マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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チャンミはグループAに行ったものの、今回は結構キツイかもしれん……。

なお今回より本格的にシリアス展開になります。


88話 水先案内人は考える

 

「先日フレアが言っていたんだが」

「おう」

 

 グラウンドの隅に備え付けられているベンチで時折タブレットをいじりつつグラウンドを眺めているトレーナー。私はその隣に腰を下ろし語り掛ける。

 

「以前の道場破りについて貴様にお礼を言っていたぞ」

「お礼?」

 

 トレーナーが意外そうに首を傾げた。その気持ちは分からなくもない。

先日のフレアハーモニーの道場破りの時、トレーナーはなし崩し的に模擬レースの許可は出したが、その後若干後悔しているようだった。相手に乗せられたとはいえ、成長途中のクラシック期のウマ娘(重賞勝利なし)相手に、シニアクラス&G1獲得ウマ娘5人をぶつけたのだ。結果は当然フレアハーモニーの惨敗。模擬レースとはいえフレアに悪いことをしたと思っているのだろう。

 

「G1の壁は高いと実感したそうだ。あれ以来、以前以上にトレーニングを重ねているらしい」

「ほー、それでか」

 

 トレーナーがグラウンドを駆けるウマ娘に視線を向ける。

 

「はああああっ」

「おおおおっ」

「くっ……!」

 

そこにはフジキセキとシリウス先輩、そして件のウマ娘であるフレアハーモニーが競り合う姿があった。

 

「前と比べて二人の動きについていけるようになり始めてるな」

「相当トレーニングを重ねたらしい。当たり負けても立て直しが前より早い。早速成果が出ている」

 

 流石に二人には劣勢ではあるが、フレアは必死に食らいついている。いい所もなくやられた前回とは大違いだ。ここまで短期間でG1を走るベテラン相手にそれなりに戦えるとなると、相当トレーニングを積んだのがよくわかる。

 

「しっかし、あの娘も熱心だな。これ三本目の模擬レースだろ?」

「ああ。……だが彼女の気持ちもわかる」

「というと?」

「皐月賞の出走が決まったそうだ」

「ああ、なるほどな」

 

 クラシック三冠の最初の一つ。多くのウマ娘たちが目指す最初の頂。フレアが出走を報告した時はとても嬉しそうだった。……ただ気掛かりな事もある。

 

「……トレーナー、フレアは勝てると思うか?」

「レースってのはやってみなきゃ最後まで分からない、って答えるのはダメか?」

「……貴様の正直な予測を聴きたい」

「正直な話、今の成長ペースでも厳しいな」

 

 若干顔を顰めつつも、トレーナーはそう断言した。

 

「今年のクラシック戦線だが注目株が多い。遠目から何度か走ってるのを見た事があるが、どいつもこいつも良い走りをしてやがる。そいつらと比べるとフレアは実力が足りない」

「どこまで戦えそうだ?」

「苦戦は必至。厳しい事を言うが掲示板に入れるかどうかも怪しいな。惨敗は覚悟した方がいい」

「……本当に手厳しいな」

 

 思わず頬を歪めてしまう。だが頭ごなしに文句は言えない。

後輩に勝ってもらいたい。だがチーム・デネボラのトレーナーとして将来のライバルとなりえるウマ娘への冷静な分析を、私は否定する事は出来なかった。

 

「……フレアもその事は分かっているのだろうな」

「だろうな。そうでなきゃエアグルーヴの伝手をフル活用して模擬レースでパワーレベリングをしようってならんよ」

「日々のトレーニング、自主トレ、そして模擬レース……。ここまでやっても届かないのか……」

「……」

 

 努力を重ねているにも関わらず勝利は遠い。だからこそ考え付くつ全ての方法を用いて、1%でも勝てる確率を上げるために努力している。それが今のフレアだ。私も何か手を貸してやりたいが、これ以上はどうする事も出来ない。

 

「エアグルーヴ」

 

 不意に名前を呼ばれ振り返る。隣に座るトレーナーは視線をフレアに向けたまま続けた。

 

「フレアハーモニーがどんなトレーニングと自主トレをしてるか分かるか?」

「いや、そこまでは分からない」

「んじゃ、このレースが終わったら一緒に聞き出すぞ。後、ちょっと早いが今日のトレーニングは終わりにする」

「なに?」

 

 唐突に妙な事を言い出した。時計を見ればまだ30分程度トレーニングの時間は残っている。いつもなら何かしらのトレーニングをするはずだ。

 

「多分、フレアハーモニーがもう一本レースしたいとかブーブー言うだろうが、絶対にやらせるなよ? そうだな……エアグルーヴ、反省会って事でクールダウンしながら気付いた事を教えてやってくれ」

「急にどうしたんだトレーナー?」

「……ちと気になる事が出来た」

 

 ――そう言ったトレーナーの表情は真剣そのものだが……、どこか焦っているように感じだ。

 

 

 

 

 

「俺たちに相談なんて、何かあったんだい武藤トレーナー」

「急を要すると聴いた。どうした」

「貴方の担当たちの事かしら? 心身共に健康なようだけど」

 

VR空間で形成されたトレセン学園グラウンドの観覧席。事前に連絡しておいたお陰も相まって、メガドリームサポーターにログインするとほぼ同時に三女神と合流する。

普段ならボチボチと三人と談笑でもする所なんだが、今回はそれを抜きに本題に入る。

 

「コレについて、三人の意見を聴きたい」

 

 モニターを操作して三人の元に送信。受け取ったダーレーが首を傾げた。

 

「学園が公表しているウマ娘のデータ? それに文章データも添付されてる」

「おう。大急ぎで纏めた奴だからちと読みづらいかもしれないが、出来る限りの情報を集めてある。二つを勘案して意見を出して欲しいんだ」

「何かあるんだな。二人ともやるぞ」

「ええ」

 

 俺が持ってきたデータ開く三人。直後、

 

「む……」

「んー……」

「これは……」

 

 三人が若干顔を顰めつつも言葉を詰まらせた。その様子に己の勘が当たった事を確信する。

 

「やっぱりマズいか? ――フレアハーモニーのトレーニング内容」

 

 俺が三人に渡したのは、学園が保管しておりトレーナーなら閲覧可能なフレアハーモニーの身体データと、本人から聞き出したトレーニングと自主トレの内容だ。

 ――エアグルーヴの口から飛び出した、フレアハーモニーがやっているという以前以上のトレーニング、自主トレ、の言葉に嫌な予感を覚えて、本人に聞き取り調査をしたんだが、それは……、

 

「重いね」

「この娘はまだクラシック期で、データが正しければまだまだ成長途中の段階ね。それにも関わらず、このトレーニングの強度は高いわね」

「それに自主トレまでしている。これでは身体への負担が大きすぎる」

「やっぱりか……」

 

 膨大なデータを持ち、最適解の提言が出来る三人が導き出した答えは、俺と全く同じものだった。

 

「武藤トレーナーの話を聴く限り効果は出ているようだけど、こんなトレーニングをいつまでも続けるなんて出来ないわ」

「おおよそ答えは出てるようなモンだが……、今後もこのメニューを続けるとどうなる?」

「高確率で故障するだろう。事と次第では選手生命に関わる」

「……ならクラシック、いや菊花賞までの期間に限定するなら?」

「それでも変わらないさ。途中で怪我をするリスクは付きまとう」

「……」

 

 口を閉じるしかなかった。選手生命に関わる怪我。その事実が重くのしかかる。

 

「どうすればいいと思う?」

「最低でも自主トレはやらせたらダメよ。これじゃあ疲労が抜けないわ」

「そこは大前提だな。ならこの強度のトレーニングを維持する場合、トレーナーが担当を綿密に管理すればいけるか?」

 

 実の所このトレーニングの強度はフジのクラシック期、具体的には皐月賞後から菊花賞までやっていた脚質改善のトレーニングとほぼ同等だ。俺としてはアレは二度とやりたくない内容ではあったが、実例的にあれが再現できれば何とかなるはずだ。

 

『……』

 

 だが返ってきたのは三人の沈黙と渋い表情、

 

「……メガドリームサポーターは過去のウマ娘に関する様々なデータだけでなく、サポーターを利用するウマ娘についての情報もフィードバックしているのは知っているな?」

「流石にそれは知ってる」

「でもこれは正確じゃないんだよ。メガドリームサポーターは利用者全てのデータを集積しているんだ」

「……そうなると、メガドリームサポーターを使ってるトレーナーもか?」

「ええ、その通りよ。だからわたしたちは全てのトレーナーの指導力も把握しているわ」

「その上で忠告するぞ。フレアハーモニーのトレーナーである草隅トレーナーは、お前が期待できるレベルの指導は難しいだろう」

 

 そして下されたのは、わずかに残った希望を摘み取る無慈悲な言葉だった。

 

「……説明を頼む」

「端的に言えば、武藤トレーナーと草隅トレーナーの実力差さ。片やG1を幾度も勝利し最小規模とはいえチームを率いている経験豊富なトレーナー。片やトレーナーになって以来、重賞勝利の経験もない零細トレーナー。実力が同じなはずがない」

「とはいえ、フジの時は二人目の担当の時だったし、経験値という意味じゃそこまでじゃなかったはずだ」

「それは武藤トレーナーの得意分野が身体作りな上に、あの時はリスクを常に意識してトレーニングしていたからよ。対して草隅トレーナーの得意分野はレース戦術。あなたのような事は出来ないわ」

「……俺が草隅にアドバイスするのは?」

「それも難しいと思う。怪我をするかしないかの綱渡りは、付け焼刃程度のアドバイスじゃどうしようもできない。もちろん、何もしないよりはいいけどさ」

「更に言わせてもらうが、フジキセキのクラシック期では脚質改善だけに注力すればよかったが、フレアハーモニーの場合は脚質はともかく他の分野は実力不足だ。お前の時と状況は似ているようだが大きな差異がある」

「……」

 

 尽く反論が潰され沈黙するしかない。己が抱いていた最後の希望も叩き潰された。残されたのは客観的な視点から示された残酷な現実のみ。

 そんな事実を前の俺は――

 

「ありがとう。俺がやらなきゃいけない事が分かった」

 

 この冷徹な現実と迫りくる最悪を前に足掻く事に決めた。

 

 

 




スポーツ選手にとって切り離せないリスクのお話。これが暫く続く予定です。
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