ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
その後、黒森峰女学園とフロンティア学園の連合チームは、模擬市街地に向かって移動を始めた。
模擬市街地とは言い上、高層ビル等の現代的な外観の建物は建っておらず、一昔前の街をイメージしたような建物や道で構成された場所であり、全体的に前後に長い土地の片側が街をなぞるようにして川が流れ、幾つか橋が通されている。
一方イズベスチヤ社のアグレッサーチームも、隊長車の修理を終えると行動を開始し、後を追って川を渡った。
両軍の再激突が時間の問題となる中、観客席ではフロンティア学園からの一般見学者の1人が先の戦闘についてじっと考え込んでいた。
その人物は、フロンティア学園の戦車道チームに義援金と敷地の提供を検討してもいいと表明した女性だった。
「どうしました?」
と、野島船長がその女性の様子に気付いて後ろから声を掛けると、女性はおもむろに振り返り、
「今凄く悩んでいるのですが…」
「何をです?」
「さっきの戦い、うちのチームが足を引っ張りましたよね?」
「え?ああ…待ち伏せがばれた事…ですか?」
「ええ」
と、女性は首肯した。「いや、確かにその…駆け出し?のチームなのは分かっているのですが…その後の事を考えると…私の中で不安が出て来まして…」
「と、言いますと?」
あくまで冷静に野島船長は先を促すが、内心は女性が何を言い出すか予想出来ていて気が気でなかった。
自分の孫が所属するチームにもしもの事があったらと思うと、祖父としては気に掛かるものである。
「戦車道のチームとして、果たしてこの先うまくやっていく事が出来るのかどうか…しかも隊長って…お聞きしたところでは未経験者だとか…」
野島船長が国崎、土橋、萩原の方に顔を向けると、土橋がそれに答えた。
「はい。確かに仰る通りですが…」
「後で経験者が入って来た事は本当ですか?」
「はい。それも仰る通りです」
「ではどうして、その人に隊長を任せなかったのですか?」
「いや、それは…今の隊長がこのチームを立ち上げたからです」
それについては女性も納得したように「あ~」と頷いたが、
「でもやっぱりこの先がなんだか不安なので…義援金と敷地の提供について再検討せざるを得ないと…」
「いや、井上さん。ミスは誰にでもある事では?」
と、野島船長が待ったをかけたが、井上と呼ばれた女性はまだ悩んでいるようだった。
「私としてもいきなり取り下げるのはあれなんですが…」
「少し宜しいでしょうか?」
落ち着いた声が別方向から割って入り、一同がそちらを見ると、立っていたのは黒森峰女学園の現隊長、西住まほだった。
「あなたは…黒森峰女学園?の…」
「はい。隊長の西住まほです。赤の他人が口出しするのは気が引けますが…」
と、まほはそう前置きした上で、「確かにあれは致命的なミスです。ですが、その後、あなた方のチームの隊長がどうするかを観察してみては如何でしょうか?」
「西住隊長は…確信と言うか、予感があるみたいですね」
そう言ったのは国崎だった。
まほの言動の響きと佇まいから敏感に感じ取ったようだ。
まほは国崎を見た。
「ええ。昨夜に隊長の塚野さんにお会いして少しお話した時もそうでしたが、さっきの戦いで見せた姿勢からそう思いました。塚野さんなら、もう何か策を講じているか、あるいは考えている最中かもしれません。このまま済ませるとは、到底思えません」
「確かに黒森峰の戦車を先に逃がそうとしてたなあ」
と、土橋が言うと、萩原も何度も首を縦に振り、
「はい。私なら咄嗟にあんな事が出来るかどうか…自分が直接ミスをしたわけじゃないにしても…それで頭が真っ白になっているんじゃないかなあって思いましたもん」
「そうそう。そうだよね。私もそうなると思う」
「ですから井上さん…」
と、まほは改めて井上に体を向けた。「もう少し、待ってみてはどうでしょうか?」
井上は、初対面でこそあったが西住まほから漂う歴戦の強者としてのオーラや自信、矜持、確信を感じ取った。
「分かりました。西住隊長の言葉に従ってみます」
「市街地まで10分…ギリギリ配置につけるかしら…」
前方に姿を現した模擬市街地を見てエリカはそう呟いた。
監視に置いた3輌のうち、Ⅲ号戦車から送られてきた情報によると、アグレッサーチームは数分前に行動を再開し、渡河も終えてこちらの後を追っているとの事だ。
ただ、T-44による攻撃で3輌とも追い返されてしまったので追跡は出来なくなっており、エリカは3輌とも模擬市街地に向かうよう指示を出していた。
「逸見隊長…」
塚野が話しかけて来たので、エリカは思考を中断して右を並走するレオパルトを見ると、砲塔から体を出している塚野がこちらを見ていた。
「何?」
「先程はこちらのミスで待ち伏せ場所がばれてしまって、本当に申し訳ございませんでした!」
塚野はそう言って深々と頭を下げたが、エリカは柔和に微笑んだ。
そう言えばこちらも悪態を突いたが、逆にこちらが恥ずかしくなってきた。
「もう気にしていないわ。それより、私達の戦車を先に逃がそうとしてくれたそうね」
「あ、いや。あれはこっちがミスしたものですから…」
「そうだとしても、感謝しているわ。16号車と17号車のみんなも、そう思っている筈よ」
「あ、有難うございますです…」
塚野は恥ずかしそうにもじもじしたが、褒められるのがそんなに珍しい事なのか、どこか挙動不審で逆にエリカは一瞬きょとんとしてしまった。
「まあ、これからが大事だから、気を引き締め直しなさい。もうじき市街地に到着するから、あなた達にも協力して貰わないと」
「はい、頑張ります!」
塚野はそう言った後、まだ何か言いたそうに右手の人差し指を頬に当てて考え込んだ。
「…どうしたの?」
「その…ちょっちい作戦を思いついたんですが…」
「ん?」
エリカは興味をそそられて首を傾げた。
それから十数分後。
「…見えた。攻撃用意!」
先頭のIS-3に乗る田村副隊長はそう命令しながら、双眼鏡を左右にじっくり動かして状況を確認する。
カリンカ教官の読み通り、敵は模擬市街地に防衛線を張っている。
因みにカリンカは別行動を取っていてこの場にはおらず、今は田村がこの部隊の指揮を執っている。
「それにしても何のつもりかしら…」
田村の注意は、模擬市街地の前を横断する川より前に出て来ている、4輌の戦車の事が気になった。
左からパンター、エレファント、ティーガーⅡ、そしてパンターだ。
「副隊長!2時方向に別の敵戦車隊!」
双眼鏡を向けると、レオパルト、ハリーホプキンス、ルノーUEの3輌が真っ直ぐこちらに向かって来る様子が確認出来た。
田村は双眼鏡を下ろした。
「時間稼ぎかしら?配置が完了するまでの」
川向こうを見ると、ヤークトティーガーやヤークトパンターが煉瓦造りの塀で車体を隠しつつこちらに砲の狙いをつけていた。
「どうしますか?」
「右翼のT-44小隊は隊列から外れて2時方向の敵戦車を排除。あとはIS-3を前に出して前進を続行するわよ」
と、その時だった。
不意にこちらへ向かって来る4輌の黒森峰戦車がが左右に方向転換した。
「ん?」
田村が首を傾げた直後、左右に分かれた4輌の黒森峰戦車の背後の茂みに潜む、背の低い駆逐戦車の姿を認め、その事を予想だにしていなかった田村は息を呑んだ。
「撃てー!」
エリカが気合を込めて下令した瞬間、SU-100とⅣ号駆逐戦車3輌からなる待ち伏せ部隊がアグレッサーチームに向かって一斉砲撃をかけた。
4発中、2発がT-44に対して有効弾となり、1発はIS-3の正面を捉えたが弾道を逸らされ、もう1発はT-44の砲塔側面を掠めて行った。
「倒した!?」
有効弾を与えた1輌であるSU-100では、桐山が歓喜の表情でスコープを覗いていた。
スコープの中では、黒煙を上げるT-44が白旗を上げるところだった。
「どんぴしゃり!やったな!」
野島もガッツポーズを取り、伊関は桐山とハイタッチを交わす。
中村も振り向いて
「やったね!」
と破顔している。
「発射!」
勢いに乗った桐山が更に砲撃し、他のⅣ号駆逐戦車も合わせて砲撃する。
更にこの待ち伏せ部隊の存在を隠していたエリカ達4輌の戦車も砲撃をかけ、不意打ちから立ち直っていないアグレッサーチームは急停止するとそのまま後退に入った。
「おっし、突っ込めぇ!」
「怖すぎますって!」
塚野の命令に従いつつ、田張が文句を返す。
レオパルトとハリーホプキンスは、後退を続けるアグレッサーチームの隊列の中に飛び込み、右に左に軽やかに回避しながら砲撃を加えた。
さながら逃げる草食動物の群れの中を走るネコ科の猛獣のようだが、打撃は与えられなかった。
しかしそれでもアグレッサーチームを搔き乱す事に成功し、応戦しようと砲塔を回したT-44がエリカのエレファントに撃破された。
レオパルトとハリーホプキンスは、一撃離脱の要領で突入地点とは反対側に飛び出すと反転せず、そのまま離脱していった。
「休まず撃ち続けて!」
エリカは敵がすっかり遠ざかってしまうまで砲撃を続けさせた。
漸く砲撃が止むと、塚野の興奮で上ずった声が、
「すっごいですね、逸見隊長!」
「いえ、あなたのアイデアを下敷きにしたに過ぎないわ」
塚野はエリカに、自分が思いついた作戦としてフロンティア学園の戦車隊が前に出て気を引き、あるタイミングで方向転換すると背後の黒森峰の戦車隊の一斉砲撃で敵戦車を撃破するアイデアを出していた。
エリカはこのアイデアを発展させ、先程のように川沿いに点在する茂みを利用して4輌の駆逐戦車を待ち構えさせ、その存在を察知されない為にエリカ達4輌の黒森峰戦車がわざと突出し、それを援護するかのように見せかけて市街地にヤークトティーガーとヤークトパンターの2輌を配置、更に遊撃隊と見せかける為にフロンティア学園のレオパルト、ハリーホプキンス、ルノーUEを突撃させたのである。
「でもマジで効くなんて…」
「ええ。実は私も驚いているわ」
そう言った後、エリカは笑顔から真顔に戻り、「みんな、市街地に入って。敵はすぐに戻って来るわ。次に備えるわよ」
続く