衝撃はとんでもなかった。
十文字竜樹が受けた魔法は身体に貼っていた最後の防壁すらも打ち砕き、しこたま圧を食らわせたのだ。
そうして意識を途絶した竜樹が目を覚ますと、そこは三高の保健室であった。
掛けられていた白いシーツを押し退けて、半身を起こすと……。
「気分はどうですか?」
「―――別に悪くない。痛みも殆ど無い……衛宮士郎の術なんでしょうね」
横にいたのは自分の同い年の義姉であった。どうしても心に蟠りがあるヒトは、どうやら自分の看病をしてくれたようだ。
話す話題は無いわけではない。だが、別に竜樹が切り出すべきことでもない。
しかし、聞かなければならないこともある。
「アンタは……姉さんは、衛宮士郎が好きなのか?」
「―――それを竜樹さんが気にしますか?」
驚いたような顔をしてから平素な顔を取り繕った十文字アリサは質問に質問で返してきた。
「勇人兄さんの心が分からないアンタじゃないだろ。それを無視してでも彼を好きなのか……それが聞きたい」
かつて
だが、
「そうですね。好きですよ……一方的な想いを押し付けているだけかもしれませんが、その心を偽ることは出来ない」
「なんで?」
勇人があそこまで心を割いていたというのに、それよりもあんなぽっと出の訳わからない魔法師がいいというのか。
ちょっとした失望が竜樹に生まれる。
「知っていけば知っていくほどにその『衛宮士郎』という『ニンゲン』の奥深さに、複雑さにどうしても惹かれる……私は幸いにも十文字家という魔法師の有名な家に引き取られたけど、彼は一人で生きてきた……もしかしたらば、シロウ君は私が辿った姿なんじゃないかと思ってすごく惹かれる……」
「勇人兄さんだって両親を失って我が家に引き取られた……同じだっていうならば―――」
「うん、けども勇人さんは……私に対する哀れみと同情心とが混ぜ合わせで、そういう風な男性としての興味を持てなかった」
「先に父さんに引き取られていたからでしょ……」
案外、もう少し引っ張るように男気を見せていればまた違ったかも知れないが……兄貴分としての態度を優先した勇人の心が間違いではなかったのが悩ましい。
結論としては十文字家という『名家』に引き取られたことで、彼女は十文字の魔法師という枠組み……
同時にそれは、生き方を制限されたようなモノだ。
そういうのとは違う存在に惹かれてしまうのは何となく想像できる。
いっときの気の迷いというには、彼女はそもそも庶民的な育ちをしてもいたのだから……何とも。そちら側に対する理解も出てしまうのだろう。
「克人兄さんが許すとは思えない―――けども、俺にはそれ以上言えない。アナタの母親が自分の気持ちを優先せず、
戦う前は、どちらかといえば勇人の想いを踏みにじるアリサという姉に対する義憤が渦巻いていた竜樹だが……正直白けていた。
結局、分かっていたことだった。
男女の仲、寄せ合う情なんてのは魔法のような理論だったものではなく、本当に理屈ではない摩訶不思議なものなのだ。
論じることなどバカらしいほどに衝撃的な出会いも時にはあるのだろう。
(ならば、彼は何なんだ?)
そう考えた時に、時刻を見るとどうやらあの戦いから1時間ほど経っているようだ。
一高勢が日帰りで東京に戻ることを知っている竜樹としては、まだ金沢にいていいのだろうか? という疑問を呈したのだが……。
「竜樹さんが倒れたあとに色々あって、一泊することになりました。まぁいまシロウ君は『勝負』を挑まれている状況です」
自分が望んだこととはいえ、それは無遠慮すぎやしないかと三高の生徒たちに少しだけ憤りを覚えながらも、彼の勝負……義姉であるアリサが言い淀む現場に赴くことにするのだった。
「あっ、竜樹さん。そっちじゃないです。こっち」
「武道場以外で勝負しているのか……」
三高の構造を知っているわけじゃないだろうが、端末で先導するアリサの案内に従い、保健室から出てそして向かっていく……進むごとに魔法戦闘が行われている場所から遠ざかっているような気がする。
「姉さん。どこに向かおうと―――」
「はい。着きましたよ」
そして扉が開け放たれる。開け放たれた先で衛宮士郎は立ち上がる豪火の中で長柄の得物をふるい続けていた。
激しく燃え盛る火炎に負けじと彼の振るう得物は炎を制していく。なんて激しい演舞であり炎舞だ。
その中で生まれいづるものがある。
この前ではあらゆる錬金術が意味を成さないはずだ。精製される金属以上に誰もが価値を認めるそれは、万民が欲するものだ。
そう、彼は――――。
「王道中の王道!! 隋の煬帝すらも唸らせた揚州蛋炒飯を見舞ってやるぜ!!!」
―――チャーハンを作っているのだった。
思わずズッコケたくなるものであったが、その手際は、素人目に見てもとんでもなかった。
プロ料理人ですら難儀する巨大鍋の中の米が波打つようにして黄金をまとっていくのだ。
「大鍋で一挙に50人前を作るつもりですか!! ですが私も負けません!! 祖父殿から受け継いだこの軽量鉄鍋3つで30人前を作りますからね!!」
しかも一条レイラが対抗心を燃やすようにコンロ3口使っての作業をする……これに関しては、大体の三高生は既知のものであった。
彼女の中華料理人としての腕はかなりのものなのだ。
「レイちゃん!! ファイトー!! あっ、シロウくん。ご注文の冷製トマトコンソメスープも出来ているからね!!」
「私も手伝いましたよ!!」
そして一条も緋色とともに何かやっていたようだ。料理を作る三高女子と一高男子に混乱する竜樹。
「ど、どういうことで?」
「その辺りは私が竜樹クンに説明しようかしら」
竜樹の出した端的な疑問に答えるようにやってきたのは一高女子アーツ部の北畑千佳―――なのだが、ウィッグを着けた姿と表情の変化に戸惑う。
しかし説明は聞くことにするのだった。
曰く、竜樹との超絶なエキシビションマッチ及び戦いの激しさは見ているものも色々と興奮させた。
ここまでの戦いもプラスして撤収作業の両校アーツ部と竜樹の回復をさせていたシロウを見ていた面子
……全員の腹が盛大に鳴り響いたのだった。
そりゃもうお腹がペコちゃんになったのだった。
そこで北畑千佳は一計を案じた―――ここには都内のイタメシ屋で働くザ・シェフがいるのだと!!
『イタリア語で料理人はクオーコですけどね』
などというムダな
その時点で金沢に一泊することは決定したわけだが、ともあれ保健室へと竜樹(就寝中)を連れて行くことを決定したあとには、この大食堂へと案内されるのであった。
この事態を読んでいたわけではないが、一応ご飯はかなりの量が炊きあがっており、食材も確認は終わった。
だがこの時点で、リゾットは無理だなと思えた。(シロウ談)
如何に柔めにするとはいえ、リゾットは基本的に生米を使うのだ。ゆえに作るものは……。
『んじゃチャーハンでも作りますか』
イタリアンの料理人なのに、それはいいんだろうかと思うが、基本的にまかない料理というのは腕試しの意味もあるが、それでも仕事としての料理……メニューに乗らないようなものも時には作る。
要するに『飽き』やら『インスピレーション』を途絶えさせないためだ。
ぶっちゃけ寄越された材料次第で違うのだが……。
そんなわけで―――。
「数cmのズレを重ねて 偶然は運命になり」
「四次元の会話も馴れて つい引き込まれていって」
「暗闇を切り裂くようにアイニージューアラブなのよ」
北畑と千種……五十里の
最後の方に入れられた葉―――香り付けのためのそれを見つつ、アリサもその料理に興味をそそられる。
群がるような両校アーツ部の部員たち。総勢80名分を作ったわけだが、どう考えても足りないわけで、専用の食洗機に巨大鍋を入れてから次の巨大鍋を出してそこに大量のラードを入れるシロウ。
手際がいい。動きが機敏だ。
やはり店で仕事としてやっているだけにアリサのような素人料理人とは違う。
「アーシャ! 一緒に食べよう!!」
「竜樹! 持ってきたぜ!!」
そんなわけで砂金のような黄金炒飯を持ってきた互いの友人によって、食味となるのであった。
「いや、私は戦っていないわけだから、まずはミーナが」
「毒味! とりあえずどんなものかズバッとその神の舌で判断して!!」
既にヨダレが唇の端から垂れつつある親友に別にそれはいらないんじゃないかなーと思うも、胡椒の香りが漂うそれがアリサの食欲も刺激するわけで―――適当なところに座って食べることにするのだった。
前からシロウの手作り料理は食べていた。ごくごくたまに昼食を一緒にした際には、それなりに食べていたわけで……ゆえに―――。
一口頬張った瞬間に、二口、三口と自然とスプーンの動きが加速する。
「うまっ―――いやいやいや! なんでここまで美味いんだっ!! おにょれっエミヤシロウ!!」
「ミーナ。咀嚼しながら口を開かにゃい。ぎょうぎわるいよ」
「あーしゃも!」
道産子ギャルズの言葉を少し遠くの方に聞きながらも、冷静にそれを食べていた五十里明はカウンター席ともいえる最前列において、シロウに講評出来るところで口を開くのだった。
「ちょっと憎たらしい味付けだわ。わざと半歩だけ胡椒利かせすぎてるでしょ、これ」
スプーンを握った明が、むむむ、と米粒を睨みつけている。
「試合をやらないやつもやったやつも、みんな脳みそと身体をよく使っただろ? だったら、細かく味のバランス取るより、ガッツリ食欲満足させる方がお得じゃん」
結局、なんで応援している方も、食欲が湧くかといえばその戦いの熱気とかに当てられる。見ることも声を出すこともカロリーを使うからだ。
「うわ、
「最後にバジルをいれて味を上品にまとめてきたのね……細切れのチャーシューもネギも全てがハーモニーを奏でているわ」
「にしても最後の香り付けとしてはバジル、か。何故にバジル?」
五十里の口惜しげなセリフと、上品な口調で言う北畑。
最後に疑問を呈する千種先輩にシロウは返す。
「パクチーは人によって好き嫌いがありますからね。ハーブとしては玄人向けです。バジルであればまずまず万人向けです」
そういうことであった。ただこれを教えたのが伯母で、伯母はどっかの『転生するカミサマ』から教えてもらったと言ったことを思い出したシロウだったが、とりあえず余計なことは言わないでおくのだった。
「私達の作った冷製トマトコンソメスープもどうぞ」
「これはどうも。つるっ!といける―――そしてこの塩胡椒けむる砂金炒飯とのコントラストが!!」
「むむむっ! これはつまりカリウムとリコピンたっぷりのトマトコンソメによってナトリウム不足を起こした身体が塩化ナトリウムがふんだんな揚州蛋炒飯を美味しく感じる理屈!!!」
一条と緋色が出したスープがより炒飯を美味しく感じさせる。食の宴が更に騒がしくなる。
「三高の美少女三人とのコラボとか、アンタは三高に何しに来たんだ?」
「回復術者としてだと聞かされたはずなんだがな」
何故か仕事が増えるのは、見て見ぬ振りが出来ない己の性分ゆえだろうと五十里のニヤつくような顔と言葉に返しながらも鍋を振るう手は止まらず。
一条レイラとのコラボ、途中参加の十文字アリサの協力で300人前ぐらいは作ってのけるのだった……そんな料理上手は魔法上手なシロウを見ていた十文字竜樹(炒飯3杯目)は、少々残念な想いを抱くのだった。
彼にリベンジを果たせる舞台として九校戦は相応しく、しかし彼が選ばれることはないことを勇人から聞かされていて―――。
けれど炒飯とコンソメの味は変わらず美味しかった一方で都内や金沢の魔法の名家は色々と混乱を来して……シロウが否応なく巻き込まれていく。