マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
ある会議室でトレーナーたちが揃って死んだ目になっていた頃、生徒会室では――
「この案件はブライアンか。そういえばブライアンはどこに?」
「ブライアンは新設予定の案件の視察に出ています」
「ああ、そうだった」
生徒会室で会長と私は仕事に追われている最中だ。私たちの机に置かれている書類はいつもよりも多い。最近では学園でとあるブームが起こっており、それに伴い生徒会としての仕事が立て込んでいるのだ。
「今回はファッション研究についての部活の創設だったね」
「はい。部長候補が希望した部費が予想よりも多かったので、ブライアンを視察に向かわせました」
「新しい部や同好会の設立希望はこれで6件目か。それに一部の既存の部も部員が増えているという。いい事だ」
「そうですね。しかしブームに乗じて実体のない部を作らせる訳にはいきません。我々が目を光らせないと」
「分かっているさ」
そのブームはトレセン学園での新しい部活の活発化及び新設だ。ここ最近、料理部や手芸部といった既存の部に入部希望者が殺到するようになったり、先程の会長がおっしゃったように新しい部が創設されている。既存の部については生徒会との関りは薄いが、部の新設は生徒会の管轄。そのためこれまでよりも仕事が増えていた。
「しかし会長の演説が、巡り巡ってこのような形で現れるとは思いませんでした」
「風が吹けば桶屋が儲かる、とはまさにこの事なんだろうね」
こんなことになった切っ掛けは、先の会長による演説だ。
ウマ娘の力を用いたトレーナーへのうまぴょい(演戯)からの方針転換を目的とした演説は、直ぐに効果を表した。生徒会で把握できる中でもうまぴょい(強硬説得)件数は大幅減少したのだ。「夜中に度々聞こえてくるトレーナーの悲痛な叫びが殆どなくなった」と私のトレーナーが言っていたから、私たち生徒会が得たデータは正しいようだ。
「誘い受けスタイルを強く勧めたから、トレーナーに積極的にアピールする生徒が増えるだろうとは思っていたが、実行する生徒が予想以上に多かったのは正直驚いたよ」
「私もです。今では昼休みに生徒とトレーナーが一緒に食事をしているのは、当たり前の光景になっています」
「そしてその食事は担当のお手製がお決まりだ。私の時もトレーナー君も喜んでいたよ」
「動機はともかく、弁当を渡す事自体は生徒による純粋な好意ですからね。トレーナーにとっても嬉しい事です」
「それに元々トレーナー業は多忙で食事を疎かにしがちなトレーナーも多い。健康面でもトレーナーにとって利があるからね。余計に断る理由はないだろう。……その点で言うとこのアピール方法は、君のトレーナーとの相性は些か悪いのかもしれないかな?」
「トレーナーは身体作りに適した栄養素を考えて食事を採るので、食事メニューが些か味気ないモノになってしまいます。存分に腕が振るえないのは、若干不満はあります」
「まさに武藤トレーナー相手だからこその悩みだね」
もっともその制限の中で美味しいモノを作れる技量があれば、他のメンバーと差をつけられる副産物も生まれている。お陰でこの分野でのライバルはフラッシュだけになっているのだから、痛し痒しといった所か。
話を戻そう。
「君のように料理が得意なウマ娘なら、このアピールは大いに効果を発揮するが、全てのウマ娘が出来るアピールではないね」
「料理が出来ない生徒も多いですからね」
「もちろん他にもトレーナーへのアピールの手段はあるが、三大欲求の一つである食事面を切り捨てるのは些か不安がある。――だからこそウマ娘たちは弱点を克服しようとしたんだったね」
「ええ、会長の演説直後から、料理部の入部希望者が激増したのもそれが原因でしょう」
明確な弱点を克服するにはどうすればいいか? 簡単だ。誰かから教わればいい。幸いなことにトレセン学園には、一般校と比べて活動は控え目ながらも部活も存在している。(トレセン学園は競走バ養成校だが、生徒の気分転換や教養のために部活もある)多くの生徒はそこで師事を受ける事を選んだのだ。
こうして多くの生徒たちが料理部の門を叩く事となったのだが――、この潮流は周辺へと派生していく。
「そして料理部とほぼ同時期に、続いて手芸部でも入部希望の増加がみられるようになったね」
「手芸もトレーナーへのアピールに使えますからね。そして既存の部活では足りないと、新しい部の創設まで行われるようになったのですから、この学園の生徒はアグレッシブな者ばかりです」
「そうだね。そういえばブライアンから聞いたのだが、先日新設された掃除研究会からスカウトされたらしいね?」
「スカウトはスカウトなのですが、どちらかと言えば講師としての依頼でした」
「なるほど、そちらだったか。それで返事は?」
「生徒会の仕事もあるので参加は不定期になると言ったのですが、それでもいいとの事ですので了承しました」
ただ勧誘の開口一番が「エアグルーヴさんって、掃除を名目にトレーナーの部屋で相手の好み(うまぴょい的な意味)を探ってたりしてるんですか?」なのは色々と微妙な気分になったが。いや、実際にやってるから否定は出来ないんだが……。
ともかく、既存の部の活発化及び新設の部の始動により、今のトレセン学園の部活動界隈は俄かに盛り上がりを見せている。そしてこれに伴い私たち生徒会も、部活動関連での仕事が舞い込んでくる事となる。
「それで掃除研究会の活動内容に問題はないのかい?」
「はい。部の創設自体に下心が前提にあるのはともかく、活動自体は健全そのものです。まあ、部活動の一環で部員の担当トレーナーの部屋で掃除を実践したりもしますが」
「うん、それなら問題はないようだね」
「今後も講師の立場として、掃除研究会の監視を続けていくつもりです。言いたくはないですが、先日のトレーナー研究会の件もありますし……」
「ああ、あれには私も苦笑いするしかなかったよ」
部の新設ラッシュが起こる学園だが、中にはその流れに乗じてトラブルを起こそうとしたり私欲に利用しようとする者もいる。そんな者たちの企みを未然に防ぐのが生徒会の仕事だった。
会長の言うトレーナー研究会もその一つだ。部長候補が提出した届出には「トレーナーと結ばれるための研究をする部」という余りにもストレートすぎる活動内容が記載されており、眩暈を覚えたのを覚えている。
「却下したら20人も抗議のために押し寄せたのは驚いたよ」
「気持ちは分からなくもないですが、流石にあの活動内容で認可する訳にはいきませんでしたからね。会長が説得してくれなければもっと拗れていましたよ」
「学園公認で活動するのが問題なだけだからね。学園公認になれないだけで活動自体を阻害する訳ではない事を伝えたら、彼女らも理解してくれたよ」
トレーナーへのアピール技能の向上を目的とした部活動の活発化だが、その裏では学園が認知していない個人グループによる各種活動も行われているのが現状だ。双方を合わせた場合の活動規模は相当に巨大だろう。
そして今月に入りこれらの活動は更なる盛り上がりを見せようとしている。
「そんな彼女たちだが、料理部と組んでちょっとしたイベントをするらしいね」
「料理部とですか?」
「第一から第三家庭科室を全て借り受けた上に、料理部と先日の20名、更に希望者を加えての料理をするらしい」
「随分と大規模ですね。どういった目的ですか?」
「クリスマス料理の実演と説明を受けているね」
「ああ、なるほど」
今は12月中旬。12月の一大イベントに向けてのイベントなら納得できる。内容を考えると、多くの参加者は気合いを入れているだろう。――この後に控える本番に向けて。
「クリスマスは私たちにとって勝負の日だからね。申請書を出した料理部の部長もやる気に満ち溢れていたよ」
「でしょうね。私も同じ立場であれば気合を入れます」
「ふふ、私もだよ」
迫りくるクリスマスという大イベント。トレーナーを狙うウマ娘にとって、これほど大きなチャンスはない。各部活動の活発化もその一環だ。ここで学んだ知識を生かし、クリスマスに向けて入念な準備をしている。
「そういえば、君は生徒会主催クリスマスパーティーの後はどうするんだい?」
そしてここで話している私たちも本番への準備は怠ってはいない。私も会長も己のトレーナーをモノにすべく、牙を研いでいる。
「トレーナーの強い要望により、パーティーの後にチーム全員でのクリスマス会を予定しています。……本当は二人きりで祝いたかったのですが残念です」
「武藤トレーナーに甲斐性がない――訳ではなく状況を見てバランスを取ろうとしているみたいだね。チーム全体の事を考えると彼の行動は理解できるが、担当の側からすれば若干不満は残るね」
「トレーナーも『修羅場になって刺されたくない』と言っていました」
言いたいことは分からなくもないが、堂々と言う事もないだろうに……。
「そういう会長はどうお過ごしすつもりですか?」
「……実はトレーナー君から自宅でのパーティーに誘われていてね?」
「!?」
なん……だと? あの会長とシービー先輩の恋の駆け引きをしているにも関わらず、イマイチ二人からの恋愛感情を解っていなさそうな会長のトレーナーが、自ら会長をパーティーに誘った? それも自宅の?
それはつまり……そういう事か!?
「ついにこの時が来ましたか! ここが勝負所です! 頑張ってください!」
「ああ……! ……ただ私はファッションに少々疎くてね? トレーナー君に失望されないためにも、エアグルーヴに手を貸して欲しいんだ」
「ええ、構いません! こうしてはいられません! 早急に仕事を終わらせて、街に繰り出しましょう!」
「ありがとう、エアグルーヴ……!」
私たちの戦いは間近にまで迫っている――!
「ねえシリウス」
「なんだよ」
「今度のクリスマスにトレーナーからクリスマスパーティーに誘われたんだけど、男のヒトって何をプレゼントすれば喜ぶかな?」
「……マジか、あのヘタレがそんな事言い出したのか。詳しく話を聴かせろよ」
次回よりクリスマス編となります。(投稿日が夏なのは気にしてはいけない)