ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
それから塚野は、まほに午後の練習試合に参加する旨を伝えた。
まほはフロンティア学園の戦力とチームの人数を確かめたが、やはりカヴェナンターで引っ掛かった。
「カヴェナンターか…」
「やっぱり評判悪いんですか?」
「ああ。継戦能力に問題があるからな…乗った事は無いが、乗りたいとも思わない」
そんな戦車に乗ったのが塚野であった。
少し居心地が悪くなり、穴があったら入りたい気持ちとはこういう事なのだろうと思った。
「隊長、レオパルトはどうでしょう?」
「ん?」
「ああいえ。あくまで提案に過ぎませんが…」
まほの反応が好意的では無いと思ったエリカは慌ててそう補足したが、
「…よし、それでいこう」
今のまほとエリカのやり取りの事が、塚野は気になった。
レオパルトがどんな戦車かは知らないが、貸し出しの判断に数秒要したのはなぜだろうかと気になったのだ。
「その…何か条件とかある感じですか?」
「レオパルトは日本戦車道連盟に引き渡し予定で、今最終テスト中なんだ。だから連盟に一度話を通さねばならない」
「許可が出ないかもしれないのよ」
「まあ話が通ったとしても、人数を聞いた限りじゃ2人あぶれるようだが。レオパルトは4人乗りだからな」
2輌のカヴェナンターにそれぞれ割り振られていた人数は3迷ずつ、即ち6名だ。
まほの言う通り、2人も爪弾きにされてしまう。
「いえ、それは何とかします」
「分かった。まずは蝶野教官に話をしに行こう。どのみち、君達の試合参加は予定外だからな」
幸い、蝶野教官はフロンティア学園の参戦とレオパルトの貸し出しを快諾してくれた。
その場にいたカリンカ教官も許可してくれたので、黒森峰女学園とフロンティア学園の合同チーム結成が決まった。
「あなたラッキーね。この機会にたくさん学びなさい」
と、カリンカは塚野を励ましてくれたが、この練習試合での結果如何に自分の行く末が掛かっている塚野に圧し掛かる重くどんよりとしたプレッシャーを晴らすには至らなかった。
いや、自分の行く末だけではない。
自分が折角ここまで育て上げて来た、そしてこれからも大きくしていくつもりの戦車道チームの運命も掛かっていると言って良い。
失うものが1つ増えたのだ。
いっそ、自分だけが退学になるならまだ気楽だったかもしれない。
自分の積み重ねて来たものが取り上げられ、自分はそこから永久に追放となるのだ。
そんな事は想像するだけで背筋に冷たいものが走った。
しかしそれはモチベーションでもあった。
村江の言う通り、この戦車道チームに自分は愛着を抱き始めている。
もし今まで通り退学回避だけを目的としているのなら、敢えて黒森峰とチームを組む必要など無いと考える筈だ。
なぜなら無用なリスクを冒すまいという思考になるからだ。
だが、今回の自分の決断はその範疇を越えている。
退学回避だけを考えるなら安全志向を取るのが普通だ…目的達成だけを目指すなら。
そう、この戦車道チームは自分にとってのアイデンティティーになりつつあった。
そう考えると、急に力が湧き水のように全身に漲って来るのを塚野は感じた。
仲間と準備を進めながら空を見上げると、どんよりとした曇り空の中に出来た隙間から、太陽の光線が幾筋か差し込む瞬間が目に入った。
自然と両手が拳を握り締める。
「特別なものとなりつつありますね」
国崎がいつの間にか塚野の後ろに立っていた。「『あなた』の戦車道」
この生徒会長は人の心を直接覗き見る異能の持ち主なのだろうか?と、塚野は訝った。
「かもしれません」
「しっかり頑張って下さい。この『初陣』は、あなたの今後を左右するでしょう」
「おい隊長!」
野島に呼ばれ、塚野はそちらに向かって走って行った。
その背中を国崎は暫し見送ると、観客席に戻るべく踵を返した。
フロンティア学園の参加の手続きは佐伯に任せ、蝶野教官が理事長にレオパルト貸し出しの話を通してくれている間、塚野、野島、村江、大地の4人はまほとエリカと一緒にレオパルトを見に行った。
昨日塚野達が操縦や砲撃の訓練を行った練習場では、ちょうどレオパルトが起伏のある道をガクンガクンと車体を揺らしながら走破しているところだった。
このレオパルトは、勿論戦後生まれの主力戦車の事では無い。
VK16.02レオパルトは、戦中にドイツがⅡ号戦車系列の16t級戦車として試作していた軽戦車で、パンター中戦車やティーガーⅡ重戦車を前後から圧縮してデフォルメ化したような見た目をしている。
最終的に重さは軽戦車としては重量級の21.9tに落ち着いたようである(参考までにⅡ号戦車は8.9t、M24チャーフィーは18.4t)。
主砲はⅢ号戦車等が装備していた50mm砲で決して強力では無いが、鈍重そうな見た目とは裏腹に幅広の履帯のおかげで機動力は高く、オンロード走行では時速60kmが見込まれていたようである。
1943年4月から試作車の組み立て作業が始まり、かなり工程は進んだようだが、最終的に中止になり、未完成に終わった経緯がある。
「まさか動くレオパルトを拝めるなんて…」
そう呟いた村江に、エリカが横で説明を加える。
「うちとか連盟とかドイツの有志が協力して、部品やら資料やらをかき集めて組み立てていたみたいなの。足りない分は既存の部品を加工したり新規製造を特例で認めたりとかしてね」
当時、黒森峰女学園は機動力重視の戦術から、主に対プラウダ高校に重点を置いた重装甲重火力戦術への移行を進めており、レオパルトもその一環として組み立てられており、偵察要員に予定されていたようである。
ただ、結局Ⅲ号戦車で偵察は十分務まると判断された事や、軽戦車としては整備が大変である事、更にはレオパルトに使う予算をティーガーやパンター等と言った重戦力導入と整備に優先的に回す事が決定された事から、レオパルトは『戦力外通告』を受ける事となった。
とは言え、完成までは漕ぎ付けた上で日本戦車道連盟に譲渡される事となり、引き渡しに向けた最終運用試験をこのイズベスチヤ社の練習場で行っていたのである。
と、説明が長くなってしまったが、有力な戦車が少ないフロンティア学園のチームにとっては、このレオパルトは貸し出しとは言え頼もしい戦車に見えた。
どっしりした佇まいもそうだが、何より50mm砲はSU-100の主砲に次いで強力と言えるのだ。
「なんか強そう」
「光栄ね。レオパルトにとってはこれが初陣よ」
「え、そんじゃあたし達と一緒じゃん」
その近くでは、大地が村江と相談していた。
「人選はどうしましょう?私が乗りますか?」
「いえ、私が乗るわ。あなたは他の子達のサポートをお願い」
「え、でもそれなら村江さんの方が…私より先輩ですし…」
「それはあなたの方が適任よ」
「そう…ですか…」
「ええ。頼んだわよ」
村江は微笑みながら頷くと、「あとは田張と彼女の部下が1人…それと鹿屋といったところかしらね」
「鹿屋さんを?」
「ああ見えて、意外と飲み込みが早いのよ。特に砲撃がうまいわ」
「…でもそれなら桐山さんが一番上手では?」
「だからこそよ。あの子にはSU-100の砲手をやって貰うわ」
マイペースでのんびりした言動が多いものの、チーム内で最も上達が早いのは鹿屋であり、それを見込んでの人選だった。
それから数分後。
レオパルトの50mm砲が火を噴き、放たれた徹甲弾は静止している戦車型の標的板を撃ち砕いた。
「え、当たったー!?」
「ええ。初弾命中。凄い腕を上げたわね」
そう誉め言葉を掛けながら、村江は砲弾を装填してあげた。
レオパルトの乗員構成は車長、砲手、操縦手、通信手で、装填手は存在していないのだ。
「でもまぐれかもー」
「じゃあ次は…あの横移動してるやつ」
村江が指定したのは、ゆっくりとスライド移動している標的板だった。
「アイアイサー」
数秒の照準作業の後、「よーし…撃てー!」
一呼吸おいて発射された2発目は、またも標的を粉々に破壊した。
「ビンゴ!やっぱり砲手に向いているわね」
「そうですかー?えへへー」
照れながら右手で後頭部を撫でる鹿屋。「じゃあ決まりですかー?」
「ええ。あなたにやって貰うわ」
こうしてレオパルトは、貸し出しとは言えフロンティア学園の戦力として戦列に加わる事となり、黒森峰チームと一緒にスタート地点に配置されると、このユニークなデザインの軽戦車の周りをメンバー達がぞろぞろと囲った。
その中には好奇心で寄って来た黒森峰のメンバーもいる。
「すっごい、こんなかわいらしいデザインもあるんだ!」
早速土橋はレオパルトの外観を喜々としてスケッチしていた。
彼女は『爪弾き』にされる2人のうちの1人だったが、第三者視点からの記録係としての役割を任されていた。
午前の黒森峰とイズベスチヤ社の試合の事細かな文章記録が、村江や大地から評価されたらしい。
「早いですね~」
土橋のスケッチブックを覗き込んでいるのは、黒森峰女学園チームのメンバーの1人だった。
彼女の言う通り、土橋は物凄いピッチでレオパルトを描き上げていた。
しかも履帯の形から主砲のマズルブレーキの形状等、細かな部分まで見落としが無かった。
「慣れですよ、慣れ」
「それにしても細かいなあ。羨ましい限りだよ」
心底羨ましそうなこの黒森峰の隊員に、
「じゃあ、これプレゼントしますね。赤星さん」
「え、本当!?有難う!」
赤星小梅の顔がパッと明るくなった。
「野島さん。試合頑張って下さい」
そう声を掛けた萩原の頭にはトレードマークのヘッドセットカメラが無かった。
彼女が今回の試合で『爪弾き』にされたもう1人だった。
しかしこれは、萩原が敢えて自分を『ある意味部外者』として外れたのであって、決して疎んじられたのではない。
それに、土橋と一緒に試合の記録を外部視点から取る目的もあった。
「ん?ああ、そうだな」
「まだ心配してるんですか?」
「あたりめえだろ」
「カエデちゃん。すっかり副隊長っぽくなったね」
「うるせえな」
一方、黒森峰戦車隊の前では、塚野が逸見に挨拶していた。
「逸見さん。今回は一緒にチームを組んで頂いて有難うございます。まだまだ駆け出しの中の駆け出しですが、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく。まあ私だって、隊長あんまりやった事ないから、お互い頑張りましょう」
「副隊長、そろそろ」
エリカは後ろからそっと声を掛けた部下に肩越しに振り向くと、
「分かったわ」
と返事をした。
両校のメンバーは蝶野率いる審判団の前に集合すると、イズベスチヤ社のメンバーと向かい合い、蝶野の号令に従って頭を下げ合った。
「いよいよ初陣ですね」
モニター越しにそれぞれのチームがそれぞれの持ち場につく様子を身ながら、国崎が横に座る萩原に言った。
土橋は萩原の隣で、ラップトップコンピューターのキーボードに指を置いて記録準備は万端だ。
「うまくいくといいですが…」
「そうとは限らないでしょうね。でも、どうやって試練を乗り越えるのか、それが試されると思います」
「国崎会長は、どう思いますか?」
「何がですか?」
「塚野さんが、試練を乗り越えられるかどうかです」
「ええ、期待しても良いと思っていますよ」
国崎の言葉に嘘偽りは無かった。「土橋さんはどう思いますか?」
「私も、スズやんは大丈夫だと思います!」
土橋がそう即答した直後、試合開始のナレーションが響き渡った。
続く