スーパーロボット、異世界転移してモンスターをブチのめす   作:NNNN5456

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#13 VS三魔獣

   ◆◇◆◇◆マンフレート視点◆◇◆◇◆

 

 

 

 轟音と閃光、地に走る衝撃と、また轟音。

 壊滅した村からずっと遠く、あの少年とゴーレムを残してきたあの地点から、先ほどからずっと騒乱の気配が続いていた。

 

「どうなっているのだ、あちらは……」

 

 まるで天災でも降ってきたような大気の鳴動を感じながら、聖極騎士団副騎士長マンフレート・キリルはうめく。

 こうした衝撃を感じるのは、実のところ初めてではない――こことは違う町でだが、立て続けに二度、巨体と巨体がぶつかり合う異形の戦場にマンフレートは遭遇している。

 ただ、今回の討伐作戦はそれらほど大規模なものではなかったはずだし、ましてや先の二戦をも凌ぐほどの激震が大地に走るなど、王都を出る前はまったく想像もしていなかった。

 

 文字通りの驚天動地。

 あのケルベロスがそれほどの強敵であるのか、あるいは、もっと深刻な事態が起こっているのか。

 当事者ならぬマンフレートには分かりようもないが、いずれにせよ間違いなく、あり得ないどころかあってはならないはずの破滅的な状況だった。

 

 騎士団による村の救援活動は続いているが……動揺と混乱が広がるのは止めようがない。

 村人たちはもちろんだが、騎士たちもその感情を抑えきれていなかった。

 ただでさえ魔物の襲撃に遭ったばかりの村で、すぐ近くでこんな大戦闘が起これば、遠からず恐慌状態に陥るであろうことも想像に難くない。

 

 だがどうすることもできない。

 戦いの規模がここまで大きくなってしまえば、もはやマンフレートはおろか、騎士団にも介入の余地などないだろう。

 

 己の無力さに歯噛みしていると、マンフレートに声をかけてくる者がいた。

 

「隊長――マンフレート副騎士長! 我々はどうすればよいのですか!」

 

 部下の騎士団員だった。

 と、見下ろしてから気づく――視線を遥か彼方、あの戦場の空へと向けていたことに。

 呆けたようにそれを眺めていた自分の失態に。

 

「くっ……」

 

 顔を歪める。

 分かっているはずだ。

 今ここで、己の為すべきことなど、最初から。

 つい先ほど、あの場所で、あの少年を置き去りにした時にそれは分かっていたし、決まっていたことだ。

 

 村を守れ、村人を守れとあの少年は言った。

 言われるまでもないことだ、騎士団はそのためにある、民草を守りその盾となること、それこそが存在意義であり、存在している証なのだ。

 それは必ずしも敵を倒すことと同意義ではない。

 

 しかし、だが、それでも、どうしても――

 逡巡がマンフレートの脳裏を駆け巡る。

 迷いが許される立場ではないと分かっていても。

 

 苛立ちを、声には出せずに胸中に吐き捨てた。

 

(子供を戦わせて――我々、騎士団が――お荷物になるなど。口惜しい!)

 

 それは決してやっかみではなく、無力さへの悔いだった。

 あのゴーレム、エックスがどれほど強大であろうと、それがあの少年を(いくさ)に駆り立てる理由になどなっていいはずがないのだ。

 

 そして、そんな思いとは裏腹に。

 

“人と比べるのって良くないぜ。卑屈になってもしょうがない”

 

 思い出すのは、これもあの少年の――鉄海斗の言葉だった。

 己の為すべきを為すという意志の言葉。

 本人が言うところの、意地と道理というものだろうか。

 

 マンフレートは、今度は声に出してつぶやいた。

 

「我々の、我々にしかできないこと……」

「え?」

 

 部下が怪訝な眼差しを向けてくる。

 その視線を見返して、マンフレートは告げた。

 

「務めを果たせ――民を守れ。うろたえるな、我々は栄えある聖極騎士団だ! なにが起ころうとそれは変わらん! 村人たちの避難を最優先させろ!」

「りょ、了解っ!」

 

 最後には声を大きく叫んで、騎士団員たちに指示を飛ばす。

 発破をかけられた騎士たちが我を取り戻し、村中を駆けて、怪我人を励まし、(たす)け、移送用の馬車へと誘導していく。

 

 その指揮を()りながら、あくまでその片手間程度に、マンフレートは戦場の空の下に向けて指で聖印を切った。

 

「海斗……貴公に神の御加護を」

 

 それは世界を隔ててなお通ずる、祈りの言葉だった。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆

 

 

 

「ギャギィアアァァァッ!」

 

 真っ先に動いたのは、やはりというかケルベロスだった。

 手負いとはいえあの異常な脚力は健在で、エックスを真正面に見据えて襲い掛かってくる。

 

 6つの凶眼に睨まれ、威圧されながら、なおも海斗は片頬を吊り上げて笑った。

 

「おいおい元気だな、歯抜けの駄犬がよ! もう一度ぶちのめされたいってか!」

『この局面で、しかも自分でやっておいて、よくもそうやってガンガンに煽れますね海斗』

「ピンチの時ほどよく笑え、ってな。博士のありがたい教えだぜ、っと、そこだ!」

 

 何度も攻撃を受けたおかげで、いい加減目が慣れてきていた。

 ずば抜けて俊敏なケルベロスだが、動作の起点さえ見極めれば、動き出す方向はどうにか読める。

 あとは踏み込みの位置を勘で割り出せば、十分に対処できるという寸法(スンポー)だ。

 

 斜め上から一閃する爪の一撃を機体を引いてかわし、続く連続の噛みつき攻撃も両腕部で(さば)く。

 突き出された左首の(アギト)を下から弾いて逸らすと、その勢いも逆用してエックスを大きく踏み込ませ、ケルベロスの首の根本に強烈な肘打ちをねじ込んだ。

 

「ギャボオゥゥ……っ!?」

 

 深々と突き刺さった打撃に、ケルベロスが激しい苦鳴を漏らす。

 手応えはあった。

 そして、やはりこいつは先に打ちのめしたダメージで弱っていると確信する。

 

 乱戦(ゴチャマン)の時はまず弱いやつから潰せ――これもまた、博士からのありがたい教えその2だ。

 頭目を潰すのも重要だが、戦術的に不利な時はまず互角になることから始める。

 

 怯んだケルベロスの中央の首を抱えて締め上げ、裸締め(ギロチン・チョーク)の形からパイルドライバーばりに地面に打ち込んで首をへし折ろうとしたのだが――

 

 突如、背後から衝撃が襲い、エックスが大きく体勢を崩す。

 

「ぐあ……っ! な、なんだ!?」

『左側背部にダメージ。投擲物によるものです。被害状況は確認中――』

「くそ、あの猿岩石野郎か!」

 

 報告の詳細は聞き流して、機体を立ち直らせながら見当をつけた方向を睨む。

 そこでは巨大な猿の魔物が腕を振り切った体勢から、ゆっくりと身を起こすところだった。

 その動きには緩慢さではなく、むしろどことなくある種の滑らかさや、余裕ぶったものを感じさせる。

 

 突発的に腹が立って、海斗は怒声を張り飛ばした。

 

「てめえー! 寸胴猿の分際でメジャーリーガー気取りか、ふざけやがってブッ殺ォォォスッ!」

『海斗、落ち着いてください。あなたの沸点そんなところでいいんですか』

 

 などと言い合っていた時だ。

 

 殺気を感じて、海斗は機体を横飛びさせようとしたが――そもそも殺気などというものは存在しない。経験則から察する瞬間的な“嫌な予感”、それを言語化する時に抽象的に表れるだけの単なる言葉に過ぎない――まあつまり、回避に失敗した。

 殺気の正体、急降下して強襲してきたバケモノ鳥の体当たりを受け、再び機体が大きくよろめく。

 

「うお――!?」

 

 のみならず、突如として機体の重量が0に消える。

 巨大な三つの足で背中の装甲を掴まれ(どうやら三本足の怪鳥だったらしい)、一瞬で20メートル近くも高く飛び上がったのだ。

 280トンの鋼の巨体をこれほど容易く持ち上げるなど、まともにはあり得ない飛翔力だと言うしかないだろう。

 

 両腕の肩を掴まれているせいでろくに抵抗もできない。

 反撃の手立てもないまま、そのまま、直接地面に叩きつけられた。

 

「が、ああああっ!」

 

 受け身すら取れず、落下の勢いに巨大な重量ののしかかりまで受けて、凄まじい衝撃がエックスの機体を襲う。

 固定されたはずのシートでも衝撃を吸収しきれず、激震するコックピットの中で、海斗はあちこちに身体をぶつけて痛みにうめいた。

 捻挫と打撲、打ち身に擦過傷、あるいは脳震盪の兆しまで感じる――

 

 それでも気合いで闘志を奮い立たせ、地に四肢を突っ張って強引に機体を起こした。

 宙を大薙ぎにする裏拳を一閃し、怪鳥を墜ち落とそうとするが、その軌跡は土砂と粉塵の幕を切り裂くだけだ。

 寸前でエックスから三本足を放し、ひらりと舞うように空へ離脱されてしまう。

 

 さらに、間を置かず。

 

「っ!」

 

 右肩部に衝撃。

 直撃はしなかったが、どうやら猿の魔物の投石がかすめたようだった。

 舞い上がった砂礫の暗幕が、鋭く一本線を引くようにそこだけ晴れる――

 

「――グガアアァァァァッ!」

 

 そして、その裂け目を押し広げるようにして、あの魔犬ケルベロスが突っ込んできていた。

 海斗はギリギリで、エックスの機体を傾けてやり過ごそうとしたが……ダメージの蓄積した機体では、完全にかわすことはできなかった。

 三つの首すべてで左腕に噛みつかれ、身動きを封じられる。

 

「ちぃっ……! こぉンの!」

 

 振りほどこうと足掻くのだが、手負いの獣ほど厄介なのは至極道理であり、異常な執念で食い下がられてケルベロスの牙を引き剥がせない。

 そうして強引に動きを硬直させられたところに。

 

「クキェェエエエッ!」

 

 あのバケモノ鳥が、また背後から奇声を上げて飛び掛かってくる。

 三本の鉤爪の脚が、後ろ首と頭、そしてケルベロスとは逆の右肩をがっちり掴んで、機体を半ば吊り上げるような格好で拘束した。

 地に足がつかず踏ん張りが効かない上に、二体の魔獣に組みつかれて、完全にエックスの動きが止まる。

 

 そして、敵はこの二体だけではない。

 

「……おいおいマジかよ」

 

 粉塵が薄らぎ、視界を遮るものがなくなった向こう側で、待ち受けていたのは……

 長大な丸太を両腕で抱えた、寸胴の猿の魔物の姿だった。

 そこからどんな攻撃を繰り出してくるのか、嫌でも想像がつく。

 

 猿が短く野太い足でドスドスと激しい地鳴りを上げ、巨木を長槍のように構えたまま突進してきた。

 

「…………ッ!」

 

 まともに食らう。

 機体の正面、土手っ腹の真ん中に重く鈍い衝撃が叩きつけられ、エックスの全身が痙攣するように激しく震えた。

 両腕を封じられたままの体勢で、避けるどころかガードさえできない。

 

 舌を噛まないよう、強く歯を食いしばりながら、それとは別に胸中で歯噛みする。

 

(こいつら、戦い慣れてやがる――連携に無駄(タイムラグ)がねえ!)

 

 癪だが、認める。

 紛れもない強敵だ。

 

 三体の魔獣それぞれの隙をカバーする動きは、おそらく高度に訓練され、練り上げられた戦法と戦型だ。

 異なる魔物同士に連携の発想力はない、とどこかで誰かに聞いた覚えがあるが――目の前の窮地がその反証だった。

 単なる即興や野生の勘というだけでは説明がつかない。

 

(せめて……せめて一瞬、一呼吸、連携を崩さねえと……!)

 

 だが、ないものねだりに応えるのは無情な現実だけだった。

 二度、三度と破城槌のような一撃を叩きつけられ、そのたび機体全体に壮絶な衝撃と振動が襲う。

 さらに大猿が、抱えた巨木を全身のひねりごと大きく振りかぶると――

 

 横殴りに頭部を、エックスの操縦席のある位置を思い切り強打され、破壊的な激震がコックピット内を走り抜けて蹂躙した。

 

「が、ハァッ!?」

 

 こらえきれずに、海斗は血の塊を吐いた。

 正面モニター画面の端が赤く濡れるが、無数に走る警報音(レッドアラート)に紛れて、その色も半ば埋もれている。

 舌を噛んだとかその程度の量ではない。

 あばらの二、三本は()ったかもしれない。

 

 まずい状況だ……言うまでもなく。

 それでも海斗は反撃の活路を求めて、かろうじて右腕の先を前へ向けた。

 

「ク、ロ、ス……カッター、パンチ……ッ!」

 

 拘束の隙間から片腕を突き出し、猿の魔物へと狙いを定める。

 武装桿を、半ば寄りかかるようにして倒しながら、強壮推進剤の白煙を吹かして右拳を発射した。

 

 しかし、その寸前で巨大鳥が抵抗の気配を察したのだろう、ひときわ強く羽ばたいてエックスの巨体を揺るがした。

 そのせいで狙いが狂い、飛翔する鉄拳はわずかに(マト)を外して、猿の魔物の脇をかすめて遥か後方にすっ飛んでいく。

 

 決死の反撃が、すかされた――いや、それのみならず。

 

「キィエェェェェェェェ――ッ!」

「がっ……!?」

 

 鳥の魔物が大口を開け、凄まじい金切り声で絶叫を上げた。

 瞬間、海斗の頭が直接殴りつけられたように、バグンと跳ね上がる。

 

 音と景色が一瞬で吹き飛び、感覚器官のすべてが白い闇に染まる。

 そのまま意識を失い、気絶しかけて――

 

『――海斗! 海斗っ!』

 

 その瞬間、クオの声がギリギリ耳に滑り込まなかったら、完全にアウトだっただろう。

 すんでのところで意識の()を掴んで締め直し、頭の中に活を入れて叩き起こす。

 

 クオに叫んだ。

 

「……ポンコツ! 俺は今、何秒オチてた!?」

『コンマ0.2秒です! それより、既に機体のダメージは限界寸前です。脱出を!』

 

 クオが警告を発する。

 AIのくせに器用に、焦り顔が目に浮かぶような切迫した声で。

 

 だが、海斗は。

 

「脱出……? 誰がするかよ。俺はまだ負けてねえ!」

『ですが、もはや反撃の手立ては』

「負けてたまるかよ! そうじゃなかったら」

 

 もう一撃、猿の重々しい丸太攻撃を受け、ついに前面の装甲が半ば以上まで砕けた。

 機関と動力部までを一部露出させながら、それでも、なお。

 

「……エックスを、失ってたまるか。帰る手立てが――元の世界との、繋がりが――なくなっちまうだろうが!」

『馬鹿ですか海斗(マスター)、命あっての物種でしょう!』

「馬鹿で結構、喧嘩上等ッ! 命も賭けられねえ腑抜けな覚悟でエックス(こいつ)になんて乗ってられるかよ!」

『わけの分からないことを……』

「物分かりのいい鉄海斗なんてなぁ、気持ち悪くて願い下げなんだよっ! なあ、そうだろうが、違うかよ!?」

 

 言い合っている間にも、当然敵は攻撃の手を緩めない。

 猿の魔物が助走距離を取り、ついにはトドメの一撃を放たんと、分厚く重い巨木の得物を構え直している。

 

 その先端、既に死に体のエックスを粉々に打ち砕かんと唸る大破壊の一閃が、豪風をまといながら迫りくる――

 それを目前に、はっきりと目を見開いて見据えながら、海斗は強く拳を握った。

 

 なにへ触れたのでもない、虚空を掴んで握っただけだ。

 そんなところになにか都合の良い逆転の策や、反撃の活路が浮かんでいるわけもない。

 

 ただ――

 

「俺は負けねえ……俺は勝つ! やってみせろよエックスっ! 俺と、お前の、意地と道理で――」

 

 ただその、なんの根拠もない言葉と、理屈などではない強烈な自負を。

 握り、そして目の前に迫った絶死の瞬間へ目掛けて、(から)の拳に込めて打ち放った。

 

 その瞬間だった。

 

(――――ッ!)

 

 胸の内で、海斗は確かになにかに触れた。

 

 それは絶対の力の予感。

 強く、(はげ)しく、はなはだしく、(くう)(はし)って(きょ)(くだ)く、熱い血潮にも似た奔流だった。

 風より速く、光よりまばゆく、輝けるほどに凄まじい力の波動。

 

 天の鉄槌――裁きの威光!

 

 確かに掴み、まとめ上げた未知なる力の感触とともに、叫んだ。

 

「――意地と、道理で、推して参る! うおおおおおっ!」

 

 刹那、海斗の内面で燃え上がった力が、より巨大な波動となって弾けてスパークした。

 紫電のごとくに鋭く煌めき、瞬いたその力と波動が、エックスの全身を通して爆発するように全方位へと拡散する。

 

 無論、それは直接機体に触れていた、二体の魔物を真っ先に貫いた。

 

「ギ、ギャヒィィィ!?」

「グェア……ッ!?」

 

 わめくような悲鳴を上げて、ケルベロスと怪鳥がそれぞれ地に潰れ、空へと吹き飛ばされる。

 完全な不意打ちだったのもあるだろうが、突如エックスからほとばしった豪雷の衝撃に耐えきれず、組みついていた機体各所から弾き飛ばされたのだ。

 

 クオが、つぶやくように電子音声をこぼした。

 

『この力は……まさか、魔法? いったいなにが』

「知るかよ! 前見ろ、前!」

 

 忘れていたわけもないが、眼前には猿の魔物が突き出す巨木の矛先が迫っている。

 魔犬と怪鳥の拘束は振り切ったが、機体のダメージは依然として残ったまま。

 もう一撃でも直撃を許せば、それでエックスは完全に破壊されて、機能を停止した鉄の棺桶に成り果てるだろう。

 

(それでも、ないはずの隙ができた――なら、ほんの一瞬で、十分!)

 

 こんな状態になっても機体はまだ動く。

 大した整備の腕前だと、どうやら口先だけではなかったらしい眼鏡(美)少女を心の内でこっそり褒めておく。

 

 操縦レバーを強く握り込み、海斗はかっと目を見開いた。

 

「――――っ!」

 

 刹那の見切りで、傾けた機体のすぐ脇を巨木がかすめていく。

 ギリギリ危ういバランスを保って、海斗は即座に反撃した。

 

 必殺の一撃をすかされ、前のめりになった猿の魔物の顔面へと(というか三等身のほぼ全身だが)カウンター気味に左拳を叩きつける。

 その直撃の瞬間、まったく同時のタイミングで、レバーの先端スイッチを押し込んで叫んだ。

 

サイクロン(『X-y』clone)――クラッシャー(Crusher)ッ!」

 

 クロスカッターパンチと同じ原理と機構で、前腕部の推進剤が爆発するように白煙を吹き上げ、しかし拳を撃ち出すのではなくその場で威力を炸裂させる。

 高速で回転する左腕部、急加速して叩きつけられる螺旋打拳(コークスクリュー)の破壊力を受けて、猿の魔物は一撃で粉砕(・・)された。

 

 顔面のど真ん中、人間なら人中(じんちゅう)に当たる位置の急所を大きく抉られ、貫かれ、ブチ抜かれて、断末魔の声すらなく大きく吹き飛んだ。

 幾分か軽くなった巨体が地に落ちて、轟音と振動があたり一帯に走る。

 

(まず一匹!)

 

 胸中で快哉のように叫びながら、海斗は一拍だけ待った。

 猶予や容赦ではなく、先に撃ち出して空を切った右拳が、逆噴射して手元にもどってくるのを待ったのだ。

 

「次っ!」

 

 右腕が接続するや否や、即座に機体をひるがえし、機体を大きく横に跳躍させる。

 ちょうどその位置を、巨大な黒い影が通り過ぎていく――さっき弾き飛ばしたケルベロスが怯まずに身を起こし、死角から飛び掛かってきていたのだ。

 突進を先読みして機体をかわさなければお陀仏だっただろう。

 

「はっはーん、見上げたタフさと根性だな、ワン公! でもなぁ!」

 

 横倒しの体勢のまま、エックスの両拳をガツンと打ち鳴らす。

 十字刃を展開しながら両腕を突き出して、叫んだ。

 

「いい加減ワンパターンなんだよ、てめえの動きなんざとっくに見切ってるっての!」

(ワン)だけに、ですか?』

「ダジャレはいいが、狙いまで外すなよクオ! 特殊照準機動(スナイパーキット)偏差打撃補正(ターキーストライク)予測機構展開(バレルイマージュ)! ぶっ飛ばしてぶっ倒す!」

 

 再充填された強壮推進剤が唸りを上げ、双腕が凶猛に暴れ廻って、吠える!

 

『クロスカッターパンチ、アンチ(A)ビースト(B)マニューバ(M)モードで発射』

打撃()てぇぇぇ!」

 

 大気の層を貫き、一対の剛拳が飛翔する。

 

 ケルベロスは……無論、それをかわそうとしたはずだ。

 実際に地を蹴って跳躍もした。

 開幕の一発を避けられた時と同じ構図と展開、ゆえに、それで終わるはずの攻防は――

 

「ギ――!?」

 

 だがしかし、ここに違う結果を残す。

 

 空を切るはずだった拳は、寸前であり得ない角度と方向に向きを変え、弧を描きながら急旋回した。

 左右の拳が宙で激突し、弾き飛ばし合ったことで、無理矢理にその軌道を変えたのだ。

 真横へ跳んで避けていたケルベロスの脇腹を、まるきり追尾するように追い込んだ左の拳が正確に捉えてミシリと軋ませ、天高くへまで打ち上げて――

 

 そして、次の瞬間に追いついた逆の右拳が、その身体を粉々(ミンチ)に打ち砕いた。

 花火めいて四散したどす黒い血が、あたりの大地に雨のように降り注ぐ。

 

「これで――二匹!」

『海斗! 敵影接近!』

 

「グケェェェェェーッ!」

 

 まったく間を置かず、宙空から急襲された。

 最後に残った巨大な怪鳥が、地に倒れたままでいたエックスの身体にのしかかり、三本の鋭い鉤爪を装甲に食い込ませてくる。

 

 衝撃と激震がコックピット内にまで伝わるが、それが収まるのも待たずに、怪鳥が大きく翼を広げた。

 (ごう)っ、とそのまま羽ばたいて、エックスを抱えて飛び上がる。

 

 さっきと同様、空高くから急降下して地面に叩きつけるつもりだろう。

 今の穴だらけの装甲でそれに耐えられるはずもない。

 

「クァァ――」

 

 のみならず、怪鳥はそこで大きく口を開き、大量の空気を吸い込んだ。

 これも覚えのある動作だ。

 金切り声の絶叫――おそらく、超音波の類を標的にぶつけて、三半規管を直接破壊するという攻撃なのだろう。

 

 相手が生物であればまず防ぎようのない、ほとんど必殺のような技だ。

 ましてや、今のコックピット遮蔽の破損したエックスでは、海斗に身を守る(すべ)はない。

 

 呼吸で一回り膨張した格好の怪鳥が、息吹を殺意の形にして放つ、その瞬間。

 

「キィェェ――」

()ぁぁぁつっ!!!」

 

 そこへ被せるようにして、同時に、海斗は気迫一閃の大音声を張り上げた。

 裂帛の気合いで怪鳥の爆音反響攻撃を耐えて、跳ね返し、真正面から切って落とす。

 

 サイズ差の肺活量を考えれば、こんな力技で張り合えるわけはなかったが、そんなものは向こうの都合に過ぎないし、知ったことではない。

 現に、海斗は意識を保ったまま、怪鳥の姿を(しか)と見据えている。

 無茶の代償に喉が破れて張り裂け、舌に血と鉄の苦味を感じて、耳から血しぶきがはね飛んだような気がするが委細構わない。

 

 戦闘続行だ。

 いいや、題をつけるなら“トドメの時”か。

 

 さしものバケモノ鳥も、驚愕の表情を浮かべる――ただの鳥どころか、魔物の表情などまともに読めるわけはないのだが、それをはっきりと正面モニターでも捉えている。

 牙をむくように笑って、余裕でそれを見返し、クオが静かに告げるのを聞いた。

 

『ブラスター、エネルギーチャージ100%完了しています。仮想誘導砲門――』

「いらねえだろ、ゼロ距離だぜ。目をつぶってても当たるっての」

『言ったほうが格好良くないですか? 海斗(マスター)

「なるほどな? 珍しく一理あるじゃねえか」

『恐縮です』

 

 そして、仮想誘導砲門を展開する。

 照準角垂直正面、天の彼方へ、地平を撃つ!

 

『エクスブラスター――』

「くたばりやがれぇぇぇぇぇっ!」

 

 撃ち放たれた紅蓮の爆光が、摂氏6万℃を超える極熱と衝撃波が、異形の怪鳥の首から下を丸ごと呑み込む。

 魔物の巨体が溶けるように消し飛び、宵の空へ砕けて弾け散った。

 

 きっちり三匹、仕留め切った――

 

 もはや余力もない。

 機体のエネルギーは底をつき、装甲強度低下とともに計器とモニターの警告表示が点滅している。

 

 それとは別に、『Q』のマークのアイコンがちかちかと瞬いて、クオが声をかけてきた。

 

『ところで海斗――この後なのですが。着地はどうするんですか?』

「……………………あっ」

 

 一寸、弛緩しかけた空気が、再び切迫した緊張感を走らせる。

 言うまでもなく今の座標は高高度、巨鳥に持ち去られたところから解放されたはいいものの、自由落下に身を任せている状況だ。

 

 海斗は、身も蓋もなく大慌てでわめいた。

 

「どうするって、どうすりゃいいんだよ! このままじゃめちゃくちゃダサい感じで死ぬぞ、俺! あわわわわ」

『やれやれ。最後の最後でいつも、どうしてだか締まりませんね』

 

 器用に嘆息の気配を示してから、『Q』のアイコンが強く発光する。

 それと同時に、バシュンと機体本体から頭部フライヤー部分が分離射出された。

 

『リターンクリスタルモード、起動――私は一足先にレムリアのところにもどります。帰りの足はそちらでなんとかしてください』

「なんとかって……うおい!」

 

 文句を言う暇もなく、エックスの胴体部分が一瞬で光子分解され、輝きに呑まれた次の瞬間には巨体がぱっと消失していた。

 召喚権限(サモン・コール)の応用、というか裏技のようなもので、今の拠点であるハイペリオン城へと転移したのだ。

 ただし、エックスの機体部分と、クオの本体である∞チップだけがだが。

 

「だーもう!」

 

 放り出されたフライヤーの中で、海斗は慌ててレバーを握り変えた。

 飛行モードに切り替えつつ推力を吹かして、ユニットの体勢を整える。

 そのまま減速し、心もとない緊急用燃料と推進剤をやりくりして、着陸までの工程をなんとかこなした。

 飛行訓練課程も過去に一応は受けていたが、いざ実践するとなると必死だった。

 

 地に降り立って、ともかくこれで、一応のケリはついた。

 とはいっても、事実としては荒野のど真ん中にひとり、置いてけぼりで取り残されたようなものだったが。

 

 見回しても、戦闘の爪痕でズタボロになった荒れ地が広がっているだけで、本当にひとりぼっちだ。

 もうフライヤーを飛ばす燃料もなく、村まで帰ろうにも徒歩しか手段がない。

 負傷と疲労のせいでそれも怪しかったが。

 

「……なんとかマンフレートたちに見つけてもらわないと、下手すりゃここで野垂れ死ぬんじゃないか、俺」

 

 わりと切実に危機的状況だ。

 なんかもう、格好悪くてもこの際、まったく仕方なく――

 

 海斗は、助けてくれと神に祈った。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆

 

 

 

「……切り抜けたか」

 

 そしてその様を、戦闘の一部始終までを、見届けていた孤影があった。

 

 遥か遠く、切り立った断崖の上に立ち、傲然と見下ろす獅子面の男。

 大熊をも優に超える筋骨隆々たる巨大な肉体に、炎のように逆立ち荒ぶるたてがみ、額から刃のごとく突き出す湾曲した二本角を持つ獣人である。

 

 身体中に無数に刻まれた古傷の痕は、如実にその孤影の在り方を示していた。

 有り体に言えば、武人――あるいは強者(つわもの)、あるいは戦士(ますらお)、そしてあるいは、阿修羅神(アスラ)と呼ばれる類の存在。

 闘争を生業とする者の中でも、護る者ではなく奪い殺す者、悪鬼羅刹として君臨する暴と凶を体現したようなたたずまいだった。

 

 むべなるかな、その男を呼び表すこの地における魔名(しんじつ)は、ジハード――

 四天王とも()われる絶対悪の一角にして、その中でも最も苛烈で獰猛な殺戮者。

 炎の獣将という二つ名そのままの、業火の熱気と猛獣の激しさを形にしたような風貌は、一睨みするだけであらゆる人も獣も屈服させるであろう威圧感をみなぎらせていた。

 

 その(あか)く燃える野獣の眼光を、しかしジハードは、今は瞼を下ろして遮った。

 必要なものはすべて見終えたというように。

 あるいは、その滾る闘志と狂気を、そうすることで抑え込むように。

 

 だが、きびすを返した一歩のその脇で、巨大な(いわお)にビシリと巨大な(ひび)が刻まれた。

 のみならず、亀裂は見る間に巨大な岩の中心を走り抜け、縦断し、とうとう真っ二つに引き裂いて断割する。

 

 まるで見えざる獣の牙が突き立ち、大岩を穿ったように――

 閉ざした視界からこぼれ出した闘気の片鱗、それに()てられただけで、断崖の一角が削れて崩れ落ちたのだ。

 

 その鈍く()ぜるような大岩の絶叫を、聞くともなしに聞くようにしながら、ジハードは暗く静かにつぶやいた。

 

「異界よりの者……少しは楽しめるかもしれんな。あの巨人、俺の渇きを癒やすに足るほどか。いずれにせよ、下等なヒトどもに(くみ)するならば、それは俺たちに仇為(あだな)すということ……」

 

 ならば、殺す理由には十分だ。

 闘争(たたか)う意義はそれだけだ。

 主君たる魔王ザハランの覇道を阻む者、それは(ことごと)く滅し、打ち砕き、獣の軍勢の流儀をもって喰らい尽くすだけだと――

 

「砕け散らしてくれる」

 

 燃え上がり、そして滾り落ちる獣王の唸りに(おのの)くように、その背後で岩雪崩れの音が大地の叫喚めいて激しく轟いた。


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