マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
幽霊騒ぎを解決して、通常営業に戻れたとある日曜日。
「お待たせしました。ハーブティーになります」
俺はトレセン学園近くのショッピングモールのカフェテリアのオープンテラスにいた。
店員によりテーブルの真ん中にティーポットとカップが置かれる。透明なポットには特有の淡い緑色のハーブティーが並々と注がれている。
「結構量があるな」
メニュー表を見たときは、結構お高かったのでこれが標準なのかと思わず疑ったが、この量が出されるのなら納得は出来た。
……正直、こういった場所には縁がない生活を送っているし、俺一人だったら立ち入る事もなかっただろうが、今回はちょっとした事情がある。
「ただいま」
「おう、そっちは終わったか?」
振り向くとそこにはフジキセキの姿があった。
「ポニーちゃんたちとのお喋りに夢中になっちゃってね。あ、もうお茶が来てたんだ。もしかして待たせちゃった?」
「いや、今さっき来たところだ」
手を伸ばそうとした所で、さっとポットがかっさらわれる。
「フジ?」
「入れてあげるよ。買い物に付き合ってくれたお礼さ」
「買い物っつーても、寮の仕事の一環だろ。気にすんな」
「それでも、ね」
フジが慣れた手つきで、カップに紅茶を注ぐ。
まあ、なんでこんなところにいるかと問われれば、「栗東寮の寮長さまの買い出しの荷物持ちに駆り出された」ということだ。
フジは俺の担当でもあるので、今回の件を断る理由はなかった。
「はい、どうぞ」
「おう。……しっかし、昨日急に食堂のど真ん中で『明日デートに行こう』とか言われた時は、何事かと思ったぞ」
「サプライズしようと思ってね」
「そのサプライズよりも、その場にいた全員が一斉にこっち向いた方がビビったぞ……」
「あはは、ごめんね」
一部のウマ娘なんか滅茶苦茶睨んで来たんだよ。フジキセキの会なんてファンクラブがあるくらいには人気があるんだから、自重して欲しい。
「でも本当に助かったよ。今回の買い出しは量が多かったから、車が必須だったからね」
「ま、気にすんな。しっかし、寮の備品の買い出しまでするとは、寮長の仕事も大変だな。こういうのは業者に発注するもんだと思ってたぞ」
「基本的には定期的に業者に発注しているんだけど、たまに足りなくなる事もあるんだよ。そんな時は買い出しに行くんだ」
「ほー」
「特に寮で料理をする娘も多いから、調味料がすぐに足りなくなるんだ」
「あー、それでか」
出発前に渡されたメモを思い出せば、確かに砂糖やら塩といった調味料系がリストの大半占めていた。ウマ娘の食事は人間のそれよりも多いから、その分消費も激しいようだ。
ただ、あのメモにはイマイチ引っ掛かる物も混じってたんだよな。
「ところでメモの中にニンジン80㎏とかあったんだけど、あれどういう事なん?」
いや思わず二度見したわ。お陰で店員に箱で出してもらったり、乗ってきた車がニンジンの箱で占領されるわで大変だった。
「うーん、今月は消費が激しくてね。これくらいないと次の納入まで持たないんだ」
「……次の納入って2日後なんだよな?」
「? 2日で80㎏なんてすぐだよ?」
あ、これガチで言ってるわ。流石ウマ娘、ニンジンの消費がエグイ。そんな事を考えながら、出されたお茶に口を付ける。
「……ハーブティーってのは初めてだが、結構美味いな」
「うん、やっぱり今日はこのお茶を注文して正解だったね」
「うん? どういう事だ?」
「ハーブティーにも色々とあるんだけど、今回はリラックス効果が強いハーブを選んだんだよ。……トレーナーさん、最近は結構忙しそうだしね」
「あー、気を使わせちまったな……」
「ううん、気にしないで」
なんだかんだで付き合いの長いフジだが、その気配りのお陰で助けられる事が多い。更に俺が請け負っている担当メンバーのまとめ役の一人としても働いてくれている。担当の中じゃ、かなり信頼しているのがフジだ。
……ただまあ、ほんの少し、ほんの少しだけ欠点?と呼べるものもあるんだよなぁ。
「あっ」
「どうした?」
「ねえ、あれ見てよ」
「んー……」
フジが外の大通りを指す。釣られて視線を向けるとその先にあったのは、若い男とウマ娘の二人組が連れ添って歩く姿があった。この情報だけなら街中じゃよくある光景の一つだが、生憎と俺もフジもあの二人を良く知っている。
「あれって、会長とトレーナーさんだよね」
「だな。声でもかけるか?」
「まさか。せっかくのデートを邪魔するつもりはないよ」
「まあ、そうだな。……ところで、あの二人をつかず離れずで尾行しているウマ娘がいる事についてはどう思う?」
「……変装しているから確信出来ないけど、あれは多分ミスターシービーだね」
「……明日の練習場は荒れるな」
「そうだね」
あの二人のウマ娘、普段は仲はいいんだが、事が二人のトレーナーに関わると暗闘が始まるんだよなぁ。特に練習の時なんかはヤバくて、暗闘モードの二人が併走なんぞした日にゃ無駄にハイレベルな戦いがお目に掛かれるのが確定している。因みにその併走に他のウマ娘が巻き込まれると、剛の者じゃない限り気圧されたりペースを乱されたり自信を木っ端微塵にされて凹んだりする羽目になるので、トレーナーの間じゃ恐怖の対象だったりする。
近い未来に頭痛を覚えながら、テーブルに視線を戻す。が、
「……って、おい」
目の前のティーカップの異変に気付いた。中身の量も色も変わっていないが取っ手の向きが変わっていやがる。具体的にはおおよそ20度くらい。ぼやっとしてたら気づかなかった。
反射的にフジに視線を向ける。
「どうしたの?」
対するフジは平然と茶をしばいてやがる。そんな光景に若干頬が歪む。
こいつがイタズラ好きだしイタズラ自体は人を喜ばせるタイプってのは周知の事実なんだが、事が俺に対するイタズラの場合、割と攻めたモンかましてくるんだよなぁ。こないだ書類仕事を手伝ってくれてた時なんか、渡された書類の中にしれっと婚姻届が混じってて、疲れもあって危うくサインするとこだった。
そんな事情を考慮すると、このティーカップに何かが仕掛けられたのは確実な訳で――
「いや、何でもない」
そして気づいた以上、わざわざイタズラに乗ってやるのもなんか癪だ。という訳で、
「おっと?」
「トレーナーさん、今度はどうしたの?」
「あれ見ろよ」
「え?」
視線を再度大通りに向ける。それに釣られてフジの視線がそちらに逸らされた。その僅かな隙をついて自分のティーカップを素早くフジの物と交換。たまにはイタズラする側になるもの悪くないな!
「ありゃナリタタイシンとあいつのトレーナーだよな」
「そうだね。タイシンのトレーナーさんは大きいから判りやすいね。……よく見ると、その後ろの物陰に見覚えのある二人組もいるね」
「ビワハヤヒデとウイニングチケットだな。あれはどういう状況なんだろうな?」
「んー、さっきの会長と違ってあの二人は出歯亀してる、って所かな?」
「やっぱりそうか。……てかハヤヒデ目立つな」
「彼女は髪が特徴的だからね」
BNW+1から視線を外し、フジが小さく笑いながらカップに口を付けた。
自分の仕掛けに引っ掛かり、慌てるフジが見られる――
「うん、美味しい」
なんて事はなく、何の反応もなし。
「……あれー?」
「どうしたの?」
「あー、いや何でもない」
あれ、実は俺の勘違い? もしかしてやらかした?
若干、混乱した頭で茶に口を付け――
「って、甘っ!?」
先ほどはなかったはずの甘味に、思考が全て飛んで行った。
「美味しいでしょ? ハーブティーは癖を抑えるために砂糖を入れるのもアリなんだ」
反射的にフジの顔を見ると、そこにあったのは時々見る顔――具体的にはイタズラが成功して喜んでいる時の笑みだった。
つまるところ、
「まんまとハメられた訳か」
「そういう事」
どうも俺の行動は彼女にとって掌の上の出来事だったようだ。
「ネタ晴らしを頼む」
「トリックって程の事はしてないよ。トレーナーさんが会長たちを見ている間にトレーナーさんのカップの位置を変えただけ。後は私のカップに砂糖を入れた位かな」
「カップの交換を読まれてたかぁ」
「正確にはそうなるように誘った、だけどね」
思わずため息が出る。見事に独り相撲をした上に負けた感じだな。
「でもちょっとカップをずらしただけなのに、イタズラされたって良く気付いたね」
「まあ、何度もイタズラ食らって鍛えられたからな。……あと、担当に薬を仕込まれるってのは割とある話だ」
「なるほど……」
俺の話にフジが納得した様に頷いた。
悲しいかな、担当バから差し出された飲み物に睡眠薬が入っていてトレーナーが寝ている間に逆ぴょい(眠)される、ってのはウマ娘のパワーに任せた逆ぴょい(力)と同じ位、メジャーな手段だ。そのためトレセンのトレーナーたちはよっぽどの新人でもない限り、担当からもらった飲食物に対して一定レベルで警戒をしているのが現実だ。
「薬を盛られるトレーナーさんたちには悪いけど、その娘たちの気持ちは分かるね」
「分かるのかよ……」
「なんとしてでもトレーナーと一緒になりたい。他の娘にトレーナーを取られてしまうかもしれない。告白しても断られてしまうかもしれない。そんな希望と焦燥と不安をトレーナーに恋をしているウマ娘は抱いているんだよ」
「だから確実にトレーナーを手に入れられる手段に走るってか? 勘弁してくれよ……」
「恋はダービーっていうし、多少はね? ……でも私は薬みたいな強引な手段は好きじゃないかな」
「あ、そうなのか? 気持ちは分かるっていうから肯定派だと思ったけど」
「私はあくまでも理解しているだけで、そういう事をしたいって訳じゃないよ。一方的に感情を押し付けるのは好きじゃない」
「……他のトレーナーが聞いたら、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいって叫びそうだな」
「大げさだなぁ。私はただ――」
フジはティーカップを置くと満面の笑みを浮かべた。
「好きな人には一緒にいて楽しいって思ってもらいたいだけだよ」
「お、おう……」と曖昧な返事をしているトレーナーさんを眺めながらふと思考を巡らせる。
(この人を好きになった切っ掛けは、なんだろう?)
恥ずかしい事に、自分の事ながらはっきりしていない。
初めて会った時?
皆からの期待、期待に応えなければいけない重圧に圧し潰されそうになっていた時に、トレーナーさんが話しかけてきたんだっけ。
最初はビックリしたよ。筋肉ムキムキでちょっと強面な大男なんて個性の塊のような人に急に話しかけられたからね。
もっとも第一声が「大丈夫か? 重症三歩手前に見えるぞ」だったから、悪い人じゃないのは直ぐに分かったけどね。
そんな始まりだったけど、おしゃべりしていたらかなり会話が弾んだんだっけ。トレーナーさんは元プロレスラーだから、私にはなかったエンターテイメントのノウハウを持っていて、それがとても新鮮に感じられたんだ。
スカウトの時?
あれ以降も君は時々会いに来てくれて、その度にお喋りしたっけ。友人の事だったり、レースの事だったり、……そして私の不安だったり。会う回数を重ねていくごとに君に不安をぶつける事が多くなっていたっけ。
そういえば私の不安への君の答えは「リングじゃ周りの評価とか考える暇はなかったなぁ。そもそも世間の評価なんざ結局後からついてくるもんだし」だったっけ。それを聞いたときはイマイチ納得し切れなかったけど、今なら理解できるよ。
ともかくそうやって会っている内に、君とは相性がいい事は分かったのは僥倖だったよ。君が「上から『もう一人担当バを見つけてこい』なんて言われちまった」ってボヤいていた時は、チャンスだと思ってその場で逆スカウトしたんだっけ。その時は「今、俺がそれを受けたら色々ヤバい。具体的にはトレーナー側の暗黙のルール的に。せめて選抜レースをやってからにしてくれ」って断られたけど。今思うと、私もちょっと掛かってたね。
結局一週間後にあった選抜レースの後に改めて逆スカウトして、私は晴れて君の担当バになったんだっけ。
それとも三冠路線を走り抜けた時?
皐月賞の後に知った私の脚質。最大のパフォーマンスを発揮できるのは2000mが精々であると知ってもなお、私は三冠路線を突き進むことを決意した。
でもそれは茨の道だ。不向きな脚質で挑んで勝てるほど日本ダービーも菊花賞も甘くはない。多分他のトレーナーならマイルに路線変更をさせていたと思う。
でもトレーナーさんは何も言わずに、私のため脚質改善のため苦労してトレーニングメニューや食事メニューを組んでくれてた。
あのトレーニングはとても厳しい物だったし、食事メニューも味気ない物ばかりでお世辞にも美味しいものじゃなくてとても大変だったけど、トレーナーさんが「流石にこの滅茶苦茶なメニューを押し付ける以上、俺も付き合わないとカッコが付かない」って言って、一緒にトレーニングや食事に付き合ってくれた。それに私の健康には常に注意を払ってくれていて、少し足を捻った時なんかは顔を真っ青にしたトレーナーさんが私を抱きかかえて保健室に走っていったっけ。
そんなトレーナーさんの協力があったお陰もあって脚質改善に成功したし、三冠路線もベストとは言えなくとも十二分に優秀な成績で駆け抜ける事が出来た。
……まあトレーナーさんもトレーニングに付き合った結果、ただでさえムキムキだったトレーナーさんの筋肉は日に日に大きくなっていったせいで、一部の競バファンがトレーナーさんの筋肉に注目し始めた、なんて珍事は予想できなかったけどね。
少なくとも菊花賞の前には、確実にトレーナーさんに惚れこんでいた。これから先の人生も共に歩んでほしい。そう心の底から思えるようになっていた。
そんな思いがあったからこそ、思いの丈をぶつけた事もあった。
でもトレーナーさんの返事は……NOだった。
「あー、告白は嬉しいが、俺らの関係は教師だから、今は受け入れる事は出来ない。せめて酒が飲める歳になってから、また来てくれ」
……まあ、客観的に見ればトレーナーさんの言っている事は正しいからね。私たちは教師と学生、そこから更に一歩踏み出した関係になるのは不味い事くらい分かっている。今考えてもあの時の私は掛かっていたんだと思う。
それはともかく、あの告白でベストの答えこそ得られなかったが、ベターを引き出せたのは大きい。
トレーナーさんの返答は「拒否」ではなく「保留」だ。しかるべき時が来れば再チャレンジ出来るんだ。今は再チャレンジのための準備期間と思えばいい。レースで言えば中盤のポジション取り争いの真っ最中って所かな? 自分で言うのも変な話だけど、結構いいポジションにはつけていると思う。
――問題はこのレースにはライバルが何人もいるって事だけどね。
エアグルーヴやエイシンフラッシュを始め、みんな強敵だ。今日みたいに寮の仕事を口実にデートに誘ったりと歩みを進めているけど、それは他のみんなも同じ。油断すればあっという間にポジション争いに負けてしまう。恋はダービーというけど、このレースは本物のダービーより激しいよ。
――トレーナーが担当バに薬を仕込まれる話が出てきたけど……、本当にゴメンね、トレーナーさん。実は私も持ってるんだ。
私はトレーナーさんと出かける時は、いつも懐にアグネスタキオンからもらった媚薬と精力剤がある。「予想以上の効果があったよ」と貰った当時、随分と肌が艶やかだったタキオン一押しの一品だ。
今もこの薬をトレーナーさんの飲み物に仕込んで、猛り狂ったトレーナーさんと獣のようなうまぴょい(狂)をしたい、なんて欲望が心の奥底にある。
でも私の理性はそれをよしとしていない。
そんなことをした所で得られるのは唯の自己満足だけで、トレーナーさんの幸せはそこにはない。
――それだけは嫌だ。私はトレーナーさんと一緒に幸せになりたいんだ。
だからこの薬を使うのは本当に最後の最後。どうしようもなくなった時か……、無事に結ばれた時かな?
今はお互いのティーカップでの間接キスで良しとしよう。
でもそれだけで私は満足なんてしていない。今後10年20年、いや一生を一緒に二人で歩むにはここで止まれない。
――覚悟していてね、トレーナーさん。私が全身全霊で君を夢中にさせてあげるから。
今回で連続投稿はラストになり、次回からは週一投稿にもどります。