ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
「いやあ、やばそうな戦車ばっかだったねぇ」
宿舎の一室の二段ベッドの下で、両手を枕に寝転ぶ塚野が言った。
この部屋は4人部屋で、塚野の他に野島、土橋、萩原が同室者である。
二段ベッドは部屋の左右に1つずつ、壁際に設置されており、塚野は部屋の出入口から見て右の方を使っていた。
「あんなチーム相手に勝てるのでしょうか?」
部屋の奥の窓際の机の椅子でヘッドセットカメラの記録映像を確認している萩原が言った。
脇には『予備バッテリー&SDカード』と書かれたラベルが貼られたプラスチック製の小箱が置いてある。
向かい側の席には土橋が座ってラップトップコンピューターを開いており、その後ろに立つ野島が画面を覗き込んでいる。
黒森峰女学園に関してフリー動画サイトで出回っている映像を見ており、タイトルは『第63戦車道全国高校生大会決勝戦/大洗女子学園vs黒森峰女学園』となっていた。
「…火力と装甲に物を言わせてるよね…あ、ヘッツァーが乱入してる!」
「ほうほう、隊形を崩されたな」
「聞くところによると、黒森峰は隊列を組んだ砲撃戦を得意としていますが、崩されると弱いみたいです」
「でもさぁ」
と、塚野が身を起こしてベッドから下りた。「それって簡単には行かないっしょ」
野島がモニターから塚野に目を転じた。
「てか隊長のお前も見ろよ」
「えー、この前見たし」
「今も見ろ」
「ほーい」
塚野も野島と並んで試合映像記録を見た。
映像はちょうど大洗チームがポルシェティーガーを先頭に高地の斜面を駆け下って敵中突破を成し遂げるところだった。
投稿主の編集で試合映像は飛び飛びになっているが、それでも試合経過を確認するには十分だった。
「今日の練習試合ってこれをまねたのか?」
「まあ、そんなとこ」
塚野がそう答えた直後にドアが2回ノックされた。
「隊長、ちょっといいかしら?」
ノックの主は村江で、開いてみると大地も一緒に立っていた。
「エンジンがお釈迦です」
開口一番、カヴェナンターの後部の上で身をかがめていた田張はそう言いながら、作業用手袋をはめた右手で額の汗を拭った。「パーツを交換しないと再起不能ですよ」
今日の練習試合で野島が車長を務めていた方のカヴェナンターだ。
車庫に運び込まれた後、田張たち隼高校組がエンジンや車体前部の冷却系統の様子を調べてくれていたのだが、おかげで風呂上がりにも関わらず、田張達は顔が煤やオイルで汚れ、体全体が汗まみれになっていた。
「けどよ…」
野島が言った。「そこまでして直す価値あんのか?」
この問いに全員が言葉に詰まった。
カヴェナンターの蒸し風呂地獄を一度味わうと、また直して使いたいかと聞かれると即答出来ない。
それでなくとも、試合中にオーバーヒートを起こされる心配をしながら乗らなければならない義理は無いというものだ。
本当は替えの戦車が欲しいところだが…
「でも他の戦車を買う予算無いなんだよねぇ」
「やっぱりパーツを交換した方がいいのでしょうか?」
と大地が言うと、土橋が
「え~、乗りたくないな~」
「だよな」
「で、隊長。結局どうするの?」
村江が塚野に最終判断を仰いだ。
「う~ん…やっぱ後で修理すっかな。なんだかんだ貴重な戦車だしさ」
「じゃあ、その方向で」
「なんだかジレンマですな」
と、安藤が言った。
「世の中、あんな代物もあるものなんですね」
田張がそう言いながらカヴェナンターから飛び降りる。
「よーし、また風呂だー!」
幾分疲労の色を顔に浮かべた中村が、自分を奮い立たせるようにスパナを持った手を突き上げた。
「二度風呂めんどくさい…」
そうぼやく尾鷲の肩を、五十嵐がポンポン叩いた。
「まあまあ。そのままだと部屋汚しちゃうから」
「分かってま~すよ~だ」
本日二度目の入浴に向かう田張達と分かれると、塚野は自販機で何か買って来ると言って野島達とも分かれた。
横に3台並んだ自動販売機の内、2台がドリンク、1台がカップ麺や総菜パンといった軽食を売っていた。
缶コーヒーを買ってから正面玄関に戻ってくると、外に出て夜風に当たりながらタブを押し上げて開封した時、
「あ、君」
左から声を掛けられてそちらに顔を向けると、あの『愛想が無さそうな』黒森峰の隊長と副隊長のエリカが立っていた。
多分、車庫で自軍の戦車を見回っていた帰りだろう。
西住まほ隊長を駅で見かけた時も静かな迫力のようなものを感じたが、こうして対面してみると、何故か自分が隊長として相応しいのかどうか、内心疑問を抱く思いであった。
やや圧倒されてしまったらしく、塚野は
「あ、こんばんは…」
と返答するのが精一杯だった。
相手の緊張を見て取ったのか、西住まほは表情を和らげた。
「そう硬くならなくていい。エリカから話は聞いている。君がフロンティア学園…だったか?の隊長だね?」
「は、はい…」
まほは「うん」と頷くと、
「ちょっと話をしないか?嫌だったら…」
「え、そんな事ないですよ!」
どうしてその返答がすぐに出たのかは自分でも分からなかったが、まほ同様に相手に対する興味があったのだろう。
エリカが確認するように言う。
「隊長、最終打ち合わせは…」
「なに、長話するわけでもあるまい」
「そうですね」
その後、5分くらい立ち話をしたが、田張整備工場でのエリカとの出会いや、塚野がそもそもどうして戦車道を始めたのかという話題がメインであった。
さすがに退学回避の為に戦車道を始めたという事は口に出さなかったが、それでもフリー動画サイトで見た大洗のⅣ号戦車と黒森峰のティーガーⅠ重戦車の最終決戦を見て大きな影響を受けたという事自体は本当だったので、理由付けとして十分だった。
そのティーガーⅠに乗っていたのがまほである事は分かっていたので、ちょっと遠慮がちに説明したが、まほ自身は特に気分を害した様子が無かった。
「ああ、あれは」
と、まほは逆に懐かしむように言った。「完敗だったな。そうか、もう1か月以上前か」
「来年こそは優勝したいです」
「3連敗は避けたいところだろうな」
「でも隊長不在になるわけですよね。なんだか不安です」
「私はそういう風にお前を育てた覚えはないぞ」
するとエリカはハッとして背筋をしゃんとした。
「は、はい!申し訳ありません!」
それからまほは、塚野の目にもエリカと似たような不安の色があるのを見て取った。
「君も不安そうだな」
「そりゃ…自問自答しちゃいますって。なんか、隊長として相応しいかどうか…」
「相応しくなるように頑張るしかないな」
エリカは他人事ではないらしく、その言葉にちょっと縮こまっている。
「いや、その…西住さんのような人を見てたら…」
「私は回答の1つに過ぎないさ」
塚野は意外そうにまほを見た。
まほは言葉を続ける。
「私はあくまで、西住流を体現する、一人の人間だ」
西住流という言葉は、ここ最近で塚野も知った言葉であった。
一度目を通したが忘れてしまったそのモットーを、まほは淀みなく口にする。
「『撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし。鉄の掟。鋼の心』。これが、私の戦車道よ」
「西住さんの…戦車道…」
まほは塚野の目を覗き込むように言う。
「ああ。同じように、エリカにはエリカの戦車道。塚野さんには塚野さんの戦車道。そして、あなたはフロンティア学園の隊長としてチームを引っ張っていかなければならない。あなたの戦車道で」
「わ、私の…戦車道…」
塚野の口の中はすっかりカラカラに乾いて掠れ声になっていた。
「そうだ。まだ形になっていないようだが、これから作っていけばいい。胸を張って誇れる、あなたの戦車道を」
まほの静かな励ましに、塚野の心の内で新たな意欲が湧いてくる感じがした。
「…はい…!」
まだ声は掠れ気味だが、その返事は決意に満ちたものであった。
夜が明けると、イズベスチヤ社の車庫は黒森峰チームの最終準備で慌ただしくなった。
履帯、サスペンション、転輪、エンジン、冷却系統、砲塔旋回装置等、各所のチェックに砲弾の積載作業、潤滑油の注入に燃料計のチェックといった様々な作業が手早く進められたのであった。
「隊長、全車コンディションOKです」
自分が座乗するティーガーⅠ重戦車の砲手から何事か報告を受けた直後のまほに、エリカがそう報告した。
「よし。全員を乗車させろ」
「はい」
エリカは一度その場を辞そうとして、再びまほと向かい合った。
「隊長」
「なんだ?」
「昨夜の隊長の言葉、私も力付けられました」
「ああ。エリカも頑張れ。今度は君が黒森峰を引っ張って行くのだからな」
その重みにエリカは一瞬硬直しそうになるが、声を出す事で恐れや圧迫、緊張を撃退する。
「はい!」
今度こそエリカが離れて行くと、まほは黒の略帽を被り、左手で押さえながら左右にちょっと回して頭にフィットさせた。
同じ頃、塚野達は見学席で試合開始を今や遅しと待っていた。
今日は追加の制服を連れの生徒会員と一緒に持参した国崎生徒会長も一緒だ。
「なんだか面構え変わったかしら?」
塚野にそう声を掛けて来たのは佐伯だった。
「え?」
「急に引き締まったというか…キリっとしたというか…」
昨夜の事は話していなかったが、まほとの会話は、やはり塚野の中で大なり小なり何かしらの変化をもたらしていたらしい。
しかしとぼけて見せる。
「あー。気のせいじゃない?」
「ふーん?」
佐伯は疑わし気な表情をしながら塚野の前を横切ると、国崎の隣に座った。
「佐伯さん、調子はどうですか?」
「はい…意外と仲良くやってます」
「それは良かったです」
それから2人は、暫し無言で観客席前の大型モニターに映し出される黒森峰女学園戦車隊がスタート地点まで移動する様子を見ていた。
沈黙を破ったのは国崎だった。
「私は塚野さんの成功を願っています。あなたはどうですか?」
「いやまあ…確かに頑張ってるとは思いますよ。それは認めます」
「おお、一歩前進ですね」
国崎は語を継いだ。「ところで、昨日見学に参加した女性から私に電話があったんですが、敷地の提供と義援金の寄付を検討してもいいと言ってきてくれましたよ」
佐伯は驚いて国崎に顔を向けた。
「え、そんな事が…!?」
「はい。多分、直接生徒会に話を通そうと思ったのかもしれませんが…佐伯さんが参加している事は知らなかったみたいです。話してみたら向こうもびっくりしていましたよ」
「…なんかちょっと悲しいです」
「少しずつ進展していっているようで何よりです」
「その件、塚野には伝えたんですか?」
「いえ。野島船長に言って貰う事にしました」
国崎は塚野の方を見た。
佐伯も視線を追うと、孫を挟んで座る野島船長が塚野に何か話しており、それに対して塚野の表情が明るくなっているところを見ると、どうやら佐伯が今しがた知った情報を野島船長が塚野に教えたらしかった。
「よし。じゃあ戦力拡張できんじゃん」
「人が足りねえのが問題だな」
と野島が言うと、祖父が
「まあまあそう焦りなさんな。1つずつ何とかしていけばいいさ。全部いっぺんにやろうとするとしんどいぞ」
その直後、萩原が観客席の前に設置された大型モニターを指さした。
「あ、始まりますよ!」
モニターではちょうど黒森峰女学園のチームメンバーと、イズベスチヤ社のアグレッサーチームのメンバーが向かい合って立つところが映し出されていた。
程無くして試合開始の前の挨拶が行われたが、今回の審判長は蝶野教官だった。
「一同、礼!」
両チームが一斉に「宜しくお願いします!」と頭を下げた後、どちらもキビキビした動きで反転して持ち場に向かった。
全員が戦車に乗り込むと、1分後に試合開始のアナウンスが鳴り響き、両軍の戦車隊が一斉に前進を開始した。
続く