2−2のイーブンとなった対抗戦。嫌なことにこの戦いの下駄……最後のプレイヤーである十文字アリサという少女に預けられた。
「………」
「………」
沈黙。こちらに向けている視線を理解しているが、何なのだと言いたい。
「何だよ?」
「なんかないのかなーとか思って」
「なんもない」
「がんばれ、とかファイトだとか言ってくれないの?」
「勝利への欲求が薄い君にそれ意味あるのか?」
虚ろな言葉を掛けて十文字アリサが変われるというのならば、それでも構わないのかもしれないが、そういう少女でないことはとっくにご存知なのだった。
「だが、仙石の戦いに何も感じないような女ならば―――俺はお前を軽蔑するよ」
「それはないわ。私だってチームメイトに対して思う所はあるもの」
聞こえてきた言葉に、気持ちは入っていることを認識する。
「ならば行って来い。緋色さんも出てくるようだしな」
別にバッターラップを掛けられたわけではないが、相手がコートに入った以上、準備が出来ているこちらが待たせるのは、不義理というものなのだから。
「―――行ってきます」
「行ってらっしゃい―――」
その言葉に対してだけは目線を向ける。送り出す以上、見届けなければならないのだから……。
第一セットの3分間は、目まぐるしく動いた。
相手のハイスピードゲームに対して、十文字の選んだ策は『構える』ことだった。
例え相手が超速で動くとしても狭いコートの中だ。消えているわけではない。何よりボールが見えていないわけではない。感知出来ないわけじゃない。
よって30秒程度のラリーで緋色が『スピードラリー』をすると理解した後には、
(まさか初見で私の『インパルス』に対応してくるとは……)
驚愕の思いを抱くのは緋色浩美であった。
気分としては九個のボールすべてを返すべく九人のレシーバーが相手コートにいる感覚だ。
どこぞの
そんなことは出来ないので、シールドが並列展開していく『機動防御』とでもいうべきものの間隙を見つけるしか無い。
(しかし、あっさり対応されるとは―――)
十師族ゆえの高度な魔法力というだけでは説明がつかない。
(私と同じかそれ以上に速く、早く、疾く動ける使い手と見合って戦ったのでしょうね!!)
そんな風に第一セットは、相手への分析をしつつ進んでいき、結局十文字アリサが取ったのだ。
その際に、ベンチに引き下がる前にこちらをちらりと見たような気がする緋色だったが……。
(違う。彼女は何を見たのか―――)
そして、気付く。十文字に起きていることを。
(テニスのような紳士のスポーツならば、相手の弱点を突くのはある意味バッドマナーだけど……)
これは歴史の浅い魔法運動競技だ。
何の斟酌もない。
同時に『あの盾』の限界も見えた。
既に浩美の中で第2セットのゲームプランが構築されていくのだった。
・
・
・
(見られていたな)
遠上が十文字に対して勝利を喜ぶようにしているが、シロウとしては少々気がかりがあった。
インターバルを無駄にしたくないのか遠上との話を切り上げつつ、こちらに聞きに来る。
「試合運びには特に問題はない―――が、『足』大丈夫なのか?」
野球グローブで口元を隠すような感覚で少しだけ声を潜めつつ問いかけると驚いた様子になる十文字。
「―――気付いたの?」
「あちらさんもな。
目線で三高側を示しつつ、短いやり取りで必要なことを言い合う。言われた言葉に十文字も少しだけ考えるが……。
「……大丈夫、演算領域に少しの熱はある。けれども、範囲展開するシールドであるペルタならば。そもそも私はあんまり動かないで返球するから」
深刻なトラブルじゃないとする十文字の気持ちを汲むことにするのだった。
「―――分かった。何も言わん」
「心配してくれないの……?」
「部長と遠上が心配していただろ。俺まで五月蝿くいってどーするよ」
めんどくさい女な面をなぜシロウに見せるのか分からないが、ともあれインターバルは終了するのだった。
十文字を送り出してから考えることは1つだ。
(いざとなれば……)
インターバルの中でも特殊なものがある。
それを押すことがあるのではないかと思って準備だけはしておくのだった。
そんなこちらの様子は三高を変な意味で昂ぶらせていた。
「インターバル中にオトコとイチャイチャするだなんて―――羨まし―――じゃない。あんなナメたオンナ徹底的に倒してしまえ!」
「むしろ殺せ! 私が許可する!!」
副部長と部長の勢いある嫉妬が多分に含んだ言葉に緋色は―――。
「無論、そのつもりです」
同調することにした。
傍から聞くにそんな色っぽいやり取りでなくとも、それでも何となくムカつくものがあったのだ。
心を鋼にしながら、第二セットが始まる。
「緋色さんのボレーがちょっと変わった!?」
フォアハンドでもバックハンドでも、その返球のパターンは多彩になる。超高速で動きながらも狙いすましたかのようにロング、ショートと打球の長さが変わり。
下方向に『落ちる』打球が増えていく。
(緩急自在、あげくコースも厳しいものだな)
如何に十文字の知覚している範囲が広かろうと、目視だけに頼っていなかろうと……。
緋色の意を込めた球は規則的に打ち出されるマシンのボールとは違うのだ。
(おまけに腰を落とし、前傾して一歩目を早くしている)
気持ち重心を前に出して返球の速度を上げているのだ。
そしてその緋色の緩急と角度をつけた返球に対応しようとして十文字は体を動かさざるを得ない。不動で対処できる魔法が無いわけではないのだが、それでは緋色にやられると踏んだ十文字はシールドだけでの返球を捨てた。
それこそが緋色の狙いだとしても、そう動かざるを得なくなった時点で敗着の一手だ。
(アナタが足に抱えた故障は軽度かもしれない。だが、意識を下に向ければそれだけで足の緊張は強ばる!! その足の破滅と共にワタシは勝利を得ますよ!!)
緋色浩美の使う魔法である『電光石火』が冴え渡り、点差は開いていく。
ラケットを使って放たれる『回転力』も上がる。
それが魔法の『作用』によるボールの回転ならばともかく、浩美の技は『純粋なラケット』による
魔法で強化された体を使っての返球は魔法の作用を持続させることとは別口に当たるのだから。
そしてタイムアップ前に崩れ落ちる未来が来ると思っていたのに―――。
(粘るっ!!)
(ナメるなっ!!)
嘲っていただろう浩美に対して心中でのみ獅子吼するアリサ。そして浩美の予想以上にラリーは続いていき―――。
決着は第三セットに持ち越しになるのだった。
しかし、ベンチに帰ろうとした十文字アリサ―――あと数歩でベンチで休もうとする前に崩れ落ちた。
糸が切れたマリオネットのようにコートに身を投げる寸前で支えられる。
やったのはシロウくんとかエミヤくんとか呼ばれていた―――多分、エミヤ・シロウという男子マネージャーであった。
同時に、一高側からドクターインターバル、あるいはメディカルインターバルが申請された。
「―――」
自分が企図した通りだったとはいえ、少しばかり後味が悪い勝利になりそうだ―――。
「気を抜かない。相手が立ち上がってくることもあり得る。ドクターストップが掛かるかどうかはまだ分からないんだから」
「はい」
日吉の言葉に緋色は気を引き締める。
普通のスポーツ競技でも存在している何か選手側のアクシデントが要因で試合が止まった場合に設けられているものだ。
それ次第ではあるが、今回はチームドクターが居ないから選手の方で判断するしか無いのだが……果たして―――。
慌ただしい一高ベンチを遠くから見ながらも闘志は絶やしてはいけないのだ。
・
・
・
「こむら返りだな。足の怪我―――と言うほどではないが痛みを意識しすぎて、逆に脚をつっぱりすぎたな。今は脚にもはっきりとした痛みがあるだろ」
「そうね……シロウくんが支えてくれなきゃ捻挫していたかも」
氷嚢を当てながら水分補給を十文字にさせる。
「アーシャ……いつからそんなことに?」
「今日ぐらいからかな。痛みはそこまでではなかったの。本当よミーナ。
ただ原因はその……少し前に登山部の練習用の穴に入った時に少しだけ魔法の調整を間違えたのよ。その時―――穴の底で右の片足立ちで着地しちゃって」
あの時か。と当事者であるシロウは思いつつ、頭上から耳に入る遠上の心配そうな言葉を少しだけ苦しく思いながら聞いていた……。
「十文字さん……棄権すべきよ。これは練習試合でしかないわ。選手生命に関わるわけじゃないけど、怪我を押してまで試合続行をするべきものじゃないわ」
「部長の言う通りだよアリサ。あの緋色さんから一セット確実に取ったんだ。次に万全の状態ならば」
「…………」
服部と仙石の心配する言葉に、うつむいていた十文字が少しだけ泣いているのを理解した。氷嚢を当てていたシロウだからこそ分かったことだが……。
「十文字、お前は―――戦いたいのか? 勝ちたいのか?」
「……分からない。けれど―――このまま終わりたくはないの」
煮え切らない態度とまではいかないが、それでもその答えを貰えたならばシロウがやるべきことは1つだった。
「そうかい。ならば三分間だけお前の足を万全にする『魔法』を掛けてやる……今回ばかりは俺にも責任の一端があるしな」
「―――シロウくん」
言いながらもシロウは、氷嚢を当てていた手をアリサの足に向ける。患部たるべき場所、そしてこむら返りの影響を極力廃する―――。
まずはテーピングとして蛇布でしっかり固定。
その上、こむら返りの処置。運動している内に『熱』を持つのを極力避けるために『水』の属性をもたせておく。
蛇布は一見すれば包帯にしか見えないが、ある種の魔術触媒である―――もっとも、他の人間には『手品』のように服の袖から包帯が出たようにしか見えないだろう。
「立ってみ」
その言葉で恐る恐る確認すれば可愛げもあったというか、遠上も心配しなかったろうが―――
「うん――――痛くない―――こむら返りも全然!!どういうこと……?」
―――シロウの言葉を受けて何の不安もなしに、軽い足踏みなどで足の調子を確認した十文字であったりする。
「詳しい説明は勘弁してくれ。お前に教えた鎖と同じく、俺の家の秘奥みたいなもんだ」
その上でこれはフェアじゃないかもしれないが、少しの『調律』の為の『音』を生み出す。
フルートの類をだしてから『一小節』だけ音を鳴らす。それは十文字の生体波動に合わせたものであり、演算領域をリフレッシュさせることになった。
(この■■に来てから何人かの魔法師に試しておいてよかった)
十文字を完全回復―――とは言わんが、これ以上のアクシデントを起こさせないための処置は出来たはずだ。服部部長の懸念は解消された。
「シロウくん……本当にありがとう」
「礼はいい。とりあえず試合をどんな形であれ終わらせてこい」
「―――うん。―――私の勝ちで終わらせてくるわ」
「「「「「へ!?」」」」」
十文字のその言葉と顔にシロウ以外の全員が呆気に取られた様子。
CADの装備。ラケット。全てを持った十文字アリサが、再びコートに戻る。
「―――お待たせしました緋色さん。決着を着けましょう」
「―――当然、私の勝利で終わらせますよ。十文字さん」
その時、初めてお互いの声をお互いに耳にした。
同時に理解する。
この試合にピリオドを打つのは、自分の魔法であると互いに思っているのだ。と……。
ラストゲームが再開する。