マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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新シナリオは大分やり方が変わったので、慣れるまでもうしばらく掛かりそう。


89話 ユメの表と裏

 

「まったく、とんでもない事をしていたものだ」

「すみません」

 

 夕食時のカフェテリア。その一角で私はフレアハーモニーと共に夕食を食べつつも、フレアに思わず愚痴をこぼしてしまった。内容は当然、先程聞き出した最近のトレーニングと彼女がやっているという自主トレについてだ。

 

「ともかくトレーナーも言っていたが、自主トレはするんじゃないぞ」

「はーい」

 

 少しバツの悪そうに返事をするフレア。

 トレーナーに促される形でフレアから普段のトレーニングの内容と、自主トレの内容を聞き出したのだが……、あんまりにもあんまりな物だった。

 普段のトレーニングが私の想像以上にハードなトレーニングだったのだ。ハードさで言えば、フジキセキがクラシック期にこなしていた脚質改善のトレーニングを思い出す程。その上で更に自主トレしており、しかもこちらもハードな物だ。誰の目にも明らかなオーバーワークだった。

これを聞かされた時は流石に叱ろうとしたが……、その前に激怒したトレーナーがフレアにアイアンクローをしてしまったので、毒気を抜かれてしまったのだが。

 

「……でも」

「どうした?」

「……じっとしてると怖いんです」

「む……」

「次のレースに出るウマ娘は皆強いんです。対する私はスピードもスタミナも、タイミングを見極める目も足りてない。あんなに努力をしているのに、家族もずっと応援してくれているのに、負けるかもしれない。じっとしてると不安になっちゃって……」

「だから自主トレをしていたのか」

 

 ライバルに負けるかもしれない。そんな気持ちを紛らわすためにがむしゃらに走る。……その気持ちは分かる。私だって同じ経験をした。

 だからこそ、

 

「フレア、お前の目標はなんだ?」

「……三冠バです」

「ああ、そうだ。三冠バになるために戦いに挑むんだ。そのためにずっと努力を重ねてきたんだろう?」

「はい……」

「なら自分の積み上げてきたモノを信じろ」

「積み上げてきたモノ?」

「そうだ。お前は三冠バになるために努力を積み重ねてきたんだ。その努力は裏切る事はない」

「……」

「自分の努力を自分が疑うんじゃない。積み上げてきた努力を信じて――全員に叩きつけてやれ」

「――はい!」

 

 大きく頷くフレア。この様子なら、またオーバーワークをするようなないだろう。後はフレアが本番でも全力で戦えるように助言していくだけだ。

 

「――っ」

「? どうしたんですか?」

「いや、何でもない」

 

 不意にトレーナーが語ったフレアへの評価を思い出してしまい、振り払うように小さく頭を振るう。確かにフレアのライバルたちは強い。だが努力をしている彼女を信じてやらないでどうする。

 

「ともかく、食事を終えたら今日は直ぐに休め。これまで自主トレでオーバーワークをしていた分を、少しでも回復するぞ」

「え……、帰ったら戦術を練ろうかなって――「フレア」、はい、今日は直ぐにお風呂に入って寝ます」

「よろしい」

 

 こうして私たちの夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 ――ほぼ同時刻。

 

「やっぱり、みんな強い……」

 

 トレセン学園所属のトレーナーの草隅は、トレーナー室のデスクで自分が収集した情報を纏めたノートを前に苦々しく呟いた。

デスクには様々な本や資料の束が所狭しと広げられており、デスクの脇に追いやられているノートパソコンには、ライバルとなりうるウマ娘たちのレースの動画がリピート再生されている。

 必死に情報をかき集め、検討、比較し、自身の担当であるフレアハーモニーの目指すクラシック三冠の最初の一つ、皐月賞で勝たせるために戦術を練る彼だが、その顔色からは希望と言う物が全く見えない。

 

「このままじゃ勝てない……」

 

 彼を悩ますのは皐月賞で出場する強力なライバルたちの存在。特に上位人気三人はレース雑誌で特集を組まれる程に人気も実力もあり、クラシック級は勿論の事、来年以降のシニアクラスでの活躍を今から期待されている期待のウマ娘たちだ。

 対する彼の担当は重賞勝利はなく世間的には無名に近く、皐月賞出走者という事でレース雑誌にインタビューを受けて紙面の片隅に写真と少しのコメントが載る程度。そして実力も注目されている三人よりも明らかにレベルは低い。

 

「更に負荷の高いトレーニングをする? でも今でも重すぎるし……」

 

 草隅も担当のフレアハーモニーもそれは分かっている。それ故にレースに向けて特訓を重ねており、着実に力を着けている。だがそんな努力を重ねているのは他の出走者も同じだ。相対的に見れば実力差は殆ど縮まっていない。

 ならばその不足分を戦術でカバーしようと様々なデータと睨めっこしつつ必死に思考を巡らせているが、彼は未だに勝てる拾いうる戦い方を見いだせないでいる。

 

「どうすればいいんだ……」

 

 袋小路に陥ってしまっている。だがそんな中であっても彼に諦めるという選択肢などあるはずもない。頭を掻き毟りつつも、再度周りの資料を読み漁りつつ、ノートにペンを走らせていく。

 そんな時だった。

 

「邪魔するぞ」

「!?」

 

 唐突に巨大な筋肉と強面が特徴的な男が、部屋の主の返事すら待たずにズカズカと踏み入ってきたのだ。急な来訪者に言葉もなく驚く草隅を余所に大男は我が物顔でのし歩き、そして草隅の元にあったノートを奪い取ると、パラパラとページをめくっていく。

 

「……ほー、ライバル対策で色々と考えてんな。関心関心」

「――急に何の用ですか武藤トレーナー」

 

 傍若無人な振る舞いをする大男――武藤に草隅は静かに、だが若干怒気を孕んだ声を上げる。だが武藤はそんな感情など毛ほども気にも留めずにノートを読み進めていく。

 

「お前の担当が事あるごとにウチのチームに模擬レースを申し込んでくるんだ。気になるのも当然だろ?」

「それはわかりますけど……!」

 

 武藤の担当のエアグルーヴと草隅の担当のフレアハーモニーが先輩後輩として交流があるのは知っているし、フレアハーモニーがその伝手を使ってチーム・デネボラ相手に模擬レースを挑んでいるのも知っている。

 だが草隅には武藤とは殆ど交流はない。精々が以前模擬レースについてお礼を言った程度だ。模擬レースの趣旨的にも草隅側がチーム・デネボラにお願いする形であるので、立場としては相手の方が上なのは確かではあるが……、だからといってここまで厚顔無恥な事をしていいはずがない。

 

「まー、これ見てよーくわかった」

 

そんな言外の抗議をする草隅を無視してノートを最後まで読んだ武藤は、ノートを机に置くと冷めた目で小さく鼻を鳴らした。

 

「お前、随分と先の事しか考えてなくて、今の担当を見てないんだな」

「な!?」

 

 思わぬ言葉に驚愕する草隅。そんな彼を余所に武藤は続ける。

 

「今のフレアハーモニーがやってるトレーニング、随分と負荷が高いな」

「……当然でしょう。レースが近いんですよ」

「その事情を含めても強度が高い。肉体的にもこのトレーニングがギリギリ耐えられるかどうかって感じだな」

「……何がです」

「それを踏まえて言わせてもらうぞ。お前、自分の担当が自主トレやってたの知ってんのか?」

「……………………はっ?」

 

 武藤から飛び出した情報に、草隅は呆けた声を上げるしか出来なかった。フレアハーモニーのトレーニングメニューを組んだのは草隅なのだ。当然、彼の知らない自主トレなどというイレギュラーがどれだけ危険なのかも把握している。

 間抜けな表情のまま固まる草隅を見て、武藤は大きく頷いた。

 

「ほー、知らなかったか。聞き出したエアグルーヴが慌てて止めたが、正解だったな。知ってて放置してたんなら、顔面変形するまで殴ってる所だったぜ。よかったなー」

 

 笑顔を浮かべる武藤。だがその目は全く笑っていない。

 

「担当にハードトレーニングをやらすなら、その分ちゃんと担当を管理しろ。そして今のあの娘に合ったトレーニングに変えな。……あの娘が壊れる前にな」

「ぐっ……」

 

 草隅は悔し気にするが、自身がやってしまった事が事である以上、武藤に反論出来なかった。小さく頭を下げる。

 

「……フレアの自主トレの件はありがとうございます。今後はそんなことがないように気を付けます」

 

 草隅は小さく頭を下げた。その姿を前に武藤は小さく頬を歪める。

 

「……その言い分だと、ハードトレーニングを止める気ないってか? 三女神AIもあのトレーニングはヤバいって言ってたぞ」

「……皐月賞に出走するメンバーを知らないんですか?」

「目は通してある。注目株三人が実力的にも飛び抜けてるな」

「……対するフレアの実力ですけど、あの三人には及ばない」

「ちょくちょく模擬レースを挑まれてるからな。それも知ってる」

「……そしてこの事実はレースファンも分かっています。10番人気。それが今のフレアハーモニーです」

「ワンチャンはあるな。あくまで可能性が残ってるだけだが」

「……そこまで分かってるなら、今のトレーニングの意味は分かるでしょう? 幸いお陰で実力はメキメキと伸びている。上手く事が運べば勝てるチャンスがあるんだ。フレアは三冠バになろうと頑張っているし、僕だって勝ちたい。今のトレーニングを辞める気はありません」

 

 思いの丈を武藤にぶつける草隅。そしてそれを聴き届けた武藤は、

 

「大事な時期に担当のオーバーワークすら見逃す奴が、そんなん最後まで続けられる訳ないだろ。担当を怪我させる前に方針転換しな」

 

 バッサリと切り捨てた。

 

「なっ……」

「野望を持つなとは言わんが、そればっか見て担当をぶっ壊すような真似をすんじゃねぇよ」

「~~~~~っ、ふざけるな!?」

 

 草隅は悲鳴混じりの怒声を上げながら立ち上がる。

 

「うだつが上がらない僕にやっと巡ってきたチャンスなんだ! これを見逃せる訳ないだろう!?」

「テメェの事情なんぞ知ったこっちゃねぇよ」

「アンタはG1を何度も獲ってる上澄み中の上澄み! アンタは落ちこぼれの気持ちなんてわからないからそんな事言えるんだ!」

「分かる訳ねぇだろ。俺は超能力者でもサトリ妖怪でもないんだよ。だがな。自分の担当ぶっ壊すような事する奴を止めるのは当然だろうが」

「確かに僕はミスをした! これは認める! でも次は失敗しない! それでいいだろ!?」

「いい訳――」

「うるさい! もう出て行ってくれ!」

 

 力づくででも自身のトレーナー室から追い出そうとする草隅。とはいえ彼の身体は痩せていて筋肉も碌に付いていない。そんな彼では全力を出しても武藤はビクともしない。だが、その気迫だけは相手に伝わったのは確かだった。

 

「ちっ……。怪我対策のケアの方法をまとめたマニュアルだけおいておくぞ。後、フレアハーモニーが模擬レースでウチに来た時は、キッチリと身体の調子を見させてもらうからな」

 

 そう言って武藤は懐から紙の束をデスクに置くと、家主の指示通り部屋を後にした。

 

「やっと帰った……」

 

どっと疲れを覚えた草隅は椅子にもたれかかる。折角戦術を練るのに集中していたのに、余計な口論で集中を切らしてしまった。改めてライバルの対策を立てないといけない。

 そう草隅が気持ちを切り替えてまたノートに向かおうとしたところで、ふと武藤が置いていった紙の束が目に入った。

 

「……」

 

 グダグダとうるさかったが、あの筋肉ダルマはトレセン学園でも身体作りについてはトップクラスの指導力を持っているのは草隅も知っている。そんな男が作ったマニュアルなのだ。どんな形であれ有用なはず。

 そんな考えに至った草隅はマニュアルを手に取りパラパラとページをめくる。だが、

 

「バカにしているのか……!」

 

 そこに書かれていたのは全て基礎的な事ばかりだった。更には敗戦後のメンタルケアについてまで書かれており、それも草隅の神経を逆なでさせていた。

 草隅は鼻を鳴らすとマニュアルを放り投げ、再びノートに向かい始めた。

 

 

 

 

 

「うー、今日に限って忘れちゃうなんて!」

 

 自分のあり得ないミスに愚痴をこぼしながら、アタシはトレーナー寮へと続く道を駆ける。

今日はアタシがトレーナーちゃんと晩御飯を食べる日。トレーナーちゃんは帰るのがちょっと遅くなるっていってたから、先にトレーナーちゃんの部屋にあがって、腕によりをかけて晩御飯を作ってたんだけど……今日のために用意していた特製ソースを自分の部屋に忘れてたのを料理完成直前に気付いた。今は大急ぎで寮にソースの入ったボトルを取りに行ったその帰りだ。

 

「もしかしてもう帰ってるかも。急がないと」

 

 スマホを確認すると、そろそろトレーナーちゃんが言っていた帰る時間。こんな情けない理由で、家でトレーナーちゃんをお迎えする奥さんムーブを逃すなんてしたくない。

 そんな事を考えながら走っていると、

 

「あっ」

 

 アタシの進む先、トレーナー寮へと歩く見慣れた大きな背中が目に入った。

 

(間に合わなかったー! いやでも、ちょっと遠回りして寮に先に着けばいけるかな!?)

 

 現在地とトレーナー寮の位置関係を頭に思い浮かべる。ここからなら脇道に入ればトレーナーちゃんに見つからずにトレーナー寮まで行けると思う。もちろん遠回りになるけど、ウマ娘の脚なら普通に歩いているトレーナーちゃんよりも確実に早く着ける。料理も後は持ってきたソースをかけるだけだし、大急ぎで準備すれば当初の目標は完遂出来るはず!

 この完璧なプランを実行すべく急旋回をしようとした時……、

 

「クソが……!」

 

 そんなトレーナーちゃんのどこか吐き出すような呟きが私を止めた。

 トレーナーちゃんもお仕事が大変なのはアタシも知ってる。愚痴をこぼしたくなる時もあると思う。でもあの呟きはどこか苦しそうで……。

 

「大丈夫、トレーナーちゃん?」

「マヤノ?」

 

 だからそんなトレーナーちゃんを置いて先に帰るなんて出来なかった。

 

「どうしたんだ? てっきり俺の家にいるかと思ったけど」

「ちょっと忘れ物しちゃって。それよりも、どうしたのトレーナーちゃん。ちょっとイライラしてるみたいだけど」

「あー……、ちと仕事でトチってな。しかも面倒事に発展しかねない案件でさ」

「ふーん……」

 

 これは本当の事だと思う。でも詳しい事は話してくれない。大切な事を隠しちゃう。そしてそれを聴き出そうとしても、絶対に話してくれないのも分かってる。

 

「一緒に帰ろ」

「おう。って、おいおい。そう引っ付かれたら歩きにくいんだが」

「いいのいいの」

 

 だからアタシはトレーナーちゃんに寄り添う。これがアタシが今出来る事だから。

 

「今日は鶏胸肉のグリルは特性ソースを作ってあるから、楽しみにしてね!」

「お、マジか」

 

 多分また大変なお仕事を抱え込んでる。でもフジ先輩の時のように終わったら教えてくれるはず。でも、

 

「……」

「? どうしたマヤノ?」

「ううん、何でもない。行こ、トレーナーちゃん」

 

 こんな事をしてるけど、本当は納得できない。ちゃんと話して欲しい。

 トレーナーちゃんは何を悩んでいるの? アタシに出来る事は何かないの? 

 

――教えてよトレーナーちゃん。

 

 

 




武藤の言ってる事って「勝てんから、夢諦めろ」ですから、フレアハーモニーも草隅トレーナーも受け入れずらいし、なんなら武藤の担当たちも反発する発言なんですよね。これ本人も分かっているので、マヤノに教えられない案件なのです……。
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