ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
しかしその夜……と言うよりは日にちが変わった深夜3時の塚野の自宅。
「分っかんねえんだよなぁ、マジでぇ」
机の上の数学Aの問題と格闘していた塚野は、たまりかねたようにシャーペンをノートの上に放り出した。
傍にはアイスのブラックコーヒー入りマグカップと、お箸を突っ込んだポテトチップスの袋が置かれている。
今は中間テストの勉強中で、問題集に取り組んでいたのだが、からっきしわけが分からないのだ。
「マージやべえんですけどぉ」
溜息交じりに塚野は椅子の背もたれに背中を押し付けてそのまま反り返った。「ぐはぁ…」
翌朝。
「あ、スズネちゃんだ」
野島と一緒に登校中だった土橋が、前方に塚野を見つけて声を掛けようとしたが、挙動がおかしいのに気付いた。「あれ?」
「何やってんだ、あいつ?」
野島が唖然として、途中のコンビニで買った紙パックのココアを吸い上げるストローから口を離した。
2人の視線の先では、左右によろめきながらとぼとぼ歩く塚野が、本来右に曲がらねばならないT字路を今正に真っ直ぐ進もうとしていた。
他の登校中の生徒達も、塚野が本来の通学路から外れて行きかけている様子を先を急ぎながらも何度か振り返る。
「おいおい何やってんだよ」
2人は走って塚野に追いつくと、両側からそれぞれ腕を掴んで引き留めた。
塚野はハッと正気に返ったかのように顔を上げ、両側の野島と土橋に気付いた。
「え、あ…おっはぁ」
「何が『おっはぁ』だ、てめえ。見てみろよ」
「何がぁ…?あれぇ…」
ぼんやりと野島が指す後ろを見やった塚野は、ぼんやりと自分が犯した間違いに気付いた。「あっちゃあ…」
「スズネちゃん、大丈夫?なんだか寝ぼけているみたいだけど…」
「あぁ、全然平気だから、心配しなくていいし」
やんわりと2人の腕の間から抜け出ると、塚野はさっきよりしっかりした足取りで元の通学路に戻って行った。
その背中を見送りながら、野島と土橋は互いに顔を見合わせた。
「・・・どうなってんだ?」
「ひょっとして、夜遅くまでテスト勉強してたとか、かな?」
「塚野さん!塚野さん!」
「ふぇ~」
机の上に突っ伏していた塚野は、自分を呼び起こす声に気付いて目を覚ましたが、猛烈な眠気に制圧されている彼女の脳内はテレビの砂嵐の如く意識が朦朧としていた。
頭を上げるが、未だに何が起こっているか判別がつかない。
確かこうなる直前に数学Ⅰの授業が始まった筈だが…
そこで初めて自分の顔を目の前で覗き込む数学Ⅰ担当の先生の存在に気付いた。
「塚野さん、何居眠りしてるんですか?と言うか、大丈夫ですか?」
「あぁ…はい、ダイジョブれすぅ…」
「じゃあ、この問題の答えは?」
先生が開かれた教科書の問題の1つに右の人差し指を置いたが、塚野の視線は定まっておらず、説明文の方にシャーペンの先端を置いてしまった。
「ええっとぉ…これすくぁ?」
先生は諦めて首を横に振ると、別の生徒を指名した。
『隊長!隊長!あれ、無線壊れたのかな…?』
土橋の声が闇の向こうから聞こえて来る。
まるで現実味がない。
そんな事を考えていると、誰かに肩を揺すぶられて目を覚ました。
そうだ、自分はつい今しがたまでレオパルトの中にいて…
「隊長!起きてよー!」
鹿屋が困ったようにこちらを見ていた。「ねーねー。どうしちゃったのー?」
「はあ。練習中に居眠りは困るわよ…」
こちらを振り返っていた村江が怪しむような目で塚野を見ている。「本当にどうしたの?」
「あぁ、ごめんごめん」
塚野は自分の両頬を叩いて眠気を追い払うと、「ええっと、なんだったっけ?」
「ああもう」
村江は顔を下に向けて嘆息した。「これじゃあ練習にならないわね…」
それから数日後の生徒会長室。
「…という事ですが塚野さん」
国崎生徒会長は、正面に立っている塚野に説明を終え、「一体どうしたのですか?」
「殆どが居眠り…良くて目を開いたまま意識不明…って、何なのよこれ?」
数枚のA4用紙を見比べながら佐伯が言った。
「それに戦車道の練習中も居眠りしているとか…」
「ええ。おかげで連携プレーの練習が捗りません。チームメイトからも苦情が殺到しています」
国崎は塚野に椅子を回した。
「どういう事ですか、塚野さん?」
「あ、ええっと…それはですねぇ…」
塚野はきまりが悪そうに頭を掻きながら、「テスト勉強を毎日夜通しやってる感じでして…それでぇ…」
国崎は机の上のカレンダーに目を向けた。
「そう言えば、もうすぐですね…ああ、予選リーグも、ですか…」
「テスト勉強してるって言うのなら…」
佐伯が怪訝そうな表情で、A4用紙の束を国崎の机の上に置いた。「小テストが壊滅的なのはどうしてなの?」
「いやそれがですねぇ…」
一通り説明を聞いた国崎は、口をへの字にしている佐伯に、
「佐伯さん。ここでちょっと勉強を見てあげてはどうでしょう?」
佐伯は不意打ちを食らったかのようにビクッと体を震わせて国崎を見返した。
「え、わ、私が、ですか!?」
その反応がまるで不思議だというように、国崎は片眉を上げた。
「何もそんなに驚く事は無いでしょう?とりあえずそうですね…数学の問題を1問でもいいですから」
「ま、まあ…会長の、ご命令でしたら…」
佐伯は躊躇いながら、一番酷いと報告されている数学Aの教科書を手に取った。「ほら、そこに座って」
木製のテーブルを挟んで配置された応接用のソファーに向かい合って座ると、佐伯は塚野に数学Aの問題の1つを教え始めた。
始めは渋々と応じていた塚野だったが、数分後には表情が変化した。
「え、じゃあ…こゆこと?」
佐伯から渡されたシャーペンで問題を解き始め、暫くすると「えっと…出来たけどぉ?」
佐伯は頷いた。
「はい、正解よ」
「マジ?」
「じゃあ、次、これやってみて」
別の問題が指定されると、塚野は早速取り掛かった。
姿勢も前のめりになっており、さっきまでとは打って変わり自信がついているようだ。
また暫くして問題が解き終わると、佐伯が答えをチェックして、
「はい、これも正解」
「うっそぉ!マジ最高じゃん!?」
塚野が一人はしゃいでいると、国崎が椅子から立ち上がった。
「どうです?佐伯さん、教えるのが上手でしょう?」
「マジそれ、やばいです!」
「やばいって何よ…」
「佐伯さん、だから塾の先生が似合うって言ったでしょう?」
「いや…そんな事無いですって…本当に…」
佐伯はそう否定するものの、同時にまんざらでもなさそうだった。
「つーか。人教えるの初めてって事です?」
「私と鹿屋さん以外では…そうですね」
「そーいや…かのっちも副会長推薦してたっけかなぁ」
「ああ…教えるのが2人に増えたのか…辛い…」
頭を抱える佐伯を見て、国崎がくすくす笑う。
「何言ってるんですか佐伯さん。トップクラスの成績を誇る優等生なのに」
「え、優等生?」
「はい。佐伯さんは全学年通じてトップクラスの優等生なんです」
「ワオ、そんなの聞いてないし」
「別に自慢する事じゃないでしょ」
佐伯は実際の所、優等生と呼ばれる事に全くと言っていいほど興味が無さそうだった。「それより会長。他の科目も見てあげないといけない、という事ですか?」
「塚野さんの進退が掛かっている事ですし、最悪の状況は、私としても避けたいところです」
「なるほど。よく分かりました」
「見返りは考えておきますので、まずは塚野さんの勉強を見てあげて下さい」
「まあ…いいでしょう」
「んじゃあ、佐伯先生、よろす」
「先生はやめて、性に合わないから」
「分かりました先生」
「教えるのやめるわよ?」
佐伯が講師となった事で塚野の生活リズムも元に戻り、戦車道の練習中も居眠りしなくなった事で仲間に迷惑を掛ける事は無くなった。
続く