ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー   作:ミハイル・シュパーギン

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第4話 予選リーグ
チャプター1 エントリー


 イズベスチヤ社での練習試合から数日後のフロンティア学園の週末。

 ここは、塚野達の奮闘ぶりに感銘を受けた井上という一般見学の女性から提供された敷地である。

 特別大きくは無いが、駐車場ぐらいにしか役に立たなかった、校舎内の戦車道チーム用のスペースと比べると格段に余裕があり、ここに移動させてきた戦車達も、これまでのすし詰め状態から解放されて心なしかゆったりしているように見える。

 

 その一角に建つ元倉庫の建物の中に置かれた折り畳み机の前に立つ野島が、携帯電話を開いて表示された時刻を確かめた。

 野島の他にもフロンティア学園戦車道チームの面々がいるが、隊長の塚野の姿が見えない。

 

「おせえな…」

 

 その時、慌ただしく走る音が近づいてきて、野島は顔を上げた。

 他の隊員達も音の方向に顔を向ける。

 

 息を切らしながら走って来るのは、塚野、土橋、萩原の3人だった。

 

「おい、早くしろ!」

 

 野島が3人に向かって腕を振りながら怒鳴る。

 

 倉庫に飛び込むと、

 

「いやぁ、遅刻遅刻!」

「ごめんね!遅くなっちゃった!」

「すみません!」

「隊長が何やってんだ」

「ちょっと寝坊しちゃってさぁ」

 

 本当はちょっとどころか30分遅れなのだが、野島は敢えてそれに触れず、

 

「ツッチー、眠そうだけど大丈夫か?」

 

 トレードマークのラップトップコンピューター入りのリュックサックを背負った土橋の目は実際腫れぼったく、目も血走っていた。

 

「いやまあ。ギリギリまで取材メモを纏めてたからねえ」

「どう?黒森峰は楽しかったかしら?」

 

 村江がそう尋ねると、眠そうな土橋の表情が一瞬で生気を取り戻す。

 

「ええ、勿の論!滅多に出来ない経験だし、取材も捗った感じ!」

「土橋さん、すっごいはしゃいでましたもんね」

 

 土橋の横で萩原が苦笑する。「塚野さんとか羨ましがってましたし」

 

 実は塚野、土橋、萩原の3人は、あの練習試合後にダメもとで黒森峰の西住まほ隊長に見学と取材を申し込んだところ、それならばという事でなんと学園艦に招待を受けたのである。

 当然、3人は即座に飛びついたのだった。

 

 そういうわけで、明け方になると3人は黒森峰に同行する形でチームと分かれ、暫く黒森峰女学園の学園艦を訪問する事になった。

 塚野はまほとエリカ他数名の幹部と共に、今回の練習試合に関する解説に耳を傾け、萩原は記事用のネタとして、土橋は戦車道漫画を執筆する上での情報を求めて、黒森峰の学園艦に戻る道中でもメンバー達に質問攻めを浴びせて貪欲に情報収集を行った。

 メンバーそれぞれの戦車道を始めた動機、経歴、お気に入りの戦車、逆に苦手な戦車、更には好きな食べ物や趣味、マイブームに至るまで徹底的に情報を吸い上げたものである。

 

 まあ勿論、あまり話したがらないメンバーもいたので、そこは素直に引き下がったが、黒森峰側としても割といい刺激になったようで、例えば土橋がレオパルト軽戦車のスケッチをプレゼントした赤星小梅は取材に最も長時間応じてくれたメンバーだった。

 

 おかげで土橋と赤星は個人的に連絡先を教え合うまでに仲を深めたのであった。

 

 塚野も限られた時間の中で学びを深め、吸収していった。

 

 3人がフロンティア学園に帰って来たのはつい一昨日だが、土橋と萩原は学業と戦車道活動をこなしながら取材で集めた膨大な情報を整理するとなると睡眠時間を削らなければならなかったようだ。

 黒森峰女学園での取材奔走に加え、徹夜の情報整理が連日続いたものだから睡眠不足の影響が目に出るのも無理はない。

 

 塚野は単純に疲労でぐっすり眠り込んだだけのようである。

 

「こちらも色々聞きたい事はあるけれど、まあニュースに間に合って良かったわ」

 

 村江がそう言いつつ、テーブルの上のポケットラジオを取ってスイッチを入れた。

 

 フロンティア学園には放送部の専用ラジオチャンネルがある。

 これは生徒会が認可したもので、周波数を合わせれば艦内のどこでも聴く事が出来るようになっている。

 塚野は事前にこの周波数にチャンネルを調整していたので、ラジオを起動して数秒後にニュース開始を告げる電子的なセコンド音が鳴った。

 

 最後に長いピーッという電子音が鳴ると、ニュースが始まった。

 

『放送部のフロンティアニュースです。今日は晴れのち曇り、海も凪いでいて絶好の航海日和です。それでは早速、今朝のニュースです』

 

 物静かな口調の声の主が言い終わると、別の声の主がニュースをハイテンションな口調で読み上げ始めた。

 

『ハロー!じゃ早速、1つ目のニュースですよ!なんか今年の2学期からスタートした戦車道なんですけど、なんとなんと驚いた事に、今のところ順調みたいです!あーでも、でもでもですねえ、このような大きな試みが成功した例は非常に少なくて少なくて、なんかここ10年はゼロ!皆さんいいですか!ゼロみたいです!ワオ!んまあ、それはそうと、はたして10年ぶりに我が校の歴史に新たな1ページが刻まれるかどうか、今後も注目していきたいところなんですけど、さあさあ戦車道チームの運命や如何に!』

 

 そして再び最初の物静かな口調の声の主にバトンタッチされ、フロンティア学園に関する話題は終わりを告げた。

 

『それでは、次のニュースです』

 

 村江は素っ気ない動作でハンドサイズのポータブルラジオのスイッチを切った。

 

「…の、ようね」

「…言ってくれるじゃんねぇ」

 

 塚野が不本意そうに口を尖らせた。

 

「あの妙にハイテンションな人って誰なの?」

 

 村江の疑問に萩原が答える。

 

「放送部長の羽佐間さんですね」

「羽佐間さん?」

「はい。最近、あの調子のニュースで注目を集めているみたいです」

「あまり嬉しそうには見えないわね」

「実は私たち報道部と放送部は張り合っていまして、どっちが人気を取れるか競争しているんですよ」

「いきなりインパクトなデビューしたよねー」

 

 鹿屋がポータブルラジオに手を振りながら言った。「最初聞いた時ビックリしたよー」

 

「にしても、どっちかってえと…うまくいかないって思ってやがるな」

「でもギャフンと言わせてやっからさぁ」

 

 野島の感想が切っ掛けとなって、塚野は本題に入る。「予選リーグのグループ表が送られてきたよぉ」

 

 そう言いながら土橋からラップトップコンピューターを受け取り、みんなにモニターが見えるようにくるりと回す。

 画面は日本戦車道連盟の公式サイトの予選リーグに関するページで、『第64回 戦車道 全国高校生大会 予選リーグ グループ表』と表記されたタイトルと数行の説明文の下に、4つの塊に分けられている文字の羅列群の内、上から2番目を指すと全員の視線がその先に集まる。

 

「うちらはここだって」

「B集団…か」

 

 野島がそう呟きながら、目を上下に動かしてフロンティア学園の他にB集団に入っている高校名を読んだ。

 高校名は頭文字のあいうえお順で並んでおり、フロンティア学園は4番目だった。

 4つあるグループ、もとい集団はそれぞれA、B、C、Dと銘打たれており、4校ずつ割り振られている。

 

「青師団高校、エクセルシオール大学附属学院…うちらとばしてバラトン工業高校…」

 

 一通り高校名を聞いた村江が喉の奥で小さく唸り、鹿屋が村江の様子に気付いた。

 

「どうしたのー?」

 

 村江は鹿屋をちらと一瞥してから周囲を見回した。

 因みにこの場には現在、大地、佐伯、田張、安藤4人が所用で欠席しているが、予定通りなので問題は無い。

 

「なかなかハードね。強敵が2校、実力不明が1校だわ。そのラップトップ、こっちに貸して貰える?」

 

 村江は塚野から押し出されたラップトップコンピューターを回し、1校1校を指差して説明する。

 目の奥は色々と思案している事が窺える、鋭く真剣そのものだ。

 

 一同が息を吞んで耳を傾ける中、村江は一呼吸吸って説明を続ける。

 

「青師団高校…ここは全国大会の常連校よ。スペイン系の高校で歴史もそれなりに古くて、チームはドイツ、ソ連、スペインの戦車で構成、台数も充実しているわ。まあ、黒森峰みたいに重装甲では無いけれど…強力な主砲を持つ戦車もいるわ。こちらの戦車を正面から撃ち抜けるくらいの主砲をね」

「それってSU-100くらいの?」

 

 倉庫の中からも見えているSU-100を見やりながら質問する塚野に、村江は首を横に振った。

 

「いいえ。そこまでじゃないけれど…そう…大洗のⅣ号戦車並みの火力ね」

「あれかぁ…」

 

 塚野は、自分が戦車道をスタートする切っ掛けとなった今年の全国大会決勝戦の決着シーンを思い出していた。

 大洗女子学園のⅣ号戦車が、黒森峰のティーガーⅠ重戦車の背後に回り込んだ映像だったが、ティーガーⅠの主砲には見劣りするものの、Ⅳ号戦車の主砲も確かに強そうだった。

 

「なに、SU-100で迫り来る敵戦車を片っ端から粉砕してやりますから!」

 

 SU-100の砲手の桐山が気合十分に言うが、村江は言い含めるように注意を促す。

 

「とにかく、侮れない火力よ。経験値でも差があるから、相当気を付けて戦わないと…冗談抜きに瞬殺されるわ」

「あーそっかぁ。確かフラッグ戦?だったっけ」

「ええ。フラッグ戦よ」

 

 塚野の言葉に村江は首肯した。「ルールは覚えているかしら?」

 

「ういっす。チームの1台にフラッグを付けて、そのフラッグを付けた戦車がやられたら負け…だったっけ?」

「そう。だから試合開始直後にフラッグ車を一瞬で潰される可能性もあるから、気を付けないと…まあ、青師団に限らず、だけれど…」

「なるなる。んで、エクセルなにがしも強敵枠?」

「いいえ。ここは未知の枠よ」

 

 村江は青師団高校の下に記載されているエクセルシオール大学附属学院に指を移した。「私もここは初めて見る高校よ」

 

「むらっちも知らない事あんだねぇ」

「他にも知らない高校があるわ」

 

 エクセルシオール大学附属学院の話題を一端置いて、村江は他のグループに指を動かす。「A集団は…エンタープライズ高校とエンデバー高校、それにホライゾン高校、C集団は羊の丘学園に名誉高校、D集団は…ええと…ケルヴィン産業高校とコクレーン航空高等学校が知らない高校ね」

 

「…結構知らないの多くね?」

「うるさいわね」

 

 村江は軽く塚野を睨みつけたが、すぐに平静さを取り戻す。「…多分だけれど、私達みたいに新参校が続々と名乗りを上げた可能性があるわ」

 

「政府の戦車道人材育成プロジェクト、が関連しているのでしょうか?」

 

 と、萩原が村江の言いたい事を言葉にすると、村江は感心したように頷きながら、

 

「さすがは報道部ね。久々に予選リーグが開催されたのも、戦車道の新参校が増えたからかもね」

 

 そう、戦車道運用高校の減少に伴い予選リーグの開催が停止されていたのだ。

 しかし萩原が言及した日本政府の戦車道人材育成プロジェクトに呼応して戦車道を新規設置する高校が増えた為、予選リーグが復活する運びになったのである。

 2年後のプロリーグ開催に向けて、政府は既存の高校に加えて新たな人材育成にも着手する意向であり、その為の予算枠も作成していた。

 

 予選リーグ出場の要素としては、過去の実績が判断基準となり、歴史を持つ戦車道設置校でもボーダーラインを下回ったり今年の第63回全国大会における成績等が芳しくなかったりすると、運悪く予選リーグ出場が決まってしまうルールとなっていた。

 

 なお余談だが、過去に戦車道をやっており戦車が学園艦中に放置されていたとは言え、メンバーが一新されてゼロからスタートも同然の大洗女子学園が今年の全国大会にエントリー出来たのも、予選リーグが停止状態にあったからこそである。

 

 さて、村江は最後の高校の説明に入った。

 

「で、バラトン工業高校だけれど、ハンガリー系の高校で、ここもそれなりに歴史が古い高校よ。全国大会の常連ではないけれど、ここも侮れない相手よ。戦車はハンガリーやドイツのもので構成されているけれど…確かハンガリー戦車で統一するという計画を聞いた事があるわ」

「ええと、ハンガリー戦車って強いのん?」

「まあ…ドイツ戦車ほどではないけれど…侮れないスペックよ。後でハンガリー戦車を紹介するわ」

「サンキュー」

「でさ、予選リーグってよ」

 

 野島が言った。「確かグループそれぞれ勝ち点が上位2校が全国大会の出場権を貰えるんだったよな?強敵2校相手ってなったら1勝出来るかどうかも怪しいんじゃねえのか?エクセルシオールもどんな相手か分かんねえって言うし」

 

 予選リーグは自分以外の3校と1回ずつ戦い、勝利すれば勝ち点を獲得し、その数が多い2校が第64回全国大会の出場権を獲得するルールとなっている。

 上位1校にしなかったのは、既存校だけでなく新参校も出場できるチャンスを増やそうと言う考えからだろうか?

 

「ノイジー。試合する前から弱気でどうすのんさぁ」

「油断は禁物だろ。あとさ、おめえ中間テスト大丈夫か?予選リーグって中間テストの真っ只中だろ確か。間に食い込んでるだろ」

 

 『中間テスト』というワードに塚野の心臓がドキリと脈打ったのは言うまでもない。

 

 忘れてはならぬのが、塚野が戦車道を始めたそもそもの切っ掛けは退学回避の為の成績点稼ぎであり、それも定期テストの成績と何らかの活動の評価点を合算した数字で初めて可能な話なのである。

 

 …即ち、定期テストの成績も当然高得点でなければならないのだ。

 もししくじれば…退学が待っている。

 

「え、大丈夫だし。うん」

「おめえの成績で良い科目見た事ねえぞ」

「いやだから、ちゃんと勉強してるし!」

 

 強がってみたが、やはり不安を隠し切れるものではない。

 

「ああ。隊長は…そうだったわね」

 

 塚野と野島のやり取りを見た村江も、イズベスチヤ社での喧嘩を思い出したようだった。「まあ、普通に勉強やっていたら問題無いんじゃないの?」

 

「ま、まあね…」

「…まあ、もし不安なら勉強教えてあげるから、遠慮しないで言ってね」

「じゃーそれなら佐伯ちゃんもいいかもねー」

「そうなの?」

 

 村江が鹿屋に顔を向けると、鹿屋は何故か自信満々な表情だった。

 

「うちもよく教えて貰ってるんだよねー。あと宿題も見せて貰ったりとかー」

「それ自慢する事かよ」

「前途に広がるは茨の道…」

 

 さっきから頭をこっくりさせていた土橋が、ぽつりと消え入りそうな声で呟いた。

 眠気を必死にこらえてはいるが、どうも限界そうだ。

 

「漫画の一節?」

「うんスズやん。私の漫画の一節」

「つーかよ、眠いなら無理すんなよ」

「大丈夫だよカエデちゃん…大丈夫…」

 

 そう繰り返しながら土橋の目がとうとう固く閉ざされ、間もなく規則正しい息遣いになりだした。

 立ったまま眠るとはなかなか器用だ。

 

「まあ、寝かせてあげよっか」

 

 とうとう眠気に屈した土橋をパイプ椅子に座らせておいて、塚野はブリーフィングを再開し、今度は自軍の戦車の吟味に入った。

 

 

 

 続く

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