マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
ウマ娘あるあるだよね……。
「これでどうかな?」
「そう来るのか……」
ある日の生徒会室。大きく開けた窓から入り込む涼し気な風を感じながら、私はトレーナー君とチェスを指していた。
「……少し考えてもいいかな?」
「ああ、構わないよ」
眉をひそめながら、チェス盤を睨むトレーナー君。生徒会の仕事はもう終わらせてあるから、いくらでも時間はある。ここ最近は忙しく、こうしてトレーナー君と二人で過ごす時間を取れなかったんだ。この機会に存分に堪能させてもらおう。
「よし、これだ」
「では、私はこれでいこう」
熟考の末に指してきた一手は尋常一様なものだった。トレーナー君がこの一手のために熟考していた理由が分からず、内心首を傾げつつも私も指しかえす。
「じゃあこれだ」
「獲らせてもらおう」
――しばしの指し合い。お互いに盤面に集中し、自然と口数が減る。
盤面は私がやや優勢だ。油断禁物だが、このまま続ければ、近く私の勝利で終わるだろう。
半ば確信しつつビショップを動かした。――その瞬間、トレーナー君の唇が吊り上がった。
「それを待っていたよ」
「むっ……」
トレーナー君が指した一手によってルークが取られてしまった。
「私の手を読んでいたのかい?」
「考える時間を貰えたしね。素人なりに罠を張らせてもらったよ」
「……やるじゃないか」
トレーナー君を甘く見過ぎていた。そのせいで場は一気に拮抗、いや乱戦に持ち込まれている。
「強くなったなトレーナー君」
「まさか。君に食らいつこうと必死だよ」
「謙遜する事はない。君の技術は着実に向上している」
「光栄だよ」
「だがやられっぱなしも悔しいものだ。私も攻めさせてもらうよ」
思わず頬が吊り上がるのを自覚しつつ駒を動かす。心躍る戦いを存分に楽しませてもらおう。
「僕は素人だからお手柔らかにね、ルドルフ」
「それは出来ない相談だよ、トレーナー君。……ああ、強くなったで思い出した。君に一つ訊きたいことがある」
「どうしたんだい?」
「君もバーチャルファイトで訓練をしているのかい?」
私の問いかけに、トレーナー君の手が止まった。更に顔には露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
「……急にどうしたの?」
「先日導入したあの訓練プログラムは、生徒の間では有名な話だからね。少し気になったんだ」
「あ、そうなんだ」
「それで? 君はどうなんだい?」
「体験って事で一回やっただけだよ。それ以降はやってない」
「ふむ、そうか」
それはよかった。もしのめり込んでいるようだったら、もしもの時のための計画に支障が出るところだった。
「でもこんな所で訓練プログラムの話が飛び出すなんて、何か気になる事でもあったの?」
「なに、あのプログラムの導入以来トレーナー全体で見た戦闘技術のレベルが向上してきていると、エアグルーヴから聞いてね」
「エアグルーヴが? ……いや、これは武藤トレーナーの評価か」
「その通り。専門家のいう事だから間違いはないのだろうね。それに実際に成果も出ている」
「ああ、そういえばこの間あったね」
先日の事だが、掛かったウマ娘がトレーナーに襲い掛かった事件があった。これ自体は学園ではよくある話ではあるが、この事件の結末は特異なモノだった。
なんとトレーナーは護身用の武器を駆使して、うまぴょい(特)しようと迫るウマ娘を撃退したのだ。格闘技経験のない極々普通のトレーナーが、だ。(現在、この事件の後始末は色々と難航しているらしいが)
これまで護身武器を持っていても全く対抗出来なかった事実を勘案すると、実に大きな進歩と言ってもいいだろう。
「この事件のだけど、さっそく効果が出たって学園上層部は大喜びらしいよ」
「学園のトレーナー不足は長年の課題だからね。気持ちは分からなくもないな。だからといってそのことを学園で大々的に公表するのは、私としては思う所があるがね」
「まあね」
もちろん事実をそのまま公表しているわけではなくオブラートに幾重にも包んでの公表ではあるが、多少なりとも事情が分かる生徒ならすぐに察するだろうね。
「学園上層部はあの事件の顛末を色々と利用したいらしい」
「だろうね。ウマ娘がうまぴょい(使用)を狙う原因の一つに、トレーナーに負けるリスクが極端に低いから、っていうのを聴いた事がある。その定説が今回の事件でひっくり返ったんだ。大々的に公表して、トレーナーを襲う事にリスクがあるって見せつけるのは、政策として有効だよ」
確かに返り討ちにあうリスクがある事を周知していれば、よっぽど掛かっているとかしない限りは、多少なりとも抑止になるだろう。
だがね、トレーナー君。
「これで学園のうまぴょい(リスク)案件が減ると思うかい?」
「多少は減るんじゃないかな?」
「ふむ。……どうやら君は少し事態を楽観視しているようだ」
「え?」
この程度で、恋するウマ娘が諦めるはずがないだろう?
「せい! ……ヨシ!」
押し倒されつつも、何とか仮想敵にスタンガンをねじ込む。仮想敵はビクっと痙攣した後に倒れ、そして消滅する。
ある日の夜。誰もいない中、メガドリームサポーターの箱体に籠り、今日も今日とてシミュレーションに籠る中里の姿があった。
「これで100戦2勝……。やっと勝ち筋が見えてきたな」
小さく笑う中里。戦績を見れば勝負になってないとしか言いようがないだろう。だが冗談抜きで勝率ゼロパーセントだった頃よりは、大きく進歩していると言えるだろう。
「このまま練習を続けてジュピターを倒せれば、後は健全な関係に戻れるはずだ」
自分の担当のリボンジュピターからの圧力が日々高まっているのは、嫌でも理解している。もはや「卒業した時その気持ちが続いていたら~」といった誤魔化しも効かないレベルだ。既にうまぴょい(卒)からの秋田定住ルートは目の前まで迫っている。
そんな「さらば我がトレーナー人生ルート」から逃れるには、ジュピターを打倒するしかない。撃破出来ればジュピターの舞い上がった思考に特大の冷や水を浴びせる事が出来るだろう。最悪の場合、契約解除となるかもしれないが……、そこはお互いのためにも許容しよう。
「とはいえ、まずは確実に倒せるようにならないとな」
身体を起こしつつ、仮想敵のステータス画面を出す。今相手にしている仮想敵だが、ウマ娘の動きに慣れる目的のために、その身体能力を全部最低レベルにしている。更に里中は学園指定の護身用武器だけでなく、目潰し目的でヘアスプレー(市販のモノ。もしもの時は咄嗟に使ってしまったと言い訳するつもり)すら使っていた。
そこまでやってまだ勝率が圧倒的に低いのだから、今未来の展望を描いても、ただの絵に描いた餅でしかない。まずはある程度強くなる事が最優先だった。
今度はもう少しだけ強めの敵を出すか。そんなことを考えながら画面をいじっていると――
「ん? 緊急事態?」
ポン、という軽い電子音と共に「緊急事態」と書かれた赤いポップアップが現れた。同時に画面の操作も受け付けなくなってしまう。
「どうなってんだ?」
首を傾げつつ現れた警告文に目を通す。どうやらシミュレーターの箱体が予期せぬ方法で開いてしまったらしい。そうこうしている内に、どこからかシステムを緊急停止するというアナウンスまで流れ、戸惑っている内に目の前の視界が一瞬で暗転してしまった。
「締め出されてしまった……。しっかし箱体が開くって、何があったんだ?」
ゴーグルを外しながら、誰かに聞かせるでもないボヤキを吐き出す。すると、
「それはねトレーナー。私が開けたからだよ」
答えが返ってきた。
同時にゴーグルから解放された視界に飛び込んできたのは――、箱体を開け己を見守っている見慣れた青鹿毛のウマ娘にして自分の担当、そして今もっとも会いたくない相手であるリボンジュピターの姿があった!
「な、何でここに……!?」
「遭いに来ただけなのに酷いよトレーナー。それとも何か企んでるのかな? ううん、企んでるんだね。だって最近はずっと私を避けようとしてるもん」
クスクスと笑うリボンジュピター。だがそのハイライトの無い目は全く笑っていない。
「これは私がどれだけトレーナーを愛しているか分からせてあげないといけないね。幸いここには私たちしかいないし、存分に教えてあげられるよ」
「~~~~~~~!」
とうとうこの時が来てしまった! 声にならない悲鳴を上げながら咄嗟に腰のスタンガンとスタングレネードに手を伸ばす!
未だにシミュレーターでの勝率は低いが、以前の何も出来なかった頃よりは強くはなっている。勇気を振り絞り、僅かな確率を率い寄せるしかない!
右と左、同時に得物を握った。後は引き抜き戦いに挑むだけ! この一瞬で覚悟を決めた瞬間、
「ダメだよトレーナー」
「なっ……」
その覚悟は、ジュピターにより両腕を抑えられた事で一瞬にして粉々にされた。
……こうなるのは仕方のない事なのだろう。中里の油断があったとはいえジュピターの策により箱体があるフロアで孤立させられ、更に戦闘開始前の時点で既にクロスレンジに入られている。ついでにジュピターは先日の事件の顛末から護身武器を警戒しており、初手武器封じをしてきたのだから、素人の中里では対処できるはずもない。
「知ってるトレーナー? このメガドリームサポーターの箱体って結構防音がしっかりしてるんだよ。しかも柔らかいシートもあるから……安心してうまぴょい(箱)出来るよ」
「ま、待て! 待つんだジュピター! アレだ! 卒業しても君の気持が変わらなければ――」
「だーめ。もう我慢できない。それじゃあ、私無しじゃ生きられないようにしてあげるね」
「ちょっ――」
「――いただきます」
ジュピターの宣言と共に、箱体が静かに閉まった。
リボンジュピター「先手必勝すればよくない?」