ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー   作:ミハイル・シュパーギン

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チャプター8 くじ引き

 泥の中でハリー・ホプキンス軽戦車が、車体を少し左に傾けた状態で動けなくなった。

 

「スタックしました!」

「了解」

 

 村江はSU-100のキューポラから身を乗り出してその様子を確認していた。

 大地の報告に咽喉マイクに手を触れて応答すると、

 

「みんな、出るわよ」

 

 伊関、桐山、萩原があちこちのハッチを開けて出て来る中、自分もキューポラの縁に手を掛けて天板の上に立つ。

 車上から村江は、停車してこちらに注目している塚野達を見た。

 

 これからスタックした戦車を仲間の戦車で救助する手本を見せるのだ。

 

「あの、村江さん」

 

 車体後部の牽引用ワイヤーを取り外しながら萩原が言った。

 頭にはヘッドセットカメラをバンドで装着しており、現在も録画中だが、何とも不思議な恰好だ。

 

 村江は萩原を見下ろした。

 

「何?」

「…あの中に入るんですか?」

 

 村江は、ギョッとした表情の萩原が指差す泥濘コースを一瞥すると、平然と答えた。

 

「ええ、そうよ」

「嘘、足が泥だらけになっちゃうんですけど…」

 

 そう言う伊関の足下は黒のスニーカーだ。

 あの泥の中に入ればスニーカーは泥で台無しになるだろうし、恐らく足首以上も泥沼に浸かる事になるだろう。

 

「だから何?」

 

 と、村江は平然と言ってのけると、自分から泥濘エリアの中に足を踏み入れて行った。

 2、3歩進んでから、3人を振り返る。

 

「ほら、早くしなさい」

 

 有無を言わせぬ口調に3人は観念して、村江の後に従った。

 

 

 

 それから数分後。

 

「あーあ。これ買ってまだ1週間なのになあ…」

 

 後ろでカヴェナンター同士のスタック救助練習が行われる中、スニーカー同士を擦りつけて泥を落とそうと悪戦苦闘しながら伊関がぼやいた。

 

 一方の村江は、軍人が履くようなブーツを履いていたので、泥まみれではあるが『サマ』になっていた。

 戦車道をやっていた時に身に着けていたのだろうか。

 

「本当は制服とか靴も揃えたいんだけど、如何せん予算が無いのよね…」

 

 と、村江が言った。「補助金も取れないなんて…」

 

 フロンティア学園戦車道は仮承認であり、その為に与えられた予算も非常に少ないので、どうにかしてやりくりしていくしかない。

 ただ、今は政府が戦車道にテコ入れしている時期でもあるので、本来なら補助金の獲得が可能だし、それで予算問題を解決出来る筈なのだが、それも仮承認が邪魔している。

 

 一応、仮承認である事は承知の上でここに転校したが…やっぱり不可解な思いにもなる。

 どうしてこうも慎重なんだろう。

 

「ああ、かなり長いこと戦車道を設置してきませんでしたし、予算もかなり必要なスポーツなので慎重にならざるを得ないのかと…」

 

 萩原がそう言ったが、納得出来る理由では無い。

 それに、質問したわけでもないのに、なぜわざわざ回答するように発言したのか?

 

「補助金を獲得出来るチャンスなのに、どうしてここの生徒会はそんなチャンスを逃す真似をするのかしら。私には理解出来ないわ」

「ま、まあ。生徒会に何か考えがあるのかもしれませんね」

「…ひょっとして萩原さん、何かご存知ですか?」

 

 そう不意打ちを掛けたのは大地だった。

 予想もしていなかった質問に、萩原はビクッと体を震わせた。

 

「え、いえ。私は何も…」

「あなた、知っているわね?」

 

 と、村江が畳みかけた。「それなら教えてほしいわ。生徒会を説得出来ると思うから」

 

 これに萩原は、視線をキョロキョロさせながらもじもじと居心地悪そうにした。

 どうやら、自分の不用意な発言に気付いて困っているらしい。

 

「そ、そんな事はありませんよ」

 

 村江は腕を組んだ。

 疑惑を深めている事は明らかである。

 

「報道部なのに妙ね」

「よっぽど言いにくい事情なんですか?」

「別に気にしないわよ。どんな内容かは知らないけれど」

 

 村江がそう促した直後、歓声が上がったのでそちらに目を向けると、塚野のカヴェナンターが、野島のカヴェナンターを泥濘からワイヤーで引っ張り上げたところだった。

 

 目の端で萩原の動きに気付き、横目で様子を窺うと、萩原の複雑そうな心境の視線が塚野に向けられているのに目を留めた。

 

 ほぼ同時に大地と目が合ったが、彼女も村江と同じ考えのようで、互いに小さく頷き合い、無言の会話を交わした。

 

 ただ、今は練習に集中だ。

 この件は後回しでも構わない。

 

 

 

 その後も登板やS字カーブ走行、悪路走行、砲撃訓練等、様々なメニューをこなす事で午前はあっという間に過ぎ去って行った。

 

 横にスライドする、戦車をかたどったようなボード型の標的が粉砕されたところで12時を迎えた。

 

「ほほう、いい腕してんじゃん」

 

 塚野は双眼鏡を下ろすと、右隣で今しがた100mm砲を放ったSU-100を見た。

 そちらでは、村江がキューポラの前に倒したハッチに肘を乗せて双眼鏡を覗いていた。

 

「300m…まだまだ序の口よ」

 

 こちらに体を向けながら平然と言ってのけた村江に、塚野は口をあんぐりとさせた。

 

「は?マジ?」

「…ちょっとは褒めて欲しいですってば!」

 

 砲手を担当していたらしい、伊関の抗議が通信に割って入ったが、村江はそれを流して話を続ける。

 

「この主砲なら、まだまだ長射程を撃てるわ」

「え、射程距離どんくらい?」

「14000~16000mよ。まあ、1km前後が力を発揮しやすいけれど」

 

 この回答に、塚野はちょっと顎を引いて考えた後、

 

「…まあ、そりゃ褒められないかぁ」

「隊長も酷いってば!」

 

 また伊関の声が抗議した。

 

 

 昼食は施設内の食堂を利用した。

 ポケットマネーで各々が好きなメニューを選ぶか、事前に自前で作って来た弁当、あるいは買って来た弁当やサンドイッチ等を持ち込んで、思い思いのテーブルで暫しの休息を嗜んだ。

 

「えっと、午後は練習試合だったよねぇ」

「チーム分けはまだだったな」

 

 正確に言うと車輛分けまでは決まっていて、カヴェナンター2輌から成るAチームと、SU-100、ハリー・ホプキンス、ルノーUEの3輌から成るBチームとに分かれて、チーム対抗戦形式での練習試合を行う事になっていた。

 

 ただ、やはりカヴェナンターがネックだった。

 

「でも、ぶっちゃけあのサウナに乗りたがらなさそうだし…」

 

 塚野とテーブルを挟んで向かい合って座る野島は、食堂のざるそばを摘まみ上げる割り箸の手を止めた。

 つゆの入った小さな陶器には、ネギの輪切りがいくつか浮かんでいる。

 

「じゃんけんでもすんのか?」

「いや、あたしじゃんけん弱いし…」

「じゃあどうすんだ?」

 

 塚野は、野島が握る割り箸に目を留めた。

 

「…くじ引きにしよっかな」

「良い案ね、それ」

 

 と、野島の隣に座る村江が相槌を打った。

 午後の練習試合の打ち合わせをする為、この3人に加えて大地と田張も一緒にいた。

 

「…え、使い終わった割り箸を集める感じですか?」

 

 と、大地がギョッとしたように尋ねると、塚野は頷いた。

 

「新品使うのは悪いしさぁ。でもちゃんと半分に折るよ?」

「…であれば、まあ」

 

 すると村江が、

 

「私はカヴェナンターに乗るから、宜しく」

 

 4人がほぼ同時に目を丸くして村江を見た。

 

「本当に乗るんですか!?」

 

 と、田張が思わず声を上げたが、村江は当然だと言うように落ち着き払っていた。

 

「ええ。カヴェナンターの有効活用方法を考えないといけないわけだし…」

 

 それから塚野を見て、「と言うか、あなたも隊長ならカヴェナンターに乗りなさいよ。なんで部下に蒸し風呂地獄を押し付けようとしているのよ?」

 

「いやだってさぁ、あんなの乗りたくないし」

 

 村江もそれ以上無理強いするつもりはなかったようだが、少し嫌味っぽく

 

「…まあ人それぞれだし、好きにすればいいわ。とりあえず、私は乗るから14本でいいわよ」

 

 村江はそこで、最後の白米を口に運んで完食となった。

 彼女はサバ味噌煮の定食だったようである。

 

 自分の使った割り箸をその場で半分に折ると、汚れていない方を塚野に差し出した。

 

「はい。これを使って」

 

 

 

 くじ引きの結果、こうなった。

 

 Aチームは村江、塚野、安藤、中村、鹿屋、伊関の6名、Bチームは、野島、土橋、萩原、大地、佐伯、桐山、田張、尾鷲、五十嵐の9名となった。

 

 しかし蒸し風呂を味わうのが嫌でごねる者が出る。

 

「うわ~ん、ユキネちゃ~ん。くじ譲ってよ~」

「何言ってるのよ、決まりは決まりでしょ」

 

 今にも泣きそうな顔でくじの交換を懇願してくる鹿屋に、佐伯は突き放すように言うと、

 

「そんな~酷い。この前仕事代わってあげたのに~。この裏切者~!恩知らず~!」

 

 と言う鹿屋の反論に、思わず言葉が詰まってしまった。

 

「う…ま、まあ…あれは…一応感謝してるわよ」

「ここで借りを返してよ~」

「今度そうしてあげるから、我慢しなさいよ」

 

 そう言って何とか蒸し風呂地獄行きから逃れようとする佐伯だったが、鹿屋は尚もごねてきた。

 とうとうすすり泣くような声で訴え始める。

 

「ぐすん…ユキネちゃん、本当は感謝なんかしてないんでしょ~。自分だけ良かったらそれでいんでしょ~。他の人の事なんてどうでもいんだよね~」

 

 佐伯は喉の奥で唸ったが、観念したように鹿屋の手から『当たり』のくじをもぎ取り、自分のくじを鹿屋に突き出した。

 

「ほら、分かったわよ。私が乗るから、もういいでしょ」

 

 途端に今にも泣きだしそうだった鹿屋の顔が、嘘のように晴れ渡った。

 

「やったー!ユキネちゃん愛してるー!」

「ちょっ…マジでやめてよ!離れてってば!」

 

 飛びついて抱き着いてきた鹿屋を無理矢理引き離そうともがく佐伯。「誰か助けてよ!」

 

 

 少し離れた所では、塚野が野島と土橋にくじの交換を交渉していた。

 

「あ?駄目に決まってんだろ」

「私も嫌かな…」

 

 野島と土橋は、友人の頼みを切り捨てた。

 それもその筈だ。あの蒸し風呂地獄の経験は、乗った者にとっての生涯のトラウマだ。

 ただ、チームで最初にそれを経験したのは他でも無い塚野であるわけだが…

 

「…ねえノイジー、ツッチー」

 

 急に改まったような口調の塚野に、野島と土橋は首を傾げた。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「友達って…何なんだろうね…」

「ごちゃごちゃ言ってねえで乗れってんだよ」

 

 塚野が投げかけた哲学っぽい話題を、野島はそう言って無理矢理終了させた。

 こちらは交換交渉に失敗したのであった。

 

 

 機械部の5人の方は、カヴェナンター乗車を賭けたじゃんけんを行い、最終的に田張と五十嵐の2人が蒸し風呂地獄に乗り込む事になった。

 伊関と桐山もじゃんけん勝負をして、こちらは結果が覆らなかった。

 

 

 そんな様子を傍観していた村江が、溜息交じりに言う。

 

「みんなよっぽど乗りたくないのね…」

「かなり痛い目を見た感じです…」

 

 ひきつった苦笑を浮かべる大地に、隣でカメラを回していた萩原がうんうんと相槌を打った。

 自分はカヴェナンターを免れたからか、幾分リラックスしている様子だ。

 

「そりゃもう…一度あんなの経験したら二度と乗りたくありませんよ」

「やれやれ…」

「あの、村江さん。私、塚野さんとくじを交換してきましょうか?」

 

 塚野は凄くガッカリした表情で自分の当たりくじを見つめているので、大地はその姿が不憫でならないらしい。

 だが、村江はキッパリと止めた。

 

「駄目よ。互いのチームに経験者がいないと、フェアじゃないでしょう?」

「それは、そうですが…」

「ここは、心を鬼にしなさい」

 

 その後、塚野は萩原にくじの交換を嘆願したが、やはり断られてしまったのだった。

 一応、ヘッドセットカメラのレンズが曇って撮影しづらくなる可能性と、温度にやられて壊れてしまう恐れがあるという理由づけはしたようである。

 

 

 

 続く

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