マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
滅茶苦茶な衝撃と共に身体が吹き飛ばされ、勢いそのまま樹の幹に叩きつけられた。
「がっ―――」
衝撃に肺の空気が強制的に吐き出され、そのまま樹にもたれかかるように座り込む。
直撃――ではない。
あの蹴りは食らう直前に咄嗟に警棒をねじ込めたお陰で、ギリギリ直撃だけは避けれた。
だが回避できたのはあくまでも直撃だけだ。今の一撃で胸から骨が折れる嫌な音がしたし、それがなくともダメージが大きい事には変わらない。
「クッソ……」
体中の痛みに耐えながらも、何とか立ち上がる。だが膝が震えている。先程までの様には動けそうにない事は自分でも嫌でも分かった。
たった一発でこの有様だ。これだからウマ娘の相手はイヤなんだ。
――さぁ、どうすっかね……。
状況はかなりマズい。たった一撃で俺の脚を殺され、頼りの改造銃はジャムって使用不能。特殊警棒は一応使えそうだが、ガードに使った時に見事にひん曲がってやがる。お陰で戦力面では相手が圧倒的優位になっている。
若干鈍くなっている頭で、戦術を組み直すべく思考を巡らせようとする。
「……無駄にしぶといわね。行くわよ」
だが、相手はそんな暇を与えるつもりはないらしい。黒鹿毛のウマ娘が物凄い勢いで突貫してきた。
「ちぃっ」
「そんなもの! ――やっ!」
少しでも相手の勢いを殺そうと使い物にならなくなった改造銃を投げつける。だが黒鹿毛はそんなもの些末な物といとも簡単に拳で弾き飛ばし、欠片も勢いが衰えないまま拳を繰り出した。
「ぬあっ―――」
直線的な動き。先程までなら何とか対処できた攻撃だ。
――だか今の俺じゃどうしようもない程に脅威だった。鈍くなった身体を必死に動かし顔面に迫っていた拳を、こめかみを切られ、ついでに掛けていたサングラスを砕かれつつも躱す。
頭から血が飛び散るのを無視し、カウンターを入れるべく警棒を振るおうとした。だが相手の行動はそれよりも早かった。
「はあああああああっ!」
突如胸倉をつかまれ、力任せにぶん投げられた。再び身体が宙を舞い、何メートルも飛ばされた後に今度は地面を転がされる。
「づっ……」
数回転してやっと止まったが、体中の痛みによって直ぐには起きられなかった。気づけば警棒が見当たらない。投げ飛ばされた時に無くしたか……。ついでに辺りを見渡すが、先程まで林立していた木々が見えなかった。どうも最初にいた草地まで投げ飛ばされたらしい。
……背景はともかく、黒鹿毛との距離は取れたのは僥倖だった。この貴重な時間を使って少しでも回復して次に備える。
そんな思惑の下で息を整えようとして――
「お返し」
「って、うおっ!?」
急接近してくる何かに気付き慌てて転がる。直後先程まで頭があった場所に脚が振り下ろされている。上に目を向けると、いつの間に起きたのか葦毛のウマ娘がそこにいた。
「――おいおいおい!」
膝をつきながら身体を起こすが、思わず悪態が零れる。気絶させた葦毛が起きたって事は――
「捕まえた」
「やば――――!?」
「せーのっ!」
栗毛ウマ娘の声がしたのと同時にシャツの襟をつかまれ、次の瞬間には物凄い力によって宙を舞い、
「~~~~~っ」
地面に叩きつけられた。そろそろ呻く気力も起きない。
「あらら、地面に叩きつけようと思ったのに服が破けちゃった」
「安物」
「……ほっとけ」
好き勝手ほざくウマ娘二人に悪態を吐きつつ、ふらつきながらも何とか立ち上がる。とはいえ度重なるダメージで立っているのもやっとではあるが。
「……クソが。お前ら起きるの早すぎだろ」
「そういう貴方はどれだけタフなのさ」
「無駄に頑丈」
「……普段から鍛えてるからな。マッチョ舐めんな」
軽口を叩きつつも会話で時間を稼いで体力回復に努める。
「でも流石の貴方もそろそろ限界みたいね」
不意にウマ娘二人の後ろから声が聞こえた。それに目を向けると林から黒鹿毛ウマ娘がやってきたところだった。
「ホント、変な道具を持ってただけで、ここまで手間取るなんてね」
「ボディチェックしなかったのが失敗」
「それ私のミス? 普通あんなの持ち歩いてるなんて思わないよ」
「原因究明は後でいいわ。それに手間取ったといっても、予定が少しずれただけだし」
三人のウマ娘の視線が俺に集中するが、その目には憎悪が宿っていた。
持ち込んだ武器は全て失い、相手から奪った武器も消失。そして度重なるダメージによりもはや立っているのがやっと。対する相手は元気いっぱいのウマ娘が三人もいる。勝てる可能性なんざゼロだ。
「……あれだけやって予定が少しずれただけかい。それで? ここから仕切り直しでド突き合うか?」
「ええ、そうなるわね。でも――」
「ちぃっ――」
黒鹿毛が唐突に距離を詰めてきた。それに合わせて拳を放って迎撃する。だがその拳は度重なるダメージによって威力もハンドスピードも色あせていた。……そんな拳なんぞ格闘経験者のウマ娘に当たるはずもない。
「がっ―――――」
「殴られるのは貴方だけよ」
アッサリと躱され懐に潜り込まれると、片手で首を掴まれた上に宙に吊り上げられた。
「地面に叩きつける、いえこのままへし折ってやろうかしら?」
「殺すのはダメだよ? じっくりと私たちに逆らった事を後悔させないといけないんだから」
「ならサンドバッグにしよう」
「最初はそれがいいかしらね」
「それじゃあ私から殴るから、そのまま吊ってて?」
「待って? 私このまま持ってなきゃいけないの?」
「うん」
「即答なのね……」
「何か棒を拾って来る」
「……そしてあなたはそんなにこれに触りたくないのね」
「キモイから触りたくない」
人をネックハングツリーしながら、和気藹々と物騒な事をほざく三人。そんな中でも思考を必死に巡らせる。
――だが悲しいかな、流石の俺でもここから逆転する作戦は思いつかない。このまま行けばよくて再起不能の重症、高確率で死が待っているだろう。
なら……最後に誰かの目でも潰して俺を襲った事を後悔させてやる。
即座に覚悟を決め、一矢報いるべく最後の力を振り絞って手に力を入れようとした。
その時だった。
「――テメェら、私のトレーナーに何してやがる」
ここにいるはずのない、聞き慣れた声が聞こえた。
頭から血を流しボロボロになって首を吊り上げられているトレーナー。その光景は私を怒らせるのに十分だった。
こんな事をしでかしたウマ娘三人をブチのめし一刻も早くトレーナーを助け出すべく、距離を詰めていく。
最初に私の邪魔をしたのは、栗毛のウマ娘だった。
「!? 貴女、コイツが担当しているウマ娘だね! 怪我をしたくなかったら――」
「黙れザコが」
「え――がっ!?」
見せびらかすようにスタンガンを構える栗毛になんざどうでもいい。一気に距離を詰め、大外刈りの要領で相手を地面に叩きつける。この一撃で栗毛は沈黙。
「!? ああああああっ!」
栗毛が倒されたのを見て怒ったのか、葦毛ウマ娘が木の棒を振りかぶりつつ、私に向けて一心不乱に突撃してくる。その動きは素人丸出しだ。余裕でよけられる。いや、そもそも。
「イヤッホおおおおおおぉおおぉ!」
「うあ!?」
「よーし、このまま抑え込め!」
「おー!」
避ける必要もない。
葦毛の横合いから私の連れがラリアットで沈め、更に追撃と言わんばかりに他のメンツが次々と林から飛び出し葦毛を抑え込む。
私が一人でこんなヤバい現場に突撃する訳がないだろ。
「シリウスさん! 包囲完了しました!」
「おう」
そうこうしている間にも、私の連れたちが取り囲むように姿を現した。これでもうこのバカ共は逃げられない。
最後に残った黒鹿毛に向き直り、睨みつける。
「アンタで最後だ。……覚悟は出来てんだろうな」
私のモノをこんな目に遭わせたんだ。それ相応の報いを受けさせなきゃ私の気が済まない。
トレーナーを助けようと踏み出そうとする。
「動かないで!」
「――ぐがっ」
だが黒鹿毛ウマ娘の悲鳴のような叫びと同時に、トレーナーが小さく呻いた。あのウマ娘、トレーナーの首を更に締め上げていやがる……!
「全員退きなさい! こいつがどうなってもいいの!?」
「……シリウスさん」
「包囲を解くなよ。どうせコイツはトレーナーを盾に逃げた後に、そのままトレーナーを殺すに決まってる」
ここで逃がしても状況は悪化するだけだ。バレバレなんだよ、お前の考える事なんざ。いつでも飛びさせるように腰を落とす。
「そもそも何でウマ娘の貴女がこんな奴の味方なんてするのよ!」
「コイツは私のモノだ。私のモノに手を出されて怒らない奴がどこにいる」
「訳がわからないわ! こんな奴ただの調子に乗った男よ!?」
「テメェの考えなんざどうでもいいんだよ」
「っ! 近づかないで! 本当に首を折るわよ!?」
「やってみろ。――ブチ殺してやる」
トレーナーの首を吊り上げているあのアマの右腕を蹴り砕くべく、脚に力を籠める。
そんな時だった。
「――流石にお前に人を殺させる訳には行かないなぁ」
そんなとぼけた言葉が聞こえたと同時に、これまで沈黙していたトレーナーが動いた。アイツは首を吊り上げられたまま、注意が私に向いて無防備になっている黒鹿毛のノドに貫手を叩き込む!
「がっ――!?」
急所への一撃だ。幾らヒトよりも耐久力のあるウマ娘でも耐えられない。黒鹿毛がトレーナーを掴んでいた手を放し、無様に膝をついた。そしてアイツはこの隙を見逃すような男じゃない!
「行くぜ、顎引いてな」
トレーナーは黒鹿毛の胴体に両腕を回すと、背中を大きく反らせて相手を肩まで持ち上げた! そして――
「おおおおおおぉおおおぉ!」
そのまま勢いよく、黒鹿毛を地面に叩きつけた!
「がっ!?」
草地故に多少の柔軟性があるとはいえ、硬い地面にパワーボムなんぞ叩きつけられればタダでは済まないらしい。黒鹿毛は小さい悲鳴を漏らしたと思えば、気絶でもしたのか静かになった。
黒鹿毛が動かなくなったのが分かると、トレーナーは高々と右腕を掲げ、
「おらああああぁあああああああああああ!」
雄叫びが辺りに木霊した。
今回の結末は余り捻らずにいきました。