マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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今回は二話に分けようとも思いましたが、内容的に区切れないので、今回滅茶苦茶長くなっています。


71話 悪い事やる時はリスクも考えような?

 

「……よし、行ったか」

 

 ある日の早朝。スーツ姿のイヤに筋肉質な大男が寮の玄関から出ていく姿を自室の窓から確認し、飯間は小さく息を吐いた。

 彼がこれからやろうとしている作戦において、最大の障害があの男――武藤だ。彼の企みが武藤が出張で学園から離れるのが大前提である以上、その第一歩を無事に突破出来た事に安堵していた。

 一息ついた飯間は改めて気合いを入れ直す。

 

「タイムリミットはたった一週間。ここからはスピード勝負だ。それまでに口説き落とさないとアウトだ」

 

 手早く荷物を纏めると、飯間は学園に向かうべく寮を出た。

目的は当然チーム・デネボラのメンバーへの接触、そしてスカウト。彼にとっての一世一代の大勝負だ。

 

――飯間の同期の予測とは裏腹に、彼は完全に本気だった。

 

 自分のトレーナーとしてのキャリアは崖っぷち。もはやなりふり構っていられない状況だ。このまま敗者として学園を去るくらいなら、リスクを負ってでも博打に出るしかない。もちろん上手く行っても周囲から疎まれるリスクは十分承知ではあるが、そんな未来の事よりも今の方が大事だ。それにあの気に入らない筋肉ダルマに目に物言わせてやれるのだから、気合が入るというものだ。

 とはいえ、だ。

 

「……もう少し口説きやすそうな子がいたらよかったんだけどな」

 

 色々と追い詰められて禁じ手を使おうとしている飯間とて、相手は選びたいのが本音だ。

 彼が狙っているチーム・デネボラのメンバーだが……、トレーナーからすれば気性難なメンバーが多く揃っているのだ。

 チームのリーダー格のエアグルーヴは真面目ではあるものの、武藤がスカウトする前まではトレーナーをとっかえひっかえするようなウマ娘。最年少のマヤノトップガンは天才的なセンスは聞き及んでいるが、同時に気分屋で武藤のスカウト前は碌にトレーニングにも出なかったと聞く。更に最悪なのはシリウスシンボリで、生徒に人気があるし走りのセンスもあり更にシンボリ家のウマ娘とプラス面が大きいが、同時に不良グループのリーダーをやっているマイナス面も特大な問題児。

 なんとチームの半分以上が問題児だ。

 流石の飯間も、この面々を引き抜いたら苦労するのが目に見えているため、彼女らのスカウトには躊躇していた。それ故に、それ以外のメンバーを狙う事にしたのだ。

 

「確かこの時間帯ならここに来てるはず……。お、いた」

 

 グラウンドの片隅。大樹のウロの近くで事前の調査の通りにマジックの練習をしているフジキセキの姿を確認する。

 彼女こそ飯間の第一目標だ。適正距離、得意とする戦術が飯間との相性は良さそうと思われるし、実力は当然としてフジキセキは生徒にも人気がある事から、後々に複数人の担当を持つことになった時に、彼女の人気が役に立つだろう。

 

「へえ、上手いものだね」

「ん? あなたは?」

「ちょっと散歩をしていたら、マジックをしている君を見つけてね。思わず見入ってしまったよ」

「ありがとう。そういってもらえると嬉しいよ」

 

 周りに他の生徒がいない絶好の機会を逃すことなく、飯間はフジキセキに接触する。もちろん己の野望は覆い隠してだ。流石の飯間もこの醜い願望を相手に気付かれてしまえば、直ぐに逃げられてしまう事くらいは分かっていた。幸い本心を上手く隠せているのか、フジキセキは露骨に警戒をしている様子はない。そのままフレンドリーに談笑を続けていく。

 

「それにしてもここまでいい腕をしているのに、世間じゃ安田記念の事件の方が有名なのは少し勿体ないな」

「あはは、あんなに大きい事件だから、そうなっちゃうのも仕方ないのかもしれないね」

「そうでもないさ。マジックにしろ走りにしろ、事件のせいで本当の実力を見られていないのは、勿体ない事だよ」

「ふふ、ありがとう」

「ただ……」

「ん?」

「失礼な事を言うけど、このままだと君の本当の実力を出し切れていないようにも見えるよ」

「へえ?」

 

 ――食いついてきた。

飯間は内心で小さく笑う。釣り針に引っ掛かったウマ娘を引き込むべく畳みかける。

 

「君の身体はもう一級品だ。純粋なスペック勝負なら勝てるよ。……でも残酷な事を言うようだけど、それ以外の分野が普通なんだ。それじゃあ勝ちきれない」

「……」

 

 武藤の指導力は身体作りこそ一級品だが、それ以外は並なのはトレーナーたちの間じゃ有名だ。飯間は内心この明確な弱点を嘲笑いつつも、それを起点にフジキセキに揺さぶりをかける。

 

「でも弱点はそこだけなんだ。――俺の知識なら君を更なる高みに登らせる事が出来る。俺の所に来ないかい?」

「……ふーん」

 

 考えるような素振りを見せるフジキセキ。その様子に飯間は勝ちを確信した。このままフジキセキと戦い抜き、そして自分に相応しい地位を得る幻視すら見えていた。――そんな時だった。

 

「なら私からもあなたに一つ質問していいかな?」

 

 フジキセキは小さく笑いながら口を開いた。

 

「なんだい? 余り難しい質問じゃないといいけど」

「ううん、簡単な質問だよ。でもとっても大切な事さ。だから必ず答えて欲しいんだ」

「大切な事?」

「――もし私が包丁を持ったウマ娘に襲われたら、君は守ってくれるのかな?」

「――――」

 

 飯間は虚を突かれた。彼女の質問の意図は直ぐに分かった。安田記念の事件の再現だ。

 

――武藤が身を挺して守ったのだから、お前もそれが出来て当然だろう? 

 

 彼女は言外にそう言っているのだ。

 ……ハッキリ言ってしまうと、飯間では無理だった。

圧倒的なフィジカルを持つウマ娘相手に立ち向かった所で、何も出来ずに殺されるのがオチだ。彼とて命は惜しい。

 だがここで否定するのは、折角目の前まで来ていた栄光をみすみす逃すような行為だ。だからこそ。

 

「当然だよ。命を賭してでも君を守ろう」

 

 嘘で塗り固めた答えを出した。

 そんな飯間に、フジキセキは満足した様に頷いた。そして、

 

「――嘘の匂いがするね」

 

 冷めた目で飯間に言い放った。

 

「なっ……」

「残念だけど、あなたの提案はお断りするよ。それじゃあね」

「ま、待ってくれ!」

 

 用が済んだとばかりに歩き出すフジキセキに、飯間は追いすがる。

 

「何で急に!? 君だって乗り気だったじゃないか!」

「乗り気? まさか。私は最初からトレーナーさんから離れるつもりなんてなかったよ?」

「なっ……」

 

 目の前のウマ娘にただ単純に遊ばれただけ。その事実は飯間から言葉を奪った。そんな彼にフジキセキは振り返る。

 

「ああでも、真面目に私をスカウトしようとしていたし、断る理由もちゃんと伝えないと失礼だよね」

 

 フジキセキは笑みを浮かべていた。だがその目は全く笑っていない。

 

「私はあなたのような下らない嘘を吐くヒトが大嫌いなんだ」

 

 怒気さえ孕んだ答えを飯間に叩きつけ、そして用が済んだと言わんばかりに去っていった。

 

 

 

「フジキセキは駄目だ……」

 

 生徒たちが授業を終え、各々がトレーニングに励んでいる中、若干ブルーになりながらも飯間は学園の中を歩いていた。

 朝にこっぴどくフジキセキにフラれた後も、昼休みの時間に一縷の望みを賭けて再接触しようとしたのだが、露骨に避けられた上に結局撒かれるという始末に終わってしまった。ここまでの扱いをされるとなると、流石の飯間も彼女を諦めざるを得なかった。

 そのため飯間は次善策に移る。

 

「こうなるとエイシンフラッシュに賭けるしかないか」

 

スカウト第二候補のエイシンフラッシュ、彼女に狙いを定める事にしたのだ。飯間は長距離の指導には不安があるが、中距離や先行及び差しの指導なら出来る。彼女の実績を勘案すれば、自分の所に移籍してからも勝ち続けられるだろう、と考えていた。

 

「出来ればグラウンドで一人で走ってくれてるとやりやすいんだが……」

 

飯間はトレーナー専用のアプリを開いてトレーニング施設の予約状況を確認。そこから彼女がグラウンドかプールにいると予測し、祈りつつもまずはグラウンドに向かって歩く。

 普通のスカウトならともかく、今回やろうとしているのは引き抜き。そのため他のチームメンバーがいた場合妨害される可能性があるのだ。ましてやフジキセキで失敗している以上、他のメンバーにも情報が伝わっている可能性は高い状況。一対一でのスカウトは大前提だった。

 

「――おっ、いた。しかも一人か」

 

 飯間がグラウンドに入った時、ちょうどエイシンフラッシュはグラウンドで走っている所だった。しかも周囲には他のチームメンバーはいない。飯間にとっての好条件がそろっていた。

 

「レース想定で走ってるのか。これは……2400m想定かな?」

 

 エイシンフラッシュの走りは明らかにレース本番での動きを想定してのモノだった。距離はグラウンドの設備と彼女のモノと思われる荷物の場所から勘案する。

 

「相変わらず綺麗な走りをしてるけど……、これは――仕掛けが少し遅い?」

 

 飯間はレース研究の一環として彼女のレース映像を幾度か見ている。それ故に強いウマ娘であることは分かっていたが、今の走りを見ていて明確なミスがあったように見えた。

 練習だし仕掛けるタイミングを失敗したか? そう考えている内にエイシンフラッシュがゴール。クーリングダウンで軽く速度を落として走る彼女は、どこか満足した様に頷いた。

 

「――こりゃ仕掛けやすいな」

 

 そんな光景に飯間は小さく笑った。彼女は明らかなミスを犯したにも関わらず、それに気付いていない。しかも仕掛けという重要な局面でのミスだ。付け入るスキがあった。

 飯間は営業スマイルを浮かべながら、ノートに何かしら書き込んでいるフラッシュに声を掛けた。

 

「良い走りだね」

「? どなたでしょうか?」

「君が走っている所を見かけてね。いい走りをしていたから思わず声を掛けてしまったんだよ」

「そうですか」

 

 どこか素っ気ない態度のエイシンフラッシュに、飯間は内心舌打ちした。覚悟はしていたがフジキセキからの情報共有がされているのはヒシヒシと感じ取れた。とはいえ、ここで止まる訳にはいかない。早々に手札を切る。

 

「でももう少し改善すればもっとタイムを縮められると思うよ?」

「改善、ですか?」

「今の走りを見たけど、あれは2400mを想定して走ってたんだよね? 途中までは良かったんだけど、スパートが少し遅かったんだよ。そこを改めればもっと速くなれるよ」

 

 飯間の言った助言はレースの教科書にも載っている基礎的な事だ。だがそれ故に正論でもあるのだ。事前調査でエイシンフラッシュが几帳面であることが分かっているので、この助言は素直に受け取るだろう。そこから切り崩していく。

 飯間はそんなプランを考えていた。だが、その想定は初手で躓く事となる。

 

「いえ、これが私にとって最善のタイミングです」

「えっ?」

 

 エイシンフラッシュはハッキリと飯間の助言にNOを突き付けたのだ。

 

「何を言ってるんだ。あんなタイミングじゃ周りに置いて行かれてしまうよ」

「いいえ、普通よりも早いですが、あれが私にとってのベストです」

「……」

 

 頑ななエイシンフラッシュに飯間は苛立ちを覚えた。自分の知識に固執する彼女は勿論だが、同時にそれを修正しない無能な筋肉男により怒り覚えたのだ。

 

「……仕掛けるタイミングは武藤が教えたのか?」

「当然です」

「……仕掛けの基礎すら出来ないなんてどれだけダメな奴なんだ。俺の所に来いよ。正しい戦い方を教えてやる」

 

 怒りと共に自然と吐き出される言葉。説得というには強引すぎるが、これは飯間にとって、彼女を直ぐにでも修正しないといけないとの思いから来るモノでもあった。

 だがそんな彼の言葉を前にして、エイシンフラッシュは全く動じなかった。

 

「もう一度言います。これが私のベストです」

「だからそれが間違ってるんだよ!」

「練習の邪魔になりますので、お帰り下さい」

 

 彼女は手にしていたノートをベンチに置くと、飯間を無視して練習を再開すべく足に力を貯めた。

 

「待ってくれ――」

「そうそう、一つ訂正する事があります」

「……訂正?」

「先程の走りですが2400m想定ではありません。2500mです」

「……は?」

 

 エイシンフラッシュの思わぬ言葉に、飯間は理解が及ばなかった。

彼女は何を言っている? そんな想いが浮かぶと同時に、トレーナーとしての知識が掘り起こされる。先程の彼女の走りは確かに2400mとしては仕掛けが遅かった。では2500mとなると――

 

「なら仕掛けが早すぎる! スタミナが持たないぞ!」

 

 己の知識から導き出された答えを叫ぶ。だがエイシンフラッシュは揺るがない。

 

「私はトレーナーさんに鍛えられています。ですのでゴールまでスパートは持ちましたし、先程実証しました」

「あっ……」

 

 彼女の指摘に飯間は何も言い返せなかった。

 

「この程度の事も見抜けないヒトが引き抜きなんてしないで下さい」

 

 エイシンフラッシュは飯間に冷めた目で答えを叩きつけると、彼の存在などなかったものとしてトレーニングを再開した。

 

 

 

「――なんて言ってて、変なヒトだったよ」

「フジ先輩大変だったんだね……」

「……その方ですが、心当たりがあります。もしかしたら私の所に来たヒトかもしれません」

「あん? まさかフラッシュの所にもソイツが来てたのか?」

「話を聴く限りですが、可能性は十分あるかと」

「私たちの在り方は学園でも広く知られている。それにも関わらずスカウトするトレーナーか……。……これは諸々警戒が必要か」

 

 

 

 一日に二人もフラれた翌日。飯間は未だに諦めないでいた。

 

「まだだ……。まだ俺はやれるハズだ……!」

 

自分に言い聞かせるように呟きながら校舎を歩く。既に賽は投げられている。ここで引いても得るものが何もない所か既にトレーナーとしての信用面でマイナスである以上、このまま進む以外の選択肢はなかった。

 

「安パイで失敗した以上、残っているのは不安要素があるウマ娘しかいないが……、あの子ならまだマシなはず……」

 

 昼休み故にウマ娘でいっぱいになっている廊下で、人波を掻き分けながら目的のウマ娘がいるであろう教室の近くまで足を進める。ちょうどその時、

 

「終わったー!」

 

 教室から栗毛の長い髪が特徴の小柄なウマ娘――マヤノトップガンが飛び出し、廊下を駆けていった。

 

「まっ、待って――」

「急がないとニンジンパンが売り切れちゃう!」

「だから待ってくれ!?」

 

 飯間の声掛けに気付いていないのか彼女はそのまま走り去ってしまい、彼は慌ててマヤノトップガンを追いかける羽目になる。

 こうして飯間による必死の追跡が始まった――のだが、これは直ぐに終わりを告げる事となる。

意図せずに追われる側になったマヤノトップガンだが、屋内の廊下、それも人でごった返す中という訳でそこまで速くは走っていないのだが、それはあくまでもウマ娘基準。男である飯間が全力で走った所で追いつけるはずがない。それ故に、

 

「ああクソ、ダメか!」

 

 あっという間に撒かれてしまうのは当然だろう。だが飯間はその程度で諦める程意志は弱くなかった。

 

「ニンジンパンって言ってたから購買部か! ならそこに先回り――いやパンを食べてそうな場所で網を張った方が確実か……!」

 

 そう結論付けた飯間は追跡を辞めて、中庭へ先回りする。

 飯間はマヤノトップガンを気性難と評してはいるが、同時に他の気性難よりはずっとマシなウマ娘だと位置づけていた。気分屋といっても聞いた話だと精々が子供のワガママ程度だし、トレーニングをしなかったという話もそれは武藤と契約する前で、今はトレーニングをサボる事はないという。フジキセキ、エイシンフラッシュ程ではないとしても、まだ問題ないウマ娘なのだ。残るメンバーの事を考えるとここで諦めるという選択肢はなかった。

 頭脳をフル回転させ、マヤノトップガンの行く先を読む。そしてその読みは、

 

「んー、この新作あんまり美味しくない……」

「見つけた……!」

 

 幸運かそれとも執念かは分からないが、飯間の読みが勝った。ともかく飯間が中庭に到着すると、ベンチで少々不満げな表情をしつつもパンをかじっているマヤノトップガンを発見したのだ。

 飯間は乱れた息を整えると、マヤノトップガンの元まで歩み寄り、

 

「やあ、マヤノちゃ――」

「あっ、ちょっと待って? ――はい、チーズ」

「えっ? あ、ああ」

 

 声を掛けようとしたところでマヤノにスマホで写真を撮られる羽目になり出鼻をくじかれた。

 困惑する飯間。そんな彼を余所にマヤノトップガンは満足した様に頷いた。

 

「うん、よく撮れてる。ありがとう」

「あ、ああ。それは良かったよ。それでマヤノ――」

「あっ、その話だけど、お断りします」

「俺はまだなにも言ってないぞ!?」

 

 そして飯間は説得も何もさせてもらえず、断られてしまった。

 

「だってフジ先輩からあなたの事は教えてもらったもん。トレーナーちゃんと一緒にいる方が楽しいから、あたし移籍なんてしないよ?」

「ぐっ……」

 

 飯間は呻くしなかった。彼とて時間を置いてしまった以上、スカウトの情報がチーム内で共有されている可能性は考慮していたし、その分警戒される事も覚悟はしていた。だがまさか話しすらさせてもらえないとは思わなかったのだ。

 

「それじゃ、もう行くね!」

「ま、待ってくれマヤノちゃん。俺なら武藤よりも楽しい事を教えてあげられる! オトナに相応しい事だって沢山体験させてあげられるんだよ!」

「へえ、そうなんだ」

「それにこれは俺の意見だけど、君が天才肌なのはよくわかるけど、まだレースで生かし切れていないようにも見えるんだ。僕には君の感覚を生かし切れる知識も経験もある。君の勘と俺の理論を合わせれば無敵になれる! だから――」

「それは無理」

 

 飯間が言い切る前に、マヤノトップガンは無慈悲に切り捨てた。

 

「な!? 何を根拠に!?」

「だってマヤ」

 

 マヤノトップガンは小さく笑い、ベンチから立ち上がった。

 

「あなたと契約しても楽しくないし、レースでも勝てないってわかっちゃったもん」

 

 彼女はそう言い捨てて、パンを齧りながら中庭を去っていった。

 

 

 

「むっ、マヤノからのメッセージ? これは……」

「ほー」

 

 

 

「残り二人……。こんなにうまくいかないなんて……」

 

 放課後。授業が終わりウマ娘たちがトレーニングに励んでいる中、校舎を歩く飯間の足取りは重かった。

 安パイは完全にアウト。残る二人は優等生なようで気性難なウマ娘と不良のリーダーをやっている問題児。実力は確かではあるが……移籍できたとしても苦労するのは目に見えていた。

 

「……いや、彼女なら機嫌を取れば大丈夫なはず。実力もあるしおだててやればレースでも勝てる」

 

 そんなやや後ろ向きな未来に縋りつつ、飯間は歩み続ける。目的地は生徒会室。つまりエアグルーヴ狙いだ。シンボリルドルフ、ナリタブライアンの両名はグラウンドでトレーニングをしているのを確認したので、今生徒会室にいるのは彼女一人。スカウトするのに絶好の機会だった。

 飯間としても武藤との契約前の荒れ具合は知っている。下手な事をすれば全てがパアになるのは目に見えていた。なので彼女と契約している間は黒子に徹し、裏で次のウマ娘の厳選をする、というプランを考えていた。

 そんな捕らぬ狸の皮算用ともいえる事を考えていると、

 

「……貴様、この先は生徒会室だ。何の用だ」

「!?」

 

 背後から酷く冷たい声が響いた。飯間は慌てて振り返ると、今から会おうと画策していたウマ娘、エアグルーヴが彼を睨みつけている。

 

「ちょ、ちょっとあるウマ娘に会おうと思ってね」

「ほう……、そのウマ娘に会って勧誘でもするつもりか?」

「そんな事は――」

「マヤノから貴様の画像が届いている。貴様との会話内容と一緒にな。……貴様が昨日から私たちに付きまとっているトレーナーだな」

「うっ……」

 

 怒気どころか殺気すら孕んでいるエアグルーヴを前に、飯間は思わず後退りしてしまう。

 

「先に言っておく。私は貴様の勧誘に乗る気はない。私のトレーナーは彼だけだ」

「~~~っ、お前らあの筋肉のどこがいいんだよ!」

 

 余りにも上手く行かない勧誘、そして尽く自分に向けられる負の言葉に、飯間は思わず叫んだ。

 

「あいつは確かに身体作りは凄いが、それ以外は三流だぞ! 俺の方がよっぽど上だ!」

「なんだ、その程度の事か」

「その程度って――」

「確かに私のトレーナーは指導技術の面で言えば身体作りの特化型だ。他の分野での指導能力は幾らか劣る」

「そうだろう!? 俺なら――」

「だが貴様が言う身体作り以外が三流というのはいつの話だ?」

「……は?」

 

 呆気にとられる飯間。そんな彼を余所にエアグルーヴは続ける。

 

「私のトレーナーが何年トレセン学園でトレーナーをやっていると思っている? その間ずっと私と二人三脚で苦手分野の指導技術を磨いてきた。そうでなければチームを組んでその全員を勝たせられるはずがないだろう」

「あっ……」

 

 目をそらし続けてきた事。それをハッキリと指摘され、飯間は言葉を詰まらせる。

 

「更に言えば、私たちは毎週の合同練習で更に指導技術を磨いている。私のトレーナーはいつまでも過去に縋っているような貴様とは違う」

「……」

「現実を受け入れられず過去にしか目を向けない貴様に、ずっと共に歩んできたトレーナーを捨てて貴様に乗り替えろだと? 私をバカにするのもいい加減にしろ」

 

 エアグルーヴは呆れたように鼻を鳴らすと、話は終わったと言わんばかりに再び歩き始めた。

 

「ま、待ってくれ――」

「ああ、最後に一言言っておこう」

 

 それでもなお粘ろうとする飯間に、彼女は歩みを止めずちらりと彼に怒りを湛えた視線を向けた。

 

「これ以上私たちとトレーナーに絡むようなら、私もそれ相応の対応をする。覚悟しておけ」

 

 彼女はそれだけ言い放つと、用は済んだとばかりに去っていった。

 

 

 

「……」

 

 誰もいない校舎裏。夕焼けで照らされる中で傷心した飯間は一人座り込み項垂れていた。

 気に入らないあの筋肉ダルマから担当を奪い、そして逆転するという起死回生のプランが破城した事実、更にあの気に入らないトレーナーの担当から叩きつけられた言葉のナイフに、彼の精神はボロボロにされていた。

 

「一応、最後の一人は残ってるけど……」

 

 チーム・デネボラで勧誘していないウマ娘は残り一人。実力は確かにある。だが同時に問題児としても有名なシリウスシンボリ。

 勧誘後のリスクは高いのは承知ではあるが、もう彼女しか残っていない。リスクを飲み込んで、なんとしてでもスカウトに成功しなければ、後に残るのは破滅のみ。

 だからこそ今すぐにでも行動しなければならないのだが、

 

「……」

 

 分かっていても、飯間は動けないでいた。

これまでのチーム・デネボラメンバーへの勧誘から、流石の彼でも結果は読めていたのだ。失敗が分かっているからこそ、実行するのに躊躇していた。

 だが今更勧誘を中止など出来ない。引くも地獄、進むも地獄。そんな袋小路に彼はいた。

 

「おーおー、ウチの連中を引き抜こうって奴のツラを見に来たが、中々面白い顔をしてるじゃないか」

「!?」

 

 飯間は反射的に顔を上げる。そこには壁にもたれかかり、子供がおもちゃでも見つけたかのように笑うチーム・デネボラ最後の一人、シリウスシンボリの姿があった。

 

「追い詰められた人間ってのは見苦しいなぁ。首にならないために余所様のトレーナーがいない隙に、その担当にナンパか。しかも全員にフラれてんだから笑うしかないな」

「そもそも何の用だよ……」

「あ? 最初に言っただろ。テメェのツラ見に来ただけだ」

 

 ニヤニヤ笑うシリウスシンボリに、飯間は勧誘を忘れ怒りの赴くままに勢いよく立ち上がる。

 

「ふざけるな!」

「おいおい、私はバカなトレーナーを見に来たんだぜ。テメェはこれがふざけてないと思うのか?」

「そもそも、お前らあの筋肉のどこか良いんだ! 暴れたいからってプロレスラーなんてやってた奴だぞ!」

「はっ、少なくともトレーナーにとってのタブーをやらかす奴よりは、アイツは人間が出来てるな」

「……!」

 

 図星を突かれ、飯間は何も言えずに黙り込む。そんな彼を前にシリウスシンボリは呆れたように言い放つ。

 

「よくもまあ、その程度の奴が私たちのトレーナーになり替わろうとしたもんだな。――私のトレーナーを舐めるな、三下が」

「ああぁああああああああっ!?」

 

 発狂し叫び声を上げる飯間。そんな彼を前にシリウスシンボリはつまらないモノを見るかのような視線を向けている。

 

「私は優しいから老婆心で助言してやるよ。アンタはやらかした癖に、盛大に失敗したんだ。今から未契約のヤツをスカウトするか、キッパリと諦めて辞表でも書きな。もっともテメェみたいな三流通り越して地雷じゃ、契約してくれるウマ娘がいるかは怪しいがな」

「あんなに苦労してトレーナーになったのに――」

「これはテメェの行動の結果だ。諦めろ」

「~~~~っ、ふざけるな! 俺はこんな所で終わる人間じゃない! あの筋肉ダルマよりも――」

 

 

 

「何言ってやがる。トレーナーの世界ってのはレースと同じで弱肉強食だぞ。弱けりゃ喰われるだけだろ」

 

 唐突にそんな呆れたような男の声が校舎裏に響いた。

 

「はっ?」

 

 いないはずの男の声に、飯間は反射的に振り返る。そこには本来なら学園にいないはずの――筋肉の鎧で身を包んだ大男、チーム・デネボラを率いるトレーナー、武藤の姿があった。

 

「よおトレーナー、帰ってたのか」

「昨日連絡があったからな。そりゃ一時的に帰って来るって」

 

 呑気に談笑するシリウスシンボリと武藤。だが当事者の一人である飯田は事態を飲み込めないでいた。

 

「馬鹿な、お前は出張に行ったって……」

「ゆーて、隣の県だからな? 向こうで仕事を終わらせて、速攻で車走らせれば普通に帰れる距離だぞ? それだと通勤時間がエグイ事になるから出張ってなってるだけだし」

「なっ……」

 

 絶句する飯間。そんな彼を余所に、武藤は準備運動とばかりに肩を回す。

 

「さーて、俺の担当が世話になったようだなぁ。――ヒトの担当の引き抜きをしようって輩はぶん殴られても文句は言えない、ってのがトレーナーの世界の常識なのは、飯間も知ってるな?」

「あっ……ああっ……」

 

 言葉にならない声しか上げられない飯間を前に、武藤はその強面に似合う不敵な笑みを浮かべた。

 

「なら覚悟は出来てるって事だよな? ――元プロレスラーによるサブミッションフルコースのお時間だ! ギブアップ無しのルール無用のファイトだから覚悟しろよぉ!」

「う、うわああああああぁああああ!?」

「まずはアームロックからじゃぁああああああああああ!」

「ぎゃああああああああぁあああああ!?」

「次はチキンロックじゃぁあああああああああああああ!」

「た、助けてえええええぇえええええええ!?」

 

 こうして哀れなトレーナーの叫びが学園中に響き渡った。

 

 

 

 




これだけやらかしておいてサブミッションフルコースで許してくれるだけ、武藤は優しいと思う。
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