テイルズオブエクシリア2、祝10周年という事で書きました。
・・・とはいうものの、筆者がつい最近クリアしたので衝動書きです。

本作品はまあ見ての通り、本編BAD END「血まみれの兄弟」のその後のお話です。
よろしければぜひ。

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Chapter ??? ~許されざる幸福~ 【TOX2】

 先ほどまでの剣戟と銃声とハンマーが骨を砕く音が、未だに耳にこだまする。

 流れた血の匂いが、嫌と言うほどに鼻腔を突いてくる。

 

 時歪の因子化が進んでもなお、そんな嫌なものは体から消えることはなかった。

 

 ルドガー・・・。

 お前は、新しく紡いだ絆の全てを断ち切ってでも、俺との繋がりを選んだのか?

 

 ・・・こんな、何一つなしえなかった兄の。

 

「・・・」

 

 動かなくなりつつある俺の身体を抱き上げて、ルドガーは何も言わないまま少しだけ微笑んだ。

 その微笑みに湧き上がる感情は嬉しさと、悲哀。

 こんな結末を、ルドガーには迎えてほしくなかった。ルドガーは優しいやつだ。きっと心を壊してしまうに違いないと思った。

 

 それでも、ルドガーは俺を選んだ。結果は変わらない。これまで俺やルドガーが頑張ってきたことは全て無駄になった。

 ・・・けど、そうだな。もういいか、そんなことは。

 

「大丈夫だ、ルドガー。まだ歩ける」

 

「・・・」

 

 俺がそう言うと、ルドガーは躊躇いつつも俺の身体を下ろした。

 そして二人で、小さな歩幅で家路についた。

 マクスバードで電車に乗り、トリグラフへ。そこから俺たちの家、慣れ親しんだマンション・フレールを目指す。

 

 道中の会話は一つもなかった。ルドガーにかけてやる言葉の一つも見つからなかったから。

 ルドガーは、何一つ自分が幸せになることがないであろう選択をした。せめてその辛さを忘れさせてやりたかったから。

 

---

 

 トリグラフでは、あのよどんだ空が見えることはなかった。ここにいる人間はオリジンの審判など知る由もない。ただ己が感情と欲望のまま、自分の生を謳歌し続ける。

 ・・・そして今日からは、俺たちもその人間の一部だ。

 

 カナンの地にたどり着くことを諦めた俺たちは、もはやただの一般人に過ぎない。

 けれどここが俺とルドガーにとってのカナンの地だ。ルドガーが、新しくできたすべてのつながりの命を使って、この場所への橋をかけた。

 

 家に着くとその安堵からか俺の身体は急に力を失った。その場に倒れこもうとする直前で、ルドガーが俺の身体を支える。そしてようやく口を開いた。

 

「・・・兄さん、部屋で休んでて」

 

「いや、大丈夫だ。・・・それに眠ってしまったら、次目覚めることができるかどうか分からない」

 

 そういって俺は最後の力を振り絞ってリビングの椅子に座った。ああ、もう動けそうにない。

 

「待ってて。・・・今から、とっておきのものを作るから」

 

 それからルドガーは身体中に浴びた血を拭い去って、急いで家から外に出ていった。何をしに行ったのかは分からないが、変に詮索するのはよそう。今は頭も使いたくない。

 

・・・

 

 それから数分後、家の扉が開いた。ルドガーかと思ったが・・・違う。けどこの子には見覚えがある。ビズリーの秘書をしていたヴェルにそっくりの子だ。

 

「君は・・・」

 

「あ、ユリウスさん・・・」

 

 確か、ノヴァといったはずだ。もしかして、ルドガーに用でもあるのだろうか。

 

「ルドガーなら、今しがた出ていったよ」

 

「知ってます。・・・えと、そうじゃなくて」

 

 ノヴァは何かを言いにくそうな顔をしていた。それからしばらくして決心がついたのか、ようやくわなわなと口を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「ルドガー、何かあったんですか?」

 

「・・・」

 

「だって、あんなに悲しそうに吹っ切れた顔のルドガー、初めてで。・・・今まで借金苦になっても、他に苦しいことがあっても、あんな顔したことなかったんです。なのに」

 

「・・・君が知ることじゃないよ」

 

「でも・・・!」

 

「どうか、ルドガーに何も言わないでやってくれ。あいつは、少し疲れすぎたんだ」

 

 この子がルドガーのことを思っているのは分かっている。だからこそ、あいつのために、何も言わないでやってほしいと思った。

 きっとこの子にはあいつに沢山の仲間がいたことを知っている。・・・でも、その仲間を自分の手で殺めたことをこの子は知らないから。

 

「・・・わかり、ました」

 

 ノヴァは目尻に涙を浮かべながら、湿っぽい声とともに頷いた。どうやらヴェルとは違い、融通の利かない頑固者ではないらしい。

 

「ユリウスさん・・・あいつのこと、頼みます」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 なんて、いつの間にか面倒を見られているのは俺のほうになってしまったが。

 けど、この子の前ではせめてあいつの頼れる兄を演じ切りたかった。

 

「それでは、失礼します」

 

 ノヴァはそのまま家から去っていった。ひどいことを強いたもんだと悔やむ気持ちもあるが、仕方がない。

 あの子には、この血濡れた領域に入ってほしくなかったから。

 

「・・・っ! ぐぁあああ」

 

 また身体が痛む。次はどこがどのように時歪の因子化しているのだろうか。ともかく、俺の身体がそう長持ちしないことだけが確かだ。

 

 それからまた扉が開く。今度こそルドガーが帰って来たみたいだった。苦しみ、悶えている俺の姿を見て急いで駆け寄ってくる。

 

「兄さん!」

 

「大丈夫だ。・・・それより、その荷物。料理でも作ってくれるのか?」

 

 ルドガーは買い物袋を手に提げていた。どうやら先ほど家から出ていったのは、食材を買いに行ってたためだったらしい。

 

「・・・すぐ準備するから、待ってて」

 

「ああ」

 

 ルドガーは軽くキッチンの清掃をすると、慣れた手つきで料理を始めた。俺はその光景を見ないように、机に伏せて軽く目を閉じる。

 ・・・本当は最初から、こういう景色に包まれていたかった。

 目を開ければそこにはルドガーが作った料理が合って、それはもう絶品で、それこそ駅の食堂でシェフをするくらいの腕の・・・。

 

 なんで。

 なんでこうなってしまったんだろうな・・・。

 

「出来たよ」

 

 コトッ、と目の前のテーブルに皿が置かれる。そこにはルドガー特性のトマトソースパスタが。

 

 いつも通りだったはずの食卓。その景色に思わず言葉が零れた。

 

「・・・まさか、生きてるうちにもう一回お前のトマトソースパスタが食べられるなんてな」

 

「もう一回じゃなくて、何度だって作るよ。・・・何度だって」

 

 ルドガーは微笑む。全てを諦めきって、空っぽになった心で。

 ・・・俺が今まで当たり前だったお前の優しい兄貴に戻ったら、その空虚は埋まるのだろうか。

 分からない・・・けど、今の俺にはそれしか出来ない。

 

 

「・・・じゃあ、いただきます」

 

 それからパスタを一口。いくら体がボロボロになろうとも、味覚だけはまだ確かに残っていた。

 変わらない味だ。・・・運命に惑わされ、変わり続け、壊れ続けたこの世界の中で、唯一変わらないものがここにあった。

 それだけが、ただ嬉しかった。

 

「・・・やっぱりお前は、シェフが似合うな」

 

「・・・」

 

「悪かったな。・・・こんな結末を、迎えさせて」

 

 あいつに思い出させたくないと息巻いていたにも関わらず、その言葉は自然と口から発せられてしまう。

 ルドガーは嘆くでもなく恨むでもなく、ただいつものように首を横に振った。

 

「・・・いいんだ。俺の戻りたかった、日常だから」

 

 その言葉にはっとさせられる。

 ルドガーは最初から、この日常に帰ってくることを願っていたんだと今更ながら気づいた。ただ同じ食卓を囲むだけの、ほんの些細な幸せな日常に。

 

 

 クルスニクの血という呪いに運命を左右されて俺たちは生きてきた。

 だったら最後くらい、この幸せを・・・噛みしめても、いいよな。

 

---

 

 食事を終えて、俺は自分の部屋に戻った。

 ここまでくると、もう痛みの一つもない。ただ体が朽ちて崩れていくことだけが確かだ。だからこそわかる。

 次瞳を閉じたら、俺は二度と瞳を開くことは出来ない。

 

 だから、最後に一つくらい、兄として生きた証を残させてくれ。

 

 おもむろにデスクから紙を取り出し、ペンであれこれと殴り書く。これまでの俺の人生を、ちゃんとルドガーに知って欲しかった。

 

「・・・さて」

 

 あと一つ、書きたいことが残ってる。

 言葉にするのは少し照れ臭いから、この手紙と一緒にその言葉を残そう。

 

・・・

 

「よし」

 

 全て書き終わると同時に、体がパラパラと崩れ始めた。もう意識もおぼろげだ。

 俺は最後の力を振り絞って、ルドガーが籠っている部屋の前に俺の部屋のロックのパスワードを書き置いた。

 あとは俺が動かなくなったことを確認して、ルドガーがこの手紙に辿り着いてくれるだろう。

 

 ベッドに寝転がる。誰にも看取られることなく、俺は一人、この場所で先に終焉を迎える。

 ・・・最後までビズリーのシナリオ通りになってしまったことだけが癪だが、それでもあいつが世界をどうにかできるなら、もうそれでもいいかもしれない。結局精霊と人間の共存なんて、人間の目の前の幸せに比べれば漠然とした幸せなのだから。

 

「・・・ああ、幸せだったさ」

 

 ルドガー、俺は。

 

 

 身体は朽ちて、消え果てた。

 

---

 

『ルドガーへ』

 

 

 この手紙を読んでくれているのは、ルドガー、お前だろうか?

 そうだとしたら、俺の記録データも読んだことだろう。

 ・・・言い訳はしない。あれに記したことは、全て事実だ。

 

 ルドガー、お前は最後まで、俺のことを出来る兄貴だと見てくれていたが、実際はひどいものだったよ。

 俺は、お前を利用して力を得て、お前の運命を振り回してなおフル骸殻にもなれず、カナンの道標どころか、クルスニクの鍵すら発見できなかった。

 ユリウス・ウィル・クルスニクは、何一つ為せない情けない男だったんだ。

 プライドを折られ、周囲の期待も裏切った俺は自暴自棄になった。

 

 いっそ時歪の因子化すれば楽になれる——そう思って無茶苦茶に分子世界を破壊した。

 リドウと遊び半分で破壊の数を競ったことや、時歪の因子を探す手間を省こうと、街ごと住民を惨殺したこともあった・・・。

 

 でもな、そんな俺をお前の存在が救ってくれたんだ。

 覚えているか? お前が7歳の時に作ったトマトソースパスタを。

 お前の初めての料理だ。やつれた俺を心配して、たった7つのお前が夕飯を作って待ってくれていた・・・。

 あの日、お前の火傷だらけの手を見て、俺は決めたんだ。お前を守るために生きようと。

 お前を一族の宿命には関わらせたくない。そのためなら、どんなことでもしようと。

 

 ・・・だが結局、それすら果たせなかった。願った、正しい未来にたどり着くことはなく、お前は運命に翻弄され、多くの哀しみを背負った。こんな兄貴との未来を願ったばかりに。

 すまない・・・こんな意地っ張りで無力な兄貴をどうか許してほしい。

 ・・・ただ、一つだけ言わせてほしいことがある。

 

 最後にお前のトマトソースパスタを食べることが出来てよかったよ。初めて作ってくれた料理と、最後に作ってくれた料理が一緒で、嬉しかった。

 どんな結末であっても、望んだ未来にたどり着けなくとも変わらない。

 お前は俺の、最愛の弟ってな。

 

 俺のおせっかいは悪い癖だからな、この手紙は次の言葉で最後にするよ。

 

 ・・・ルドガー、俺の弟でいてくれてありがとう。そして、お前の兄貴でいられたこと、幸せだった。

 

 

ユリウス・ウィル・クルスニク

 

---

 

 雷鳴に劣ることのない慟哭が部屋中に響く。

 ルドガー・ウィル・クルスニクは全てを失った。小さな幸せを願う事すら許されない、血に濡れた兄弟の運命か。

 しかし、時計は巻き戻らない。

 

 チクタク、チクタクと、今日もまた一秒を紡ぐ。

 何色に染まることも無い、虚無の一秒を。

 

---

 

 

 

『本日未明、クランスピア社副社長であるルドガー・ウィル・クルスニク氏がトリグラフ郊外で遺体で発見されました。現行犯で逮捕された容疑者である———氏は、「裏切り者!」と錯乱しており・・・』

 

 今日もまた、時計は進む。

 

 

 

《BAD END》

 




という事で、血まみれの兄弟ENDからのその後でした。
この話を書く上で色々考えたのですが、ルドガーはこの最初の日常にゆくゆくは戻りたかったのではないかなと考えたりしちゃいます。
それはたとえ、ジュード達新しくできた仲間や、約束したエルのことを無下にしたとしても。
兄として慕ってきたユリウスとの時間の方が、ルドガーにとっては大きいですからね。あり得る話だと思います。

またどこかでTOX2のSS書くかもしれないので、その時はまたお願いします。


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