ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
「そろ~り…そろ~り…」
カリンカはT-70軽戦車の狭い車内で一人そう呟いていた。
「カリンカ隊長。こちらの侵入は気付かれていないようです」
操縦手がペリスコープを回して周囲の様子を窺いながら言った。
「上々ね。じゃあ、ちょっくらいたずらタイムといきますか」
そう、カリンカはIS-3からT-70に乗り換えて、自分だけが知っている小道を通って、模擬市街地に単独で忍び込んでいたのだ。
田村副隊長達が不意打ちを食らって一時撤退に追い込まれたのはちょっと意外だったが、そういう事態も織り込み済みではあった。
「ふふ、あの子達の未来は明るいわね」
カリンカは不敵に微笑みつつ、「でもここまでよ」
その直後、カリンカは交差点を通って行ったハリーホプキンスとルノーUEを発見した。
どこかに配置につこうと急いでいるのだろうか。
「こちらカリンカ。侵入ポイントまでどれくらい?」
『あと数分下さい』
「了解。じゃあ、先に行ってるから、到着したら予定通り行動して」
『分かりました』
カリンカは通信を切ると、
「じゃ、まずはあの軽戦車2輌から」
「了解」
「こちら大地!広場に到着しました!
「こちら佐伯。同じく広場についたわ」
「オッケー。んじゃあ敵に注意ね」
「りょうか…」
瞬間、ハリーホプキンスが被弾して白旗を上げた。
「え、何!?何が一体!?」
突然の事に動揺した佐伯が右を見た瞬間、こちらに砲口を向けるT-70が真横に滑りこんできた。
事態が飲み込めず、佐伯は口をぽかんとさせた。
「…なんて顔してるのよ」
カリンカは思わずぷっと噴き出したが、容赦なく45mm砲でルノーUEを弾き飛ばした。
「こちら大地!T-70にやられました!ルノーも同じです!」
「は!?どゆこと!?」
エリカは瞬時に事態を察知した。
「敵に侵入されたわ!他にもいるかもしれないから気を付けて!」
しかしエリカの警告も空しく、
『こちら3号車、T-70に撃破されました!』
『こちら6号車、自分が追いかけます!』
「待って!持ち場を離れないで!」
『あ、すみません!』
塚野はどういうわけか、自分が何をすべきか分かっていた。
「逸見隊長!うちでT-70を倒します!」
「頼んだわよ!こっちは敵の本隊を食い止めるから!」
「りょーかい!ノイジーもおなしゃす!」
「あいよ」
レオパルトはティーガーⅡやSU-100と分かれると、模擬市街地の中に入って行った。
味方からの通信に従って曲がり角や交差点を右に左に方向転換を繰り返すと、大通りを悠々と走るT-70を発見した。
「いたぞぉ!いたぞぉおおおおおおおおおおお!」
塚野の叫び声と同時に50mm砲がT-70に向かって火を噴くが、T-70は軽く右に車体を捻って回避した。
妙に余裕を感じさせる動きだが、その答えは砲塔ハッチが開いた時に判明する。
顔見せしたカリンカが、塚野に向かって人差し指と中指をくっつけた右手のポーズで投げ敬礼してきたのだ。
「食らえー!」
再び鹿屋は砲撃したが、またもT-70は軽い身のこなしで砲弾を交わすと、そのまま交差点を左に方向転換していった。
「待ぁちやがれぇえええええ!」
煽られた塚野は、何が何でもカリンカのT-70を撃破してやろうと決意を固め、「たばりん!絶対逃がさないでよ!」
「任せてください!」
田張も操縦桿を握る手に力を込める。
が、T-70はこちらに撃ち返してきながら左右にふらふらと蛇行運転して模擬市街地内の入り組んだ道路を縦横無尽に逃走する。
「当たらないよー!」
「弾切れまで撃っちゃえ!」
「絶対当ててやるー!」
「残弾管理はしっかりね」
と、村江が釘を刺したが、懸念が膨らむのを感じざるを得なかった。「どこから入って来たのかしら…」
「敵集団、再度正面から迫ります!」
「砲撃用意!もうこれ以上1輌たりとも侵入させられないわ!」
「はい!…でも、一体全体、T-70はどこから入ったんでしょう?」
村江と同様に赤星も首を傾げたが、エリカにも検討がつかなかった。
「…分からないわ。でも小柄な車体を活かして姿を隠しながら侵入してきたのかも。私達は敵がIS-3とT-44だけと思い込んでいたのも盲点になったのかもしれないし…」
「他にも来ている可能性があるのでは?」
「それに備えて配置させているわ」
「そうですね」
やがて正面の敵戦車隊が射程圏内に入り、砲撃戦が始まった。
しかし30秒も経たないうちに、
「こちら16号車!背後からT-44に撃破されました!」
「こちら17号車、こちらもやられました!すみません!」
「くっ、やられた…!」
エリカは歯噛みしたが、それと同時に厳しい訓練で沁みついた思考で、「敵は何輌!?」
「2輌です!2輌侵入した模様!」
その後も次々とT-44発見の報告や撃破された報告が矢継ぎ早に送信されて来た。
「隊長!このままでは…!」
赤星がそう言っている間にも動揺がチーム内に瞬く間に伝染しており、砲撃がまばらになって統制が取れていない。
「防衛線が崩れてかけているわ」
田村は防衛線の綻びを見て取り、全車両を増速させると市街地との距離を一気に詰め始めた。
「見失いました…」
「ちっ。どっか隠れてんじゃない?」
そうは言ってみたものの、塚野は周りを見回しながら途方に暮れた。
おまけに通信を聞いた限りでは市街地にT-44が更に2輌侵入してきたという。
あまり夢中になって追いかけていると、どちらかに出くわして撃破されてしまうリスクもある。
レオパルトの50mm砲では、T-44相手に分が悪い。
『こちら隊長!市街地を放棄する!繰り返す、市街地を放棄する!』
「うっそ…立てこもって何分よ!?」
その時、愕然とする塚野の眼前を攪乱作戦を取っていたT-44の1輌が素通りしかけて急停止し、少しバックしながら砲塔をこちらに向けようとしてきた。
塚野は一瞬反応が遅れたが、
「…やっば!逃げて逃げて!」
田張は緊張のあまり、思わずレオパルトをT-44の射線上を横切るコースを取ってしまったが、相手もまさかそんな行動を取って来るとは思っていなかったようで発砲が遅れ、砲弾は幸いにしてレオパルトのすぐ後ろを通過しただけで命中はしなかった。
「追ってきてる?」
村江の言葉に塚野が振り向くと、さっきのT-44が転回しながらこちらを追いかけて来ようとしているのが見えた。
「来てる来てる!マジやばいんだけどぉ!」
「来ないでー!」
鹿屋が1発放ったが、T-44の傾斜した正面装甲は50mm弾を余裕で弾き返した。
「そこ左!」
「はい!」
田張も夢中でレオパルトを操作し、道路を左に折れた直後にT-44の砲弾が建物の角に当たって破片を撒き散らした。
「次また左!」
「はい!」
が、次に曲がるまで30m程の距離があり、T-44は再び曲がられる前に仕留めようと思ったのか、停車して慎重に砲塔を動かして砲の狙いを付け始めた。
「えっとぉ、えっとぉ…やっぱ左に見せかけて右!」
「わ、分かりました!」
しかしその前にT-44はこちらをターゲットロックしたようだ。
砲塔と砲身の動きがぴたりと止まる。
直感でやられると思った瞬間…
T-44の背後にティーガーⅡが現れ、そのまま曲がって来た勢いでこのT-44に後ろから体当たりした。
約70トンの重戦車に約32トンの中戦車はひとたまりもなく突き飛ばされ、直後に発射された砲弾は右側の建物の壁にめり込んだ。
体勢を立て直す間もなく、T-44はティーガーⅡに車体後部を撃ち抜かれ、白旗を上げた。
「ストップストップ!」
塚野はレオパルトを停止させ、自分達を助けたティーガーⅡのハッチが開けてエリカが顔を出すのを見た。
「あなた達、大丈夫!?」
「は、はい!ピンピンしてます!」
「OK!一緒について来て!街を出るわよ!」
「了解!」
田張はレオパルトを道路の中で巧みに旋回させて向き直ると、走り出したティーガーⅡの後を追った。
因みにティーガーⅡの後を赤星のパンターと、生き残っていたヤークトパンターの2輌が続いているようだ。
レオパルトはヤークトパンターの後ろについた。
しかし市街地は既に包囲が始まっており、川とは反対側に出て来た瞬間、待ち構えていたIS-3やT-44の砲撃を受けてエリカや塚野達は市街地内に押し戻される結果となった。
強行突破しようとして撃破されたらしい、パンターやヤークトパンターが擱座して白旗を上げている姿があちこちに見られ、押し戻された市街地内を走り回っている間にも次々と被弾白旗の報告が入って来る。
ただ、SU-100からはまだ何も報告が入って来ない…生き残っているのだろうか?
「残ったのは私達だけみたいです…」
と、赤星が元気の無い声で言った。「隊長…どうしますか?」
しかしエリカは毅然として、しかし優しい声で応じた。
「何言ってるのよ赤星。最後まで抵抗するわ。黒森峰は最後まで諦めない。そんな風に黒森峰は…私達は西住隊長に育てられた覚えは無いわ!」
エリカの激励を聞いて、赤星の表情が力を取り戻し、目元がキリっと引き締まる。
「…はい隊長!」
「黒森峰の力、もう1度思い知らせてやりましょう!」
それから塚野を見て、「あなた達もね…フロンティア学園の隊長さん」
「うっし!やってやりましょかぁ!」
塚野は右腕に力こぶを作ろうとしたがあまり様にならず渋面を浮かべた。
「残敵確認!追撃します!」
とある交差点を通過したレオパルトを見つけたIS-3が後を追い始めた。
近くにいたT-44も2輌加わる。
交差点を左折しようとした瞬間、通過して行った筈のレオパルトがIS-3の脇を掠めるようにして通過していった。
慌てて後続の2輌のT-44が道を塞ごうとするが、間一髪ですり抜けられてしまう。
「小癪な真似を!」
IS-3の車長はすぐに転回して追いかけるよう指示する。
交差点を抜けて横道に入ったレオパルトの後を追いかけて、最初にT-44が横道に入った。
が、このT-44は先にあるものを見て急ブレーキをかけて後退しようとした。
横道の出口で待ち構えてたヤークトパンターは、罠にかかったT-44の正面に、ティーガーⅡやエレファントと同じ71口径88mm砲の弾丸を叩き込んだ。
バックの途中だったT-44は、車体と砲塔の隙間に被弾して白旗を上げた。
「T-44一輌撃破!」
ヤークトパンターの車長が冷静に、しかし高揚した口調で報告した。
後ろに下がって道を開けたヤークトパンターの足元を、レオパルトが慎重に通過する。
「ナイスショット!」
と、塚野が手を振ると、ヤークトパンターの車長も手を振り返した。
『さて、もう一発行くわよ!』
エリカの声がそう指示して、レオパルトとヤークトパンターはその場を離れ、途中でティーガーⅡとパンターと合流した。
「逸見隊長、そっちはどうでした?」
「仕留め損なったわ」
そう塚野に答えた直後、正面にさっきのIS-3とT-44が姿を現した。
更に背後から別のT-44が飛び出して来た。
「散開!」
もう1度さっきのペアに分かれて逃げようとしたが、ヤークトパンターが122mm弾を側面に浴びて擱座した為、レオパルトが孤立してしまった。
「ヤークトパンターがやられました!」
赤星の報告にエリカはギョッとしたように振り返った。
「塚野さん!こっちに合流出来る!?」
「あー、無理ですわこれ!適当に逃げときます!」
「中央広場で合流で良い!?」
「りょうかーい!」
「…何だか楽しそうですね」
と、赤星が今の通信の感想を述べると、逸見は自分でも場違いに思う程に笑い声を上げた。
「そうね。でも私も何だか楽しいわ!」
「奇遇ですね。私もです!」
「じゃあ、中央広場に急ぐわよ!」
「了解!」
先に中央広場に辿り着いたのはレオパルトだった。
ティーガーⅡとパンターの姿はまだ見えない。
「こちら塚野!中央広場に到着!」
『もうすぐだから頑張って!』
そこへ残敵掃討の最中のIS-3が現れ、こちらに気付いて砲口を向けて来た。
続けて右に気配を感じて目を転じると、T-44が、更に左にもう1輌のT-44が現れた。
どちらもこちらに気付いて砲塔を旋回させる。
レオパルトは囲まれていた。
「あのー。今すぐSOSですぅ…」
『…え?』
エリカが聞き返した直後、IS-3が一瞬前につんのめり、後部から黒煙を噴き上げながら白旗を上げた。
左右のT-44も、レオパルト以上の脅威を察知してそちらに注意を向ける。
そして今しがた倒されたIS-3の横を通って現れたのは…
「うわお、ノイジー生きてたし!」
車長用キューポラから顔を出していた野島が、無線機が壊れているという感じのジェスチャーをした。
中央広場に入ろうとするSU-100を2輌のT-44が狙うが、駆け付けて来たティーガーⅡとパンターが1台1殺で仕留め、SU-100と共に中央広場に合流する。
「ふう、間に合った!」
エリカはティーガーⅡを、レオパルトの隣に前後逆になる形で停車させた。
赤星のパンターは、レオパルトの右から攻撃しようとしていたT-44の残骸を盾にするようにして配置につく。
SU-100もやるべき事を心得ているのか、赤星のパンターが砲を向けている方向と反対側の方向に主砲を向けて配置につく。
「SU-100、生きていたのね」
「無線が壊れてるみたいです」
「なるほど。それで」
「これからどうするんです?」
塚野の疑問に答える代わりに、周囲にIS-3やT-44、更にカリンカの乗るT-70が現れ、両者は睨み合うように暫し対峙した。
「ふふ。決まってるじゃない」
と、エリカは不敵に微笑んだ。「撃って撃って撃ち結ぶのよ!かくなる上は1輌でも多く道連れにしてやるわ!」
その言葉が合図かのように、アグレッサーチームが包囲網をじりじりと狭め始め、砲撃してきた。
残存4輌の周囲に砲弾が落下する。
「撃てっ!」
エリカの号令一下、黒森峰女学園・フロンティア学園連合は最後の抵抗を試みた。
もはや戦局を引っ繰り返せない、敗北が決定的な状況だったが、4輌は戦意を失う事無く応戦を行った。
途中、T-44を更に3輌撃破してみせたが、引き換えにこちらもSU-100、赤星のパンターと次々撃破され、残るはレオパルトとティーガーⅡだけとなった。
しかし、塚野やエリカ、そして乗員達の表情に浮かんでいたのは敗北や屈辱感では無く、満足感だった。
やがてティーガーⅡが田村のIS-3に撃破され、回り込んできたT-70がレオパルトの側面を取って45mm砲を突き付けてきた。
すると塚野は、カリンカが先程自分達にしてきた、くっつけた人差し指と中指の投げ敬礼を返した。
「ちーっす」
直後にT-70がレオパルトに止めを刺し、試合はイズベスチヤ社の勝利に終わった。
『イズベスチヤ社アグレッサーチームの勝利!』
蝶野のアナウンスが終わると、観客席は万雷の拍手と歓声に包まれた。
あの井上という女性も、懐疑的な姿勢と打って変わって惜しみない拍手をモニター越しのチームに送り届けていた。
「負けたけど…凄かったね…」
土橋は良い意味で呆けた顔で、ラップトップコンピューターのキーボードの上に指を置いたままだ。
そのうちの1本が、無意識に句読点のキーを押さえ続けて連打状態となっている。
「これは…間違いなく良い記事になりますよ…!」
報道部らしい感想ながら、萩原も興奮を隠しきれない様子だ。
土橋は脳内で、萩原の頭から黒煙が濛々と噴き上がっている様子を漫画の一コマとしてぼんやり想像していた。
観客席が熱狂に包まれる中、少し俯き加減に考えていた様子の西住まほが静かに立ち上がり、立ち去って行くのに気付いたのは、国崎ただ1人だった。
試合が終了してから30分後、黒森峰の戦車が運び込まれた格納庫前で、塚野は思わぬ申し出を受ける事となった。
「え…本当に貰えるんですか!?」
「ああ。どうだね?」
「も、勿論、貰います!有難うございます!」
まほは修理中の戦車…レオパルトを振り返った。
試合におけるレオパルトの活躍、黒森峰チームとの連携プレーに感銘を受けたらしい。
「最初は冷や冷やしたが、後半は良かった。まあ…市街地に侵入を許したのは反省点だがな…」
「すみません、隊長。私が迂闊でした」
副隊長に『復帰』したエリカが頭を下げたが、
「まあいい。最大の目的は、『連携』だったからな。今回は大目に見てやろう」
「でも、本当にいいのですか?レオパルトを貰っても…」
「ああ。どのみち、我が校では使わないし、連盟に譲っても買い手がつくまで出番があるわけでもなし…それなら君達に使って貰うのが良いと思ってな」
「では…申し出をお受けします!」
「レオパルトの事、頼んだぞ」
まほは頷いて見せると、「まあ、また連盟に話をつけに行かねばならんがな」
その後、まほの口添えもあり、レオパルトをフロンティア学園に譲渡する事が日本戦車道連盟に承認されたのは言うまでもない。
更に井上という女性からは義援金と敷地の提供も正式に決定され、フロンティア学園戦車道チームは更なる高みを目指して前進する事が可能となった。
だがそれは同時に、より厳しい試練が待ち構えている事も意味していた。
<第3話・終>