悪魔とモルモットの等価性について   作:ウィルデンシュタイン

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6.conclusion:My life

足音が響いている。

地下バ道は狭くしかし明るい。

 

「タキオンさん」

「なんだいモルモット君」

彼は眼を合わせない。

「もしも、と思ったことはありませんか。

もしも──この有マ記念に、“私”のような、確実な選手生命の喪失を提案するようなトレーナー

そうでない者と、まっとうにここまでやってこれる未来があったかもしれないと」

 

愚問だねぇ。

「そりゃ可能性はあっただろうさ。

しかしそれはそれ、これはこれ。

……キミは結局のところ、ウマ娘以上に至る方法を見つけてしまったんだから」

 

やっと彼がこちらを向く。眼鏡型に改造した“AR”ウマレーターの反射光はやはり瞳を見せない。

「その結果、あなたが本当に亡くなり、“私”を恨んで消えていく可能性。

……それもまた、理解出来ちゃいまして」

「私が私をでなく、君を呪うことがそんなにおそろしいかい?

君はもうアグネスタキオンなのに」

彼はかぶりを振る。

 

「あなたの見る、おぞましい世界を体験しました。

全てを、自分の限界を、ありありと理解できる場所を」

「感想は?」

彼は手を揉む。

「最高でした。あなたの苦しむ様は……」

「サディスト」

「否定はしません」

 

だから、と彼は続ける。

「車椅子を押すことはできます。

代わりに実験をすることも出来ます。」

けれど、

「その終わりのないプランBを、あなたに続けてもらわねばならないのです

……だから」

 

おいおい、と足音を立てる。

「今更愛バの心配かい?このルビコンの対岸で」

「これからもずっと、苦しんでもらわなければなりませんから……」

だから、

「あなたの震えを抑えるにはどうすればよいですか?」

 

そうだなぁ。

「月並みでよいよ。

……頭を撫でてくれ。脳だけは、預けた気になれるから」

 

 

ゲートが開いて、その後のすべては菊花賞の再現だった。

 

ただ違っていたのは、思慮を顕す花の名ではなく、

ウマが有るという、当然の事実を高らかに唄う舞台であったこと。

 

そして、“ウマ以外が居ること”。

 

ただ、それだけだった。

 

 

……捉えられた!!

背後を見る必要もない。

マンハッタンカフェ。

後背にそびえる摩天楼、黄金の双眸が、こちらを見つめている。

 

影に潜むなどというレベルではない。これは、

……あらゆる影に潜み顕れるという──恐怖。

カフェのスタミナは無尽蔵だ。

故に彼女と相対する以上、自分の走りを崩した瞬間に“喰われる”。

その認識が、

……彼女の領域、あの重圧の正体だ。

 

『残り600m、アグネスタキオン抜け出した!!

──しかし!!マンハッタンカフェ、2バ身まで詰めているぞ!!』

 

黒衣が問う。

「まだですか?

またですか?」

 

それは、

「“私たち”から一歩先んじようとする。

けれど、相対して逃げるでもない」

重圧が増す。

「何が変わったというんですか?

……この一年、あなたはまるで普通のウマ娘のようだった」

 

……何か変わったのかねぇ。

考えながら、前傾して足元への踏み躙りを連続。

「彼も私もすっかり変わったように見えるだろうねぇ」

「……なら」

そう言い、黒衣が私の影を踏んだ。

「……証明して、ください」

 

 

和装が語る。

「影はもはや光を喰らう」

なぜなら、

「自ら確立した影は光を必要としない」

 

それに眼鏡が応えた。

「はい」

微動もしない。

 

「タキオン。超光速を表す名であり……虚数、存在しないことの仮定となる字名でもあります」

つまり、

(タキオン)は、もはや(カフェ)との対ではないのです」

 

 

「結局、足りなかったんだよねぇ」

「……何が、ですか」

ゆっくりと、高速で流線が流れ去る。

 

「たとえば恐怖だ。

すべてを実験と捉えた私は──どこか諦めていたのかもね」

つまり、

「“負けてもデータは取れる”と」

 

「……“次こそは”と」

黒衣が呟く。

「私たちに“次”がある保証は……ありません。

一刻も早く、速くなる必要がある」

「時は金なり、同感さ」

 

……そう。時間だ。

「君が“お友達”のような、霊的な──過去を見定めるために前進するように、

私は実験の計画(プラン)を確固とするために──先人に頼る必要があった」

 

黒衣が詰める。

「それですよ。

……菊花賞のあなたは、後ろに居る子たちを見なかった」

けれど、と続けて。

「過去になる覚悟は……ありますか」

 

それにはこう答えた。

「──未来を見てからでも、遅くないだろう?」

 

直後、私は出生後続けてきた論理的思考を、やめた。

 

 

流線が晴れ、全視界に天地が広がる。

後方のバ群も、親友だったものも、観客も、彼も、全てが鮮明だ。

私以外の全てが私を見、私は全てを聴いている。

そして彼が、脚を踏み拍子を取り始めた。

きっと私がたどり着けない、伝説の詞の始まりを。

 

 

(位置について)

残り150m。

(よーい)

残り125m。

(どん)

瞬発した。

 

 

「上体を、立てたっ……!?」

マンハッタンカフェが呻く。

そうだ。ウマ娘のレースは前傾が基本。

前を、ゴールを見据える構えだ。

ウマ娘として、数千mを走るにあたっても最良となる。

 

しかし、

……100mだけを走るなら。

ウマ娘として走ることを辞めるなら、直立こそが最適条件となる。

それは自重と脚力をダイレクトに自身に伝えるもので、

……痛い、な。

 

だから行く。走るというよりもはや跳ねるように1度2度。

加速に隙なく、放り投げられるように速度が上がる。

もはやウマ娘ではない。生物の速度限界を見据え、鼓動を秒針として3つカウント。

日差しが強い。バ場の状態は申し分ない。心理的にも……彼が震えを抑えてくれた。

 

ゲートの開放を待つまでも。

私に勝たんとする、すべてのウマ娘のぎらついた眼を見る間も。

波乱の予測も、今なお私を喰い破らんとする後方の黒も。

……ありがとう。まさしく過つ私の障害でいてくれて。

 

だがこの肉体はもはや私のものではない。……食事を制御されたゆえの、物理的にも、だ。

まずはそこからだ。肉と骨と腱とを支配下に置くこと。

多くのウマ娘が必要としないこと。そこから始まった。

だから行く。

追うでもなく逃げるでもなく、勝つでもなく負けるでもなく、ただすべてを狂わせる。

 

ずし、と重圧がかかる。カフェの領域。

「あなたを、みつけだし──」

彼女は“お友達”を見出した。

「あなたを、おいかけて──」

彼女は“お友達”を追い、この舞台にまで上り詰めた。

「あなたを、つかまえる!!」

彼女は“お友達”を理解したのだろう。

 

しかし、

……私はマンハッタンカフェの“お友達”ではない。

それでも私を停めに来た彼女に一礼をする。

誰も諦めてはいない。彼女は私を護るために。私は私を傷つけるために。

 

理解しているとも。私の脚は治らない。

けれど。

「勝利の女神とやら!!ウマ娘の本能とやら!!」

言ってやる。

「──退け!!私が選んだ道だぞ!!」

 

虹になどなってやるものか。空力と芝の反力だけが疾駆を証明する。

私が見出したのは光などではない。彼の中の淀み、

……私自身。

心拍が記録値を上回っている。これは過剰運動の成果だろうか。それとも狂っているのだろうか。

やることは同じだった。

 

きみの愛バ(U=MyDemon)が、走り出す。

観衆は、優俊たちは聞いただろうか。ガラスの脚の砕ける音を。

それでいい。崩れゆく両足を発射ガスに変えて、自身を弾丸として前進する。

流れるターフの足元は、私の血で染まり始めていた。

……こんな事例ははじめて、だな。

心臓が割けそうになる。愛したターフが遠ざかっていく。

 

ウィニングライブをうたうことは出来ないだろう。

だから蹄で奏で、君に贈ろう。

私の戦いを。

 

『アグネスタキオン、立ち上がった!!跳ねるような末脚!!

我々は一体何を見せられているのでしょうか!!』

 

実況が追いついたようだ。ハハハもっと煽れ。

もはやここにあるものはレースでもショーでもない。

モルモットが走るだけのプレゼンテーションだ。

……こんな量の聴講者を前にするのは、はじめてだけどねぇ。

胸が高鳴るように思うのは錯覚だろう。肉体はもはや限界を超え、その出力を落としつつある。

 

けれど、けれど。

……保て3歩!!

 

1歩目で私の現役生命が粉砕したことを感じた。

2歩目で黒衣が薄く泣き笑ったことを感じた。

3歩目でモルモットが、悪魔が叫んだことを感じた。

 

それでいい。それでいい。

だからゴール板の果て。全てを知覚しながら、私はやっと夢を見た。

 

「さぁ、実践といこう」

 


 

Grasshopper

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