ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー   作:ミハイル・シュパーギン

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チャプター5 試合前夜

 更に数日が経過した頃、追加で朗報が2つ入った。

 1つは桑田が考案した戦車道グッズが好評で売れ行きが好調である事であり、桑田は約束通りに売り上げの一部を戦車道用の予算に献上したのである。

 その予算は戦車の整備や燃料、弾薬費といった維持費用に充てられる事となり、当分新しい戦車の導入予定は無かった。

 因みに戦車道グッズとは調理部らしく飲食物に限らず、大川に頼んで戦車道チームが掲げる校章をあしらった刺しゅうやコースター、タオルにコップといった特別商品をこしらえたのだが、これがなかなかに受けが良かったようだ。

 

 飲食物は『特製戦車道焼きそばパン』やSU-100に似せたデザート等が用意され、特に焼きそばパンは携帯性の良さもあって飛ぶように売れたという。

 

「ま、こんなもんってとこだな」

 

 調理部の使う小部屋のテーブルの上で小銭やお札を勘定しながら桑田はウキウキ顔で言った。

 

「くわっちってさぁ、どこでもやってけそうねぇ」

「ちょっとしたコツってやつだぜ。企業秘密だがな…いや、隊長になら教えてあげてもいいかもな!」

 

 得意げに語る桑田だが、少し離れた場所でテーブルに腰掛けて腕組みしている小戸は渋面を浮かべている。

 

「全く、金儲けにかけては驚くほど情熱的だな」

「ここは生存競争が厳しいからな。自力で経済力を蓄えておかないと、ある日ぽっくり廃部…なんて事もあり得るしな」

「放送部と報道部の合併の件もある事だし、それは否定しないが」

 

 小戸は桑田の意見に一定の同意しつつ、「あくどい商売をしてまでやる必要があるのか?」

 

「あくどいだって?人聞きの悪い。今に見てな、このビジネスを絶対に成功させてやるからな」

 

 すると扉が開いて、大川が入って来た。

 掌を上にした左手には、折り畳まれた衣服が乗っている。

 

「失礼致します。タンクジャケットを仕立て終わったもので、早速持って参りました」

「お、いいじゃんねぇ!」

 

 塚野が跳ね上がるように立ち上がると、大川は持ってきたタンクジャケットをテーブルの上に広げた。

 イズベスチヤ社で出会った黒森峰女学園やアグレッサーチームの制服に影響を受けつつ、パクリでもないそのデザインは十分満足出来るものだった。

 

「早速着てみて頂きたいのですが」

「おっし」

 

 早速着替えようとする塚野だったが、小戸が一端ストップをかけた。

 

「待って下さい。仮にも人前ですよ」

 

 桑田が奥の給湯室を指さす。

 

「だったらそこのあそこぐらいしかねえぞ」

「まあ、そこならいいでしょう」

「お手伝い致します」

 

 大川がタンクジャケットを持ち、2人は給湯室に入ってカーテンを閉めた。

 

 やがてカーテンが開くと、タンクジャケットに身を固めた塚野が出て来た。

 脱いだ制服は、大川の左腕に掛けられている。

 

「如何でしょう?」

「ワーオ。サイズもぴったしじゃん」

「あなたの体形に合わせて作ってあります」

 

 塚野は腕を広げてその場で回りながらタンクジャケットをうっとりと眺めまわした。「マジ凄いじゃん。気に入ったし!」

 

「恐れ入ります。仕立て屋の冥利に尽きます」

「なかなかサマになってますな」

 

 と、小戸も感心したように何度も首を縦に振っている。「なるほど。風紀委員の出番が無いわけだ」

 

「では、これでゴーサインという事で宜しいですね?」

「勿の論!」

 

 これが2つ目の朗報であった。

 

 

 

 そして迎えた予選リーグ前日の夕方。

 中間テストも昨日で終わり、学園艦の寄港先で競技用戦車を試合会場に運ぶ特別列車の台車に戦車を積載する作業を横目に、メンバー達が続々と客車に乗り込んでいく中、最後に乗り込もうとした塚野が立ち止まり、ちょうど台車に乗せられたレオパルトを見た。

 

「おい、どうした?」

 

 客車の入り口で振り返った野島が声を掛け、塚野の視線を追った。

 

「いよいよだな」

「…うん」

 

 そこへ吹いてきたそよ風が、塚野のロングヘアを凪いだ。

 初めて見る表情だ、という感想を、野島は抱いた。

 

「おめえ、そんなにかっこよかったか?」

「え?」

 

 塚野が驚いて野島を見た。

 

「なんでもねえよ。ほら、時間ねえから、早くしろ」

 

 塚野も野島の後に続いて列車に乗り込んだ。

 

 席に着くと、早速桑田が焼きそばパン等の商品を詰めた首掛け容器を前に抱えて車内販売を始めていた。

 

「戦車道特製焼きそばパン、今なら安くしときますぜ!おまけに作りたてだ!」

 

 ちょうど監視の小戸の隣に来て勧めたが、小戸は手を振って断った。

 しかし小戸の隣に座る鹿屋は挙手して買い求めた。

 

「1個頂戴ー!」

「お買い上げどうも!ついでに飲みもんどうだい?ミネラルウォーターにコーラ、オレンジジュースがあるぜ!」

「じゃーねー…オレンジジュースでー」

「お買い上げ感謝します!」

 

 それから料金を受け取ると、注文の焼きそばパンとオレンジジュース入りペットボトルを渡した。

 小戸が鹿屋に首をちょっと傾ける。

 

「買う必要はないですよ」

「ちょっと小腹がねー」

 

 鹿屋は焼きそばパンを包むラップを半分剥がすなりかぶりついた。「おいふぃー!」

 

 焼きそばのソースのスパイシーな香りに、思わず小戸も鼻をひくつかせた。

 いや、これまでにもこの香りは鼻にしてきたが、とうとう我慢が限界に近付いてきたようだった。

 

 桑田は小戸の鼻の動きを見逃さず、すかさず戻って来て

 

「どうです保安部長!焼きそばパン!」

「だからいらないと言っているだろう。何度言ったら分かるんだ?」

「そうは言っても、今あんたの鼻は正直にひくつきましたぜ。そりゃそうだ、調理部特製…いや、この桑田様特製の調合ソースを使っているからには!」

「え、オリジナルのソースなのー?」

「ええそうですとも。だから美味しさは折り紙付き、オリジナリティーも担保されてるってわけだ」

 

 しかし小戸はあくまで断ろうと、目の前に差し出された焼きそばパンを軽く振り払う仕草をする。

 

「どうでもいいから早くそいつを引っ込めろ」

「あ、じゃあさー。私のちょっと食べてみないー?」

「はあ…」

 

 小戸は少し迷ったが、ここまで勧められたからには無下に断るわけにもいかず、鹿屋に千切って貰った分をつまんで口に放り込んだ。

 その途端、桑田が苦心して研究開発したソースの魅力が口一杯に広がり、思わず両眉を上げた。

 この上なく忌々しいが、調理部としての腕は確かなようだ。

 

「どうかな?」

「…なるほど、味は認めよう」

 

 それでも断ると見た桑田は、

 

「じゃあこうしよう。特別サービスであんたにはタダで1個上げるから、受け取って貰えないかな?」

 

 許可を貰うのも待たず、桑田は小戸の手に焼きそばパンを握らせた。

 

「分かった分かった。もう行ってくれないか?」

「毎度あり!」

 

 桑田が車内販売の続きを始める中、小戸は暫く手の中の焼きそばパンを見つめていたが、やがて徐にラップを剥がすと、一口かじった。

 このソースはよく研究されたものか食欲を増進するもので、あっという間に半分を食べ切ってしまった。

 

 そこへまた桑田が戻って来て感想を尋ねる。

 

「へへへ、なんと言おうと顔は正直だ。『美味い!』って書いてあるぜ」

 

 小戸はかじった分を飲み込むと、

 

「これで安くしてくれたら何の文句も無いがね」

「もう赤字ギリギリで販売してんだ、勘弁してくれよ」

「前科1つ取り消すのと引き換えでどうだ?」

「3つで応じるぜ」

「1つだ」

「じゃあ2つ」

「ダメだ、1つだ」

「それなら勝手にしてくれよな」

「その代わり、トライポイントの加算を推薦しよう」

 

 立ち去ろうとした桑田の足がぴたりと止まった。

 

「それホント?」

「本当だ。正直こんなに美味しいとは思わなかったよ。その功績は認めよう」

 

 小戸は保安部長としての職務上、目の敵にする桑田の料理に、これまで何一つ手をつけていなかったのであった。

 食堂のメニューも、調理部が作った料理には調理部のマークがあり、どれが桑田の手がかかっているかいちいち聞くわけにもいかず、小戸はそれを意識的に避けていた。

 

「分かった。じゃあ値段下げよう」

「宜しい。じゃあまずは差額の払い戻しからだな」

「けっ。そこは見逃してくれよな」

 

 そう文句を言いつつ、桑田は小戸の要求に従い、それが済むとまた販売の続きを始めた。

 

 

 

「明日はいよいよ予選リーグ。みんな、絶対勝つわよ!」

 

 第一試合で当たる相手、青師団高校チーム隊長のエルの呼びかけに、目の前に立つ隊員達は一斉に

 

「Bueno!!」

 

 と、スペイン語で元気と気合十分に返答しながら拳を頭上に突き上げた。

 

 

 

「隊長。グヤーシュ、本当にいいのですか?」

 

 ハンガリーが誇るトゥラーン中戦車の上で、グヤーシュをスプーンで掬いながらバラトン工業高校チームの副隊長が念の為に確認すると、胡坐をかいている隊長のタールツァイは茶碗を掲げながら、

 

「いいのいいの。私はこれが落ち着くから」

 

 茶碗の中身はお茶漬けで、付け合わせに白い沢庵も一切れ入っていた。

 それを一気にかき込むと、タールツァイは幸せそうに深々と息を吐く。

 

「は~。お茶漬けって最高~!」

 

 バラトン工業高校は第二試合で当たる相手である。

 

 

 

「村江さん、フロンティア学園にいたとは驚きですね」

「私も最初はまさかと目を疑ったわ」

 

 卓上の電気スタンドに照らされた試合会場のマップを吟味しているのは、エクセルシオール大学附属学院の毛利隊長と真加部副隊長だ。

 

「フロンティア学園も油断できませんね」

 

 真加部の初見に、毛利も静かに頷くと、

 

「でも、編成は決まっているわ」

「村江さんがいても、関係ありませんね」

「ええ。それに、一戦も負けるわけにはいかないから」

 

 

 

 それから更に少し時間が過ぎ、時刻が12時を過ぎた頃の試合会場内にある宿舎のロビー。

 その一角にあるソファーに、塚野は近くの自動販売機の灯りに照らされながら一人座っていた。

 手には自動販売機から買ったらしい、スチール缶が握られている。

 

「あ、ここにいたか」

 

 そこへ現れたのは野島で、両手に湯気の立つマグカップが1つずつ持っている。「ったく、ちょっと待ってろって言ったのに勝手に部屋抜けやがって…」

 

 そうぶつぶつ言いながら歩いてきた野島は、塚野の手に握られているスチール缶に気付いた。「あ、何飲んでんだ?」

 

「イタリアンローストのブラックコーヒー」

「バッカ野郎、試合中に寝る気か…!?」

 

 少し声を上げてしまった事に気付き、声のトーンを落とす。「そんなもん飲んでねえで、ほら」

 

 塚野は自分の目の前に差し出されたマグカップを不思議そうにしげしげと見つめた。

 

「何これ?」

「桑田特製のホットミルクだぜ」

「おこちゃま…」

「ちげえわ。リラックス効果で寝つきが良くなんだよ。いいから飲め」

「…分かった」

 

 缶コーヒーを目の前のガラス卓に置き、ホットミルク入りのマグカップを受け取ると、それを一口含んだ。

 まろやかで優しくホッとする味で、心なしか心身共に落ち着いてきた。

 

「ほら、効果あるだろ」

 

 塚野が落ち着いた様子を見せると、野島は向かいのソファーに腰掛けた。「やっぱ緊張で眠れねえよな」

 

「そだねぇ」

 

 塚野はマグカップの中のホットミルクをぼんやり眺めながらそう応じた。

 

「どうした?中間テストは手応えあったんだろ?」

「うん。珍しく勝ち確って感じ」

「じゃあ、やっぱり試合の事か?」

「まあ。それもあるんだけどねぇ」

 

 そこへ今度は佐伯が現れた。

 

「何してるのよ二人とも、早く寝なさいよ」

「そう言う副会長もぉ」

「生徒会として見回らないといけないから…鹿屋はぐっすり眠ってるけど」

「ご苦労さん」

「副会長もちょっと寛ぎません?」

 

 野島が隣の席を見ながら言った。

 

「まあ、どのみち話したい事があったから」

 

 佐伯は野島の横に腰を下ろすと、ガラス卓の上の缶コーヒーに気付いた。

 

「缶コーヒー?」

「こいつがさっきまで飲んでたんですよ」

「馬鹿ね。眠れなくなるわよ」

「同じこと言いました」

「それで、話しって何ですかぁ?」

「ああ。これは特別情報だけど」

 

 佐伯はそう前置きしつつ、「中間テスト、高得点よ」

 

 塚野の両目が見開かれた。

 

「ワオ、マジ?」

「ええ。各科目の先生に最優先で見て貰ったわ」

「やるじゃねえかよ…ていうか、なんであたしが教えた時はダメなんだよ」

「合わなかっただけじゃんね?」

「まあ、なんにしても良かったな」

「つーか、頭が冴えちゃったんですけどぉ」

 

 苦情を申し立てる塚野に、佐伯は落ち着いて反論する。

 

「今に緊張が解れて眠れるようになるわよ」

「あ、確かにそうかもぉ」

 

 それからホットミルクを一口飲む程の時間を空けてから、

 

「ねえ、聞きたい事があるんだけど」

「え?」

「あなた、あれだけ勉強出来るのに、どうして今までさぼって来たわけ?今回のテストの結果を見たら、猶更そう思うわ」

 

 佐伯の問いに、塚野は言いにくそうに俯いて暫く口をつぐんでいた。

 それを見た佐伯は、野島に顔を向けて、

 

「あなたは何か事情を知ってるの?」

「いんや。まあ断片的には聞いてますが、詳しい事はこいつしか分からねえです」

「…私、あまり家庭環境が良くないのよねぇ」

 

 その言葉に、野島と佐伯は同時に顔を塚野に向けた。

 

「どういう事?」

「別に暴力受けたりとかじゃないんだけどねぇ…んまあ、親から褒められたり、注目されたりする事が無くって今まで育ってきてさぁ」

「それって、あなたがどんなに何かを頑張っても…という事?」

 

 塚野はこくりと頷いた。

 

「ああ、なるほど。だからおめえの顔を会長が褒めた時に戸惑ってたわけだな」

 

 あれも佐伯と塚野が乱闘騒ぎを起こした時の事だ。

 止めに入った国崎が佐伯を追い出した後、今までけばけばしい化粧を装っていた塚野の素顔が相当な美人である事を褒めると、まるでそれがむず痒いかのような反応を示していた。

 

「最初は褒めてほしくて色々頑張ってみたけど、結局褒めてくれなくってさぁ。まあ、無視されてたってゆうのかなぁ」

「ここに入ったのもアピールの一環?」

「まあ、そんなとこ。結局ダメだったから、心がちょっくら折れちゃったって言うかさぁ」

「それでズルズルと成績も落ち込んでいったと」

「そんでさぁ。初めて会長になんか褒めて貰ったって感じ?」

 

 すると野島が、

 

「いやいや、今まで親以外に誰かから褒めて貰った事はあるんじゃねえのか?」

「まあ、そうだけどさぁ、それを片っ端から親が否定していってさぁ。家に帰った後とか、『絶対に調子に乗るなよ』とか言われて…すっげぇ傷ついたし、なんかもう色々空しくなってさぁ…でも国崎会長の言葉ってまるで…身近な人の言葉みたいな…そんな感じがして…まるで家族のようにと言うか何と言うかさぁ」

「ああ、確かに会長はそんな感じで生徒に接するわね」

 

 佐伯は他の生徒よりも遥かに国崎の傍にいる事が多いから、塚野の推測に実感があるようだ。「それが魅力的で、私は会長を尊敬しているのだけど」

 

「ホント、安心感あるよな」

「激しく同意」

「なるほど。一応事情は分かったわ」

 

 佐伯はそう言って立ち上がると、「じゃあ、ここにあなたの居場所を作り上げなさい。今のところ、それはうまく行ってると思うから」

 

 塚野はその言葉を噛み締めるように暫し黙って何度か頷いた後、

 

「サンキュー。じゃ、寝ますかね」

 

 3人はそれぞれの部屋に戻り、就寝した。

 

 

 

続く

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