マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「お待たせしました」
「おう、んじゃ行くか」
ある日の昼下がり。昼休みって事で生徒たちが飯を喰ったり、駄弁ったり、遊んだりと各々思い思いに過ごしている中、フラッシュから昼飯に誘われたのでカフェテリアに向かうべく、校舎を練り歩いている真っ最中だ。
「そういえば、撮り直しになった武道の番組ってどうでした?」
「昨日行ってきたけど、またやっちまった……」
「今度は何をしたのですか……?」
「事前の打ち合わせで、『試合は3分で、お互い派手な技を一回ずつ使い、かつお互いKOしない』って事になってさ。相手はハイキックで、俺はローリングソバットで行こうってなったんだわ」
「番組の見栄えと、互いの名誉とかのための措置ですね」
「俺がハイキックを食らって、そのお返しって事でソバットかましたら、鳩尾にクリーンヒットしちまってまたKO……」
「プロレスラーなんですから、手加減しましょうよ……」
「だって相手とADが本気でやってくれって言ってたから……」
「うーん……」
お陰さまで今度は試合の所だけ撮り直しする羽目になっちまった。
「そもそもの話ですが、トレーナーさんはプロの格闘家に蹴られても大丈夫なのですか?」
「お互い防具は着けてたし。まあそもそも20㎏以上体重差があるから、そこまでじゃないんだが」
「そういえばトレーナーさんは階級で言えばヘビー級でしたね。むしろミドル級の人がヘビー級のトレーナーさんと戦うのはどうなんでしょう?」
「本人はやる気満々だったし、大丈夫だろ」
そんな感じで駄弁りながらカフェテリアへと続く廊下を二人で歩いていると、
「チーフ、俺やっぱり地方に移籍したいです……」
「待ってくれ……」
『……あ』
廊下の隅、半開きになっている空き部屋の扉から、少し前に聞いた事がある声が耳に飛び込んできた。
「この声は、この間立ち聞きした新人トレーナーとチーフトレーナーですね」
「あの新人君、まだ地方行きしたいのか」
前回の事もあって自然と足が止まり、前のように二人して聞き耳を立てる。
「またか?」
「もう色々と耐えられないんです……」
「それで今度はどうした? 激務で身体を壊したか? 忙しいからといって適当に食事を済ませるのはダメだぞ」
「前に忙しいからってカップ麺ばっか食っててぶっ倒れたトレーナーがいたな」
「トレーナーさんも健康には気を付けないといけませんよ?」
トレーナーってのは担当に健康面でも指導する事があるのに、指導する側がぶっ倒れたら説得力皆無だな。
「いえ、最近は担当の子が何かと弁当を持ってきてくれたりするんで、食生活は多少は改善しています」
「そうか。……ん? ……いや、今はいい。なら担当の事か? 確か未勝利戦を突破した時のウイニングライブが酷かったと聞いたが」
「音痴過ぎて、ネットでボロクソに叩かれました……」
「あー……」
「レースは大切ですが、ライブの対策も行わなければなりません」
このウマ娘のレースの世界って、レースとライブが一セットになってるからな。歌とダンスもちゃんと練習しなきゃならないから、当事者は中々にハードだ。
「とはいっても注目度は低いですから、今の内に矯正出来れば大丈夫だと思います。お陰でここ一週間はトレーニングを早めに切り上げて、二人でカラオケで練習しています」
「……んん? ああいや、その方がいいな。うん。……待つんだ。そうなると、なんでトレセン学園を辞めたいんだ? まさかうまぴょい(強勢)の事か?」
「いえ、そこは多少なりとも落ち着きました。露骨に狙って来る感じではないですね。……ただ――」
「ただ?」
「……担当からのボディタッチが増えたり、人目に憚らず抱き着いてきたり、急に弁当を差し入れるようになったり、実家の事を知りたがったり、二人きりの時なんかは胸元を開けようとしたりと、露骨にアプローチが増えてるんです」
「……あー、今度はそっちか……」
「正直な話……、そろそろ耐えられる自信がないんです」
「あー……」
「頑張ってるみたいですね」
新人君の悩みに思わず頷いちまった。そしてフラッシュの方はとってもいい笑顔だ。後、あの新人君の担当が直接うまぴょい(笑)を狙ってこなくなった事だが――ここにいる全員が心当たりがある。
――数日前、担当トレーナー持ちウマ娘向けの緊急集会にて。
――と、今の映像のようにトレーナーたちは不審者対策として護身術を習得している。特に最近導入されたVRによる訓練プログラムで、その実力は大きく伸びているようだ。特に格闘技経験者などでは、相手がウマ娘であっても高い勝率を確保している。
またこれまではあるトレーナー以外不可能だった素手によるウマ娘の制圧も、一部の実力のあるトレーナーが訓練を始めたという。
彼らの技術習得が進めば、君たちトレセン生を守る力はとても大きなものとなるだろう。
……さてそろそろ本題に入ろう。
君たちの中には担当トレーナーに恋し、これからの人生をトレーナーと共に歩むことを望む者もいるだろう。そのための手段としてうまぴょい(伴侶)をしてでも、トレーナーを手に入れたいと考える者もいるかもしれない。
そんな君たちに私から一つ忠告をしようと思う。
――そもそもトレーナーへのうまぴょい(配偶)は、どうしようもなくなってしまった時の最終手段のはずだ。
確かに確実性の高い手段ではあるが、それを最初から実行するのは言語道断。このようなものなど、気持ちの一方的な押し付けでしかない。
また少し実体のある話になるが、先程の映像のようにうまぴょい(愛)を仕掛けようとしても、撃退されるリスクは以前よりも上がっている。もちろん、戦力比では我々ウマ娘の方が未だに上ではあるが、依然と比べれば負ける可能性は高いのは事実だ。この事からも、うまぴょい(依存)は避けるべきである。
では我々はどうすればいいか? 答えは簡単だ。
そもそも戦う必要はない。お互いに合意すれば全く問題はない。
具体的な方法だが――、一番穏当で最高ともいうべきなのは、いつも自分が隣にいる事が当たり前にしてしまうんだ。
トレーナーの食生活が乱れている? トレーナーは君のために頑張っているんだ。お礼に君が美味しいごはんを作ってあげよう。
トレーナーの部屋が汚い? トレーナーは君のために頑張っているんだ。お礼に掃除をしてあげよう。
トレーナーが休日でも仕事をしている? 仕事熱心なのは結構だが、休むことも大切だ。どこかに連れ出そう。
最初は彼らも戸惑うだろうが、続けていれば日常の一コマになる。こうなってしまえばゴールしたも同然だ。流れでうまぴょい(日々)だって出来るだろう。これは飽くまで一例だから、手段については各々で検討して欲しい。
とはいえ、全員がこれを出来る訳ではないだろう。ヒトには得意不得意があるからね。
その場合は、先程の方法より乱暴となってしまうが、あらゆる手段を用いてトレーナーの理性を揺さぶるのもアリだろう。ああ、これは先の方法でうまぴょい(堕落)まで行けなかった時にも使えるだろうね。
ふさわしい空気を作り、トレーナーの好みを演じ、そしてトレーナーの全てを受け入れると囁くんだ。
――つまり誘い受けだ。
あるウマ娘から聴いた事だが、私たちが能動的にうまぴょい(直線)するよりも、トレーナーも積極的にうまぴょい(受動)してもらった方がお互いに楽しめるという。お互いのためにも、誘い受けはぜひ実行するべきだろう。
中にはそれでも拒むトレーナーもいるかもしれないが、彼らの気持ちも分かって欲しい。忠魂義胆、彼らは教職であり、好意を持っていてもうまぴょい(忠義)のハードルは些か高いからね。
だがそこで諦めてはいけない。一度でダメなら二度、三度だ。失敗を分析し、彼らの鋼の意思が砕けるまで何度でもチャレンジすればいい。
――さあ諸君。戦いに赴こうじゃないか!
あの緊急集会は教師やトレーナーは立ち入り禁止って追い出されてたもんだから、ブライアンのトレーナーが機転を利かせて置いていったスマホから俺たちトレーナーは集会の内容を聴いてたんだが、あの色ボケ会長の演説とそれに感動して気炎を上げるウマ娘たちには、聴いてた全員が白目剥いてたぞ。
「あのトレーナーの担当はうまぴょい(迫真)を狙ってたみたいですが、会長の説得のお陰で方針を変えたようですね」
「せやな……」
「このような方針転換をしたウマ娘は多いみたいです。最近では皆さん積極的に行動しているようです」
「…………せやな」
ルドルフによる色ボケ演説だが、色々と納得できないが確かに効果は出てて、今月のウマ娘によるうまぴょい(哀)被害は演説前の先月と比べて二分の一まで落ちている。
これだけ見れば学園的には万々歳なんだが……、代わりにウマ娘からの誘惑が露骨になるという代償が生えやがった。
「お陰様で学園が前とは違った方向で愉快な事になってるな」
真剣に悩む新人君から意識を外して廊下の窓から中庭に目を向ける。昼休みだから多くの生徒が行き交ってるんだが、その中にトレーナーの姿がボチボチ見える。それは別に可笑しくはないんだが、そのトレーナーの側にはほぼ確実に担当と思われるウマ娘の姿がいるんだよな。そしてどいつもこいつもガッチリとトレーナーに抱き着いてやがる。
「全力で自分の強みを押し付けてきやがる……」
「やはり効果はあるんですね?」
「これ答えていい奴か……? ……少なくとも野郎の場合、ある程度身体の出来上がっている異性からああされたら、多少なりともグラつくだろうよ。ましてや相手がウマ娘となれば破壊力は増すな」
ウマ娘の強みは何も圧倒的フィジカルだけじゃない。ウマ娘は例外なく美人という特徴があるんだよ。そんな奴ら相手が抱き着いてくるとか、トレーナーの鋼の意思をゴリゴリと削りに来てやがる。
「あまり積極的ではないウマ娘も、何かと理由をつけてトレーナーと一緒にいる事が多くなったと聞きます。皆さんこれを切っ掛けにトレーナーとの関係を一歩前進できるといいですね」
「……俺に同意を求められても頷けないんだが? 後、トレーナーの日常生活に担当が入り込んで来るようになったって聞いたんだけど、やっぱやってんの?」
「ええ。トレーナーの仕事は激務ですから、食生活や家事が疎かになっているトレーナーが多いそうです。ですので、お手伝いに行っている担当ウマ娘も多いですよ」
「それトレーナーの生活圏への浸透作戦って言わない?」
世話好きなウマ娘辺りがトレーナーの生活圏に入り込んで好きなように動いた場合、確かにトレーナーの生活は改善するだろうな。だがこのタイプのウマ娘をプライベートに入れると、ものスッゴイ自然な形で日常に担当がいるのが当たり前ってなっちまうんよ。
そうなったらほぼ詰みだ。そのままズブズブに沼にハマり、なんか自然な流れでうまぴょい(双方合意)も済ませて、担当が卒業したらゴールってルートが確定する。
「これまでの様にウマ娘からのうまぴょい(片務)よりは穏当では?」
「まあそうなんだけどさ……。トレーナー側なんかはこれまでのギャップで、大分メンタルに来てたりするぞ」
「つまり効果あり、と?」
「ぶっちゃけその通り」
そんなこんなで、別アプローチからのウマ娘によるアタックを前に、トレーナーたちはてんやわんやだ。これまで物理攻撃ばかり警戒していた所に、急にハニトラを仕掛けてきたもんだから、そりゃもう大いに効いている。実際何人かが鋼の意思を砕かれた奴もいるしな。
まあそういう奴らの場合、悲壮感とかは大分薄いから、これまでよりはマシかもしれないが。
「てか、一つ訊いていいかな?」
「はい」
で、学園がそんな状況で、俺が無事で居られるかっていうと、
「全力で俺の腕に抱き着いた上で、足に尻尾が絡みついている件についてなんだが……」
「私がこうしたいからやっているだけです」
「あ、はい」
当然無事で居られる訳ないんだわ。周りの空気に充てられたせいで、ここんところ担当からのアプローチが激しくなってやがる。お陰様で俺の鋼の意志もゴリゴリと削られてるぞ。
「皆さんアプローチを強めていますからね。私も追従する事にしました」
「お手柔らかに頼むな?」
「それは約束できません」
「そこを拒否されるとは思わなかった……」
「エアグルーヴさんは休日の度に掃除と称してトレーナーさんの部屋へ、シリウスさんは様々な所へトレーナーさんを連れ回しますし、フジキセキさんとマヤノさんは何かとトレーナーさんに抱き着いています。私も負けていられません」
「お、おう……。……あれ? 改めて確認したら、俺へのアプローチっておおよそコンプリートしてる……?」
「そうですよ? そもそも私たちがやっている事は以前からしていた事の延長線に過ぎませんし」
「あー……」
「ただしこれからはアプローチを更に強める予定ですので覚悟して下さい」
「…………そっかー」
こうして俺も改めて担当たちとの戦い(防戦オンリーのクソゲー)に改めて身を置く事となった……。
これまではパワープレイのうまぴょい(力)が横行していましたが、ルドルフの演説により誘い受けからのうまぴょい(知)狙いへと方針転換されました。