マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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チャンミはダートとはいえ、マイルが連発するとは思いませんでした。


60話 ぶん殴るなら文句を言われないように合法的にやろう

 

 ある日の昼の閑静な住宅街。私は何年か振りにクローゼットから引っ張り出したスーツを身に纏い歩いていた。

 平日だから出歩く人も比較的少なく、周りには私のヒールが響かせる足音だけが不自然なまでに……、いやここ数日で雪崩のように降りかかってきた不運にイライラが収まらず、自然と地団太を踏むように大きな足音を立ててしまっている。

 

「ちっ……」

 

これから一世一代の大事な仕事が待っている。それも失敗すれば一発アウトの大仕事。成功させるためにも、心を落ち着けなければならない。

でもいくら深呼吸をしてもイライラが収まりそうにない。

一旦休もう。ちょうど自販機があったので缶コーヒーを買って壁に背を預けながら口をつける。

 

「はー……。最近上手く行かないわね……」

 

 イライラを吐き出すように呟く。ここ最近不幸が雪崩のように私に降りかかってきていた。

 

 

 

 全ての始まりはやっぱりトレーナーをしているという息子から、お金をとりっぱぐれた事だ。あいつは中央のトレーナー、それもG1バを持っているエリートだ。その分お金だって持っているはず。それなのにあいつは母親が困っているにも関わらず、一円もくれやしなかった。

 

 そんなあいつに仕返しと憂さ晴らしを兼ねてSNSや宅配物で嫌がらせをしていたら、先週、情報開示請求が届いた。差出人は当然あのバカ息子。別れる時にごちゃごちゃ言ってたけど、あいつ本当にやるなんてね。

 とはいえ……この程度はどうでもよかった。こんなもの無視してしまえばどうにでもなるしね。

だから郵便物をゴミ箱に捨ててパートに行ったんだけど――そしたら急に店長がやってきて、

 

「URAからSNSで迷惑行為をしている店員がいると苦情が来たんだぞ!」

 

問答無用でその場で解雇されてしまった……。パートで食いつないでいたのに、突然生活手段がなくなってしまった。

 

これはダメだった。借金なんてあるから貯金なんてあるはずがない。

全力で頼み込んで、何とか辞める日まで働いていた分の給料は確保。その少ないお金が無くなる前に新しい仕事を見つけようとしたけど――、給料日に借金取りがお金を払えと言って、半分以上を取られてしまった。お陰で今じゃ碌に食べ物も買えない。

 

 

 

「ふー……、そろそろ行かないと」

 

 空になった缶コーヒーを自販機横のゴミ箱に捨てて、再び歩き始める。一息ついたお陰でイライラが大分落ち着いた。

ともかく、私に降りかかる不幸はそれもこれもあのバカ息子のせいだ。

 

だから――あいつを利用してお金を手に入れてやる。

 

 なんだかんだ言って、あの息子は業界の中じゃ腕利きのトレーナーだ。そんな腕利きに自分の娘を担当してもらいたいと思っている親というのはいる。そんな奴らにトレーナーの身内から口利きをしてやるから対価を寄こせと言ってやれば、それに応じる奴は沢山いる。

 今私が向かっている場所も、そんな奴らの一人だ。

 なんでも旧い名家らしくて、そこの子供が今年トレセン学園に入学したという。まさに絶好のカモだ。

 

「えーっと、ここね」

 

 事前に聞き出した住所に辿り着いた。和風の大きな家だ。

 この家は事前にアポを取った時も、ちょっとトレーナー契約の事をチラつかせてやったらいい感じに食いついてきた。この様子なら簡単に金を取れそうだ。

 身なりを整えインターフォンを押す。

 

『はい、どちら様でしょうか?』

「先日お電話させていただきました武藤です。本日は担当契約の件でお伺いさせていただきました」

『お待ちしていました。少々お待ちください』

 

 インターフォンの通話が切れその場で待ちつつ、今後の事に思いをはせる。

ここで大金が手に入るのは確定だ。ならあと4、5件同じことをやって、お金を貯めよう。そうすれば借金を返して海外に高飛びしても、そこで余裕をもって暮らしていけるはず。人生をやり直すんだ。

 そんな夢を叶えるためには、一番最初が肝心だ。一つ大きく息を吐いて、気合いを入れ直す。

 ガラガラという大きな音を立てながら扉が開く。そして、

 

「武藤さんですね? 少しお話をよろしいですか?」

「勿論、署の方で、ですがね」

 

 特徴的な青い制服を纏った二人の警察官が目の前の家から飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。よかったじゃないか」

 

 トレーナー室にて、結局あのクソアマが詐欺未遂で逮捕された事をエアグルーヴに伝えたら、返ってきたのはドライ通り越してセメントなセリフだった。

 

「せやな。まあ当面はあのアマと顔を合わせなくて済むのはいいな」

「たわけ、その考えは甘いぞ」

「いや、あいつ留置所だから何も出来ないだろ?」

「あの女が貴様の名前を使って詐欺を働こうとした。つまり貴様は事件の被害者でもあるんだぞ。確実に事件の背景の捜査のために警察が押し寄せてくるぞ」

「あー……、それがあったな。まあ、そこら辺は俺が適当に答えて置けばいいだろ」

「ああ、だが面倒事はそれだけではないぞ。あの女の手先が貴様の下にやってくるかもしれない」

「いや、あの借金持ちにそんな奴いるわけないだろ」

「何を言っている。奴の事だ。専門家を雇って示談交渉して減刑を狙うに違いない」

「手先って弁護士の事かよ……。相手も仕事なんだから露骨に敵視してやんな」

 

普段と違い敵意むき出しなエアグルーヴさんである。ちょっと前までどこかあのアマを気にしている様子もあったのに、今じゃ完全に敵扱いだ。

 

 

 

事の始まりは少し前。トレーニングの後にどこかに出かけたと思ったら、帰ってきてトレーナー室に直行して

 

「貴様に付きまとっているあの女を徹底的に叩くぞ」

 

 って、ハイライトがどっか行った目で怒気をまき散らしながら堂々と宣言したんだよ。正直訳が分からなくて混乱したわ。

 

しかもその後の行動も凄かった。

「こちらが優先だ」って言って、俺の情報開示請求に必要な諸々の書類の準備を生徒会の仕事を休んで手伝っていたんだよ。あの自分の生徒会の仕事に誇りを持ってるエアグルーヴがだ。お陰様で思ったよりも早く情報開示請求が出来たんだが、同時にエアグルーヴがどれだけ本気かが嫌という程分かった。

 

 んで、その後もエアグルーヴの活躍は続いた。情報開示請求の諸々の書類が相手に届いたであろうタイミングで、エアグルーヴが待ってましたと言わんばかりに、新宿のURA公式ショップに問い合わせの電話を入れて、

 

「貴店の労働規則には他人の誹謗中傷を推進するような規則があるのですか?」

 

 ……初手で皮肉を叩きつけやがったんよ。本当なら俺がやるつもりだったんだけど……。

後は独壇場だね。電話先の店長相手に、被害を受けた相手の正体とか被った迷惑とかを懇切丁寧に言葉でフルボッコにしてた。お陰様で誠心誠意対処するって確約はしてくれたが。まあ、URAのショップ店員が中央のトレーナーにSNSで誹謗中傷した上にカウンターで相手に情報開示請求されたとか、URA的にも普通にアウト案件だから普通に要望が通ったんだろうが。

 

 後に件のショップからは、あのアマが解雇されたって連絡が来て、そん時は「まあここまでやればいいかな。このままキレて直接殴りに来てくれたら、反撃で再起不能にすりゃいいし」なんて考えてたんよ。

 だがエアグルーヴはまだまだ止まらなかった。

 今度は俺をつれて理事長室突貫。突然の乱入者に混乱する理事長相手に、

 

「トレーナーの家族や関係者を名乗る人物からの怪しい勧誘があると聞きます。今一度生徒の家族に注意を喚起する通達が必要です」

 

 アポなし突撃の暴走具合とは反比例の、割と常識的な要求をし始めた。その後理事長相手に、朗々と学園が被るリスクや生徒の家族が犯罪に巻き込まれる可能性についてを理路整然と語り、結果翌日には生徒の家族に注意喚起のメッセージが送られる事となった。なお俺は出番がなくて隅っこで静かにしてた。

それはともかく、……この露骨な要請でエアグルーヴが何をやろうとしているかは何となく察した。そしてあのアマがものの見事に罠に引っ掛かったんだから笑うしかない。

 なおダシに使われた理事長だが、

 

「安堵! 犯罪を未然に防げたのはいい事だ! ふむ、要請? たまたまタイミングが良かっただけだろう?」

 

と色々察していたようだが、スルーしてくれた。

 

 

 

「ともかく仮に弁護士が来ても示談は絶対にするな。仮に執行猶予でもつけば、あの女は貴様に何をするか分からん」

「分かってるって。まあ示談目的の弁護士が来たら、この間の情報開示請求でも叩き付ければ黙るだろ。それでもダメなら喫茶店でグタグタやってた時の音声データもオマケすりゃいい」

「あの時の話を録音していたのか」

「まー、20年以上俺に会おうとしなかった親が急に来たとか、どう見ても碌な話じゃないからな。念のために仕込んでおいたんだ」

「うむ、いい仕事をしたな」

 

 んで、俺の母親()を敵認定したエアグルーヴだが、見ての通り奴が逮捕されただけで満足していない。確実に年単位で刑務所に叩き込むべく俺に全力で念押ししてくる。まあそれについては俺も同意だから問題はないんだが、中々に圧が強い。

 後これは余談なんだが、おかん(悪寒)逮捕の連絡が来た直後に、

 

「万に一つもないとは思うが一応確認する。貴様はあの母親と今後よりを戻すつもりはあるか?」

 

 そんな事を言ってきたから、はっきりと「ない」って答えたら満足した様に頷くと、シリウスに用事があると出ていった。

 ……後に気分転換で学園を歩いてたら、カフェテリアの片隅でエアグルーヴとシリウスがドス黒いオーラを出しながら何やら話し合ってたのを見てしまったんだが、見なかった事にした俺は悪くない。少なくともあのクソアマが刑務所から出て来ても二度と俺の前に現れる事がなくなったのは確定だろうな。

 

 そんなエピソードはともかく、エアグルーヴとはそれなりに長い付き合いだし、エアグルーヴを怒らせたって事はちょくちょくあったが、ここまでブチ切れて容赦をぶん投げてるのは初めて見た。

 

「愛するヒトを傷付けられたウマ娘の怒り程恐ろしいモノはない、と言います。それが今回は発揮されたのでしょう」

 

 とは、これまでになく容赦がないエアグルーヴを見た樫本さんの言葉だ。

 

 

 

「情報開示請求に加えてその音声データがあれば、裁判で奴の悪意が認められるだろう。これなら奴を堀の向こうにぶち込めるかもしれないな。残る問題は、あの女がやった事の後始末か……」

「後始末? なんかあったか?」

「フジキセキの事件や夏合宿の事件で、貴様は世間に名が知れてしまったからな。縁が切れていたとは言え、そんな有名人の貴様の肉親が犯罪をしたんだ。マスコミやSNSと何かとうるさくなる」

「あー、それがあったな」

 

 絶対に碌な事にならないの確定だな。というかそうなるとまたマヤノの配信とかフラッシュが管理してる公式アカウントが炎上しそうだ。こりゃ配信や投稿を控えてもらった上で、二人をフォローしないといけないな。

 

「何かあったら私に報告しろ。私も協力する」

「なーに、この程度なら大したことないさ。マスコミ相手ならいちゃもんつけられても、音声データでもぶん投げてやれば黙る。んでSNSの方はいつも通りスルー安定だ。あんなもん真面目に取り合った所で無意味だからな」

「たわけ! 貴様は状況を甘く見過ぎだ!」

 

 エアグルーヴが唐突に悲鳴のような怒声を上げながら立ち上がった。

 

「マスコミの対応は良いだろう。貴様は被害者の立場な上に、不仲の証拠まであるから問題はない。だが問題はSNS、いや貴様の強烈なアンチだ! 何の落ち度もなかった夏合宿の時期でさえ、貴様は襲われたんだ! 仮にも貴様の肉親が事件を起こしたせいで、免罪符として自分を正義の使者と勘違いしたバカ者が、襲って来る可能性は高いんだぞ!」

「お、おう……」

「しかも夏合宿の事件によって貴様の強さは世間に周知されている! 奴らもボウガンや銃といった遠距離からの攻撃、もしくは車でのひき逃げのように対策してくるはずだ!」

「あーうん、俺を襲うんだったらそこら辺をやられるとキツイ奴だわ……。てか分析がフジの事件の時に俺が出した結論と同じだな」

「それが分かっているなら、しばらくは外出は控えて学園で大人しくしろ。分かったな」

「オーケー」

 

 まあ襲撃者云々はともかく、しばらくはマスコミがグダグダと俺の周りを嗅ぎまわりそうだし、面倒事から逃れるためにも学園で大人しくしておこうか。

 そんなことを考えていると、不意にスマホからポンっと着信音が鳴った。確認すると駿川さんからのメッセージだった。要件は当然例の事件についての呼び出しだった。

 

「すまんエアグルーヴ。呼び出し食らったから行って来る」

「む、そうか。――ああ、行く前にこれを渡しておく」

 

 エアグルーヴから手渡されたのは白い花が象られているピンバッジタイプのフラワーアクセサリー。

 

「これは……ピンクのカランコエか?」

「正解だ。――常に身に着けておけ」

「あー、んじゃカバンに着けとく」

 

 愛用のカバンの目立つところにピンバッジをつけると、エアグルーヴは満足した様に頷いた。

 

「また重いのが来たなぁ」

「何を言っている。この程度当然の事だろう」

「まあ、エアグルーヴらしいっちゃらしいか」

 

 カランコエ(和名ベニベンケイ)。

 ピンクのカランコエの花言葉は――「あなたを守る」「長く続く愛」

 

 これを渡す辺り、エアグルーヴも中々に覚悟を決めていらっしゃるようだ。

意味合い的にも対ウマ娘のマニュアル的にはこれを受け取るのはアウトなんだが……、エアグルーヴの気持ちを無下にする程腐っちゃいない。

 

「んじゃ、行って来る」

「ああ」

 

 カバンを肩にかけ、改めて部屋の扉を開ける。

……こうして俺に降りかかった騒動は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

「本当ならばGPS付きのモノであれば一番だったのだがな……」

「その方向に行くのは別の意味でヤバいからやめような?」

 

 

 

 




これでシリアス編が終了。次回から通常営業です。
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