたいにずっとマヤたちと一緒に居れば犯人も警戒して襲ってこないんじゃないかな?」
「それもちと怖いな。単身の襲撃は防げるだろうけど、車とか持ち出されたら俺だけじゃなくてお前らまで大怪我確定だぞ」
「……私の護衛の時と同じことを警戒しているんだね」
「そういうこと。つー訳で、俺は余り外に出ない方がいいんよ」
ウマ娘が何人もいても、無防備なら文明の利器を使えば一網打尽に出来るからな。アイツ等の理性に第三者を巻き込まないってのが含まれているか分からない以上、警戒する必要がある。
「そっかー……」
若干納得いかないような顔をしつつも素直に頷くマヤノ。そして何か思いついたのか、再度口を開いた。
「ならさ。お祭りから帰ったらみんなで花火しよ?」
「花火?」
「うん。トレーナーちゃんだけお祭りいけないのって気になるし。花火ならトレーナーちゃんも楽しめるでしょ?」
「ほう、それはいい考えだ」
真っ先に賛成したのはエアグルーヴだった。こういう行事系には真っ先に食いつくから当然っちゃ当然か。更にフラッシュ、シリウス、フジも食いついてきた。
「花火なら近所のスーパーやコンビニにもありますね。そこで用意しましょう」
「場所はトレーニングに使ってる砂浜か?」
「んー、トレーナーさんの安全を考えると、砂浜よりもトレーナーさんがいるホテルの敷地の中がいいかな? もちろん許可は取らなきゃいけないけど」
「んー、そういう許可って下りるのかな?」
「トレーナーの事なら、既に事情を説明したと聞いた。あのホテルならば柔軟に対応してくれるだろう。もちろん限度はあるがな」
「その点は気を付けないといけませんね」
「時間はどうする? 祭りを最後まで見ていくと門限ギリギリだぞ。まさか副会長サマが門限破りするとか言わないよな?」
「そこはお祭りの方を早めに切り上げて時間を作ろう」
こんな感じでとんとん拍子で花火の話が進んでいく。女三人寄れば姦しいとは言うが、こういうのを言うんかね?
「ふむ、おおよそ纏まってきたな。トレーナーもそれでいいか?」
「おう。お前らが帰ってくるまで書類仕事でも片付けとくわ」
なんか流されるままに頷いちまった。まあ、普通に楽しむつもりだったしいいや。
そんなやり取りをしている内に、目的地に到着。
「あ、着いたね。それじゃあトレーナーさん、また後で」
「おう」
担当たちを送り出し、俺も自分の部屋に直行。
「やーれやれ」
部屋に異常がないか確認した後、ノートPCやらが入ったカバンを置き、ドカっとベッドに寝込む。
「あー疲れた……」
正直に言おうか。そろそろしんどくなってきた。
夏合宿ってのは担当もそうだがトレーナーにとっても体力を使う行事だ。普段と違って日中をフルで担当の面倒を見る事になるからな。しかも俺の場合は一部のトレーニングにもサポートとして自分も参加するもんだから余計に疲れる。更に今回の襲撃の件で常時警戒を続けなきゃならなくなっちまったから、無駄に神経をすり減らす羽目になっている。フジの時よりはマシではあるが……、しんどいものはしんどい。
俺の心身のためにも、警察には一刻も早く襲撃犯を捕まえてくれってのは、混じりっ気のない本音だ。
そんな訳で体力回復のために、しばらくぼんやり休んでいたんだが、
「失礼します。武藤様。いらっしゃいますでしょうか?」
ノックの音と共に外から声が聞こえてきた。この声はおぼろげながら聞き覚えがあった。確かここの従業員だったか?
「はい?」
「あ、あの……」
ドアを開けると、確かにこの宿泊施設の従業員がいた。だがその様子はどこかおかしい。どこか怯えているようで――
だが次の瞬間、
「もういい。ありがとう」
「えっ、き――」
バチバチという音が響いたと思ったら目の前の従業員が崩れ落ちるように倒れた。入れ替わるように現れたのは――大きなサングラスを掛けスタンガンを持った栗毛のウマ娘。
「入るよ」
「……ちっ」
倒れた従業員の頭に脚を載せながらそんなことをほざくウマ娘に、思わず舌打ちしちまったが、言われた通りに招き入れる。断った日にゃ汚いザクロが出来るんだから、断る選択肢なんざなかった。
栗毛のウマ娘は雑に従業員を部屋に引っ張り込むと、俺と相対する。
「……おいおい、ここまでやるなんざ、随分と暇なんだな」
「貴方が一人で外に出ててくれればこんな事しなくて済んだよ」
ウマ娘は肩を竦めつつスタンガンをズボンのポケットに仕舞うと、今度は懐から拳銃を抜いた。
「って、銃まで持ってんのかよ」
「流石に本物じゃないさ。改造銃だよ」
「撃たれる側からすりゃ、身体に穴が開くから変わらんって」
「それもそうだね」
「てか、アンタらってそういうのも使うんだな。てっきり素手で来ると思ってたぞ?」
夏合宿前に赤い蹄鉄が起こした少し事件を調べてみたが、コイツ等が起こした暴力事件ってのは基本的に素手での犯行ばかりらしい。なんでもウマ娘の優位性を証明するために、殆ど道具は使わないとかなんとか。
「ええ、合ってるよ。これは脅しのための道具」
「おいおい、ネタ晴らししていいのか?」
「いいよ。貴方がそれを知ってもどうする事も出来ないし」
「へえ、自信満々じゃねーか。それで? ここでド突き合いでもするか?」
挑発するように笑って見せる。だが目の前のウマ娘はなんてこともないように、小さく笑って返した。
「ここじゃ狭いし、暴れたらすぐに誰かが来ちゃうから駄目。いい所を知っているからそこまでデートしよっか」
「断ったら?」
「今からトレセン生がいるところまで行って暴れてあげる」
「……」
……思わず頬が歪む。なるほど、確かにあの改造銃は脅しの道具だ。トレーナーの生態をよく理解してやがる。――最悪に備えて、即座に飛び掛かれるように意識を切り替える。
「ああ、目つきが変わったね。流石トレーナーといった所かな? 今からでもトレセン生に挨拶にでも行こうかな?」
「――やらせると思うか?」
コンデションはまあまあ。フジの事件の時の傷は完治しており、蓄積された疲労はあるが十分戦える範疇。手持ちはスタングレネード3個にスタンガン1個。標準装備にグレネードを1個追加しただけの装備だ。これらを勘案した結果だが――コイツ一人くらいなら、この閉所ならやりようはある。
――刺し違えてでもここで止める。
相手の銃口の向きと引き金を引く指に意識を集中しながら、いつでも飛び出せるように腰を落とす。
そんな俺に、栗毛のウマ娘は嗤った。
「大した自信だね。――私たち3人を止められると思っているなんて」
「……あん?」
訝しんだと同時に背後からガラスを軽く叩く音が部屋に響いた。
「……見てもいいか?」
「どうぞ?」
許可をもらって窓を確認。そこには特殊警棒をプラプラとさせている葦毛のウマ娘と数日前に俺に殴り掛かってきた黒鹿毛のウマ娘の姿があった。
……なるほど、栗毛ウマ娘が自信満々な訳だ。
「さて、改めてデートにご同行お願いしようかな?」
「ったく、しゃーねーな」
状況が分かったからこそ、両手を上げて降参する。こりゃどうやっても無理だ。
「生憎と土地勘はないからエスコートは出来ねーぞ」
「安心しなさい、いい場所を知ってるから。そこまでドライブしましょうか」
「そうかい。おっと、西日がキツイからサングラス持ってっていいか?」
「構わないよ。そうそう、スマホは置いていって。GPSで追いかけられたら困るし」
「ちっ」
サングラスを掛けた後にスマホをテーブルに置き、促されるように窓を開けて外に出る。するとすぐさま逃げられないように、二人のウマ娘が両脇に立ちふさがった。
「よう、また会ったな」
「久しぶりね。また会いに来たわ」
「俺は会いたくなかった――って、痛って」
唐突に足を蹴られた。振り返ると葦毛のウマ娘が不機嫌そうに小突いてくる。
「早く来い」
「わーった行くから、いちいち叩くな」
「うるさい」
「ごめんなさいね。この子貴方の事が相当嫌いみたいなの」
「見てないで止めろよ」
そんな寸劇をしてると、栗毛ウマ娘も窓から降りてきた。
「従業員は拘束しておいた。これで当分時間を稼げそう」
「ならよかった。行きましょう」
「行くぞ」
「へいへい。分かったから、いちいち棒で頭を叩くな」
ホテルの敷地の茂みを通る形でウマ娘たちに囲まれながら歩く。……連行されてて分かった、どうも俺が歩いているのは建物からはこちらが見えづらいルートの様だ。そんな道を突き進むこいつ等の歩みだが淀みはない。
「よくこんな道知ってんな。さっきの従業員を脅した時と言い、ここでバイトでもしてたんか?」
「さあ? 流石にそれは教えられないよ」
「ちっ」
まー、流石に素直に答えちゃくれないか。そんなやり取りをしていると、敷地を抜けて人通りのない道路に出た。目の前には黒のワゴン車。どうやらこれでドライブらしい。
「乗れ」
「あいよ。……っと、乗る前にちょっといいか?」
「どうしたの?」
「行く前に、ちょっと憂さ晴らししたい」
「憂さ晴らし?」
意図が分からないのか首を傾げる黒鹿毛ウマ娘を無視して、懐からこないだ警察からもらった防犯ブザーを取り出した。その瞬間周りのウマ娘たちが露骨に警戒心を見せる。
「あらら、それを使うの? 今からでもトレセン生の所に遊びに行こうかな?」
「ちげーよ。憂さ晴らしって言ったろ?」
睨むウマ娘たちを余所に、防犯ブザーを地面に落とす。んで、
「――ふんっ!」
結局こんな奴らを野放しにした警察への怒りを込めて踏み抜く! なんかパキっていういい音がしたが、それを無視!
「あのっ! 役立たずっ! が!」
んでもって更にスタンピングを繰り返す! 踏む度に段々とストレスが減っていくのが分かるな!
そんな事を暫くやって多少落ち着いた頃には、粉々になった防犯ブザーの残骸だけが地面に散らばっていた。最後に残骸を蹴っ飛ばして後片付けしてフィニッシュ。
「ふー……。待たせたな、行くか」
最後まで八つ当たりできたお陰で若干気が晴れた。この憂さ晴らしを止めなかった辺り、コイツ等も多少は人の心はあるんだろうな。
「え、ええ。行きましょ……」
何故か全員ちょっと引いてた。解せぬ……。
マッチョは誘拐されるようです。