マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
「はああああっ!」
僕の担当がターフを駆けていく。バ群の中でライバルにもまれながらも、必死の形相で食らいつく、いや跳ね返している。
その走りはまるで魂を燃やしているかのように激しいモノで、ライバルたちを蹴散らしている。押し出されたライバルは驚いているだろう。何せフレアは10番人気。おおよそノーマークの相手にいいようにやられているのだから見ていて痛快だ。
君たちがどれだけ努力してきたか知らないけど、フレアは「三冠バになりたい。大きな舞台で勝ちたい」という人生を賭けた夢を現実にするために、厳しいトレーニングをこなし、G1バに揉まれてきたんだ。彼女を舐めないでくれ。
「おい、あの子凄いぞ」
「ここまでやるのは予想外だな」
観客たちもフレアの奮闘に目を向け始めた。でも凄いのはこれからだ。
だからフレア、皆に見せつけてやろう。
「いけぇ!」
ラストスパートに入ったフレアに向けて全力で叫ぶ。
昔レース場で見た熱く戦い、そして勝利し歓喜するウマ娘。その光景は僕の心に焼き付いている。そしてフレアにそうなってもらいたくて自分の持てる全てをフレアに教えた。
二人三脚で頑張ってきた成果を今出し切るんだ。
「あああああああっ!」
フレアがぐんぐんと後方から伸びていく。彼女の末脚は先頭集団と差をドンドンと縮めていく。
そして食らいつき――、ゴール板を切った。
皐月賞が終わって、しばらく経った晴れの日。
「頑張れフレア!」
「うっ、あああああっ!」
トレセン学園のグラウンドで、私は全力で駆けていた。
次の戦いを見据えての、そして今度こそ勝つための大切な大切なトレーニングだ。手を抜くなんて出来るはずがない。
――私の夢である三冠バ。その最初の一冠である皐月賞に私は出走した。
作戦は私の得意の先行。私は激しい競り合いの中を必死に食らいつき、先頭に立とうと全力で駆け抜けた結果……、結局負けてしまった。
あんなに努力をしたのに、世間で注目されている三人に一矢報いる事も出来ずに叩きのめされた。
私の夢は最初の一歩目でつまずいて、そして敗れ去ってしまった。
レースの後トレーナーから次は勝とうって励まされたし、私のレースを見にわざわざ遠くから応援に来てくれていた家族からも慰められたけど、悔しさは晴れない。
あそこで上手くペースを維持できていれば。あそこで仕掛けていれば。スタミナが持てば……。そんな後悔ばかりが残る。
だから……次はこんな悔しい思いをしたくないからトレーニングに打ち込む。
確かに夢は敗れた。でも、私の手には夢の残滓にして夢の続きのためのチケットが残っている。
「っ、ここっ!」
「そうだフレア! そのタイミングだ! これを反復練習しよう!」
私の皐月賞での順位は5位。事前予想が10番人気だった事を考えれば大健闘だ。そして5位に滑り込めたお陰で――日本ダービーの優先出走権を手に入れた。
確かにもう三冠バになる事なんで出来ない。でもスケールダウンしたけど夢はまだ続いている。
まだ戦える。そんな希望を胸に私はトレーニングを続けてる。
「もう5本いってみようか」
「はい!」
ダービーに向けてのトレーニング環境はかなり良いと思う。
トレーニングはハードなメニュー。偶に友達から心配される事もある。でもこれが思った以上に私には合っていた。これで自主トレもさせてもらえていれば完璧だったけど、自主トレはエアグルーヴ先輩や武藤トレーナーだけでなく、トレーナーにまで怒られて禁止になっちゃったのは残念かな。
それにダービー対策として、皐月賞に引き続きチーム・デネボラとの模擬レースをさせてもらえているのも嬉しい話だね。エアグルーヴ先輩だけじゃなく、実際にダービーで勝ってるシリウスさんとフラッシュさんにアドバイスを貰えるのは本当に良かった。気になることがあるとすれば、武藤トレーナーがやけに私に気を使っている事くらいかな? マッサージまでやってくれるし凄く助けられている。ただ偶にまだまだやれそうなのに、無理矢理模擬レースを止めてくるのはちょっと参るけどね。
「……あっ」
インターバルの最中、ふと校舎に目をやったら1階の窓にフラッシュさんと武藤トレーナーの姿を見つけた。遠くてよくわからないけど、何となく私のトレーニングを見ているようにも思える。
「フレア、どうしたの?」
「トレーナー、あそこ」
「ん? ……ああ、気にしなくていいよ。トレーニングに集中しよう」
トレーナーも二人に気付いたけどすぐに目をそらしてしまった。少し前からだけど、トレーナーは武藤トレーナーにどこかよそよそしい。元々武藤トレーナーとは殆ど交流がなかったけど、こんな態度をするトレーナーは初めて見た。どうしたんだろう?
「よし、最後に一本走ってみよう」
「はい!」
「よーい、スタート!」
今日最後のトレーニング、本番を想定して走り始める。
ハードなトレーニングとG1で戦っているウマ娘との模擬レース。この二つのお陰で私の実力は確実に伸びているのは実感出来ている。このままトレーニングを続けていれば、絶対に勝利に手が届く。そんな予感があった。
今度こそ勝つ!
その強い想いを抱きながら、最終コーナーでスパートを仕掛けるべく脚へ力を込め――
「……えっ」
急に脚に激痛が走った。
そして私はバランスを崩し……、次の瞬間には地面を転がり勢いそのままにコース脇のフェンスに叩きつけられていた。
「あ……」
……目が回る。意識がぼんやりとする。それに転んだせいなのか身体中が痛い。
「フレアさん!?」
「動かすなフラッシュ! 頭を打ってる!」
頭がぐるぐるとハッキリしない中、フラッシュさんと武藤トレーナーの声が聞こえてくる。そういえば二人がいた所って私が走ってたコーナーから近いんだっけ……。
「っ、頭から血が!?」
「フラッシュはそのまま頭の止血! 他に怪我は……クソっ、やっぱり脚か!」
「トレーナーさん、これはまさか……!」
「言うな! ともかく応急処置をする! 草隅! 救急車呼べ! ――ボヤっとしてないで早くしろ!」
ぼんやりとそんな声を聴きながら、私の意識は暗転した。
「……」
「……」
トレセンからほど近い総合病院の病棟。待合室にある自販機前のベンチ。そこに俺と草隅はいた。ベンチに座り黙って項垂れている草隅を余所に、俺はぼんやりと壁によりかかりコーヒーをチビチビとすする。
「……」
「……」
俺たちの間には会話なんてもんはない。草隅はずっとうつむいてるだけだし、俺はこのバカに話しかける気なんてない。俺たちの間にあるのは沈黙だけだ。
フレアハーモニーが救急搬送されて数時間。日が完全に沈み切った頃に、医者から彼女の容態を知らされた。
全力疾走時の転倒により、フレアハーモニーの身体はいくつもの傷が出来ていたが、特に大きかったのは二つ。
一つはフェンスに直撃した際に生じた後頭部の裂傷。激しく打ち付けたためか出血が激しかった。とはいえ、これはそこまでじゃないらしい。傷は数針縫った程度で塞がったし、その後のCTでも異常は見られていない。打ち付けた場所が場所なので、暫くの間は注意観察が必要。その程度だ。
問題はもう一つの怪我である右脚。検査の結果下された診断は――疲労骨折。スパートをかけようとしたところで限界が来てヒビが入り、更に激しく転倒しちまったせいで完全に折れちまったらしい。
医者曰く……、日常生活に支障はないレベルで回復する。だが競技者として走る事は出来ない。そんな競技者にとって致命傷ともいえる大怪我。
それが夢を追い続けたウマ娘に降りかかった残酷な現実だった。
「僕は……フレアに勝って欲しかった」
ずっと黙っていた草隅が、不意にそんなことを呟いた。
「彼女の夢は三冠バで、そのためにずっと努力していて……」
「……」
「彼女の夢を叶えたかった。……でも彼女の実力じゃ、どうやっても勝てない事も分かってた……」
「……」
「だからハードなトレーニングをやって……。でもそのせいでフレアがあんなことになって……」
「……」
「僕はどこで間違えただろう……」
「……」
そんな独白を聞いた俺の感想は、
「んなモンテメェで考えろ」
どうでもいいの一言だった。
そんな事よりもこれからやらなきゃならない事は幾らでもある。
「俺から言える事は、テメェは自分の担当を最後まで責任をもってフォローする事だ」
「でももう彼女は……」
「今のフレアハーモニーは夢の半ばで強制的に諦めさせられたせいで、精神的ショックを受けている。しばらくは他人事のように感じてて多少は元気にしてるかもしれないが、後からガッツリとメンタルにダメージが来るだろうよ」
「……」
「そうなった時に精神面でフォローするのがテメェの仕事だ。最低でもフレアが前を向けるまでメンタルの回復に努めろ」
「……でも僕は彼女の脚を壊した張本人だ。そんな人間が近くにいても……」
「知るか。例えぶっ殺されるレベルで嫌われてても、担当のために何かしろ」
「……」
押し黙る草隅に、どこか心が冷めたまま言葉を叩きつける。
「どんな手を使ってでも、あの娘がこれからの人生を前を向いて歩めるようにさせるんだよ。――それがテメェの仕事だ」
フレアハーモニーの挑戦から始まった物語ですが、まだまだ終わりではありません。大怪我の先を展開予定です