ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー   作:ミハイル・シュパーギン

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チャプター7 相談

 そして翌朝。

 

 塚野は起床すると、いつもの日課の厚化粧を施そうと、洗面台の鏡の前に立ち、化粧道具の1つを握ったが、その手を下ろした。 

 

 そう、自分は変わらなければならない。 

 

 今までのけばけばしい厚化粧も、ある意味逃げだったのかもしれない。

 この類の化粧をするギャルは、一種の自分磨きの為にやっているが、自分にはそんな意識は無かった。

 そもそも同類の女子と一緒になる事なんて無かったし、興味も持っていなかったのである。

 

 塚野は最低限の物を残すと、大半の化粧道具をゴミ箱に投げ捨てた。

 その行為は勇気が要るものだったが、いざ捨ててしまうと気持ちが吹っ切れた。

 

 もう後戻りは出来ない…いや、初めから後戻りという手段など存在しなかった。

 ただ前進あるのみである。

 

 それに、自分の素顔が美人だと言われて、悪い気はしなかった。

 始めはお世辞だろうと考えていたが、どうやら本当に褒めてくれているらしく、塚野にはそれが嬉しかった。

 

 最低限の化粧を済ませると、荷物を持って家を出た。

 

 

 

「…なるほど。それは災難だったね」

 

 塚野と野島は、日本戦車道連盟の理事長室にいた。土橋は漫画部のイベントに顔を出していて、ここには来られていない。

 萩原も同じく、所要で同席していない。

 

 塚野から事のあらましを聞いた理事長の児玉七郎は、自分のつるつる頭を撫でた。

 

 塚野の一案とは、日本戦車道連盟に赴いて、カヴェナンターの蒸し風呂地獄をどうにかする方法が無いかどうかの相談だった。

 

 彼の近くの革張りのソファには、陸上自衛隊の蝶野亜美1等陸尉が座っている。

 

「それに割り当てられた予算も足りない。となると、手持ちの戦車で、何としてもオリエンテーションを成功させなければならないわね」

「はい。それで、色々調べた結果、カヴェナンターのオーバーヒートを遅らせる改造を、ここが行っていると聞きまして」

「塚野さん、だったね?」

「はい」

「正確には、わしらがここでやっとるわけではないのだ。連盟と契約を結んでいる整備工場で、競技用戦車に改造や修理をお願いしとるんだ」

「では…」

「わしに1つ伝手がある。そこに一本連絡を入れよう。えっと確か、3日だったかな?」

「はい。時間がありません」

「では、善は急げ、だ。ここからそう遠くはない。すぐに会いに行ける筈だよ」

 

 児玉理事長は立ったまま電話のボタンを叩いて、伝手の整備工場と連絡を取った。

 相手が出るのに少し時間が掛かり、暫くの沈黙があった。

 

「…ああ、わしだよ。実はちょっと、戦車の改造を教えてほしい子が、今ここにおるのだが、会って貰えるかの?いや、今日だ。ちょっと諸事情があってな…すまぬ、無理を言うね。じゃ、宜しく」

 

 児玉理事長は振り向いた。「承諾を貰ったよ」

 

「有難う御座います!」

 

 蝶野が立ち上がった。

 

「では理事長、この子達を送ってきます」

 

 すると児玉理事長は不思議そうに首を傾げた。

 

「え、確か蝶野君が乗って来たヘリって…」

「分かっています。でも、何とかなるでしょう」

「いや、だが…」

 

 みるみる狼狽する児玉理事長と、澄ました顔の蝶野に、塚野と野島は顔を見合わせた。

 

 

 

 十数分後、塚野と野島は空の上だったが、塚野は狂気の沙汰を味わっていた。

 この蝶野という自衛官、考える事が斜め上だ。

 

「こじぇな;おそんlな;ぇjんl;jなs!!!!!!!」

 

「なんにも心配いらないわー!」

 

 恐怖に顔を歪めて意味不明な喚き声を上げる塚野のレシーバー越しに、蝶野の陽気な声が宥めようとするが、それどころの騒ぎではなかった。

 

 なぜなら飛行するOH-1観測ヘリコプターの脚輪部分にしがみついていたからだ。

 

 一応、車輪にはスキッドが付いていて、それを足場にした上で、脚輪の支柱と自分を、命綱とハーネスで繋いで固定して落下しないようにしてはいるが、高度4桁を時速270kmで飛行するヘリコプターの外側に、剥き出しで上と正面からの強風に晒されながらしがみ付いている有様なのだ。

 

 その点、野島はコクピットの中に座っているから安心だが、パイロットからは「何も触るな」と念入りに指示されていたので、こっちはこっちで体を縮み上がらせてカチンコチンに強張っていた。

 

 体が何かに触れる度にビクッとして、また体を縮み上がらせる。

 

「そんなに怖がる事無いのに!アッハッハッハッハ!!!!」

 

 蝶野が高笑いする中、OH-1はひたすら最高速度で飛び続け、やがて児玉理事長が連絡を取った整備工場の上空に到達した。

 

 

 

 着陸した時、塚野も野島も、心身共にへとへとに消耗していた。

 

「お~い、づかの~。だいじょ~ぶか~?」

「ノイジ~こそへばってんじゃねぇですよ~だ…」

 

 どっちもフラフラだったが、互いに肩を貸し合って、辛うじて引っ繰り返らずに済む事が出来た。

 そんな二人を尻目に、蝶野は腰に手を当てて整備工場を左右に眺めていた。

 

「へー。丁度良いから私も見学していこっかな」

 

 そこへ、整備工場から工場長らしき男性が小走りに出て来た。

 パイロットに待機するよう言付けると、蝶野はその男性の前に歩み出た。

 男性は蝶野の前で立ち止まると、頭を搔き掻きした。

 

「すみません。ちょっと用事があったもので…」

「いえ。こちらこそ、急な話だったものですから」

 

 男性は、蝶野の肩越しに塚野と野島を見た。

 

「それで、この二人ですね?田張工場で工場長やっとります、田張将司です」

「塚野スズネです…おえっ」

「野島カエデです。ゲホッ、グホッ」

 

 互いに支え合いながら、塚野と野島はそれぞれ自己紹介した。

 

「その様子だと、大分参っちまったと見えますな」

 

 田張工場長は苦笑しながらOH-1を見た。「あれに乗って来たの?随分と無茶したねえ」

 

「無茶どころじゃねぇです、無謀っすよ…」

 

 蝶野が2人の肩をポンポン叩く。

 

「初めてのフライトで疲れちゃったわね。ちょっと休んでからにしますか」

 

 …誰のせいでこうなった。

 

 

 

 事務室で冷えた麦茶を出して貰い、15分程休んで落ち着くと、早速田張工場長が案内してくれた。

 工場の中は、大規模というわけではないが、それでも戦車を数輌は収容出来る広さを持っており、今も3台の競技用戦車が整備ないし修理中だった。

 

「凄い、色んな戦車があるんですねぇ」

「これでも小規模なんだけどね。もっと凄い所だと、何十台も並んでいるけど…まあ、腕はどこにも負けてないって自負はあるよ?」

 

 蝶野の前では改まっていたが、今の田張は砕けた姿勢で接してくれていた。

 

「そ、そうなんですね…」

「あ、そうそう。そんなに硬い口調じゃなくて、もっと砕けていいんだよ?」

「え、マジっすか?」

 

 田張はニコニコと頷いた。

 

「うんうん、それでいいそれでいい」

「あざっす!」

「適応はえーな」

 

 褒めてるのか皮肉っているのか分からない評価を下す野島。

 そんな野島をスルーして、塚野が1台の戦車を指差した。

 

「あのでかい戦車はなんすか?」

 

 その戦車は全体的に焦げ茶色で、フロント部分に傾斜が付いており、長大な主砲を備えていた。

 

 砲塔側面には、白で縁どられた黒色の十字マークが付いており、マークの中にこれまた白文字で『黒森峰』の表記がある。

 

「あ、黒森峰の戦車じゃん」

「その通り。手前の戦車はティーガーⅡ。ドイツの重戦車だよ」

「めっちゃ強そう」

「実際強いよ。何と言っても、あの88mm砲が強さの秘密でね」

「でも、奥のスマートな奴と比べたらちょっちいデブい…」

 

 奥のスマートな奴とは、ティーガーⅡと似たデザインのパンター G型中戦車の事で、派手に黒く煤けた2輌が縦に並んでいた。こちらも黒森峰の戦車である。

 

「ちょっと、デブって失礼ね!」

 

 鋭い声は、件のティーガーⅡからだった。

 

 『デブい』ティーガーⅡの車長用キューポラから顔を覗かせたのは、ワインレッドのスカートと黒のパンツァージャケット、黒の小さめな帽子の、鈍い銀色のセミロングヘアの少女だった。

 その目つきは、鋭い声と同じように鋭い。

 銀髪の少女は、キューポラの縁に両手を掛けて出て来た。

 

「ティーガーⅡは最強戦車の一角よ。デブ呼ばわりしないで!」

 

「あ、じゃあ、自衛隊の戦車と、どっちが強いっすか?」

 

 塚野は単に好奇心から聞いただけだが、銀髪の少女にとっては想定外だったらしく、ギクッとたじろいだ。

 

「な、何言ってるのよ!昔の戦車と今の戦車を比べる馬鹿がどこにいるのよ!」

「はーい、ここにいまーす」

 

 悪びれずに挙手する塚野に、相手は面倒になったのか、手を振りながら質問に答えた。

 

「ああもう。勝てるわけないでしょ、さすがに」

「え、でもさっき最強戦車の一角って…」

「だから、今と比べるなと言ってるでしょ!何回言わせるのよ!」

 

 喚き立てる銀髪の少女に苦笑しながら、田張は紹介した。

 

「紹介しよう。黒森峰女学園の戦車道チームの副隊長をやってる、逸見エリカさんだ。彼女の乗るティーガーⅡのサスペンションや電気系統に複雑な異常が発生したらしくてね、それでここで修理しているところなんだ」

 

 塚野と野島もそれぞれ自己紹介すると、エリカがティーガーⅡから下りて来て、2人をしげしげと見つめた。

 

「フロンティア学園?聞かない名前ね」

「この度、初めて戦車道を導入したらしくてね。今はカヴェナンターの改造方法を学びにいらしたのさ」

 

 エリカが腑に落ちないという顔をした。

 

「え、なんでカヴェナンターなんかを?」

 

 それについては塚野から説明する。

 

「なんか、中古販売サイトで安かったから買っちゃったんだけど、そうしたらえらいサウナ戦車で…」

 

 エリカはぷっと噴き出した。

 

「『サウナ戦車』って、あのゲテモノにピッタリの表現ね」

「あ、やっぱ知ってんすね」

「聖グロですら買わない代物よ」

「セイグロ…?」

「セントグロリアーナ女学院。英国の戦車を主力にしている高校だよ」

 

 田張が注釈を挟んだ。「まあ、戦車道に関しては素人だからね、仕方ないよ」

 

「でも、幾ら何でもカヴェナンターって…」

「一番安かったの」

「けどちょっと貧乏くじが過ぎるわよ」

「そんなわけで、改造方法を伝授して、オーバーヒートしにくくしようっていう作戦」

 

 そこへ、パンターの車上から、エリカの部下らしき声が横入りする。

 

「副隊長!赤星さんが呼んでまあす!」

「今行くわ!」

 

 声の主にそう答えてから、エリカはまた2人を見た。「あなた達、頑張ってね。期待してるわ」

 

 エリカと分かれてから、塚野と野島は、田張からカヴェナンターの改造方法について、実技を交えながら突貫でレクチャーされる事となった。

 

 

 

 続く


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