魔法科高校の異端者   作:無淵玄白

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第三五話『天秤計無』

 

 

 

一条茜の回復を終えて一息ついていたシロウだったが、そのタイミングを見計らっていたのか、十文字アリサが一条に詰め寄るようにシロウと一条の間に入り込んできた。

 

「何を慌てているんだ?」と訊ねようとしたシロウだが。

 

「何故あんなに危険な魔法を使ったのよ!」

 

その質問は、アリサの叫びに途中で打ち消された。 アリサの叫びは糾弾の声。

その矛先は、茜に向けられていた。

両手を身体の脇で握り締め、茜を睨み付けるアリサ。

茜は唇を震わせながら、青い顔で立ち尽くしている。

 

怪我人を癒やしたというのに、それを無にするような十文字のやりようには少々、むかっ腹が立った。

 

「待て、彼女はいま怪我を癒やしたばかりなんだ。追い詰めるなよ」

「シロウくんがどう言ったとしても私は止まらない―――最後のとどめの魔法、アレは『生体液震』(オーガン・クエィク)でしょう!」

 

シロウの静止を突き破って放たれたアリサの言葉に、ざわめきが起こる。「オーガン・クエィクって?」という声も聞こえる。

どうやら多くの魔法師に周知徹底されている術式ではないようだが、その説明は一条を糾弾する十文字アリサによって為される。

 

「人間の肉体を構成する液体成分に直接波を作り出して全身の器官を揺さぶりその機能を作り出して狂わせる、一条家の人体直接干渉魔法。殺傷性ランクはCからB!」

 

ざわめきが大きく広がった。

十文字の言う殺傷性ランクというのは魔法犯罪の取り締まり基準として日本の司法当局で採用されている基準ではある。

 

ランクA:一つの術式で多人数を殺害・あるいは巨大構造物を破壊する魔法。

 

ランクB:致死性のある魔法、単純に殺傷能力が高いもの……または殺害手段が普通の検死では見つけにくい隠蔽しやすいものだ。

 

ランクC:傷害性はあるが致死性は無い、または小さい魔法。

 

……と言った風に大雑把なランク付けが為されているのだと授業で習ったような気がする。思い出しながら考えるに、魔術の世界とは大違いである。

 

ただこの致死性という文言はケース・バイ・ケースであり、本人の資質だけでなくコードの精密さなどなどによっても変わってしまうものだ。

 

(個人の能力値によっても変わってしまうからな)

 

魔法の種類によって一概に決められるものではないことを理解している日本の三権それぞれが、苦悩の末に玉虫色の結論として出したものは。

当該魔法を平均的(・・・)な出力で放った場合の殺傷性でランクが決めることにしたのだ。

 

(その平均とやらもどうやって見極めるのかが未知数。自己申告を誤魔化そうと思えばどうとでも出来そうな気がする)

 

皮肉気味の結論ばかりがシロウに出てくる。

 

数字付き各家の固有術式のように使用者が極端に限られる魔法は、平均を算出することが不可能だ。

先程の例とは違って、最初っから高すぎる能力値を持っている人間にしか出来ない術など、どうランク付けすればいいのか分からない。

 

同時に、そんなものが使われれば即座に当該の魔法家の人間に疑いの目が向けられる。

 

(まぁあの司波達也みたいに隠しているとんでもない術もあったりするんだろうな)

 

それに比べれば一条家は比較的まともではある。秘していればいくらでもやりたい放題やったもん勝ちになるのだから。

 

だが、そんなことは親友を傷つけられた少女には関係のない話だ。

 

「生体液震はランクCに判定されるものであっても相手に後遺症を残す恐れが大きいから、一条家は使用を自粛していたはずよ! 何故そんな魔法を実戦でもないのに使ったの!」

「待ってください」

 

アリサの糾弾に言葉を返せない茜を背中にかばって、アリサの前に一条レイラが進み出た。

 

「茜は禁止されている魔法を使ったわけではありません。それに今の魔法は重大な障碍が残らないレベルに威力がコントロールされていました」

 

十文字の糾弾は『モラル』『リテラシー』の問題であって、その魔法はマジックファイトの中では別に禁止されているわけではないようだ。

 

門外漢のシロウではディエゴ・マラドーナ(神の子)の『神の手ゴール』でもしたのかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 

こちら(シロウ)に少しだけ深く一礼をしてきた一条レイラに手だけで返したがレイラの言葉に十文字は、更に噛み付く。

 

「ふざけないで! 十師族や師補十八家の固有術式なんてレアである種のセンスが必要な魔法までルールで網羅しているわけがないでしょう! それともルールで縛られていなければ何をしても良いというの!?」

 

それは自分のアイデンティティすらも崩す論理であるということを十文字アリサは気付いていないようだ。

 

嘆息気味になりながらも、これ以上は―――と思っていた時に1人の男子がやってきた。

 

「ルールに違反していないのであれば、犯罪者のように非難される謂れは無い」

 

それは二階席にいたシロウを下の三高ベンチから睨んできた三高の男子であった。

 

「タツキさん……」

 

呆然とした十文字の言葉で一応は、名無しの男子に名前が着いた。

その様子から、本人は否定していたが、やっぱり元カレなんじゃないかと呆れてしまう。

 

一条茜の弁護人としてやって来た彼の言葉は。

 

「試合の様子を見ていたならば分かるが、一条は紫電掌の他にも『上』の魔法があったというだけだ。相手―――遠上さんの防御魔法を突破する術が『生体液震』であったならば、特に非難される謂れはない。正当なファイトコンタクトだったからレフェリーのカウントは進んだ」

 

十文字にとっては無情かもしれないが、まぁそれなりに納得できるモノであった。

 

「そんな言い方……!」

 

一条茜は遠上の防御を突破する為に上級の術を使わざるを得なかった。

 

そして、その行いを否定することは、魔法師の全ての行為及び進歩を否定することになる。

何より……防御、守護に重きを置く十文字家だからこそ、日々増していく攻撃手段の豊富さに対して壁の硬さは上回っていかなければならないのだ。

 

例え、それが外国の魔法師(敵性国家の兵)でなくても、だ。

 

(人間としてのモラルを取るか、魔法師としてのアイデンティティを取るか。とどのつまりそういうことだな)

 

遅れて理解が追いついてきた周囲の連中によって若干ながら、十文字アリサへの目がキツくなっていく。

 

こういった場合に擁護するべき後ろの遠上は何も言っていない。

 

「シロウくんはどう思うの!?」

 

そして十文字が縋ってきたのは自分であった。なんでそうなるのかは分からないが―――とりあえず『場』を鎮めるべく言葉を選びつつ口を開くことに。

 

「そちらの男子が言う通りにマスファイトじゃなかったんだ。レフェリーが反則を取らずにカウントを進めた以上、正式なファイトコンタクトだったんだろうさ。そこは呑み込んでおけよ」

 

「そ、そんな!」

 

「お前が一条茜さんを責めているのは、どういう立場での物言いをつけているんだ? 遠上茉莉花の親友としてか、それとも十師族としてのものか?」

 

結局、彼女が何を道理としてその言動なのかが分からない。多分、前者なのだろうが……。

 

彼女が十師族として一条家(同じ家)の娘に節操がない!などと糾弾するならば、少々事情は変わるだろう。

 

「け、けれども!!」

 

「あのキモイザ先輩ならばここに来て、そちらの男子相手に如何にもお前に寄り添ったような薄っぺらな『人情論』を出してくるだろうが、お前の言動こそどうなんだよ?

仮に魔法の危険性云々で言うならば……今後、こういうマジックファイトではボクシングなどのような『階級制』が用いられることになるぞ。魔法力の差(性能の差)という意味でな」

 

シロウの言葉にようやく十文字も気付けたようだ。

転じて……如何にマジックファイトとはいえ、そのような『差』を設けるということがいいのかということに。

 

使える人間が限られているのが問題なのではなく。

使う人間によって威力や危険性が変わることを問題にするべきなのか。

 

そして、それは遠上茉莉花が望む『格上』との戦いにおいて要らぬものでもあったはず。

 

「一条さんを責めるならば……君がちょいと前に戦った緋色さんとの試合も虚ろなものになるぞ。その結果すらもな。それでもいいのか?」

 

十師族の能力値(アビリティ)だからこそ出来る『芸当』を責めるということは、同時に彼女のクラウド・ボールでの勝利、緋色との戦いでの魔法すらもそういうところに落とし込まなければならないのだ。

 

「ううっ……それは―――」

 

泣きそうになる十文字。その様子に『あんなかわいい娘を泣かせるだなんて!!』というヘイトな感情があちこちから出てくる。

 

どうでもいいけど。

 

「君が良くわからないな……一高の生徒ならば、そっちを擁護していても良さそうなのに」

 

目の前の三高生……タツキ君とやらも流石に今カノを守るためだったとはいえ、元カノを責められるのも少々、心苦しかったようだ。

 

「あいにく、愛校精神なんて無いもんでね。おまけにこちらの女子の兄貴からは目の敵にされているんだ」

「知っているよ」

 

東京の方に、というか一高に知り合いがいたのだろう嘆息するタツキ君。物憂げな表情に少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも―――。

 

あの『衝撃的な一言』を放つことになるのだった。

 

 

皆がズッコケてしまうほどにどうやら俺はズレたことを言ってしまったようだ。

 

不覚の限り―――。

 

「ちっがぅわよ!! こっちにいる三高生の男子は私の弟の十文字竜樹さんよ!!」

「ああ、そういや三高に同年(おない)の弟がいるとか言っていたか……にしても姉ちゃんに向けるような視線や言葉じゃなかったような」

 

肩がコケて呆然としていた復活の十文字の言葉に考えるに、そんな話を思い出していた。

 

「―――けど何で一高じゃなくて三高に? まぁその辺りは俺が聞くべきところじゃないな。美少女な同い年の姉ちゃんとか同じ家にいたらばアレだろうし」

「び、美少女だとは思ってくれてるんだ。ちょっと嬉しいかも……」

 

どうでもいいことで赤面する十文字。しかしながらシロウの言動を継ぐ形で三高生側も質問が飛ぶ。

 

「それが北陸の三高に来た理由なのか竜樹?」

「ちっげぅよ! そりゃ下衆の勘繰りってもんだ左門……!!」

「けれどアリサさんと出生年が同じということから、何となく程度に『理由』は分かるかな」

「緋色さんまで……」

 

もう一方の十文字に対して三高の伊倉左門と緋色浩美は容赦がなかったりした。

 

「まぁそういうことだ。お前はどうなんだ? 相手がヘビー級のパンチャーだからと立ち向かうことをやめる?」

 

後ろを見ながら放たれたシロウの言葉に対して……

 

「やめるわけがあるかっ!! 例え十師族の魔法がそれだけの威力を誇っていたとしても!! 私は私の『鎧』を硬くしていくことをやめない!!」

 

遠上茉莉花は吼えるように言うのだ。

 

「ほぅ。ちったぁビビっていた方が可愛げはあると思うが?」

 

「ビビっているヒマなんて無い。少なくとも……一条さんに、十師族に、日本の魔法師界の頂点に、そんな秘技を使わせたというのならば―――」

 

私の鎧は十師族に通用したのだ。と言外に含めて自信を持って言う遠上茉莉花に満足してから十文字アリサを見ながら口を開く。

 

「とのことだ。まぁ遠上がこう言っているんだ。デッドボールにビビってバッターボックスに立つ打者はいない。お前にはちょっと理解できないかもしれないが……そういうことなんだ」

 

「……けど、私は」

 

「ああ、言わんとすることは分かっているが、お前の『妹』の意思ぐらいは尊重してやれよ」

 

ここで一条 茜を責め過ぎれば、彼女は再戦する時に手心を加えてしまう。

それは遠上にとっては心にヒビを入れる結果になるだろう。

 

これは言っていないが、それでもそれを悟れないほど馬鹿ではないことを祈るばかりだ。

 

「―――分かったわ。シロウ君の言葉に……いまは納得しておく」

 

俺の言葉じゃなくて、ものの道理に納得しておけよ。と思いながらも……。別の感想を持つものがいた。

 

(もう……アーシャにとって私は最優先すべきことじゃないんだな)

 

茉莉花が知っているアリサならば、彼女は何が何でも一条茜に魔闘をやることを禁止するように訴えてきたはずだ。

 

それこそ彼女からマジックアーツを取り上げなければ済まないとまでに、自分が止めなければいつまでも食い下がっていたはずだが。

 

今のアリサは―――親兄弟も同然の人間が傷つく可能性を除外するよりも、違う道理があるのだから。

 

「というわけで対抗戦、再開してよろしいかと思います。俺のアスクレピオスも問題なく行使しましたし」

 

「何とも間尺が悪い限りだが……そうするか。エミ、どんな形であれ試合を終わらせてこい。はい解散、解散。散った散った!」

 

北畑千佳の言葉と手拍子で試合に関係ない面子がマットの闘場から避けていく。

代わりにラストマッチの相手として2人の少女が舞台に上がるのだが……その中で少々気になるものがあった。

 

(千種先輩と―――多分だが三高の男子部長さんか?)

 

そこに十文字竜樹―――『ナーガールジュナ』と同じ字名を持つ十文字アリサの弟が話し合っている様子。何だか嫌な予感がする。

 

だが、流れに沿って会館の壁側に移動することになってしまった。

 

嫌な予感の解消もなくそちらに移動したら隣には遠上がいたりした。ちなみに十文字は五十里に窘められる形でしょっ引かれて、こうなったわけだが……。

 

(別に話すこともないしな)

 

別に間が持たないとかそういうこともないし、などと思っていたらば……。

 

「……ありがとう……」

 

か細い声で言ってきた感謝の言葉。聞こえなかったフリをした方がいいのかもしれないが、再び口を開こうとした遠上を察して。

 

「別に礼はいらんと言ったはずだが、ついでに言えば十文字の説得も特にな」

 

言わんとする所は分かっていたので、機先を制する形で言っておくのだった。

 

「……ズイブンと頭のいい皮肉屋だな」

 

「性分なんだよ。どの道あのままならば、三高での印象が最悪だったからな」

 

一条も十文字も。別にそれは彼女らの責任と言ってしまえばそこまでなのだが……。

 

「ともあれ、気にするな。気に病むぐらいならば、もっと硬い魔法の鎧でかかってくれや。そうすりゃ内部へ透す圧にも負けやしないだろう」

 

同時に遠上が慕う十文字の心労も軽減されるだろう。そういう意味で言った時に―――

 

ブザーが鳴り響く。中断時間が長くて身体が冷えていると思っていたラストファイトのアマゾネス(女闘士)2人の試合は呆気なく終わった。

 

一高の勝利である……。

 

「撤収準備だな。俺は男子の方を見てくるから―――ああん?」

 

全てのプログラムが終わり諸々の手続きはあれど、終了となるはずだった時間に起こる異常。

 

突如、会館の電子掲示板に表示される文字……そこには。

 

Exhibition Match

 

TATSUKI JYUUMONNJI

 

VS

 

SHIROU EMIYA

 

15minutes after START

 

などと電子音声でアナウンスされながら表示されるのであった……。

 

「なんでさ」

 

思わずオヤジの口癖が出てしまう辺り、シロウも混乱せざるをえないのだ。

 

 

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