マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「ブレンドで」
「私はこのセッ――「会計は別々だからな」……私もブレンドで」
「かしこまりました」
聖蹄祭も無事に終わり、本来なら担当たちの打ち上げに付き合っているはずの時間帯。そんな時間帯に俺は学園を抜け出して学園近くの喫茶店のテーブル席に居座っていた。
注文を終えて、ウェイターが離れたタイミングで、小さく鼻を鳴らしながら改めて相席する女に向き直る。
「で? 何のようだ、母親を名乗る不審者」
「随分な言い草じゃない……」
昼間に俺の前でギャーギャー騒いで結局警備部の手で学園から叩き出された中年の女――俺の母親(マジで母親)は頬を引きつらせながらも、文句を垂らした。
「アナタねぇ、仮にも私はアナタの母親よ? 自分の母親にそんな態度はないでしょ」
「自分の息子をネグレクトするような奴を歓迎する訳ねぇだろ、アホか」
こいつ自分の不倫が原因で離婚した上に、慰謝料の支払いから逃げるのに邪魔だからって俺を置いて失踪しやがったんだよな。家にマジで一円も金がなかったし、当時は警察とかそういう公的機関に行くって言う発想がなかったガキだったのもあって、夏休みの間サバイバル生活してたのは俺にとっての黒歴史だ。
「夏休みの宿題で出した日記にその時の生活の事を書いてたから、それを見た学校の先生が警察に通報して諸々何とかなったが、あれがなかったらマジでヤバかったな」
「い、いい思い出になったのね……?」
「ふざけてんのかテメェは」
こいつ自分がやらかした事分かってんのか? 俺じゃなかったら本気で死んでたぞ。
「あ、あの時は仕方なかったのよ! お金がなくてアナタを養う余裕なんて――」
「なら俺を親父の所に送るなり、八丈島の自分の親に預けるなりやりようはあるだろうが。そんなんネグレクトやる理由になるか」
「アナタのお父さんには連絡が付かなかったのよ。それに父さんの所に預けようにも八丈島だから交通費もない――」
「親父の方はともかく、爺ちゃんの方は事情的にも普通に電話すりゃあっちから迎えに来てくれるだろうが」
「うっ……」
押し黙る母親(仮)。言い訳すんだったらもうちょい設定を練って来いよ。呆れてモノも言えん。てかな?
「そもそも爺ちゃんからあんたがやらかした諸々の事情は聴いてるから、グダグダ言い訳した所で意味ないからな?」
「えっ!?」
「浪費癖で金ない癖に浮気までやったせいで、親父に慰謝料たんまり持ってかれた上に離婚。ついでに浮気相手にも逃げられたから残ったのは借金だけ。借金で首が回らないから立て替えてくれって、爺ちゃんにしつこく電話してた所に俺のネグレクトが発覚。爺ちゃんとばあちゃんがブチ切れて縁を切られたんだったか」
「ぐっ、父さんめ……」
しっかし爺ちゃんも自分の娘の醜態を嬉々として孫に話すのはどうかと思うが……、まああの爺ちゃんだしいいか。
「まー昔の事はどうでもいい。で? 一度捨てた息子に何の用だ?」
「……アナタに一言言いたいことがあって会いに行ったのよ」
「ほー、お願いねぇ」
碌なモンじゃなさそうだが、話だけは聴いてやる。
「あの時アナタを置いていったのは私が悪かったわ。ごめんなさい」
「ほー。……で?」
「それでね。私、今は新宿のURA公式ショップでパートして生計を立ててるのよ」
「唐突に身の上話が来たな」
「でもそれだけじゃ生活が苦しいの……」
「おう」
「だからね、少し生活費の援助をしてもらえないかしら?」
「アホかテメェは」
さも当然と言わんばかりの自称母親から飛んできた言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。いやお前、本当にアホだろ。
「自分の都合で捨てた息子に金タカろうとか、どんだけ恥知らずなんだテメェは」
「なによ! ちゃんと謝ったじゃない!」
「テメェがあんだけやらかしておいたくせに、あんな口先だけの謝罪でだけで許してもらおうなんざ虫が良すぎるんだよ」
誠意とは言葉ではなく金額って名言があるが、そもそも誠意無しとか舐め腐ってんのか。
「そんな事言われても……! ならどうして欲しいのよ!」
「今すぐ帰って二度とツラ見せんな。簡単だろ?」
「そんなのあんまりよ!」
「金の無心先が無くなりそうだからってヒスってんじゃねぇ。ああ、借金の取り立てキツイから、そんな恥知らずな事出来るんだな。つくづく借金なんざ作るもんじゃねぇな」
「な、何でそれを知ってんのよ!?」
「警備部の奴らが教えてくれた。警備の奴らの前で掛かってきた電話に、返す当てが出来そうだからもう少し待ってくれ~なんてペコペコしてりゃ、そりゃ俺の所にも話が行くに決まってんだろ」
お陰様で離婚の時の借金がまだ残ってんのか、それともまた新しく借金をこさえたのかはどうでもいいが、このアマが俺を借金を返すための金づるとしか見ていない事だけはよく分かった。それにしたって雑にもほどがあるが。
「――っ、あーもう五月蠅い! アナタ中央でトレーナーやってんだから、お金あるんでしょ!? ちょっとくらいくれたっていいじゃない!」
「とうとう取り繕いすらぶん投げやがったか。テメェにくれてやる金なんてある訳ねぇだろ」
「~~~~~っ、このっ!」
「おっと」
とうとう煽りに堪えられなくなったのか、顔を真っ赤にしたアマが平手を繰り出してきた。もっともド素人の平手なんぞ脅威も何もないからサクッとキャッチする。
ちょうどヒスりっぱなしのクソ女の相手に飽きてきたところだ。折角だから利用させてもらう。
「あー店員さーん? なんかこのヒトが暴れ始めたんで警察呼んでくんね?」
「ちょっ、待ちなさい!?」
俺の注文にアマがギョッとした顔で慌てて俺の手を振りほどこうとし始めたが、それを無視してガッチリとホールドを継続、
「待つ訳ねぇだろ。警察に引き渡されるか、二度と顔見せないことを誓って逃げるか、今ここで選びな」
「―――っ!」
そしてそのまま脅しをかける。クソババアがビビったように肩を震わせた。こういう時は強面が役に立つ。
「くっ……、分かったわよ……!」
「よろしい。おら、帰れ。そして二度とツラ見せんな」
「………覚えてなさいよ!」
なんか三下のチンピラが言ってそうな捨て台詞を吐き捨てながら、赤の他人が乱暴に扉を開けて逃げていくのを見届けるつつも、思わずため息が漏れる。
あのアマ、全く懲りてないな。こりゃ多少は注意しなきゃならないらしい。生えてきた面倒事に若干頭痛を覚えつつ席を立つ。
「店員さん。あのアマ逃げたから警察はいいや。後ブレンド一つキャンセル頼む。ついでに俺席を移るから、ブレンドはそっちに持ってきてくれ」
「え? あ、はい」
店員に諸々の注文を入れつつ、まっすぐ店の奥へ。目星をつけていたテーブル席に腰を下ろし、
「つー訳で、あのバカが絡んできたら、無視して速攻で俺を呼べよ? 速攻でシバいてやるから」
俺とクソアマの会話()聞き耳していた担当たちに注意を促す。対する担当たちの反応は中々に微妙なモノだ。
「えっと……、トレーナーちゃん大丈夫?」
「?」
「いや、言ってる意味が分からないって感じに首を傾げるな。自分を捨てた母親との再会なんて普通にヤバいイベントだからな? マヤノがアンタを心配するのは当然だろ」
「ゆーて、最後に会ったのは20年以上前だから、今更あのバカが母親面でやってきた所で、俺からすりゃただの赤の他人だ」
「そういうものですか……。……それにしても、トレーナーさんはプロレスラー時代の事はお話してもご家族の事はお話しませんでしたから、何かがあったとは予測していましたが、実体は想像以上でしたね……」
「むかーし、レスラーの頃にやった飲み会で話のタネ的にちらっと話したら、全員からドン引きされたことがあってな。出来るだけそこら辺の話題は避けてたんだよ」
「……たわけ、いくら本人が気にしていなくとも、あんな過去を聞かされれば周りが気に掛けるのは当然だろう」
「だから話さないようにしてたんだよ。まあ、あのバカのせいで全部パアだけど」
「嫌な意味で凄いヒトだったね……」
「いやー、謝罪からのノータイムで金を要求とか流石に呆れたわ」
色々な感情が渦巻いている担当たちに努めて軽い感じで駄弁る。が、やっぱり多少くっちゃべる程度じゃ絶妙に重い空気は晴れない。
俺の担当たちは両親とは仲がいいからな。正反対とも言ってもいいレベルでぶっ壊れている親子関係なんぞ見せつけちまったもんだから、全員に大なり小なりショックを与える事になっちまった。
「……貴様の態度にも問題はあるが……、あの母親の態度を見るとあれが正解……なのだろうな」
特にショックが大きいのは目に見えて難しい顔で何とか言葉を絞り出しているエアグルーヴだ。こいつは特に母親とは仲がいいからな。真逆の存在を見たせいで、カルチャーショックを受けてやがる。
「あー、言っとくがああいうのはどちらかというとレアケースだから、参考にはしないようにな?」
「……分かっている」
「後、さっきも言ったが、あのクソアマがお前らに接触する可能性ってのは十分ある。絡んできても絶対に無視しろよ? 最悪お前らに金を要求するかもしれんし」
「ああ。確かにありゃ私たちに害しか与えねぇ存在だ」
「だね。あのヒトには悪いけど、それ相応の対応をさせてもらうよ」
全員が一も二もなく頷く。幸か不幸か全員が実物を見てたお陰で奴のヤバさを理解しているから、説得とかなくて楽だ。
「んじゃ、そろそろ打ち上げ行くか」
「はい。そういえば予約はトレーナーさんにお任せしましたが、どこで打ち上げをするのですか?」
「最近商店街前に出来たイタリアンレストラン」
「あそこなんだ! マルゼンちゃんがピザが美味しいって言ってた!」
こうして俺たちは、あのバカを忘れて聖蹄祭の打ち上げに繰り出した。
――だが後日、俺はあの時温情を見せた事を若干後悔する事になる。
「……なんだこれは」
「どうした?」
「チームのウマッターが炎上している」
「んー? なんか変な書き込みしたか?」
「いや、心当たりはない。そもそも書き込む内容は事前に貴様と確認したんだぞ」
「だよな。どれどれ……、――んーこりゃ返信した奴が無駄に煽ってる?」
「しかも貴様をダシに煽っているな……」
「だな。ウマ娘至上主義者が煽ったか? ――ん? 電話だ。もしもし?」
『あ、武藤トレーナー。事務局の三原です』
「ああ、どうも。どうしました?」
『実はチーム宛て、というより武藤トレーナー宛てに大量のピザが届いているんですけど……』
「いや、そんなモン頼んだ覚えはないんですが?」
『ですよね? じゃあこれって……』
「トレーナーちゃん!」
「っと、スマンまた後でかけ直す。――マヤノ、どうした?」
「変な視聴者のせいで配信が滅茶苦茶になっちゃったよー!」
「なに?」
「…………」
立て続けに降りかかる俺と俺に関わる奴への不幸。――こんなセコイ事をやるような奴に心当たりがあった。
「――あのアマ、やってくれたな!」
……直感的に思い浮かんだ犯人に、思わず怒声を上げた。
なんか露骨な悪役を作ってしまった……