「で、調子はどうだい、モルモット君」
トレーナー室でのミーティング。
プロトVRウマレーター。私の皐月賞と日本ダービーでの走りを仕込んだ
ヘッドセットの隙間からは、バックライトと彼自身の光が二重となり漏れ出ている。
どちらも1着となった際のものだ。
「“ペース配分”。抑えるべきを抑え、走るべきを走る。
ゆえにラスト数百mのスパート、その伸びで負けることはない
……タキオンさん、本当にレース向きですね」
「皮肉なことにね。逆に短距離はからきし。
だからこそ中長距離、“王道”やら“最強”やらの舞台が必要なのさ」
あのバクシン脳が羨ましいよ、と呟いて。
「明日は菊花賞。G1=“全力”は3度目、しかも3000m、最長距離に近い。
最も警戒しうる相手はわかるかね?」
「マンハッタンカフェ」
正解だ。
「彼女とは因縁浅からぬ仲……というか、実験室は半分が彼女からの間借りでね
なにしろ“霊体”やら“残留思念”が見え……そうとしか思えない現象を引き起こすのだから」
「授業出ずにモルモット発光させてるウマ娘には負けますね」
「何ルーメン足そうか?」
「あなたの眼が潰れない程度に」
相当盛ってよさそうだ。さておき、
「カフェも体調に苦労を抱えていて、それこそ偶に光り輝かせてやっていたわけだが……
良いトレーナーを見つけたらしく、なんともやりづらい」
聞いて、彼はヘッドセットを外してシンクで嘔吐。適切に清掃しておきたまえよまったく。
「いいことじゃないですか。
実際のところ、あなたの技術はこうした副作用を除けば異常に役立つ」
「彼女は珈琲派でね?
“日本茶党を引きずり込むにはどうすればいいですか”と相談を」
「うわぁ」
連続してモルモット君と意見が合ってしまった。思ったより気持ち悪いぞ。
「ともあれ、月刊“トゥインクル”にて、彼女はこう名付けられた
──“這いよる黒影”とね」
「甚大なスタミナといつの間にかの刺殺スタイル、……何よりウマ娘たちの受けた、
“強烈なプレッシャー”が由来のアオリですね」
「プレッシャー。非科学的とも言い難いねぇ。
彼女は……異質だ。
彼女が観ているのは視えざる“お友達”、レースの勝敗ですらない」
「あなたと同じく」
その通り。
「その性質がここまでの結果を導いたなら、結局は基礎原理に立ち返る。
“
「2乗のところは?」
「ノリだよ?」
眉を詰められたので肩をすくめておいた。
「ま、私に見誤りはないよ。任せておきたまえ」
◆
『各ウマ娘、きれいなスタートを切りました!!』
静かな立ち上がりだった。
ウマ娘の疾駆は極端な前傾姿勢になる。
これは膨大すぎる筋力を余すことなく推力に変えるもので、
……種族の本能に根ざしたもの。
そうしなければ、筋力に比して軽すぎる肉体が吹っ飛ぶ。
アグネスタキオンはそれゆえ流れに逆らわず、
今だ苦痛薄く、しかしバ群に呑まれることなく前進していた。
それでも、
……3000mはあまりに長い。
素人はよくウマ娘の走りを“人間の短距離走者のようだ。
これで数千mを走りきるとは”と表現するが、
……ウマ娘にとって、速度よく前進すること以上に、
レースを無事に終えることが至難であったりするのさ。
転倒に衝突、そうでなくともわずかに筋肉の制御を誤っただけで故障を起こす生き物だ。
ゆえに私は強い。
一部、トップクラスのウマ娘は“領域”なる超集中状態に到達する。
その際、“自分以外が消失する”感覚を得るというが、
……私の場合、“自分含む全てを、妙に微細に知覚”することになるんだよねぇ。
しかもレースの際のみならず、日常生活でもそれだ。
ゆえにこそ脚の欠陥に気づき、脳を最大駆動し、研究という道を選び、
……人を遠ざけることにもなった。
それでもままならないことはある。
モルモット君はああだし、スカーレット君には懐かれるし、デジタル君はなんだあれ。
ともあれレースは淀みない。とっくに1500mを超えた。
先頭集団内をキープし、残余数百メートルでのスパートを制す。
それが先行戦術だ。しかし、
……1000m時点、カフェは──
『おっとマンハッタンカフェ、徐々にペースを上げる!!』
これだよ。
ロングスパート。あの細い肉体のどこにどうやってあれだけの燃料を詰めているのだろうね。
やはりコーヒーか?ともあれ、
……勝利は最低条件!!
◆
そう、勝利は“最低条件”だ。
ウマ娘の速度限界突破。そのためには、“他のウマ娘”の存在が障害となる。
……文字通りの障害物走など、望んではいないのだよ。
だから行く。背後から黒影が近接してくるのを確認。
彼女に追いつかれず、最終スパートをまるごと観衆の眼に焼き付けること。
それが目的だ。観測者なしに実験は成りえない。
『残り600m!!アグネスタキオンが突っかけた!!』
全身の筋肉に収縮と弛緩の連続を、ATPの加水分解を命じる。
結果は全て加速だ。コーナーを抜ければ姿勢制御に使う筋力も不要。
なにより3000mに“全力”を尽くす以上の余力を残すつもりもない。
……歓声に答えるどころか、手を振るどころか。
何割かの確率で走れなくなるだろう。それでいい。
瞬発した。地面に喰らいつくような超前傾。
突き刺さるような痛みが伝わるが予想の範疇。モルモット君はいい仕事をしてくれた。
……食事とトレーニング。この足の筋肉を強化するには十分だった。
全ては一瞬の連続だ。脚の強度と生まれた資質とを速度に変える。
『抜け出したアグネスタキオン!!』
直後、流線が走った。
◆
私は全てを知覚する。
しかし、ウマ娘の限界速度、その付近の景色はいつもこれだ。
視界を埋めつくす流線。白と黒、速度の戯画化。
……これを超える。
そのために脚を鍛え上げた。
多くの聴衆の前で、スパートを見せつける。
流線の先に私は何を視るだろうか。
……もしも、私に白黒の流線ではなく、虹色の“夢”が見えていたなら。
想いを振り切る。
これでいい。
純粋なスパート速度で私に敵う者はない。
速度限界の果て、彼方の景色はすぐそこだ──
『しかし──マンハッタンカフェ、ここにいるぞ!!』
薄く笑んだ私の背に、影が這い上った。
「あなたを、みつけだし──」
◆
「影は光から伸びる」
観客席、関係者ゾーン。
和装の男と、よれた眼鏡の男が並んでいる。
「ですが、光は影に先んじます
──あなたが、マンハッタンカフェに力を貸そうとも」
マンハッタンカフェとアグネスタキオンのトレーナーだ。
「それでも影からは逃げられんよ」
見れば残り400m。
アグネスタキオンが、減速していた。
「影は光に絡みつく」
「光は影に囚われません」
和装がため息。
「影が光に囚われるのだ」
そして、
「光が光であるならば、影を通してのみ眼に映る」
一息。
「だろう?」
「何が言いたいんですか?」
和装は笑った。
「あれは光か?」
白衣と黒衣が並んだ。
◆
……カフェからか、この重圧は!?
並走状態、引き延ばされた時間間隔のなかで思う。
流し視える彼女の瞳はいつもの金色で、しかし、
「あなたに、見いだされました。
“はぐれ者どうし、仲良くしようじゃあないか”、と
けれど、走る気が……競う気がないなら、そこにいてください」
燃え盛っていた。
「あなたが今からしようとしていること。……迷惑です。“私たち”、ウマ娘にとって」
「おい……どういうことだ」
直後、時間が戻ってくる。重圧はそのまま。
ただ流線が消えていく。
先んじられる。
……ウマ娘の可能性が、有害だと?
なら、
……私は何のためにここにいる!?
返答はなかった。ただ呟きが返ってくる。
「“あなた”を追いかけて──
でも、“あなた”は“お友達”じゃない」
そのまま彼女は私を振り切った。
『マンハッタンカフェ、一着でゴール!!最強のウマ娘はこの子です!!』
「帰りましょう。学園に。
……あなたは“まだ”です」
ここが私の限界だった。
私の脚は、折れなかったのだ。
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