「こんなことはあまり言いたくないのだが、アリサ。最近、学校で妙な男子に絡んでいるそうだな」
「克人兄さん……なんでこんな時に言うんですか?」
殆ど一人暮らしみたいに十文字家の邸宅の離れで暮らしているアリサだが、時には家族全員での食事もあったりする。
慶子お義母さんが時に振る舞う手料理を食べる関係で、本邸にお呼ばれしたアリサだったのだが、そういうことは食事時に言ってほしかったものだ。
「俺なりに気遣ったんだがな。勇人の心の安寧と和美の野次馬根性を発揮させないために、あの場はそういうスキャンダラスな話題を出さない方が良かったと判断したんだが」
「そういうものでしょうか?」
積極的に言いたかったのだろうか? そんな疑問を十文字家当主 十文字克人は抱いたのだが、他者から伝聞されたものばかりだが、それによるとどうにも『よろしくない相手』だ。
克人の執務室……かつてはお互いにとっての父である和樹がいた十文字家の当主としての部屋だが、父が居た頃よりも少々模様替えをしたことを今更ながらアリサは認識した。
夕食後……やってきた克人の部屋にての話題は、かなりナーバスなものであった。
「率直に聞くが……件のエミヤシロウ君……好きなのか?」
「――――――ど、どうですかね……確かに好きな男子と言われれば……そちらのカテゴリーに入るかもしれません」
動悸が少し早くなるのを自覚して、その上で落ち着いて考えながら、素直な気持ちを表して言い放った瞬間、部屋の外で少し大きめの音がしたような気がする。
気づいた克人が遮音の結界を執務室全体に張ったことで、これ以上の盗み聞きはなくなりそうである。
「てっきり俺は遠上くんの兄御、遼介氏との将来を考えていたと思っていたのだが」
「気が早いですよ……ただ北海道にいた頃、あの家で生活して遼介さんと一緒にいた頃は、そういう未来でも良かったと思いますけど」
別に遠上家の方から長男との結婚を強制された訳ではない。ただアリサが好意を抱ける『男性』が、当時は遼介だけだったのだ。
「ふむ。俺も学校の方から色々と聞いているが察するにアリサは、自分を特別扱い・特別視しないエミヤという同級生に酔っているだけなんじゃないかな」
「……なんだかそれだと私が自分の容姿や家の財力などを鼻にかけていた金満令嬢で、そんなものに靡かない人間に惹かれているみたいで心外です」
昔懐かしの少女漫画でよくある展開の1つを言われて三白眼で克人を睨むようにして言うアリサ。だが克人は、その実例を1人知っている。
克人の同級生 七草真由美。
十師族の長女であり、俗な表現をすれば克人の世代のクイーン・ビーであった女子である。
現在も大学にて会うも、卒論や就活の準備―――という一般的な大学生のイベントとは少々縁遠いながらも、とりあえず多忙な日々を互いに送っている。
そんな彼女を特別視していなかったのが、現在も四葉関連のホスピタルにて治療を受けている司波達也であった。
誰もが自分に
そこが七草真由美が注目したファーストインプレッションともいえる。
その後のあれこれの交流は割愛するとして、そんな彼女と同じくなっているのではないかと思った克人だが、何だか意固地になっている気がしてならなかった。
「まぁ妹の友達付き合いにあまり口出しなどしたくないのだが、そのエミヤという男子は五十里の妹などとは少々毛色が違うからな……」
「そうですか。すみません」
一応は、家のこととかその他諸々……当主としての立場としてそういうことを言ったのだろう。具体的に言えば世間体よろしくない友達付き合いじゃないかという懸念だったろうが、最後には兄貴として、家族としてそういう心配をしてくれたのだ。
だから一応は謝罪しておく。
だが、ちょっとばかりの軽蔑も存在してしまう。
「今日の所はいいだろう。週末には魔法大学に来るそうだが、まぁ粗相のないようにな。お休みアリサ」
週末……アリサの所属しているクラウド・ボール部の練習試合……俗に言う魔法科高校が9つしかないのに、競技種目での練習試合があるという不合理を何となく覚えつつも、金沢の第三高校との試合があるのだった。
そのことを指していた克人におやすみなさいとだけ言ってから執務室を出る。
執務室を出ると、そこには盗み聞きをしていた人間はおらずとも、その痕跡は何となく見えるのだった。
そうして歩き出した瞬間―――。
「?」
妙な感覚を足元に覚えた。何か
特に何もなくそのあとは、普通に歩き出せるのだった。
† † † † †
今日も今日とて悪の生徒会の邪悪なる企みを阻止すべく鉄腕アルバイター エミヤシロウはテストでの好成績を残すべく勉強へと邁進するのだった。
そんな最中、今度は監視役のつもりなのか五十里が、自分の背後霊として存在しているのであった。
ともあれ、確認すべき事項……A組にあがるためのラインの確認。
当然、不測の事態というかひっかけ的な実技試験をこなすための準備をしてから、全ての工程を終えたシロウは、スコアレコードを消去してから立ち去るのであった。
「ちょい待ちっ衛宮君」
「アルバイトで急いでいるんだが」
「それでも待たんかいっ!」
「待たない」
何故に待つ道理があるのだろうか。五十里とは面識こそあれど、特になにか話すような間柄ではない。
それどころか胡散臭げに見てきた。初対面時に路端の野良犬でも見るかのような目をしてきたので、はっきりいって話しかけられるのも嫌な相手だ。
「ぐぬぬっ!! ならば後で端末に要件を書いて送ってやるっ!! もはや了承したことにしてやるからなっ!!」
結果として、生徒会書記である五十里 明からの要件とやらが、かなり地雷だったのだ。
後日、生徒会に訪れて尋ねることに……。
「要は五十里及び陸上部が都内マラソンに参加するから、魔法大学へと練習試合のために出向するクラウド・ボール部のアレコレの為に同道しろと……1ついいですか?」
アレコレとは記録係としてのものだったり、書類申請だったりである。だが、それよりも問題な部分があるのだった。
「なんでしょう?」
「俺、染色体は
クラウド・ボールという競技を一度だけ見せられたが、その衣装が色々と問題だ。そして記録員として何かを書けということは、その試合のラリーなどの様子も書くこともありえるのだ。
「マネージャーぐらいいるんじゃないですか?」
「いないので衛宮君にお鉢が回ったわけです。まぁ服部さんには既に話は通してありますし、知り合いもいるから大丈夫でしょ?」
何が大丈夫なものか。と言いたいが、実際のところ五十里がやるべきことなのだろうかと疑問もあるが、しかし五十里が都内で行われるマラソンに出ることは間違いないだろう。
これ以上ゴネてもどうしようもないというのならば、仕事を完璧にするだけだ。
「本気で俺を生徒会に入れる気なんですね」
「当然です。副会長は少々違う意見のようですけどね」
「俺みたいな跳ねっ返り小僧を入れるなんて意味がないと思いますけど、副会長は冷静ですよ」
「詩奈の判断を間違いと言いたいのか?」
「一般的な感覚ではないと思いますけどね。俺みたいなのに何かの役職を与えるなんて、狂犬に子守をさせるようなものですよ」
三矢会長の判断に物申したことが矢車会計には、少々癇に障ることだったのだろうが、こればかりは言っておかなければならない。
シロウはどこにも馴染めない。馴染まない人間なのだから……。
「どちらにせよ。今度の月例テストでA組に上がれなければ、そうなっちゃうわけですから頑張ってくださいね♪」
なんて色んな意味で面倒な状況。だが、そんなことは今更なのでシロウは週末の状況に対して色々と考えておくのだった。
「ちなみに今日は、放課後にクラウド・ボール部へ寄ってくださいね」
昔、世話になった教師ならば『FU○K!』『SHIT!』などと罵ることもありえる会長の無茶振りに頭を痛めながらも、とりあえず任されたことは努めようと思うのであった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
放課後、向かったクラウド・ボール部の準備室――――――更衣室ではない場所にて、服部初音という先輩から、レクチャーもといやるべきことを聞くとそれは山積みだった。
まさか、初日から働かされるとは思っていなかったシロウは、少しだけ戸惑うが、それでもやるべきことはやるのだった。
コートの使用許可や魔法大学への入場以外、競技に関連する専門的なことを聞くための人物もまだ練習に向かうことは無さそうなので今のうちに確認すべきことは確認しておく。
「それじゃこれはこうで、事前に魔法大学に連絡・確認は―――」
「ごめん! まだ!」
端的な服部部長の謝罪混じりの言葉にすぐさま端末にあった番号に一高側の電話でコール。出た人によれば、大丈夫だが、三高の方からはまだ連絡が無いようだ。
大丈夫かな?と思うも、こちら側がアレコレ言うと失礼かと思い、直接連絡ではなくメールでの通知だけにしておく。
確認事項は、こんなものか……と少しだけ安堵。
ついでに言えば確認していく内に知ったことだが魔法大学にはサイオンセンサーこそあれど、
……なんて厳しい条項はないようだ。
まぁどうでもいい。一通り終えて、休憩がてらここまでに感じた疑問を吐き出す。
「これ全部、服部先輩の方でやっていたんですか?」
端末の資料を指差しながらシロウが言うと、少しだけ痛い所を突かれたかのように、うめいてから口を開く。
「マネージャーとかいれば良かったんだけどね。顧問の先生もいないし」
疲れ気味に言う服部部長いわく、このクラウド・ボールという魔法競技種目は、ちょっと前までは九校戦の花形競技の1つでもあったのだが、司波達也の入った翌年より廃止されて、色々と予算縮小の憂き目にあったとのこと。
「十文字さんが入ってくれたことで、なにか人気競技として復活してくれたらばなぁとは思うんだよ」
なんて他力本願! などと思ったがあえて口にはしない。
そもそも魔法科高校が9つしかない。
増えない限り、1つの学校での限られたパイの奪い合いとなるので、結局あんまり意味がない。
(おまけに魔法競技種目でこそ『才能』のアレコレが際立つからな)
その競技をやりたいと思っても、結局……優秀生以外は『楽しめない』とすれば、自ずと部員も増えない。
まぁそれでもいいというのならば、あるいは魔法能力がオールで優秀でなくてもなにか一芸特化の選手が活躍できるならば、それでも良かったのだろうが。
(無理だろうな)
そう感じながらも当日の予定、自分がやるべきことを確認する。特にクラウド・ボール部の部員と同行しながら動かなくても良さそうだ。
もっとも試合自体の記録は他に任せたい……。
一般的な男子生徒が、スカートタイプのユニフォームで戦う同年齢の女子たちを見ながら記録を着けているなんて、変態以外の何者でもないだろう。
別に性的興奮は覚えないが。
ただ、理由付けとしてその辺りをアレコレ言って『年頃の男子』らしく少しだけ戸惑う様子も見せつつ言ったのだが。
「駄目だよ♪♪♪」
せっかく手に入れた事務方の優秀なのを簡単に手放すわけにはいかないとばかりの気持ちを、その満面の笑顔での拒否で感じたのでげんなりするシロウであった。
「まぁ安心して。別室のモニターで記録が取れるように手配しておくから」
「それは安心できますね」
当日、そんなものは無いことを暴露されて色んな意味で服部を恨むことになるのは完全に余談である。