7月19日 日曜日
今日ばかりは九校戦の準備のために学校に行くことはない。だからこそ離れの方でのんびりしようかと思っていたのだが……当主である克人から前日に言われてしまったことがある。
「和美にも言っておいたんだが、明日……重要な
明日は家にいるな。という言葉をオブラートに包んで言ってくる克人。
そういう風に言われたあとに結構な額の『お小遣い』を
よほどやましい話し合いだろうなと思いつつ、別にそこまで家のことに首を突っ込むつもりもないアリサは、従容としておくのであった。
この数年で北海道民(田舎)から都内の暮らしになれてしまったアリサだが、休日にどこかに遊びに行くとしてもナンパとかが嫌で勇人をボディガードよろしく付き添われることもあった。
しかし、そんな勇人は現在は別件で友人と出かけているようだ。
妹である和美は友人と連れ立って『AOIのイベントに行ってきます!!』などとメンズモデルにして役者業にも最近は進出しているタレントのイベントに行くとのこと。
自分はどうしたものかと思っていると、メイ及びいつもの面子から遊びの誘いが来るのであった。
特別断るつもりはないのだが……タイミング良すぎではないか? そう思いつつも―――遊び場へと向かうことにするのだった。
―――そんな……十文字アリサが出ていった20分後……コミューターの1つが巨大邸宅の前に停車。
そこから一組の男女が出てきた。家のセキュリティ上で問題はないとして通した当主。
家人はそれほどいない屋敷だが、こんにちに限ってはそれも暇を出しておいた。
ホームヘルパーに茶請けと茶を用意させつつ、克人は、この交渉を成功させるべく気合を入れるのであった。
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「十文字克人と言います。本日は、お呼び立てして申し訳ないお二方」
「要件はまだ何も伺ってはいませんが、とりあえず自己紹介のほどを―――衛宮士郎と申します」
「妻のモルガン・ペンドラゴンです」
いきなりな先制ストレートを食らった気分だ。事前調査で年上の女性と『同棲』しているのは分かっていたのだが……まさかそんな関係だったとは。
年齢にしてはちょっと幼いとも感じるかもしれない大きめの黒リボンで髪を結っているくすんだ金髪の美人―――婚約者はおろか恋人すらいない克人は羨望を覚えつつもそれを呑み込みながら対話へと向かう。
「さっそくで悪いが衛宮君、私がキミの学校のOBであることはご存知か?」
「少なくとも2人ほどは同じ名字の人間がいるんです。英国に住んでいたとはいえ、魔法師の名字で同じのがいるからと無関係とは考えませんよ」
数字持ちの制度とか存じ上げません。と言ってきたようにも感じる。フレンドリーさを出しつつも権威的な圧をかけたつもりだがあっさり躱された。
「まぁ『御息女』には少々、困らされているのでどうにかしてほしいというのが私の感想です」
「―――生憎ながら、君の言う御息女だろう十文字アリサは私の妹だ」
「失礼しました。御令妹でしたか、当主殿の年齢を勘違いしましたよ」
そこまで俺は老け顔か、親父に見えるのか!? そう怒鳴りたい気分を押し殺しつつ、本題に入ることにした。
「アリサや勇人から色々聞いているが、あれだな。君はどうにも……」
「反骨精神の塊なもので」
自覚はしているようだ。権力に阿ったり、上昇志向が強い野心家であればアリサに気に入られた時点で十文字の家に取り入ろうとするのが普通だ。
それが古式魔法師ゆえなのかどうかは判断がつきづらい。手強い交渉になりそうだと思いながらも対面の椅子に座った少年と女性に改めて向き合う。
「―――本題に入らせてもらうが、衛宮士郎くん―――私は君に『ある男』の治療を要請したい」
「俺は医者でもなければ看護師でもない。そんな奴が誰かにわけのわからない治療を施せば、どんな法律に抵触するか……分かったもんじゃない」
シャクティパットとかいう意味不明な治療を施したとか吐かす意味不明な団体が、日本にはかつていたのだ。治療ですら無いただの思いこみである。
まぁそれはさておき、何故こんなことを頼まれているかは察しがついているとシロウは前置いてから口を開く。
「妹さんや副会長たる弟君から何を聞かされているか知りませんが……俺の回復術で治るような人間なんでしょうか?」
「それは―――」
そこが不透明な限りなのだ。遠目ながら克人も彼の回復術はいくらか見てきたし、記録映像も見た。
だが肉体的な外傷を癒やしたところしか見ていない。そう考えるとかなりの賭けだ。
今更ながら……。本当に、不透明な限りだ。
(だが何よりも……)
この少年と相対していると、どうしても『あの悪魔』を思い出させる。
後輩たちにとっては三年間の仇敵。克人にとっても回数こそ多くないが仇敵であった。
(ノーブルファンタズムのファンタズム01を思わせる……)
欧州に地盤や祖を持つ古式魔法師が、こういう人間が主であると言われてしまえばそれまでだが。
攻め込まれているというか交渉の主導権が、相手にあることがキツイ。ならばこちらから胸襟を開くことで、願い出るしか無い。
「衛宮君、頼む。俺の後輩……司波達也を再び目覚めさせてくれ―――これが成功・失敗どちらであっても『これだけの額』を支払わせてもらう。どうか試してくれないか?」
「……」
その言葉に一度だけ眼を瞑って考えている様子の衛宮シロウ……。
永遠とも思える時間は現実には10秒程度だったのだろうが、その口から放たれた言葉は―――。
「十文字当主、この話は無かったことにしてください。私には荷が重い」
それはあまりにも無情な交渉の打ち切りであった。
「……訳を聞かせてもらってもいいかな?」
「一つに私の身の安全が保証されていない。あなた方は
「――――――」
「かの
急所を突かれたかのように固まる十文字を前にして言葉は続く。
「どのような戦いであったかは分かりませんが、少なくともあの全世界に向けてセンセーショナルな発言をしたタツヤ・シバは命だけは拾えていたようですね。言葉から察するに傷病・外傷の類は回復しているのでは?」
「表向きは、な……君に頼みたいのは、ヤツを昏睡状態から目覚めさせることだ」
「尚更、やるわけにはいきません」
その言葉に克人は声を荒げた。
「何故だ!? 君のチカラならば、一人の青年の命が、これからの魔法師の世界に必要不可欠だろう宝物のような人間が救えるかもしれないんだ! それを何故やらない!?」
『自分たちは日本の宝物だ!』
……などと自尊心と自意識だけが肥大化・尊大化した発言をする幼稚な大学生のような言動である。
突き放すように考えながら、言葉を紡ぐ。
「そんな人間が仮に元気に動き回っていることが『どこか』に伝われば、今度こそ『殺害』へと至るでしょうね。そして何より、これが重要なことですが―――、そんな風な状態にしたはずの男を治癒した術者……つまり私を最優先で狙うでしょうね」
「―――君を守るために」
「不可能だな。タツヤ・シバがどんな状況でそうなったかは不透明だが、あの宣言から察するによほど用意周到になっていたはずだ。
それこそ自身の係累である悪名高き『ヨツバ』の戦力をありったけ使ったと思うのだが……そんな奴らでも防ぎきれなかったノーブルファンタズムの刺客から我が夫を守りきれるわけがない」
ありったけの護衛を付けるという克人の考えを切り裂くように機先を制するように……モルガンという女性がそういったこと。それに対する保証の言葉が出なかった時点で克人のは『空手形』になった。
「……ならば、せめてその術式を教えてくれないか? 狙われるのが君自身でなければリスクは分散されるはず」
「残念なことに、ご当主の言うだろう回復術式『アスクレピオス』に関連するものは全て―――私固有のものなので習得は不可能です」
自分が魔法師としての『律』を侵しているということに気付かぬほど……このヒトはそこまで司波達也を『眠り』から覚ましたいのだろうか。
そこを突くことにした。
「ご当主……お聞きしたいことがありますが、アナタは本当に心の底からタツヤ・シバを救いたいのですか?」
「―――何故、そう思う?」
「大仰に言っていますが……本音は、少々違うんじゃないかと思いまして、何せ彼の宣言をまるっと信じるならば……あなた方、今まで日本政府や民間の方と上手くやろうとしてきた魔法師側の努力は全て水の泡ですからね」
「……だが、あいつのやろうとしていたことは」
「意味はあるのでしょうね。けれど、誰も彼もがタツヤ・シバのように割り切れない。
魔法師だけの、魔法師であるだけの価値観でいるなんて―――だって、遺伝子操作だけではなく、魔法師ではない親からも自然受胎で『魔法師』は生まれるんですから」
それはあらゆる意味で急所ではあった。
あの男の宣言は―――
―――社会に出たこともない人間がよく語る
―――幼稚な選民思想でしかないのだ
「お聞きしますが、ご当主かご当主の父君辺りがやっているだろう。土木建築事業の会社、そこで働く従業員は全員が魔法師なのですか? 魔法師でなければ雇ってくれないので?」
「そんなことはない。当たり前のことを………アリサや勇人から聞いていたよりも君は言舌が、弁が立ちすぎる」
「言いたいことは言い尽くしましたね。それでは―――」
立ち上がりお暇しようとしたシロウとモルガン。俯いていた十文字克人が声を掛ける。
「君が拒否したことで、もはやどうなるか分からない……俺が抑えていた四葉がどんなことを仕出かすのか……もはや制御不能の予測不能だ」
「あいにく、私は
「それを伝えたところで納得するかどうか……」
「脅したところで無理ですよ。俺は俺の道を歩む」
そのどこまでも周囲の普遍的な価値観には迎合しないという態度を見せて去っていく衛宮シロウは、あの頃……克人の腕を吹っ飛ばした司波達也と似ているようで非なるものだった。
そして―――。一連のことを映像も含めて克人から見て聞いた四葉家中は、あの日以来、何度目になるか分からぬ会議をすることになった。