マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
唐突な話だが、人間誰からも例外なく好かれる奴ってのは存在しないだろうよ。ある人にとっては好ましい奴が、別の人にとっては嫌いってのはよくある事だ。この差異がたまにトラブルを招く事もあったりするんだけどな。
んで、この真理は当然トレセン学園内だって適応されている。シリウスなんかはいい例だな。あいつはイケメンって事でファンも多いが、同時に問題児として嫌ってる奴も割と多い。
とはいえ、こういった誰々が好き、誰々が嫌いとかの話題は、あまり表立って話さない方がいいだろうな。ポジティブ系ならともかく、ネガティブ系の場合は余計なトラブルを招きかねない。やるとしても仲間内オンリーでこっそりとやるべきだな。
だからな?
「武藤トレーナーは他のトレーナーから嫌われているのですか?」
「唐突になんだよ桐生院……」
合同でのトレーニング中に、担当たちが全員走ってて二人きりになったタイミングだからって、色んな意味で面倒な質問をぶん投げてくるのはどうかと思うよ後輩?
「先日、先輩のトレーナーに武藤トレーナーから身体作りについて教えてもらっている事を話したら、余りいい顔をしなかったんです。それで気になって理由を訊きましたけど、はぐらかされてしまって」
「だからって嫌われている理由を当の本人に直接訊いてくるとか、中々ロックなやっちゃな……」
この後輩、やる気とか意欲とか凄いから、行動がアグレッシブなんだよな。たまにアグレッシブさが愉快な方向に飛んでいく事もあるけど。
とはいえ、後輩の質問にゃちゃんと答えてやるのも先輩の務めだ。
「……あー、とりあえず結論だけ言うぞ。俺にいい顔しない同期とか年配のトレーナーってのは多めだな。もちろん全員って訳じゃないけど」
「? 何故です? 武藤トレーナーはちゃんと成績を残していますし、指導も変な所なんてありませんよ? なぜ嫌われるんですか?」
「ホント、真面目だなぁ……」
桐生院みたいな奴ばっかなら、学園はもうちょっと平和になりそうだ。
「俺って結構異質だからな。中央のトレーナーになるのって養成校通ってトレーナー試験を受けるってのが普通だろ?」
「はい、私も通いました」
「対して俺はプロレスラーをやりながら夜間学校で勉強してトレーナーになった転職組だ。接点がない夜間学校の出な上に更に歳の差がある。あいつ等からすりゃ異質な存在だな。てか学生からストレートにトレーナーになった自分たちの方が上って考える奴が割と多い」
ついでに言うと仕事と勉強の二足の草鞋で、難関と呼ばれる中央トレーナー採用試験を突破するのは難しくて、俺みたいな転職狙いの奴の合格率は中々に低かったりする。お陰で更に異質さが上がってるぞ。
「確かに養成校で接点がない年上の人が同期ですと、接し方に困るかもしれませんね……。あれ? でもそれでしたら年配トレーナーから距離を置かれる理由にはならないのでは?」
「いや、そうでもないぞ? むしろ年取ってる奴の方が距離を取って来るな。ああいうのって官僚で言えば学閥っぽい思考してる事多いから、夜間校出は別の学閥扱いで別派閥扱いだ」
「そうなんですか……」
キャリア組とノンキャリ組って感じかね。ノンキャリの方が少ないけど。
「後他の要素だと……、俺は仕事以外じゃトレーナーバッジを着けてないけど、常時つけてるトレーナーって多いだろ?」
「はい。私も父の勧めでいつも着けています」
「常時トレーナーとしての心構えを~とかほざいてプライベートでもバッジを着けてるのが常識って考えてる奴が多いが、俺はそういうのはどうでも良いってタイプだからな。それで俺を嫌ってる奴ってちょくちょくいる」
「そんな事で?」
「そんな事でギャーギャーやる奴っているんだよ。実際に突っかかってこられた時は、学園規則を持ち出して論破したぞ。その後逆上して殴り掛かってきたから、わざと一発貰って取り押さえるって名目で泣いて謝るまで関節技かましたけど」
「……それはバッジのせいではなくて、そこまでやったから嫌われているんじゃないですか?」
実際余計に引かれたけど、元々ああいった連中と繋がりはなかったから別に問題はなかった。
「でだ、そんな異端満載なマッチョが担当したウマ娘が、初担当でG1勝利を収めた挙句、その後に続く担当がことごとく成績がいいってなると――、そりゃあエリート様からすりゃ面白くないわな」
「そう……ですね」
実際、エアグルーヴがトリプルティアラ達成した時なんかは、あいつ等スッゲー目してたな。あれは嘲ったわ。
「そんな訳でトレセン学園でもヒールをやってるって訳だ」
「なんだか理不尽です」
「ゆーてそういう奴らと関りがある訳じゃないし、俺にとっちゃノーダメージだから良いんだよ。つーか、ああいう奴らよりも今度の出張の方が頭が痛い」
「え? 武藤トレーナー、出張するんですか?」
「そうそう。しかも戦術講師枠で」
隣の県でURAがやってるウマ娘向けレーシングスクールに一週間出向しろってなっちまったんだよな。しかも主に戦術面の指導をしてくれってのが先方からの依頼だから、得意スタイルが封じられちまってる。
「……いっそ屁理屈こねくり回して、筋トレを戦術の一つってやるか?」
「ダメです。ちゃんとレースの駆け引きを教えてあげて下さい」
「はい」
後輩に怒られつつも、いつもの日常は続いていった。
ある日の夕刻。トレセン学園近くの繁華街、その一角に存在する居酒屋チェーン店。多くの客が各々酒や料理、そして談笑を楽しんでいる中、若い男たちの姿があった。
「……はーっ。……店員さーん、生もう一杯!」
「おいおい飯間、飲みすぎだろ。そろそろ抑えろよ」
「いいだろ今日くらいよ……」
「気持ちは分かるけど、ペースが速すぎてすぐ潰れるよ」
「むしろ潰れたいんだよ……」
飯間と呼ばれた若い男を周りの男たちが宥める。だが飯間は忠告を聞く事なく、酒をあおる。周りの男たちは忠告はしてはいるが、彼に起こった事を知っているが故に強く止める事が出来ないでいた。
「……あとちょっと、あとちょっとだったんだよ。アタマ差で未勝利突破を取り逃して、全部が終わったんだ」
「あー、ありゃ本当に惜しかった」
「最後の最後に差されたしな。ありゃ悔しい」
「もしあれで勝ててれば、お前の担当も心が折れなかったよね……」
「何度やっても未勝利を突破できなくて、そのうち心を折られて引退か。やっぱキツイよなコレ」
「はー……」
項垂れる飯間と明日は我が身と若干ブルーになる周りの男たち。
会話から分かるように、彼らはトレセン学園のトレーナーだった。それも養成校で共に学び、同じ年に学園でトレーナーとなった同期の桜。そのような繋がりがあるからこそ、彼らは学園内でもつるむ事が多い。
この飲み会もその一環だった。飯間が担当していたウマ娘が未勝利のまま引退してしまい、それを慰めるために集まっていた。
「しっかし引退か……。俺の担当はオープンは勝てたけど、重賞となるとキツくて、このまま終わりそうだ」
「ウチも似たようなもんだ。奇跡みたいな形で重賞を取れたお陰で、担当を二人持てるようにはなったけど、二人とも中々勝てない」
「重賞の壁は高いよね……」
「……お前ら、まだ何回か勝ててるからいいだろ。俺は担当が勝った事なんて殆どないんだぞ」
「あー飯間、スマンかった」
「……何でいつも上手く行かないんだろうなぁ」
飯間は溜まりに溜まった嫌なモノを吐き出すように呟いた。
彼はトレーナーになる前、養成校時代は常に上位の成績を収めていた。そして晴れてトレーナーになった後も、公式チームでサブトレーナーとして学び、暫くして独立するというトレーナーのキャリアとしての王道を進んでいた。その時はこの勢いのまま良い成績を残し、URAの職員に転身しようと将来の事を考えていたのだ。
「クッソ、何でだよ……」
だが現実は飯間のそんな甘い展望を粉々に打ち壊した。
最初に担当したウマ娘はまだよかった。重賞こそ取り逃がしたが、オープンで勝てた。初めての担当故に失敗もあったし、重賞を勝たせられなかった事は悔しかったが、彼女のお陰でトレーナーとして様々な事を学ぶことができた。
だがそこからが続かなかった。
飯間は何人も担当したが、いくら頑張ってもそのほとんどが未勝利戦を突破出来なかったのだ。何とか勝ちを拾った今の二つ前の担当はその後の条件戦でくすぶり引退している。そして今の担当もまた未勝利を突破できずに心が折れ引退してしまった。
トレーナーとしては底辺もいい所だ。
そして、そんな飯間に更なる追い打ちが襲い掛かっていた。
「所で飯間、今朝チーフトレーナーから呼び出されてたみたいだけど、もしかしなくても……アレだったりするのか?」
「……そろそろ結果を出さないとマズいって忠告だった。次で結果を出さないとアウトだってさ……」
「マジか……」
「確かに飲まないとやってられないね……。さっきは止めてゴメン。好きなだけ飲んでいいから……」
「……おう」
トレーナー業も結果を出さなければ生き残れないシビアな世界だ。結果を出さなければ、良くて地方トレセン行き、悪ければトレーナーとして廃業するしかない。
当初の将来の展望から真逆の崖っぷち。この事実が彼に鬱屈した感情を抱かせるのには十分すぎた。
「……何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。あの筋肉ダルマと俺じゃ何が違うんだよ……」
「また出たよ、飯間の武藤嫌い」
「コイツあの筋肉さんに無駄に張り合おうとするのがなぁ……」
「それでいて武藤さんは歯牙にもかけてないから、傍目から見てて哀れだよ……」
同期たちは呆れているが、当の飯間にとっては武藤という存在は目の上のタンコブだった。
転職組という異質な存在。しかも養成校の成績だって一部以外は特段よかった訳じゃない。飯間の同期として学園に着任した時の全校生徒への自己紹介で、武藤はやたらと場馴れした挨拶をしていたが、ただ単に派手なだけで学園の荒波に揉まれて消えていくような奴だと思っていた。
だが蓋を開けてみれば見立てとは真逆だった。サブトレーナーを経験せずに専属を始め、勢いのままG1を勝利。後から担当したウマ娘たちも勝利を重ね、あっという間に学園で活躍するトレーナーの一人となっていた。
対する自分は担当を碌に勝たせる事も出来ず、学園を去る瀬戸際までになってしまった最下層。見下していた相手が自分よりも圧倒的に有能である事実が、飯間の嫉妬心を燃え上がらせていた。
「はいはい、今は武藤と比べてもしょうがないだから、今後どうするかを考えたら?」
「ぐっ……」
友人のぐうの音も出ない正論に飯間は押し黙る。彼としても他人に嫉妬している暇があったら、今後の対策を考えた方が建設的な事くらいは分かっていた。
「でもそんなモンどうすりゃいいんだよ……」
とはいえ、そんな方法が簡単に見つかれば誰も苦労はしない。
「そりゃ良さそうな子をスカウトするしかないだろ」
「そうなるとデビュー前でも話題になってる子をスカウトするのが一番だけど……、そういう子って競争率が高いからなぁ」
「しかも飯間はクソ雑魚だから、引っ掛かってくれる可能性はほぼゼロだよな」
「クソ雑魚ってお前な……」
「……もしお前がスカウトされる側だったら、碌に勝てないトレーナーに声を掛けられたからって受けるのか?」
「……受けない」
「だろ?」
「そうなると、有名どころ以外を探すしかないよね。適当な子じゃ今度こそ終わりだから見極めないといけないけど……」
「それベテランでも難しいやつじゃねぇか。飯間含めて俺らじゃ失敗して終わりだな」
「だよなー」
酒を片手にうんうん唸るトレーナーたち。だが議論は空転するばかり。彼らは答えのない袋小路にハマっていた。そんな時、あるトレーナーがポツリと零した。
「いっそ、どっかのチームから移籍とか出来れば早いんだけどなー。出来れば公式チームから」
「あー、強いチームで活躍してる子が移籍してくれたら、そりゃ勝ち確だろうな。まず無理だけど」
「わざわざ強い子を放出したいってトレーナーなんていねーしな」
そんな他愛のない願望の駄弁り合い。だがこれに飯間は、
「それだ……!」
自分に降りかかる全ての問題を解決、それどころか次のステップに進むことも出来る乾坤一擲の手段を閃いた。
「それだよそれ! 強い子をスカウトすればいいだけじゃないか!」
「お前、それこそ無理だろ……。専属もチームもそんな子を手放さないぞ」
「いや、都合のいいチームがあるぞ。チーム・デネボラだ」
『……は?』
思わぬチーム名に一斉に首を傾げるトレーナーたち。そんな彼らを置き去りにして飯間は続ける。
「あの筋肉は自分の担当に、必要だと思ったら自分を容赦なく切り捨てろって言ってるんだよ。なら引き抜いても文句は言われないはずだ」
「そう……なるのか?」
「それにあの筋肉ダルマは出張するって話だし、その間にスカウトしちまえばこっちのモンだ。幸いあいつよりは顔は良いしな。……こうしちゃいられないな。直ぐに帰って作戦を練らないと。スマン、金は明日払うから立て替えておいてくれ!」
「お、おう」
「サンキュー! それじゃあ!」
希望に満ちた表情で駆けていく飯間。そんな彼を同期たちは呆然と見送るしか出来なかった。そして同期の一人がポツリと漏らした。
「あいつ……相当酔ってるな」
それは余りにぶっ飛んだ答えを出した飯間に対しての、この場にいる全員が抱いた感想だった。
「引き抜きとか絶対無理だろ」
「本当にね。そりゃ僕も武藤さんが自分の担当が移籍したいって言い出したら担当の意志を尊重する、って言ってるのは知ってるけどさ」
「その担当が全員武藤に惚れてるから、スカウト仕掛けた所で断られるのがオチだよな」
「んで、キレた武藤が全力でぶん殴るオチもつくな」
「流石に武藤の全力パンチだと飯間が死んじゃうから、加減はするんじゃね?」
よその担当ウマ娘を無断で引き抜こうとアプローチを掛けるのは、トレーナーたちにとって禁じ手に近い。引き抜いたせいでトレーナーとしての仕事に支障が出るのは当然として、そもそもの話だがトレーナーにとって担当は自分の功績であり、そして飯の種だ。そんな担当を無断で引き抜こうとするのは、ヒトの財布に手を出すようなものである。
この事もあり、無断での引き抜き行為、それも成績のいいウマ娘の引き抜き行為は殴られても文句は言えない所業なのだ。実際、学園ではそういった事例はあり、殴った側はちょっとした注意程度で済まされたのだから、事の重大さがよくわかる。(なお逆に穏便にすまされるのは、勝てないウマ娘やトレーナーと不仲になっている担当の引き抜き)
「まー、アイツも酔いが醒めたら落ち着くだろ。流石に本当に実行はしないだろうし」
「だね」
そんな会話を交わしつつ、彼らトレーナーは主役を欠きつつも飲み会を再開した。
この一年間、一人称視点で文章を書いてたけど、やっぱり三人称視点の文章の方が書きやすい……。