ある男の独白と、ある感情の考察

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皆様こんばんは。焼き鯖です。

今回はみんな大好き水無飛沫さん主催、ヒヨリミコロシアムに投稿する作品です。

テーマはこころ。私なりに解釈して書き上げました。

よろしくお願いします。


deep sea meal

 

 私が覚えている限り、食べてしまうくらい愛おしいという表現は、マリアが一番似合っていたような気がする。

 

 光り輝く美しい金の髪は、風を受けるとまるで柳のようにしなやかに、かつ流れる水のように美しく靡き、目鼻立ちは世界の誰を見ても満足できないくらいに整っており、それは体つきも同様であった。

 

 彼女の素晴らしさはそれだけではない。歌声だって、マリア・カラスが本当にカラスの声に聞こえてしまうくらいに素晴らしく、聞いたものは皆うっとりとした表情で聞き入ってしまう程。私自身も、何度も彼女の歌声には魅了された。

 

 これだけ他人を魅了するもの、そして術を持ち合わせていながら、彼女の性格は現在で言うところの天然であった。

 

 私は一介の料理人であり、文学者としての表現力など生憎持ち合わせていなかったが、それでも思いつく限りの言葉を尽くして表現しようとしたら、『天然』という他ない。彼女はそれくらい天真爛漫だった。

 

 子供っぽく大食いで、好き嫌いが多かったから、料理を出すのにも一苦労。私が必死で作った料理も出した瞬間に食べつくされてしまう。

 

 それだけならまだいいのだが、同じものを何度もねだってくるものだから、作る側である私としては材料の調達やら何やらで大変だったことを覚えている。

 

 それでも私は、彼女のために料理を作るこの時間が苦ではなかった。彼女が私の料理を食べて、美味しそうに微笑む姿を見るのが好きだったのだ。

 

 惜しむらくは、マリアとのコミュニケーションを図ることが出来なかったことだろうか。

 

 先に断っておくが、別に彼女は外国人だったというわけではない。喋ることが出来なかったわけでも、脳に障害があるわけでもない。勿論、コミュニケーションが取れないからと言って、嫌いになっているわけでもない。

 

 彼女が人魚だった。

 

 ただ、それだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 私がマリアと出会ったのは、どんよりとした曇り空の日であった。

 

 私は料理人ではあるのだが、趣味と実益を兼ねて近くの浜辺で釣りを行なっている。そうして釣った魚は、小さいものは基本的にリリースし、それ以外は私のレストランで調理してお客様に提供している。

 

 この魚料理はお客様に大人気なため、週に2日、休みの日を狙っていつも釣りをするのだが、この日はいつものポイントであまり魚が釣れなかった。

 

 そこで私は気分を変えて、普段はあまり行かない岩礁の奥辺りに足を運んだ。

 

 いざそこに腰を下ろして糸を垂らしてみれば。予想以上に予想外な大収穫。獲り過ぎないようにクーラーボックスに詰めたが、まさに入れ食い状態といっても過言ではかった。

 

 ホクホク顔で帰途に就こうとした時、波と風の音に交じって何か声が聞こえた。

 

 ひどく弱弱しい声ではあったが、あの瞬間ははっきり聞こえたのを覚えている。

 

 導かれるまま声のする方へ近づき、落ちないように水面を覗きこむと、予感通り漁師の網に捕らわれたマリアがいた。

 

 酷くぐったりとした様子で、このままでは命が危ないと察した私は、クーラーボックスを投げ捨て、必死になってマリアを網から助け出した。

 

 幸いにも、網はすぐに解くことが出来たが、警戒されたのか助け出された瞬間に海の中へと消えてしまった。その時はまぁ警戒されても仕方ないかと思ってしまったが。

 

 それから次の休みの日、あの場所の事が気になって再び足を運んでみると、意外な事に同じ場所にマリアはいた。

 

 近寄ってみるとビクッとおびえた表情を見せたが、「怖くないから大丈夫だよ」と表情で伝えると、おずおずと私の近くへ寄ってくれた。

 

 そんな彼女に微笑みかけると、彼女が私に何かを手渡した。見ると、それはこの地域ではなかなか獲れない魚介がぎっしり詰まった宝箱。

 

 私へのお礼で渡したのだろうが、生憎この量は私一人では食べきれないし、お客様にこのまま提供してしまうのもなんだか惜しい気がしてしまう。

 

 横を見れば、物欲しげな表情の他に、私に気に入られるか期待と不安が入り混じったような表情をした人魚が一尾。そして私は料理人。

 

 となれば、やることは決まっている。

 

 私はマリアに浜辺の方向を指さし、ついてきてほしいと身振りで伝える。マリアは小首を傾げながらも私の後をついてきてくれた。

 

 浜辺に着くと、私はマリアに待っていてくれと身振りで伝え、釣り具を片付けるためにレストランへ戻る。そのまま外用の調理器具と調味料を持ってくると、マリアの前で準備をする。

 

 当の彼女は何が起こるか分からなさそうな表情であったが、これから起こる魔法を見たら、きっと喜んでくれるだろう確証があった。

 

 下処理もほどほどにした後、私はみじん切りにして炒めた玉ねぎを、魚やエビと共に調味料に浸し、ゆっくりと煮込んでいく。同時進行でホタテを焼きながら白ワインで味を調え、パン粉をまぶしてバーナーで炙る。勿論フランベを見せるのも忘れない。

 

 目をキラキラ輝かせながら調理場面を見つめるマリアに微笑みかけると、私は出来上がったブイヤベースとホタテグラタンを彼女の前に差し出す。

 

 食べてもいいのか、そういわんばかりの戸惑った表情(かお)。だが、立ち込める良い匂いに、彼女の理性は揺れに揺れていた。それを後押しするかのように私は手を差し出し、どうぞと目で伝える。すると、ぱぁっと目が輝き、グラタンに手を伸ばし、熱々のまま口に放り込んだ。最初は暑いことに驚いていたが、ハフハフと冷ましてよく味わうと、先ほどの倍以上にきらめいた表情を見せた。

 

 そこから、私とマリアの交流は始まった。

 

 私が料理を作り、彼女がそれを美味しそうに食べる。たまに彼女の歌に聞き惚れ、一緒に魚を釣り、泳ぐ……今思えば、私は彼女に恋をしていたのだろう。魅力的な容姿に、あの性格。惚れない方がおかしいと言える。

 

 ──結局、一言も気持ちを伝えられぬまま、終わってしまったのだが。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ある日の暮れ方の事であった。

 

 その日は丁度休業日で、私は明日のコース料理に使う食材の買い出しに来ていた。

 

 無論マリアに会いに行かなかったと言えば嘘になる。

 

 だが、今日はあの磯辺にも、いつもの浜辺にもいなかったため、仕方なく外へ出かけたのだ。

 

 だが、これが意外に悪くない。

 

 西日が差しかけた市場を歩きながら、お目当ての食材を買っていくうちに、様々なもののが目について回る。

 

 喧しく客を呼ぶ店主、行きかう人の足音、色とりどりの野菜に調味料……

 

 街頭の商品を見る主婦を見ているうちに、そういえば今日は食料品が安い日だったかと、頭の中で考えて。それが少しずつ楽しくなっていって、用はもう済んでいるはずなのに、ふらふらと色々な所へ足を運んでしまう。

 

 我に返ってみれば、時刻は既に夕方の五時。

 

 流石にそろそろ帰らなければと思ったその時、今日聞いた中で一番大きな歓声が耳に飛び込んできた。

 

 何事かとその方向を見ると、そこは魚の競り場であり、この時間帯には珍しく、多くの仲買人がひしめいていた。

 

 周囲の話に耳を傾けると、なんでも今日の午後、珍しい魚が急に獲れたらしい。少し特殊な食材であるらしく、一度捌いてから冷凍保存し、この時間に競りにかけられることになっていたらしい。

 

 そこまでの手間をかけられてまで競売にかけられるとは、一体どれ程のものだろうか。

 

 少し期待しながら競り場を見ていると、司会者らしき人が競りの開会を宣言し、漁師であろう男が吊るした魚を持ってくる。

 

 上部が切り取られたその魚は、予想以上に大きかった。鮮やかな鱗が目に入った瞬間、競り場の人たちが一斉に感嘆する。

 

 まるで人魚のように大きく美しい鱗を、私はどこかで見た気がした。そう思った瞬間、目に入ったのは見覚えのあるヒレの飾り物。

 

 確かあれは、私がマリアにあげた──

 

 気づけば体が動いていた。群衆を押しのけ、マリアだったモノの前に躍り出ると、すぐに隅々まで確認して……それがマリアのものであることを確信した。

 

 私は観衆の前だという事を忘れ、大きな声で泣いた。皆がざわつく中でも構わず、子どものように泣いた。

 

 ひとしきり涙を流した後、私は司会者にこの魚を売ってほしいと懇願した。

 

 店も、調理道具も、何だったらこの身を売っても構わない。すぐにでもマリアの亡骸をこの手に収めたかった。

 

 漁師も司会者も、それを拒むことはしなかった。一部の仲買人は不満を口にしたが、周りの仲買人たちがそれをなだめ、店を売り払うという形で取引は成立した。切り離された上半身は、残念ながら戻ってくることはなかった。

 

 後生大事にマリアを抱えて帰途に就くと、私は一度、椅子にへたり込んだ。大事な魂が抜けたように体が重かった。

 

 これからどうするか? それを考える余裕がなかった。ただ、この欠けたような喪失感をどうするかだけが、私の頭を駆け巡っていた。

 

 ふと顔を上げると、調理台に置かれている、変わり果てたマリアの姿が目に入った。

 

 水中を自由に泳ぐために引き締まった下半身は、死んだ後とは思えないほどに瑞々しさを残し、今にも動き出さんばかりである。

 

 いつか、思ったことがある。『食べてしまいたいほどかわいい』という言葉を、実際にやってみたらどうなるだろうと。

 

 いつの間にか、私はふらりと立ち上がって、野菜の下ごしらえを始めていた。

 

 そして、何のためらいもなく、マリアの下半身を三枚におろした。

 

 ビネガーソースでシンプルに味付けしたマリアのカルパッチョを、私は無心で食べ続けた。食べ続けているうちに、欠けた魂が埋め合わされる感覚がふつふつと湧き上がってきた。

 

 そしてその味は、他のどんなものよりも格別なものであった。食べてしまいたいという感情は、つまりこういう事かと理解できた気がした。

 

 それ以来、私は探している。

 

 この心の衝動を満たす()()を、各地を旅しながら。

 

 残念なことに、未だそのようなものには出会えていない。

 

 だからその食材を食い尽くした後に、こう思うのだ。

 

 やはりマリアこそが、私にとって至高の食材(こいびと)であったという事を。

 

 

 


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