マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
ある日のトレセン学園。普段なら教師や教官たちの領域である教員室は、異様な熱気に包まれていた。
「今回もセーフか。よしよし」
「う、微妙な判定……。気を付けないと……」
「私女なのにこれ!?」
「あああああああああっ! やべぇえええ!?」
あるモノは安堵し、部妙な表情を浮かべ、そしてあるモノは発狂するという、中々のカオスっぷりだ。なおそんな狂乱を巻き起こしているのは、普段はこの教員室には顔を出さないトレーナーたちだったりする。教師やら教官たちは、そんなトレーナー陣を遠巻きに曖昧な顔で眺めているぞ。
「いやー、この時期は相変わらずの盛況っぷりだな」
「せやな」
そんな混沌を横目にしつつ、俺は教員室の端っこで同僚の遠藤と共に駄弁っていた。
「てか遠藤よ。今回発狂してるのが前より多くないか?」
「いや、いつもと変わらないだろ」
「そうか? ……あー、確かによく見りゃ発狂の総数は変わらんな」
「前より発狂してる女トレーナーが多いし、そいつらの声が無駄に大きくてそれが目立ってるから、前回より多く見えたんだろ」
「なるほどな。しっかし一応まだ喰われてないって事はギリ安全圏にはいるんだから、そこまで発狂する程なんかねぇ?」
「……武藤よ、テスト結果で『喰われるかもよ』とか堂々と書かれてりゃ、普通のトレーナーなら発狂もんだからな?」
遠藤の視線が俺の手にある用紙――「関係性管理テスト」の結果用紙に向けられた。
生徒によるトレーナーへのうまぴょい()に対して、各トレーナーが何とか回避しようと日夜努力しているのは知っての通り。そしてこの問題はトレセン学園上層部も当然把握しており、そんなトレーナーたちへのうまぴょい(ピンク)対策として、担当との距離の取り方のマニュアル化やもしもの時のための護身術の講習の実施など、色々と政策をやってるのも、これまた知っての通りだ。
そんな学園が実施している対うまぴょい(陰)対策の一つとして行われているのが、先日行われた「関係性チェックテスト」――通称「うまぴょいチェックテスト」だ。
100点満点の記述形式のテストで、これをもってトレーナーとウマ娘の関係を客観的視点から判別し、点数次第では該当トレーナーに警告が行われる、といったものだ。主観だと大丈夫だと思ってても、傍から見れば実は危険水域にいた、なんて結構あるからな。テストは加点形式で、点数が高い程うまぴょい(R-18)される危険性が高いとされている。
因みにテストは任意制とされているが、うまぴょい(桃)させたくないから、受ける奴が大半だ。受けない奴? 自意識過剰な奴か、もう喰われてて受けても意味がない奴だ。
「ゆーてあのチェックテストの精度は微妙だろうが」
「まあ、そうなんだが」
……もっともその精度は割と微妙だったりする。そりゃウマ娘もトレーナーも性格はバラバラだ。点数が高めだからって確実に喰われるって訳でもないし、逆に低めだからって安心は出来ない。よっぽど極端な点数でもない限り、精々ちょっとした目安程度でしかないのが、このテストの実情だ。
「まあ、そんだけ落ち着いてるって事は、武藤は今回のテストは大丈夫って事なんだろ。何点だったんだ?」
「あん? 94点だ」
「思いっきりアウトじゃねぇか」
なお極端な点数の場合の精度は、結構高かったりする。
「その点数で何で喰われてないんだよ」
「担当の機微には常に注意を払ってるからな。お陰でスキンシップの項目なんて満点だ」
「趣旨間違えてるだろ……」
間違ってても、未だにこうやって喰われずに生きてるからセーフなんだよ。一回喰われかけた? うまぴょい(影)してないからいいんだよ。
「そもそもの話、俺はチームを組む前から担当に告られてんだぞ。今更感が凄いわ」
「いやホント、よく今まで生きてこれてんな」
「全員が成人してから再アタックしてくれ、で素直に聞いてくれるヤツらで良かった」
そこんところはマジで良い子ばかりでよかった。そのせいで色々とアタックされてるけど、仕方のない犠牲って事にしておこうと思う。
「大人になってからの再告白か。確かに回避方法の一つではあるんだがな……」
俺の言葉に遠藤が若干顔を歪めながら呟く。確かにこの手法は割と定番な手法だ。相手にある程度の希望を持たせられるって事で比較的受け入れられやすいし、年単位の時間稼ぎによって相手が自分を恋愛対象から外れる可能性もある。そんな訳で、この手法を取るトレーナーもそこそこいる。
「確か遠藤もやったんだったか?」
「俺の場合は武藤が学園に来る前に告白されて、その場はそれで乗り切ったんだよ」
「前に聴いたな」
俺と歳が近いから忘れがちだったが、そういえば遠藤は俺よりもトレーナー歴が長いんだったな。プロレスラーからの転職組の俺と違って、遠藤が学生からストレートでトレーナーに合格したんだから、当然っちゃ当然だが。
「で、結果は?」
「……お前も知ってるだろ?」
「…………俺も偶に遭う事もあるが、いいカミさんだよな」
――つまりそういう事だ。しかもこいつの場合、在学中に喰われたらしいから、救いもなにもあったもんじゃない。
「確か遠藤は何年か前の同時多発ぴょいで喰われたんだったか?」
「武藤が来る前の年のな」
因みに同時多発ぴょいってのは、文字通り担当にうまぴょい(性)されるトレーナーが何人も出た時に呼ばれる俗称な。学園が対ウマ娘護身術を採用する切っ掛けになった事件、「夜とうまぴょい事件」も同時多発ぴょいの分類に入る。
「てか告白された時は乗り切れたんだろ? なんで途中で喰われる羽目になったんだよ」
「他に担当を取ることになったってのもあったんだが、……俺のミスもあった。告白された後もこれまで通りに接していたつもりだったんだが、無意識に距離を取ろうとしてたっぽい」
「で、それを見たカミさんは不安になった末に掛かったと。中々シンドイな」
この手法のデメリットがモロに出た感じだな。担当の恋愛感情は継続中だから、対処にミスった場合に掛かりの原因になっちまうんだ。告白回避後に健全な関係を取り戻そうとトレーナーが距離を取ろうとして、それを察知したウマ娘が掛かるってのは定番だ。
「お前んとこはどうなんだよ?」
「相手の誘いには全力で乗っかってるな。この間の取材なんかもツッコミ入れつつも、フジのノリに合わせてたし」
「それのせいで、学園が愉快な事になったな」
「言うなよ。あの後、駿川さんに絞られたんだぜ……」
あれはホントにトレーナーたちには悪い事した。
「しっかしノリを合わせるのは良いとしても、そりゃ相手の恋心に燃料を投下するようなもんだぞ?」
「分かっちゃいるんだが、断るのもなぁ」
「このままだと、大人になったらマジで再アタック仕掛けてきかねないだろ。その時はどうすんだよ」
「……それまでに熱が冷めてたんならそれでよし。熱が残ったまんまだったら……そん時次第だな」
「……まあ、お前がそれでいいんなら俺は何も言わないが」
そういう事にしておいてくれ。
そんな感じで駄弁っていると、
「あ、いたいた! トレーナーちゃん、探したよ!」
不意に聞き慣れた声が聞こえた。その方向に顔を向けると、人の波をスイスイとすり抜けてやってくるマヤノの姿があった。
「おー、マヤノちゃんか。いらっしゃい」
「こんにちは、遠藤トレーナー」
「マヤノか。どうした?」
「聖蹄祭でチーム・デネボラがやる企画書を持ってきたの」
「おう」
そういってマヤノは手に持っていたA4程度の用紙を手渡してきたので、反射的に受け取る。公式、非公式問わず各チームはファン感謝祭では何かしらの催しをやるのが基本だ。レースってのは競技であるが、同時に人気商売でもあるからな。こういったファンサービスは欠かせない。
「そういえばチームの催しトレーナーを通さないといけないんだったな。今年はなにをやるんだ?」
「去年も好評だった執事喫茶だよ」
「あれか。去年はエグかった」
去年やった執事喫茶じゃ、男装したエアグルーヴ、フジ、シリウスをメインの接客に回したら、多くの女性ファンが撃墜されるという色々な意味で大惨事が起こったな。あれがまた再現されるのか。
「今年はファンサービスでフジ寮長がマジックショーもするんだって」
「全力で強みを押し出すスタイルでくるのか」
「こりゃウチもうかうかしていられないな。放課後にミーティングしないと」
こういったチームでやる催しの成否が、チームの評価にも繋がるからな。デネボラの場合、こういった出し物に積極的なメンバーがいるから俺は楽できるが、遠藤の所のように出し物系でボチボチと苦労するチームってのはそれなりにあるらしい。
「あら、なら私も参加しようかしら?」
「ん?」
今度は背後からそんな声が上がった。振り返るとそこにいたのは、長い栗毛が特徴的な私服の大人のウマ娘。それを見た遠藤は若干驚きつつ口を開いた。
「こんにちは武藤さん」
「よお、いらっしゃい」
「リコリス、どうしたんだ?」
「アナタ、家に書類を忘れていったでしょ? はい、これ」
「書類? ……げっ、これ今日提出予定の奴だ」
「封筒に提出期限が書いてあって良かったわ」
「助かったよ、リコリス」
親し気にそんなやり取りを始める二人。その様子に、マヤノは若干首を傾げつつ俺に顔を向ける。
「もしかして遠藤トレーナーの?」
「まあ見ての通り遠藤のカミさんだ」
「へー! あ、でもウマ娘って事はもしかして」
「ええ、お察しの通りよ」
俺たちのやり取りに気付いたのか、それともあっちが丁度話に区切りがついたのか、遠藤のカミさんが俺たちの会話に飛び込んできた。
「貴女がマヤノトップガンちゃんね? 夫からよく話を聴いてるわ。初めまして、ホワイトリコリスよ。トレセン学園のOGで――夫の元担当バよ」
「やっぱり!」
リコリスの正体に、目を輝かせるマヤノ。……因みにこういった反応は、トレセン学園の生徒、正確には自分のトレーナーを狙っている生徒なら、割とよくある反応だったりする。何せ自分が目指してる未来の姿がそこにあるからな。そりゃ興奮する。
そんなマヤノに対して、遠藤夫婦の反応は、
「この子、担当契約した時のお前とそっくりだろ?」
「そうね」
なんか懐かしいモノを見るような目をしていた。
「え? 遠藤トレーナー、そうなんですか?」
「そういや、前もそんな事言ってたな。マジでそうなん?」
「今でこそここまで成長したが、担当契約した頃は今のマヤノちゃん位には小さかったんだよ。しかも性格もお転婆で自由気ままな子だったもんだから、マヤノちゃんを見てると本気で昔のリコリスとダブる。まあ実力はマヤノちゃんの方が上ではあるが」
「余計な事は言わなくていいの」
「あー、なるほどな?」
偶にこいつのチームと合同練習する事があるが、遠藤はやけにマヤノの扱いが上手いんだよな。まさかこんな裏事情があるとは思わなかった。
「んー……、それじゃあもしかして、アタシも将来はリコリスさんみたいなオトナになれるって事?」
「マヤノちゃんはまだまだ成長期だから、きっとなれるわ。――うーん、大人に憧れるところまでそっくりね」
「ついでに言えば、恋愛環境もリコリスの告白直後に近いぞ」
「…………本当に昔の私そっくり。そんな所まで似なくていいのに」
若干困ったような表情を浮かべるリコリス。しばし考えるように頬をかくと、小さく笑みを浮かべた。
「ねえ、マヤノちゃん。これも何かの縁だし、秘訣を教えてあげましょうか?」
「秘訣?」
「そうねー。レースは貴女の方が強いからアドバイスは出来ないけど……、旦那の捕まえ方のアドバイスとかなら出来るわ」
「ホント!?」
「待てやそこのOG」
唐突にヤバい事言い始めたぞこの遠藤妻!?
「遠藤、カミさん止めろ!」
「諦めろ。こうなったリコリスは止まらん」
「おい!?」
「あと、どうせお前も近々俺と同じ立場になるんだから、それが多少早まった所で大した影響はないだろ。てか早く俺と同じ場所に来い」
「やめーや!?」
こいつ、自分と同じところに引きずり込もうとしてやがる! 止めるとか更々ないな!?
「アナタ、どこか内緒話できる場所はないかしら?」
「今の時間なら俺のトレーナー室が空いてるぞ。ほれ鍵。あとこいつの足止めもしとくから今の内に行っちまえ」
「ちょ!?」
「ありがとう。それじゃあマヤノちゃん、行きましょ」
「うん!」
「待って、マヤノ!? 待ってくんね!?」
こうして逃げ出す二人に慌てて俺も追いかける羽目になった。
――後に逃げるウマ娘二人(なお走るのはマズいのでウマ娘仕様の早歩き)と、それを追いかける斤量(ヒト)を背負ったマッチョという謎の戦いは、多くの衆目に晒される事なり、しばしの間学園にちょっとした話題を提供する事となったという。なおこの異色のレースは普通にウマ娘側が勝った模様。
しかし公式でトレウマカプが出てくるとは思いませんでした……。お陰で大分盛り上がってますね。