縁がもたらす壱の結末 作:ベーシックハッピー
それと、彼って気を遣わない時は饒舌になるというか言いたい事を全て口にする傾向があると思うんです。
禰豆子を助けるために頭を下げた炭治郎へ言った時みたいに、ね。
そして感想と評価、ありがとうございます。おかげで心折れずに済みそうです。
白い肌をした身なりの良い男性が夜の闇の中、雪の積もる山道を行く。傍から見れば異様としか言えない状況だ。
それを感じ取ったかのように竈門家から一人の男が姿を見せた。義勇である。彼はその場から瞬時に駆け出して鬼の進行を阻むようにその前へ立ちはだかった。その手は既に刀の柄へと伸びていて、迫りくる相手が人でない事を察しているかのようだ。
「止まれ」
「……鬼狩りか」
声を聞いた鬼は足を止めると義勇の事をようやく見た。その黒い服と羽織り、そして脇に差した刀。それらから彼が自分を殺そうとする存在である事も気付いた。
だがそれだけだった。その次の瞬間には既に興味も関心も失せたのか、鬼は呆れるようにため息を吐いた。
「やれやれ、まさかこんな所にまで現れるとはな。お前ら虫けらの行動範囲には呆れるほかない」
「貴様は……何者だ」
言いながら義勇は警戒度を最大にしていた。鬼には強者を分かり易くするようにその瞳に文字がある存在がいる。十二鬼月と呼ばれるもので、その上位六体には上弦と、下位六体には下弦と表示されているのだ。
しかし、今義勇の前にいる鬼はそのどちらもない。にも関わらず、彼はそれら以上と確信出来る威圧感に強い緊張感を覚えていた。
(この感覚、下弦ではない。ならば上弦のはず。なのに何故奴の瞳には何の文字もない……?)
過去に遭遇した下弦の鬼とは比べ物にならない無言の圧力。それらから義勇はこの相手は間違いなく自分が相対した鬼の中でもっとも強いと理解していた。だからこそその鬼の瞳に文字が浮かんでいない事が納得出来ないのだ。
鬼の方も義勇の疑問を察したのだろう。どこか嘲笑うように表情を変えた。
「そうかそうか。お前は私が十二鬼月だと思っているのか」
「違うのか」
「まぁ致し方あるまい。何せ私自身、こうして鬼狩りの前に立ったのは久方ぶりだ。光栄に想うがいい。お前はこの鬼舞辻無惨の手によって死ねるのだからな」
「っ?! 鬼舞辻無惨だとっ!」
鬼舞辻無惨。その名は義勇にとっては、いや鬼を討つ者にとっては聞き捨てならないものだった。何故ならば鬼の始祖でありその頂点に君臨する存在の名だからだ。
それでも義勇は恐怖や不安を抱く事はなかった。むしろ淡い希望を抱いた程だ。ここで目の前の鬼を討つ事が出来れば鬼殺隊の宿願は叶う上に自身の無念も晴らせると。
自然と柄を握る手に力が入る。それを目敏く見つけ無惨は鼻で笑った。
「ほぅ、どうやら愚かにも私に刃向かうようだな」
「当然だ。鬼殺隊の者ならば貴様を前にして戦わぬという選択はない」
「くくっ、鬼殺隊の者ならば私と戦わぬはずがない、か。良かろう。冥土の土産に教えてやる。上弦の壱は鬼となり私に従う事を自ら申し出た鬼殺隊の剣士だ」
「なんだとっ?!」
「その上当時の鬼殺隊を指揮していた産屋敷の者を殺してその首級を持ってきた程だ。これでもお前の言うように私と対峙して戦うと言い切れるか?」
あまりの内容に義勇は返す言葉を失った。嘘だと言うには情報が具体的過ぎる上にそれを無惨が吐く理由に乏しいと思ったのだ。それでも闘志は消えぬと柄を握る手が離れる事はない。それが少しだけ無惨の興味を惹いた。
「ふむ、どうやらただの剣士ではないようだ。興が乗った。名を聞いてやろう」
「……水柱、冨岡義勇」
「水柱? そうか、お前は柱か。成程、それなら納得がいく。今の柱がどの程度か試してやるのも一興だ」
余裕綽々といった無惨の態度に義勇は静かに考えを巡らせる。
(相手が鬼舞辻無惨だとすればその強さはどう低く見ても上弦並。それを相手に俺一人で勝てるか? いや例え俺が死力を尽くしたとしても一人では無惨を討つ事は出来ないだろう。では……)
チラリと視線を無惨の後方へと向ける。義勇一人であるならここで逃げを打ち、無惨の情報を持ち帰るという選択が出来た。
だがしかし義勇の背後には民家がある。しかもそこにはあの温かな竈門一家がいるのだ。逃がしてやりたくとも人里への逃げ道は無惨の後方のみで、それを避ける事も出来るがそうなると遠回りの上危険性が増す。第一逃がそうにも寝ている彼らを起こす事が出来ない。よしんばそれが出来たとしても、炭治郎をはじめとした子供達なら全集中の呼吸を使って何とかなるかもしれないが、それが出来ない葵枝や病人である炭十郎はこの夜の寒さの中で逃げる事は無理だろうと、そこまで考えて義勇は再び柄を握る手へ力を込めた。
(そうだ。無惨を倒す事は出来ずとも日の出まで時間を稼ぐんだ。この身は柱に相応しくないとしても、鬼殺隊の隊士としてあの温かな家族だけは守り抜いてみせるっ!)
普段は静水の如き義勇の心が激流のように唸りを上げる。それでも思考は冷静に済み切っていた。そして義勇は柄を握る手から力を抜いて腕をだらりと下げた。まるで抵抗する気が失せたと、そう無惨へ示すかのように。
「何だ、諦めたのか」
「その様子では俺が抗ったところで確実に殺せるのだろう。ならせめて冥土の土産だけでなく三途の川の渡し賃や船上での話題も欲しいと思ってな」
(今は少しでも時間を稼ぐ。そのためにも会話を伸ばし、ついでに情報を聞き出せるだけ聞き出す。俺も生き残る事を諦めはしない)
例えそれが失敗するとしても、足掻けるだけ足掻かなければ竈門一家を守り切る事など出来ない。そう判断した義勇は生まれて初めてその思考を会話を成立させる事のみに集中した。
「欲張りな事だ。だがある意味人らしい。いいだろう。今宵は気分が良い。一つだけ質問を許す」
「そうか。それは助かる」
(食いついた、か。どれだけやれるか分からんが可能な限り時間を稼いでみせるっ!)
鬼殺の剣士としては情けないかもしれないが、今の義勇にとって優先すべきは、死が確約されているだろう単身での無惨撃破よりも竈門一家の無事。そのためにも普段ならば言わずにいる言葉も全て吐き出そうと心に決めて義勇が取った行動は──何故か沈黙する事だった。
冷たい風が流れる中、義勇と無惨はしばし黙り込む。やがて痺れを切らしたのか無惨が苛立ちを声に乗せるようにこう切り出した。
「何故黙っている」
「いや、一つだけと言われたので死ぬ前に何を聞くべきかと考えていた。そちらにとっては些事かもしれないがこちらにとってはそちらへ出来る最初で最後の質問だ。考え込むのも理解して欲しい」
「……まぁ分からぬでもない。良かろう。お前にとっては最初で最後の機会だ。精々納得して死ねる事を考えて聞くのだな」
「助かる。さすがは鬼の始祖ともなると気前がいいな」
「当然だ。私を他の者どもと同じと思うな」
「そのようだ。正直驚いている。鬼はみな話の出来ぬ存在だと思っていた」
「下等な鬼ならばそうだろう。だが私や上弦はそうではない」
「上弦も? 上弦の鬼もそちらのような広い度量を持っているのか?」
「そうだ、と言いたいが私と同等の存在などおらん」
「そうか。やはり始祖たる鬼舞辻無惨は別格と、そういう事だな」
「分かればいい」
ここに義勇を知る者がいれば耳を疑っただろう。表情こそ変えていないが、明らかに彼が無惨を持ち上げているのだ。言うなればおだてているのである。それも絶妙に無惨のつぼを心得ているようにその自尊心をくすぐっていた。
義勇が無惨相手に時間稼ぎを始めたその頃、竈門家では炭治郎が玄関から顔を出してその様子を注視していた。
(あれは何なんだ? こんな匂い、今まで嗅いだ事がない……)
義勇が起き出して家の戸を開け放った事で炭治郎の嗅覚が無惨の存在を捉えたため、彼は目を覚まして現状となっている。そんな彼はこれまで出会ったどんな人や動物とも違う異質な匂い、そして体の内側から湧き上がる強い恐怖と不安に体を震わせながらもその場から動く事は出来なかった。
『……鬼舞辻無惨』
「縁壱さん、知ってるの?」
『ああ、あれが鬼だ。そしてその化物の産みの親だ』
「あれが……鬼……」
おとぎ話に出てくる鬼。それらと同じ想像をしていた炭治郎はそれを改めていた。無惨の見た目は完全に人と大差なかったためだ。
「あんなのが町にいても普通の人は分からないぞ……」
『そうだ。鬼は人に紛れて人を襲う事もある。何故なら彼らも元は人だったからだ』
「そんな……」
淡々と告げられる情報に炭治郎は驚く事も忘れて呆然となった。縁壱の言葉で理解したからだ。鬼は人を襲い、時にその襲った相手を鬼にする事もあると。
そのあまりの内容に炭治郎が黙り込むと縁壱も喋らなくなった。そうなるとそこには風の音と微かな寝息が聞こえるのみとなる。
そうして少しの間沈黙がその場を包む。が、そこで炭治郎は何かに気付いて振り向いた。
「父さん……」
そこにいたのは父である炭十郎だった。炭十郎は炭治郎へ小さく頷くと外へ目をやる。そして離れた場所にいる義勇と無惨の姿を確認すると、彼は何かに軽く驚いたような顔をした。
(何だ? 父さんは一体何に驚いたんだ?)
父には自分と違い無惨が人と違うと分かるはずがないと、そう思って戸惑う炭治郎だったが、そんな彼へ炭十郎は静かに声をかけた。
「炭治郎、みんなを起こして出来るだけ遠くに逃げろ」
「え?」
思わぬ言葉に炭治郎の思考が止まる。そんな彼へ炭十郎は構う事無く視線の先を見据えて言葉を続けた。
「六太は禰豆子に背負ってもらえ。竹雄達は自分で歩くように言うんだ。そしてお前は母さんを背負ってくれ。それなら何とかなるだろう」
「そ、それは分かったけど、と、父さんは? そんな体じゃこの寒さで歩くなんて無理だよ」
何とか頭を動かして浮かび上がった疑問をぶつける炭治郎へ、炭十郎は淡い笑みを浮かべた。
「父さんの事は心配するな。ヒノカミ様になりきれば寒さも平気になるし、縁壱さんのおかげで最近は前より体も軽い」
「でも……でもっ」
「大丈夫だ。それより早く動け。冨岡さんが相手にしているのは化物だ。きっと冨岡さんも勝てるとは思っていない。なのに父さん達を守るためにああしてくれているんだ。その気持ちを無駄にしてはいけない」
「父さん……」
もう炭治郎にも分かっていた。炭十郎はきっと自分達を逃がすためにここに残るつもりだと。義勇が死ねば無惨は必ずこの家へ向かう。そこが無人では無惨がどう動くかなど分かり切っている。
だからこそ、炭十郎一人残ってその注意を少しでもこの家へ引きつけ、出来る事なら炭治郎達への追跡を遅らせられるように抵抗するつもりだろうと。
何故なら炭十郎の手には手斧が握られているのだ。
「さぁ行け。お前は長男だろう。父さんの代わりにみんなを守るんだ」
「……分かった」
瞳に涙を浮かべ、炭治郎は意を決した表情を父へと見せる。その凛々しい息子へ炭十郎は小さく頷き、その両耳に付いている装飾品を外した。
「炭治郎、これを」
「これって……」
「この耳飾りをお前に託す。神楽と一緒に、次の世代へ、お前の子供へ渡して欲しい」
「父さん……っ!」
「さぁ、受け取ってくれ」
溢れ出た涙を拭い、炭治郎は耳飾りを受け取るや自分の耳へと付ける。それを見て炭十郎は満足そうに微笑むと無言で炭治郎を家の中へと促した。
(炭十郎は、その命を賭して家族を守るか……。その気持ち、痛い程に分かる)
葵枝や禰豆子を起こしていく炭治郎から目を逸らし、縁壱は玄関から外の様子を窺い続ける炭十郎を見つめた。かつて自分が叶わなかった行動を出来る彼への、尊敬と羨望を込めるように。
こうして炭治郎達が裏から密かに逃げ出した頃、義勇は遂に最後の質問をするしかなくなっていた。
元々人と話す事が得意ではない彼にとって、不必要な会話をするのにも限度があったためである。
「さて、そろそろいいだろう。質問は決まったか?」
「ああ、決まった」
(ここまでか……。だが少しでも時間を稼いだ事に違いはない。ならば後は剣でそれを伸ばすより他にない)
半刻もないが、それでも何もしないよりはまし。そう考えて義勇は口を開いた。
「俺が死ぬ気で戦えばそちらの全力を相手にどれぐらい持ち堪えられる?」
「ほぅ、面白い事を聞くな。それも勝てるではなく持ち堪えるときた。中々己の事を弁えているな。だが最早諦めたのではなかったのか?」
「諦めたからこその問いだ。俺も鬼殺隊に入った剣士。そして不相応とはいえ柱と呼ばれる程になった。だから純粋に気になったのだ。あの鬼舞辻無惨の全力を相手にどこまでやれるのか、と」
それは義勇の本心だった。紛れもない本音であった。故に無惨も気が付かない。それは義勇の最後にして最大の賭け。そう、何故なら彼は覚えていたのだ。無惨が自分と相対した際に言っていたある言葉を。
「お前の力量も分からずには何とも言えんな。呆気なく瞬時に殺せるかもしれん」
「そうだな。だが俺はこれでも下弦の鬼を倒している。そんな俺が下弦よりも弱いという事はあるまい。なので上弦の中で一番弱い鬼と仮定してならどうだ?」
「上弦の中で、か……」
さり気無く上弦の下位の実力を探るような提案をする義勇だが、当然彼にそこまでの考えはない。
「……そうだな。上弦の陸ならば三合辺りか」
「三合か。ならそれよりも俺ならば耐えられる」
「言うではないか。この私の全力相手にたった一人で三合以上とは。ならば試してやろう」
「っ」
(よし、後は俺に意識を集中させればいいだけだ)
賭けが成功したと、そう義勇は悟る。無惨が言った“今の柱を試してみる”との発言から、こう切り出せば自分の力量を確かめようとする可能性を思い付いたのだ。そしてその試しに打ち勝てば何らかの反応が無惨から引き出せるかもしれないとも考え、義勇は刀の柄へと手を伸ばした。
「精々足掻いてみせろ。これで私の予想を上回れば鬼にしてやってもいい」
その言葉と共に義勇へ無数の触手が殺到する。襲い来るそれらを見て、義勇は刀を引き抜くのだった……。
縁壱が炭治郎へ憑依出来れば無惨様は確実に詰んでいました。
……それと、無惨様が油断と無縁の性格なら義勇が知恵を巡らせる前に決着してます。