ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
さて、なにはともあれチーム編成が終わった塚野達は、くじの割り当てに従って戦車に乗り込み、チームごとに足羽教官の指定ポイントに移動した。
試合形式はどちらかが全滅すればゲームセットとなる殲滅戦で、互いのスタート地点は知らされている。
「一同、礼!」
足羽教官の号令で、向かい合って立つチーム同士が、
「宜しくお願いします!」
と言いながら一斉に頭を下げ、その後は各々の持ち場に戻って試合開始の合図を待った。
村江や大地を除けば、練習とは言え全員が初めての本物の試合形式を経験する事になる。
それから程無くして、足羽の声がスタートを告げ、合図の砲声が広大な演習場に響き渡った。
ここは本格的な練習試合が可能な面積を持ち、起伏のある平原や山地があり、一角には模擬市街地が配置されている。
「出発!」
Bチーム隊長を担当する野島の号令で、横一列に並んでいた3輌の戦車が一斉に前進を開始した。
「ひとまず、Aチームのスタート地点に向かいましょう」
と、ハリーホプキンスの車長を務める大地がそう提案した。「偵察にルノーUEを派遣するのがいいでしょう」
「オッケー。鹿屋広報」
「なんですかー!?」
鹿屋は機銃座の配置についており、ルノーUEの操縦はしていない。
今回操縦しているのは、不愛想な尾鷲である。
「あたし達より先に進んで、Aチームのスタート地点へ偵察に向かって」
すると、鹿屋から思いもかけない言葉が返って来た。
「え!機関銃でどうしろってんですかー!?」
「…あ?」
野島は一瞬、信じられないという風にルノーUEを見やり、再び咽喉マイクに手を触れた。
相手は3年生だが、こちらはBチームの隊長だ。
冷やかに返答する。
「偵察だっつってんでしょ。誰が攻撃しろっつったんすか?」
「うう、本当にどうなっても知りませんよー?」
野島は癇癪を炸裂させて声を荒らげた。
「早く行けっつってんでしょーが!」
「わわっ、分かったってー!」
やっとルノーUEは命令に従って、SU-100とハリーホプキンスから離れてぐんぐん前に出て行った。
「うーん。やっぱり私が行った方が良かったのかなあ?」
悩む大地だが、確かにハリーホプキンス軽戦車でも偵察は十分に務まるので、ルノーUEでは無く、自分達が偵察に行くという選択肢もあった。
だが、万一カヴェナンターと接近遭遇した場合、固定砲塔のSU-100は不利だ。
幾ら蒸し風呂地獄のカヴェナンターと言えど、回転砲塔と持ち前の機動力を活かせばSU-100を追い詰められるだろうし、弱点狙撃をされればおしまいだ。
そしてAチームには、自分よりも経験値が高い筈の村江がいるのだ。
もし、彼女の乗るカヴェナンターを相手にする事になれば、より上記の危険性が増す。
蒸し風呂地獄か、戦車そのもののオーバーヒートを警戒してあまり動いていないという可能性はあるが、本当にそうするという保証はどこにもない。
かと言って、ルノーUEを護衛に残しても殆ど役に立たない。
鹿屋も言っていたが、あの車載機関銃でどうにかなるわけがない。
だからこそルノーUEは、その小柄な車体を活かした隠密偵察がお似合いだが、それはまた別の機会に学ぶ事になるだろう。
回転砲塔が無いSU-100を単独で残すというリスクは、大地には取れなかったのである。
「止まって」
と、砲塔から上半身を出している村江がそう言うと、今しがた発進したばかりの2輌のカヴェナンターはガクンと前のめりに傾いてから元の姿勢に戻ってストップした。
スタート地点から、ほんの10mしか離れていない。
戦車道では、試合開始の合図で一度走り出さねばならないというルールがあり、最初から発進を待つ事をしなかったのは、その理由からである。
さて、村江は地図を広げて何か考えているようだ。
「どうすんのぉ?」
隣のカヴェナンターの砲塔から、やはり上半身を出している塚野が尋ねた。
「本来なら偵察を出して、相手の動向を探るのが定石だけど、カヴェナンターでは負担が大きいわね」
「でも待ってるわけにもいかないじゃん?」
「だから、移動するポイントの候補を選んだわ。あとは隊長のあなたが決めてちょうだい。地図、あるわよね?」
「あるよん」
塚野は、村江が持っているものと同じ地図を開いた。
「ここから北西に1キロ進んだ先にある模擬市街地に行けば、少なくとも正面戦闘は避けられるわ。射程距離の不利もカバーしやすい」
土地の起伏の影響で今いる場所からは見えないが、地図では確かに模擬市街地がある事を示
すマーカーが記されていた。
「1キロかぁ…」
「遭遇するまで操縦手以外は外に出ていてもいいかもね…乗り心地は良くないと思うけれど…」
「んまあ、暑さにやられるよりはいっか…んで、他の候補地ってあんの?」
「東に700m進めば小高い丘があるわ。頂上に陣取って、上から撃ち下ろす作戦が可能よ。ただ、SU-100の射程距離にアドバンテージがあるから、一方的に狙撃されるわ」
村江の言う通り、東に視線を転じると、緩やかな勾配の小さな丘が見える。
丘の周囲は平原で、どこから接近してきてもすぐに発見出来るだろう。
「あっちにはアワビがいるから、その可能性はあるね」
と、伊関が村江の意見に同意した。「私より100mm砲の扱いがうまいから」
「うーん…でも、丘の上に行けば、動かなくていいって事っしょ」
「それはそうだけど…」
村江は迷っている様子だが、あくまで隊長は塚野である事を忘れない。「どっちにする?」
塚野はもう1度地図を見下ろし、西の模擬市街地と東の丘を交互に見た。
「…おっし。丘から撃ち下ろしで」
「了解」
村江のカヴェナンターが最初に右に転回し、前を横切るのを見ながら塚野のカヴェナンターも方向転換して、。右斜め後から続いた。
「ちょっと、どいてくれない?」
塚野の足下に、砲手兼装填手を担当する佐伯が顔を覗かせた。
「ああ、めんごめんご」
軽い口調の後輩に、佐伯は一瞬ムッとした表情になったが、やれやれと首を振りながら傍をよじ登って砲塔の上に出た。
「あーもう。やっぱり代わらなきゃ良かったなあ…」
佐伯は、鹿屋の泣きつきに負けてくじの交換に応じた事を後悔していた。
「えー。意外と優しいって思ったのになぁ」
「ただのお人好しよ」
と、佐伯は素っ気なく応じた。塚野には背を向けて、周囲にBチームの戦車が現れないか見回している。
ルノーUEは長く曲がりくねった林道を抜けた。
この先を更に進むと、Aチームのスタート地点がある筈だ。
「敵はいますか?」
と、尾鷲の短く乾燥した質問に、
「まだ見えないよー」
鹿屋は開いた銃座のハッチから顔を出して、双眼鏡で前方を見回していた。「尾鷲ちゃんはどう思うー?」
「知りません」
「素っ気ないよー」
「何がですか?」
と、その時。
鹿屋の目の端で動くものを捉えた。
ハッとしてそちらに双眼鏡を向け、左上に少し動かすと一瞬、2輌のカヴェナンターを追い越した。
「いたいたー!」
「2輌ともですか?」
「正解!丘を登ってるねー」
「追いかけます」
尾鷲は素早くルノーUEの針路を、2輌のカヴェナンターの方へ修正した。
地図を全て把握していたらしく、丘という単語を聞いただけで、方角が分かったようだ。
「撃たれないように気を付けてねー」
「分かってます」
それから数秒走らせた後、「ところで、報告はいいんですか?」
「…あ」
鹿屋は慌てて回線を開いた。「こちら鹿屋!Aチームを見つけましたー!」
「場所は?」
と、野島の声。
「えっと、丘に登ってるよー!」
「地図の東側にある小さな丘ですか?」
大地の緊張しているが冷静な声が確認してきた。
「んーと、そうだと思う!」
「はい。その丘です」
鹿屋の曖昧な応答を、尾鷲の断言が補足した。
「市街地に行くかなって思ってましたが…」
と、大地が考え込む表情で言うと、ハリーホプキンスの操縦を担当している土橋が質問した。
「市街地だと有利になるんですか?」
「射程距離が関係無くなりますからね。こっちにはSU-100がありますから」
「でも、敢えて丘に行ったと…」
野島はそう言った後、「ああ。多分、なるべく中に乗っていたくないんだろうな…」
土橋も同意する。
「確かに。スズネちゃんなら考えそうだね」
「だろ?」
それから野島は、全車に「丘まで前進」と告げた。
丘へと近付いて行くルノーUEに、野島からの通信が入った。
「こちら野島。敵の射程距離外から監視を続行せよ」
「ええっと、了解ー」
通信を切ると、「ねえねえ。2ポンド砲の射程距離ってどれくらいだったかなー?」
質問を受けた尾鷲は、面倒臭そうに溜息を吐くと応答する。
座席が隣り合っていなくて、心底良かったと思った。
「撃たれなければ問題無いかと」
「それもそうかー」
「ねえ、なんだかだらけていないかしら?」
試合の様子をライブ配信する空中ドローンのカメラを通して、野外設置の大型モニターに映し出された丘上のカヴェナンターの様子を見ながらフロンティア学園からの一般見学者の女性が眉をひそめた。
ちょうど空中ドローンのカメラは、車外に出て涼む塚野達の姿を捉えていた。
その女性の後ろに座っていた初老の男性が、理由を説明する。
白髪交じりの頭と、よく日焼けした褐色の肌、そして屈強そうな逞しい体つきをしている。
「あの戦車はどうやら、時間が経つと蒸し風呂状態になるらしいですぞ。だから外にいるんでしょうな」
女性は、その初老の男性に振り向いた。
「そうなんですか?野島船長」
野島と呼ばれた初老の男性は頷いた。
「孫から聞いた話なので、間違い無いでしょう。それに、私も実際に調べてみて、あの戦車…カヴェナンターがそういう性質を持つ戦車である事が分かりましたぞ」
「ああ、そう言えば野島船長は孫が戦車道に参加したから見学に参加されたのでしたか」
「ええ。目に入れても痛くない、とは正にこの事なのだな、と実感しておるところです」
「目標確認!」
双眼鏡で丘上のカヴェナンターを確認した大地が叫んだ。「既に100mm砲の射程圏内です!」
「よっしゃ。100mm砲の威力を思い知らせてやるか」
そうほくそ笑む野島だったが、大地が注意事項を付け加える。
「あ、でも。確か弾数は34発なので、無駄撃ちはしないで下さいね」
「なに、一発必中で行ってやりまさあ」
と、何故か安藤が気合いを込めて言った。「まあ、あたしは操縦手なんですがね」
「砲の扱いならお任せあれです!」
桐山は、装填手の萩原に顔を向けた。「装填して下さい!」
「はい!」
予め徹甲弾を抱えて待機していた萩原は、素早い動作で装填作業を行った。
今もヘッドセットカメラは、作動中である事を示す小さな赤いランプが点灯している。
「敵戦車発見!11時方向より接近!」
砲塔の上に立って双眼鏡を回していた田張の報告に、村江が乗車を促す。
「みんな乗車して!砲撃が来るわよ!」
塚野達は慌ててそれぞれのカヴェナンターに潜り込んだ。
ハリーホプキンスが加速して、SU-100より先行した。
「こちらはそのまま丘に向かいます。そちらは狙撃で私達を援護して下さい!任意のタイミングでで砲撃してOKです!」
「あいよ」
大地の言葉に野島はそう応じると、「ストップ!」と命じ、SU-100は速度を落として停車した。
ハリーホプキンスはそのままSU-100を後に残して、Aチームが陣取る丘に向かってぐんぐん進んで行った。
「攻撃準備!…って、なんか初めて言うぜ」
野島が気分を高揚させる中、SU-100は主砲の仰角を上げて、丘の頂上に照準を合わせ始め、やがて砲の動きがピタリと止まった。
「ターゲット、ロックしました」
と、桐山が砲撃準備完了を報告する。
「ファイヤー!」
続く