マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
会社勤めなんてしていると、本来の仕事以外にもやらなきゃならない事があるってのは、ままある話だ。代表的なのは会議だ。企画担当の奴らがやるようなプレゼンなんかは分かりやすいな。そういう事をしない面子でも何かしらの会議をする機会はあるだろうさ。
んで、この会議ってもんは俺を始めトレセン学園のトレーナーも無縁ではいられない。学園上層部の面々がやるようなガッツリとした会議こそないものの、定期的にトレーナー会議をやってたりするんよ。
「原田ー、事務方から必要書類の提出が遅れがちって文句来てるぞ。もうちょっと早く出せよー」
「すんません」
「事務方から名指しで文句言いに来るとか相当だから、後で頭下げに行った方がいいぞ。アイツ等敵に回したらエライ事になるし」
「マジっすか。会議終わったら行ってきます」
「次、橋本。お前のチームは去年と今年成績不振だろ? このまま結果が出せないと、チームの規模縮小を食らいかねないぞ」
「げっ……。秋戦線で何とか巻き返さないと……」
「来月からですけどウチのチームからの出走が多くなるんで、よろしくお願いします」
「あ、それウチもです」
「おー、よろしく」
「怪我には気を付けろよー」
「せやな。練習中に怪我して出場できなかったとか最悪だし」
もっとも内容自体はお互いの近況報告に近いもんだから、空気は割と緩い。
トレーナーの仕事ってのは、やってることが各々で違いすぎる上に、トレーナー同士の関係も同僚ってより競争相手だからな。トレーナー同士が協力して何かをするってのが殆どない。そのせいで共通する議題ってのが殆どないんだよ。
「よーし、これで大まかには終わったな。それじゃあ、そろそろ本題に行くか」
チーフトレーナーの言葉に、場にいる全員が若干ながらも気を引き締めた、
……確かに共通する議題は「殆ど」ない。だが逆に言えば、俺たちトレーナーにとって共通する議題は数は少なくとも、確実に存在する。
これを解決しようってのが、このトレーナー会議のメインコンテンツだ。
「……担当たちが仕掛けてくるうまぴょい()へ対策。みんな……何かいい案ないか?」
……もっとも、全トレーナーが直面する困難を簡単に解決できるんなら、誰も苦労はしないがな! この議題も毎回上がってるぞ!
「うまぴょい(笑)を完全回避しようと思ったら、担当との接触を完全になくせばいいんでしょうけどね……。リモートとか使って」
「流石にそれは出来ないしなぁ。トレーニングにも支障が出る」
「あー……」
「ベストは担当との距離を上手く取るだが、それが出来りゃ苦労はない訳で……」
「一応マニュアルはあるけど、ぶっちゃけそこまで参考にならないよな」
「それな。マニュアルで上手く行くかどうかは担当次第だし」
「一人目の担当は上手くやれたから、そのノウハウを使って二人目に挑んだら喰われたとかあるんだよな……」
「結局アドリブになるんだよなぁ」
最善の方法が「担当との距離を上手く取る」というのは、誰もが分かっているんだよ。ただ分かってても出来るかどうかが別問題な訳で……。お陰様でトレセン学園創設以来、数多くのトレーナーが担当にうまぴょい(桃)されているんだよな。
「この問題相手が一人の時でもキツイけど、二人以上がトレーナーに惚れたってケースもあるからヤバいよな……」
「場合によっては昼ドラ真っ青のドロドロ展開起こるとか嫌すぎる……」
「いっそのことトレーナーが煽って担当同士で恋の鞘当てでもさせるか? それで消耗している内にトレーナーが逃げるとか」
「二虎競食の計かよ。流石にダメだろ」
「その昔、トレーナーを巡ってウマ娘同士でガチの殴り合いになった事件があってだな……」
「あ、そりゃだめだわ……」
「そもそも担当同士で喧嘩させるとかトレーナーとしてどうなんだよ……」
「襲ってきたら返り討ちでよくね?」
「武藤よ……、それ出来るのはお前ぐらいだからな?」
やっぱり返り討ち案はダメか。
それはともかく、多少なりとも議論は活発だが漏れてくるのが解決案よりも愚痴の方が多いあたり、この問題の厄介さが良く分かるな。
「いや、そんなに担当に襲われるのが嫌だったら、普通に彼女作ればいいじゃないですか……」
唐突に若いトレーナーから根本的なツッコミが入った。あいつは確か最近公式チームから独立した新人トレーナーだったな。名前は柿崎とか言ったか。
うん、気持ちは分かる。分かるが……それで万事解決するかっていうとそうもいかないんよ。
「ありっちゃありなんだけど、構わず狙って来る奴もいるんだよなぁ」
「恋は盲目+若さからくる無鉄砲=ガン攻めだからな」
「恋人いるって嘘つくのもアリだけど、割と直ぐにバレるよな」
「あるある。あと彼女作ろうとしてそれを察知した担当が猛アタックを仕掛けるのも定番だな」
「今回の問題とは別だけど、恋人作れても長続きするかって問題もあるんよな」
「トレーナーの仕事って多忙だから、疎遠になって結局別れるってパターンは割と見るし」
「あるな。てか俺も彼女に振られた……」
「君はいい方だ。私なんぞ懸命に仕事をしていたら妻に不倫されてしまい結局離婚だ……。笑えよ……」
「おおう……」
チーフトレーナー、煤けながら自虐すんなよ。みんな引いてるだろうが。そんな若干沈んだ空気の中でも柿崎は頑張っている。
「い、いや、付き合ってる人がいれば多少の牽制にはなりますよね? 勿論それでも狙って来る生徒もいるでしょうけど、全員がそういう訳ではないでしょうし」
「まあ、そうだな」
「それにまだ担当との付き合いが短いトレーナーや生徒たちとの関りが比較的少ないサブトレが、今の内に彼女を作っておいて周知しておけば、牽制になるんじゃないですかね?」
「んー、ありっちゃありか?」
柿崎の提案に会議に参加しているトレーナーたちもざわつき始めた。反応しているのは主に新人がメインだな。トレセン学園のうまぴょい(禁)事情に危機感を覚えているのはいい事だ。柿崎もこの反応に満足してるのか大きく頷いた。
「よし。それじゃあ今度合コンセッティングしますね。後日周知を出しますんで、参加したい人は俺に知らせてください」
「おう。日付は早めに出してくれよ?」
「任せろって」
「呼ぶ相手のアテはあるのか?」
「大学時代の女友達に声を掛けてみる。なーに、野郎側がエリートともいえるトレセン学園のトレーナーだからな。すぐに集めてくれるさ」
「おお!」
「行ってみるか!」
若手トレーナーたちが盛り上がり始めた。対する中堅からベテラン組はその様子を微笑ましく眺めてるな。俺? 生暖かく見守ってるぞ。俺はこいつ等の所にいれるようなポジションにはいないし。
「なんだか勝手に話が進んでるが、実際新人組には割と有効手段かもしれないな。まあ頑張ってくれ」
チーフトレーナーがそんな感じで締めて、今回の会議はお開きになった。
トレーナー会議から数日後。若手がそわそわしているのを横目にいつも通りの日常を過ごしていた。
「やっぱ紙決済ってクソやな……」
昼休みの時間って事で生徒でごった返している廊下を、事務方から渡された大量の書類を両手で抱えつつ、えっちらおっちら歩く。5人いる担当に関わる書類に加えてチーム全体に関する書類、更には俺宛てのモノまでいっぺんに渡されたもんだから、中々の重量になっている。良い筋トレにはなるが、樫本さんがこれ持ったら、確実にぶっ倒れる量だぞこれ。そこんところは配慮とかしてんのかね?
そんな事をしていると、視界の端に見慣れた黒髪を見かけた。
「――って当たりをつけてるんだけど、どう思う?」
「……確証はありませんが、恐らく黒かと」
「やっぱり?」
フラッシュが同級生と思われる青鹿毛のウマ娘と話し込んでいた。その表情は随分と深刻なものだ。
「確証はありませんが、客観的証拠が揃っています。注意はするべきでしょう」
「だね、色々探ってみる。ありがとう」
「はい、頑張ってください。――あ、トレーナーさん」
話が終わり青鹿毛が手を振って去っていったタイミングで、フラッシュも俺に気付いたようだ。ゆっくりと歩み寄ってきた。
「よお、フラッシュ。友達とはもういいのか?」
「はい、ちょうど終わりましたので。――それに丁度よかった。少し相談したい事がありますので、今からよろしいでしょうか? 少しプライベートな事ですので、出来れば人がいない場所でお話したいのですが」
「相談? んじゃトレーナー室でいいか? ちょうどそこに帰るところだし」
「はい、お願いします」
そんな訳で場所を変えて俺のトレーナー室に移動。お互いソファーに座った所でフラッシュから切り出してきたのは、
「先日のトレーナー会議で何かありませんでしたか?」
こんなよくわからない質問だった。
「質問の意図がよー分からんのだが……?」
「実は先程友人から相談を受けました」
「さっきの青鹿毛のウマ娘か?」
「はい、そうです。なんでもここ数日彼女――アクアブルーさんのトレーナーが怪しい動きをしているとの事です」
「怪しい動き?」
「色々とありますが、一番怪しいのはレース関係以外で外部と連絡を取る頻度が上がっている事だそうです。この動きにアクアさんは自分のトレーナーが何か企んでいると考えています」
「お、おう……。その怪しい行動が始まったってのは、もしかしなくても?」
「はい、トレーナー会議の直後からです」
あ、何となくオチが読めてきたわ。
「因みにアクアブルーはそのトレーナーが何を企んでいるかとかは検討が付いてたりするのか?」
「アクアさんは外で彼女探しをしようとしていると睨んでいます。これは私も同意見です」
「そっかー……」
はいアウト。誰だか知らんが速攻でバレてんじゃねーよ……。
「それで、どうなのですか?」
「あー、ここで隠してもその内嗅ぎ付かれそうだな。その予測は大当たりだ。彼女作るために合コンやろうって話になった」
「やはりですか……。もしかしてトレーナーさんも――」
「行かない行かない」
最後まで言わさずに全力否定。こういうのは先手を取ってハッキリと言っておかないと、面倒臭くなるからな。
「今回合コンに行くのは、新人トレーナーやサブトレだ。担当に執着される前に彼女を作ろうって話になったんだよ」
「そういう事ですか。もしトレーナーさんも行くようでしたら、チーム全員で色々とする予定でしたが、実行されなくてよかったです」
「……なにするつもりだったん?」
「秘密です」
すっごい良い笑顔のフラッシュさん。これ追求しない方が精神衛生的にいい奴だこれ……。
「てか今回もそうだが、トレーナーが彼女を作ろうとして直ぐに担当にバレてうまぴょい(陰)ってのはよく聞くけど、やっぱりそういう行動ってウマ娘からしたら分かりやすかったりするのか?」
「私は実際には見た事はありませんが、分かりやすいとは聞きます」
「あー、やっぱ?」
そうでなきゃ説明つかんし。
「よく外出するようになったり、急に身だしなみに気を遣うようになったら、外で女を作ろうとしているサインだとよく聞きますね」
「なんか不倫に気付く切っ掛けみたいだな……」
「割と近いですね。後、急にこれまでにない行動をしている様子は、第三者から見て目に付きやすいというのもあるのでしょう」
俺ももしもの時は気を付けよう。
「その点で言えば、トレーナーさんは大丈夫ですね。私たちの事も分かっていますし」
「俺の場合は色々あったからな……。この状況で下手な事やらかしたら、最悪うまぴょい(ピンク)一直線な事くらい分かってるし」
「トレーナーの皆さんがトレーナーさんみたいだったら、もう少し平和だったのかもしれませんね」
「え? トレーナー全員がマッチョになれって事か?」
「違います。トレーナーさんみたいに私たちの事を理解して欲しいって事です。……アクアさんも大変です。最近は元居たチームのサブトレーナーと一緒に独立して、『これから二人三脚で頑張ろう』と張り切っていたのに、これでは先が思いやられます」
「……ん?」
なんかフラッシュが凄く気になる事を口にした。具体的には最近どっかで聞いた事がある境遇の奴。
「あーフラッシュ、そのアクアブルーがチームから離脱した経緯って分かるか?」
「経緯ですか? アクアさんは元々は公式チームに所属していたんですが、そこでトレーニングを見てもらっていたサブトレーナーと仲良くなったんです。そして先月サブトレーナーが独立する事になったのですが、その際にアクアさんそのサブトレーナーさんと専属契約したそうです」
「……因みにその独立したサブトレーナーの名前って分かるか?」
「えっと確か……柿崎さんです」
「柿崎、アウトー……」
あいつ独立直後からトレーナーとして活動してたとか聞いた事はあるけど、そんな裏事情があったのかよ。サブトレ時代も含めたらそこそこ長めの付き合いな上に、独立の時に自分からついてくるような奴とか、明らかにヤバいだろ。
「ったく、しゃーねぇ」
ため息を吐きつつスマホを取り出し電話を掛ける。通話相手は当然柿崎だ。流石に同僚が危険な状況なのに無視を決め込むのは寝覚めが悪い。数回のコールの後、電話が繋がった。
『はい、もしもし。武藤さんから電話なんて驚きましたよ?』
「柿崎か? 用件だけ言うぞ。お前が立てた合コン計画がお前の担当に半分以上バレてる」
『えっ、どういう事です!?』
「そこら辺を説明すると長くなるから端折る。とりあえず俺から言える事は今回の合コンは辞めとけ。今ならギリギリ間に合うはずだ」
『でも俺主催者ですよ。流石にそこは出ないと』
こいつ、自分が置かれた立場がイマイチ分かってないのか? 若干イラつきを覚えつつも説得を続ける。
「他にもメンバーはいるんだろ。その中の誰かに代理を頼んどけ」
『いえ、それ難しいんです。相手側のまとめ役が俺の女友達なんですけど、連絡付けられるの俺だけなんですよ。だから顔だけでも出しておかないと』
「お前なぁ……」
『それに女の子を集めるのに武藤さんの名前も出したらいい子が呼べたらしいから、行ってみたいんですよね』
「……は?」
おい、こいつ唐突に何をほざいてんだ。
「……おい、どういう事だ」
『やっぱり有名人がいると集まりが違うんです。ちょっと名前を使わせてもらいました。あ、折角ですし武藤さんも来ませんか? 今なら一番人気間違いなしですよ?』
「行く訳ねぇだろ。そもそも名義貸しなんぞ許可した覚えはないぞ」
『あれ、言ってませんでしたっけ? すみません。まあ武藤さんが合コンに行かなくても、急用があったって言えば大丈夫なんで、気にしないで下さい』
「おい」
『――え? あ、すみません武藤さん。事務から呼び出し食らったんでもう切ります』
「おい、テメェふざけんな!」
思わず怒鳴るが、無情にも電話が切れた。あまりの事態に思わず頬が歪む。あの新人中々ふざけた真似してくれたじゃねぇか……。
「やりやがったなあの野郎……」
奥歯を嚙み締めつつも高速で思考を巡らす。ここまで人の事をコケにしたんなら、俺も容赦する必要はないよなぁ?
「あの……トレーナーさん……」
「フラッシュ、ちと手伝ってくれないか?」
「え、何をですか……?」
心配そうに気に掛けてくれるフラッシュに笑って返す。
「祭りだ」
武藤、キレた!