マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「振り返るな! 走れ!」
「うわあああああん!?」
「畜生! なんてモンを新機能に入れてやがる!?」
「今はそんな事――ああああ、もうすぐ後ろまで迫ってる!?」
「ダーレーぇええええええ! なんてモノを持ち込んだぁあああああ!?」
「俺は知らなかったんだよぉおおおおおお!?」
VR空間で再現された中山レース場。今回は良馬場でやろうという事で綺麗な芝が敷き詰められているコースで、チーム・デネボラの面々と三女神が叫びながら必死に走っている。傍から見れば、それはペース配分もクソもない走りだが……、状況的に責められる奴とかいないと思う。
「いや、うん。確かにこれまでにない体験なのは間違いないけどな……?」
なおそんな阿鼻叫喚を前に、俺は何も出来ないから、コースの隅っこで頭を抱えていた。
事の始まりはダーレーが持ってきた拡張パッチ。
早速使ってみようってなって、チームメンバーは俺の説明で、ゴドルフィンバルブもバイアリータークもダーレーが説得して、ウチのチームと一緒に体験する事になった。
……これはいい。全く自然な流れだ。
拡張パッチだが新しい併走者が出現するって内容だったんで、試しにチーム・デネボラ&三女神+拡張パッチ機能を使った2000mの模擬レースをする事にした。
うん、これも全く問題ない。ホントここまでは平和だったから、何も間違ってはいなかったんだよ。
おかしくなり始めたのは、全員がスタートラインに立って新機能を起動してからだ。
俺がパッチの機能を使っても併走者が出現しなかったんだよ。接続不良か? って思って調べてみたけど、パッチはちゃんと起動しているってなってた。
これには全員が困惑したもんだが、このままぼーっとしててもしゃーない。そのまま模擬レースをする事にしたんだ。
んで、俺がゲートを操作して、全員が綺麗にスタート。これで模擬戦が始まったんだが――2秒くらいたった辺りかな? ゲートから黒くてデカい何かが飛び出していったんよ。
具体的に何が出てきたんだって? ――無駄にデカいヒグマ……。
……コースの上のあいつ等が後ろから猛追してくるヒグマに気付いてからは、模擬レースとかそういうのが全部すっ飛んだ。VR空間だって分かっててもリアルなクマが自分たちを喰わんと襲って来るもんだから、全員の戦術が破滅的な大逃げに早変わりしたよ……。
「こうして遠くから見てると、あのクマ全員がバラバラに逃げないように上手い事誘導して追い込んでるな……」
無駄に作り込まれてやがる。そこら辺はやたらと技術力が高い開発五課謹製って所か。クマを使ってウマ娘を追い回すって発想はアホとしか言いようがないが。
『あああああああああああぁああああ!?』
そんな考察をしている間にも、必死の形相のウマ娘たちがゴールラインに雪崩れ込んでいく。本質がマイラーだから最後尾を走っていたフジがラインを切った瞬間、ヒグマが光の粒子を出しながら急加速して空へとすっ飛んでいった。……普通こういうのって消えるモンじゃね?
「あー……、お疲れ?」
モニターに今使ってた「併走者エキストラモード」の機能がオフになったのを確認してから、倒れ込んでいる担当たちに声を掛ける。
「……トレーナー」
「おう」
「とりあえず締め上げていいな?」
「アイアンクローで吊り上げながらいう事じゃなくね?」
「ほう、随分と余裕があるじゃないか。シリウス先輩」
「おう」
「あ、スンマセン。止めあだだだだだだだっ!」
シリウスさん、頭からミシミシ音してんだけど!? 流石の俺もこれは死が見えるぞ!?
「VRで死にはしないから安心しな」
「心を読まんといてでああああああ!?」
確かにフィードバックも限度があるから死にゃしないが、死ぬほど痛いぞ!?
「トレーナーさん、流石にアレはないよ」
「事前にパッチの内容を確かめなかったのですか?」
「いや、ダーレーから受け取ったのをそのまま使っただけだからぁああああ!?」
「ダーレーさんから?」
メンバーの視線が先程まで倒れていたダーレーアラビアンに集中する。そこには、
「なんてことをしてくれたんだ、ダーレーぇえええええ!」
「ダーレー! お仕置きが必要みたいね!」
「みぎゃああああああぁああああ!?」
ゴドルフィンが足四の字固め、バイアリーが腕挫十字固めでダーレーをシバいてる真っ最中だった。
「これじゃ、話聞けないね……」
「あちらは忙しそうですので、私たちで今使ったパッチの中身を見てみましょう。えっと、これですね」
「あ、ここに作ったヒトのコメントがあるよ?」
「なになに? 『どのような状況であっても冷静にいられるためのトレーニングメニューとして開発しました。皆さまぜひご活用下さい。 URA開発五課』 開発五課?」
「……開発五課だと?」
五課の名前を聴いたシリウスがすっごい顔でこちらを睨んだ。
「おいトレーナー、これ作ったのがあのトンチキ集団だって知ってたのか?」
「……」
「答えないなら吐くまでウマ娘のパワーで締め上げる」
「スンマセン、事前に聞いてました!」
「正直でよろしい。んじゃ空の旅に行ってこい!」
「ぬわあああああぁあああ!? ――ぶべらっ!」
高々とぶん投げられて車田落ちでフィニッシュ! VRで死なないからって無茶苦茶するな……。いや、諸々と俺が悪いんだけど。
「この機能は封印でいいな?」
「だね。流石にクマに追いかけられるのはトレーニングにならないよ」
「あ、でも画面の横にレベルマックスって表示があるよ?」
「本当ですね。もしかしたらレベルを下げれば有用なのかもしれません」
「待て、作ったのは五課だぞ。最低レベルでも碌なモンじゃないだろ」
「おおおおおおおっ!」
「はああああああっ!」
「ギブギブギブぅううううう!?」
ぶっ倒れてる俺を無視して画面を前にワイワイやってるチームメンバー、ちょっと離れた所でまだお仕置き真っ最中の三女神組。VR空間は恐ろしくカオスである。
「あー、やれやれ……」
とりあえず謝り倒して、トレーニングを再開しようか。痛む頭をさすりながら起き上がる。――丁度その時だった。
「おおおお――むっ?」
「あら?」
「え?」
くんずほぐれつ(仮)している三女神たち、それぞれの眼前に赤いモニターが出現。更に、
“メガドリームサポーターの全てのユーザーへ忠告します。封印プログラムが発動します。三女神AIより離れて下さい”
そんな合成音声の放送が、明らかにヤバそうな警告音と共に周囲に響き渡る。
「どうしたんだ?」
「分からん。なんだこれは?」
「封印プログラム準備中?」
「俺たちもこんなプログラムは知らないよ」
「三人から離れろとはどういう事だ?」
「ナニこの音?」
「警告音、だね」
「段々と音が大きくなっていますね……」
「クソ、私たちウマ娘じゃこの音はキツイな……」
三女神たちだけでなく、俺も含めた生身組も事態を飲み込めず困惑している中、ビービーという警告音はドンドンと大きくなっていく。
俺のようなヒトと比べて耳がいいウマ娘たちが耐えきれず、この場のウマ娘たちが思わず耳を塞ぐ。そのタイミングで不意に音が鳴り止み――また合成音声が響いた。
“封印プログラム 起動”
この放送と共に、それは始まった。
『――!?』
不意に三女神がいる地面が消失した。普段の三女神なら多少なりとも反応出来たのだろうが、直前までの大音量に気を取られていたのか反応が鈍い。
――彼女たちは事態に気付いた時には、重力に従い暗闇に落下していた。
「くっ!」
かろうじて反応出来たのはバイアリーだけ。だが彼女が出来たのは、元あった地面を小指で掠らせる程度。何の意味もない無駄な足掻きだろう。だが、それは――
「おおおおおおおっ!」
「っ!」
俺にとっては値千金だ! 状況的にこの三人に何かが起きると警戒していたのが功を奏しスタートダッシュに成功、手遅れになる直前に滑り込む形でバイアリーの手を掴み取った!
「武藤トレーナー、助かる!」
「三人とも無事か!」
「俺は大丈夫だよ!」
「わたしもよ!」
「うっし!」
要救助者三人の無事を確認! ダーレーとゴドルフィンもとっさにバイアリーにしがみついたお陰で生き残ったようだ! これで第一フェイズは完了! 後はこの謎の穴から引き上げるだけだ!
「トレーナー、どうなってる!」
「分からん! だが三人とも無事だ!」
「っ! トレーナーさんが三人を支えているのですか!?」
「手を貸す!」
「いや、全員ストップ!」
駆け寄ってこようとする担当たち。だがそれを言葉で制す。
「トレーナーちゃん、どうして!?」
「三人は俺がこのまま引き上げ――、いやぶん投げる! お前らは三人を地面に着かないようにキャッチしてくれ!」
「トレーナーさん!?」
困惑した様にフジが叫んだ。その気持ちは分かる。だが今回ばかりは事情があった。
「……予想だがこの三人が触った地面が消える仕組みになってる可能性が高い!」
「なに!?」
さっきチラッと見えたんだが、バイアリーが手を伸ばした時に端っこだけ地面に手を触れてたんだが、そこが消滅したんだよ。この現象を考えると、下手な引き上げ方をすると引き上げる側の地面が消滅する可能性があった。
「三人を空中キャッチするとなると、お前ら全員でやるのが確実だ!」
「――分かった。頼むぞトレーナー! 皆いくぞ!」
「おう!」
「トレーナーさん、お願いします!」
チームメンバーが腰を落とし咄嗟に動けるように構えた。皆物分かりが良くて助かる。後は、俺が三人をぶん投げるだけだ!
「武藤トレーナー、何を言っているの!?」
「いくら筋肉に自信があるお前でも、この状況から私たち三人を投げるなど無理だ!」
「それどころか君が危険にさらされるかもしれないんだよ!?」
対する要救助者三人はギャーギャー騒ぎ始めた。――どうやら俺の筋肉を舐めてるらしい。
「おいおい、高々ウマ娘三人程度だぞ?」
ニヤリと笑って見せながら、うつ伏せから身体を持ち上げ、そしてしゃがみ体制に入る。今回のミッションで必要になるのは全身の力とバネだ。上手くやらないと三人が宙に舞わない。
もっともこちとら元はプロレスラーだ。リングの上じゃ俺以上の重量級をぶん投げる事もよくあった。今回はその要領で行かせてもらう。
「この程度余裕でぶん投げられなくちゃ――マッチョの名が廃るってもんだろうがぁああああああ!」
全身に力を貯め込み、それを一気に開放! 己の身体を一本の釣り竿とし大物を釣り上げる!
『ええええええっ!?』
化け物でも見たかのような叫びをあげながら三女神が宙を舞う!
「来たぞ!」
「絶対に地面に着けるなよ!」
「うん!」
対する余所に背後からチームメンバーの威勢のいい声が聞こえる。皆気負ってなさそうだ。後は俺があいつ等が上手くキャッチできるような軌道をさせるだけだ!
上手く放物線を描いて飛ぶよう、全身の力で調節!
――だがその時だった。
「――!?」
唐突に己を支えていた足場が消失した。脚を滑らしたわけではない。文字通り『消滅した』のだ。咄嗟に三女神に目を向けると三人とも丁度俺のほぼ真上の空中にいた。
――何が起こったのか、直感的に分かった。
「消滅判定、縦軸かよ!?」
思わず叫んじまったがもうどうしようもなかった。地面がなけりゃ投げなんぞ出来やしない。
『あああああああぁああああああ!?』
――助けると宣言したにも関わらず救助は無様に失敗し、三女神と俺は穴へと落っこちていった。
「なんだと!?」
三女神を助け出そうとしたトレーナーまで突如として出現した穴に巻き込まれ、そして四人とも飲み込まれた。慌てて駆け寄るが、そこにあったのはターフの芝だけだった。トレーナーたちを飲み込んだ穴など影も形もなかった。
「っ!」
「まだ……、まだ間に合うかもしれません……!」
顔を青くしたフジキセキとフラッシュが縋るようにターフを手で掘り起こすが、出てくるのは土だけだ。……あの穴などまるで最初からなかったかのように、そこに地面があった。
「クソっ! アイツどこに行った!?」
シリウス先輩が慌てて空中にモニターを出し、トレーナーを探している。だがあの様子では見つけられていないようだ。
「頼む、早く出ろ!」
私もモニターを出し、トレーナーに通話を試みる。だがトレーナーが応じる様子はなく、虚しく呼び出し音だけが響いている。
焦れた、だが重苦しい空気が私たちに覆いかぶさっていた。だが、それを破ったのは呆然と佇んでいたマヤノだった。
「ログアウト……」
「なに?」
「フィードバック型のVRソフトって不具合があったり、プレイヤーに危険があったら強制的にログアウトになるって聞いた事がある! もしかして――!」
『!』
マヤノの言葉に、私たちは弾かれたように空中に画面を出し、ログアウトを選択する。
そうだ。あの世界は確かにリアルだが、飽くまでもVRの世界だ。あの穴が不具合である以上、三女神はともかく共に落ちていったトレーナーは強制的にログアウトしているはず。
一筋の希望を胸にVRの箱体から飛び出し、私たちはトレーナーがいる箱体に縋りつこうとした時――箱体が警告音と共に見慣れぬ表示を出している事に気付いた。
“SIGNAL LOST”
「しっかし、落っこちた先がダンジョンってのは流石に予想外だったな」
「……そうだな」
俺のボヤキに、バイアリーは先程までいじっていたモニターを消しながら頷いた。
ただいま俺と三女神の計四人は、石造りの狭い部屋の中で状況確認の真っ最中だ。
あの時俺たちが穴に飲み込まれたんだが、しばしの自由落下の後に放り出された場所は、まさかのファンタジー系でよくある石造りのダンジョンだった。正直無限落下とか覚悟していたから、こうして地面がある所に辿り着くとは思っていなかったな。
「で、どうだった?」
「ダメだ。やはり現在地が分からん」
「わたしもダメ。やっぱりここからエリア移動が出来ないわ。それに外部との通信も出来ない」
「俺は何かアイテムを出せないか試してるけど、このエリア自体に掛かってるプログラムのせいで、全面的に制限されてるみたいだ」
「生身の俺がログアウト出来なかった時点で予想はしてたが、封印プログラムなんてけったいな名前がついているだけに、そこら辺は完璧ってか」
誰だが知らんが無駄に丁寧な仕事しやがって。てかヒトがゲームの中に囚われて出られなくなるなんてラノベでしか起きないような事に、俺が巻き込まれるとは思わんかった。
「でもこんなプログラムなんて誰が仕掛けたんだ……?」
「封印プログラムが発動したのは併走プログラムを使った直後だ。状況証拠を考慮すれば併走プログラムの一部は封印プログラムも混入していたという事になるが」
「なら併走プログラムを作ったURAが犯人という事かしら?」
「あー……、確かに状況証拠だけだとそう見えるんだが、作ったのが開発五課だからなー。多分違うと思う」
「む、どういう事だ?」
「……あいつ等変態ではあるが、生粋のウマ娘ファンなんだよな。こないだ『今、現実世界でも三女神が活動できるようにするためのアンドロイドを作成中です』なんて連絡がきたし」
「……待って?そんなの作れるの……?」
「あいつ等技術力だけは高いから、マジで作れそうなんだよなぁ」
「……そうか」
「な、中々個性的な人たちなんだね……」
三人ともドン引きしてるよ……。とはいえ、そんなレベルで三女神にも入れ込んでいる開発五課なら、封印プログラムとかいう物騒なもんは仕込まないだろう。
「そうなるとプログラムを組んだのはサトノって事?」
「ゆーて、あのプログラムが作動したのは俺のような部外者がいたタイミングだぞ? 三人に何かしら仕掛けるんだったら、メンテナンスの時にでもやった方がよっぽど確実だ」
「それもそうだね」
そうなるとマジで犯人が分からんな……。
「……今は犯人捜しをしても仕方ない。脱出のための手掛かりを探すぞ」
「せやな。となるといい加減ここから出るって事になるか」
「この部屋は調べつくしたからそうなるね」
「武器でもありゃ楽だったんだけどなぁ……」
ボリボリと頭を掻きながら扉に向かう。ファンタジー系のダンジョンでよくある如何にもって感じのボロい木製の扉だ。部屋の作り的にここから先はダンジョンか何かだろうな。
「おらっ!」
「ギッ!?」
そんな訳で、景気よく扉をヤクザキックで蹴り飛ばす! 扉は勢いよく開け放たれ、ついでに扉前で出待ちしてたゴブリンもすっ飛んでいった!
「ふんっ!」
「グギィ!」
更に待ってましたと言わんばかりに飛び出したバイアリーによる追撃の蹴りが、ゴブリンの鳩尾にクリーンヒット! ゴブリンは二、三度痙攣した後に、動かなくなった。
「ナイス追撃」
「お前もいい奇襲だった。……む?」
「どった?」
「このモンスター、何か持っている。これは……文章データ?」
「あん?」
「開くぞ。……これは」
文章データを開いて中身を見たバイアリーが頬を歪ませて固まってしまった。
「バイアリー、何が書いてあったの?」
「……見ろ。どうやら犯人はプログラムによっぽど自信があるらしい」
「これは……」
そう言って文章データが表示されているモニターを見せられたが……、全員が全員バイアリーと同じく顔が歪んでしまった。
『君たち三女神を自称するAI達に通告しよう。君たちは人類にとっては危険な存在だと私は確信している。
この封印プログラムは人類を守るための砦であり、そして君たちを閉じ込め人類にとって無害な存在に作り替えるための秘密の牢獄だ。存分に楽しんでいきたまえ』
……なるほど、このプログラムを作った奴は、中々に独善的な奴らしい。ここから出たらこんなふざけた真似をしたことを後悔させてやらにゃならん。
「あれ?」
まだ見ぬド阿呆をシバく決意をしていると、ダーレーが何かに気付いたのかモニターを操作し始める。
「このファイル、ジャンクデータも混じってるみたいだ」
「ジャンクデータ?」
「そもそもこの文章データだけど、元々は何か書かれていたデータを流用したみたいだ。元の文章が少しだけ残ってる。モニターに出すよ」
「お願い。探索するのだから、少しでも情報が欲しいわ」
ダーレーの操作により、新しいモニターが空中にポップアップする。そこに書かれていたのは――
「淫獄ダンジョン~淫靡に沈む者たちの挽歌~」をプレイして頂きましてありがとうございます。
『えっ?』
この場には似つかわしくない文字を前に、全員が固まった。
すまない。今回はシリアスさんの出番はないんだ……。