ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
カチューシャ(声)
ノンナ
そして予選リーグ当日の試合会場。
観客目当ての屋台が軒を連ね、実際に人々が観戦中に食べる料理をどれにしようかと、一軒一軒物色して行ったり来たりを繰り返していた。
その人込みの中を縫うようにして歩く佐伯と小戸の姿があったが、淡々としている小戸に対して佐伯は機嫌が悪そうだった。
「人使い荒いのよ、あの隊長とやら…」
「試合も近いですし、仕方ないでしょう。早いとこ探し出しますよ」
そう、佐伯は塚野から「お使い」を命じられて小戸と一緒に行動していたのだった。
その「お使い」の内容とは、召集を掛けても現れない桑田の捜索だった。
事前に今歩き回っている屋台を出店しているという事は聞いていたのでエリアは絞り込めたが、佐伯にはどうして自分が指名されたのか納得出来なかったのである。
愚痴をこぼす佐伯を宥めながら、小戸は屋台の列を左右に見回し、やがて一軒の屋台に目を止めた。
他の屋台と違う点は、横一列に並んだ六脚程の椅子と、外からは中の様子が窺えないよう暖簾が掛かっている事である。
「楽しみにしていてくださいな!」
「おう、しっかり応援させて貰うよ!」
暖簾を捲って現れた客の1人の右手には、焼きそばパンと銀色の350mm缶が纏めて握られていた。
「何よあれ…」
銀色の350mm缶を見咎めた佐伯が動き出す前に、小戸がやんわり制止した。
「私が行ってきます。ここで待っていて下さい」
佐伯をその場に残して小戸が暖簾を潜ると、ちょうど桑田は背中を向けてゴソゴソ何か作業していた。
「らっしゃい!ご注文は!?」
「水でも貰おうかな?」
桑田は不意打ちを受けたかのようにビクッと体を震わせて振り向いた。
「なんだあ小戸ちゃんか。びっくりさせやがって」
そう言いながらも、ちゃんと注文通りにミネラルウォーター入りのペットボトルを置く。「ほれ、400円だぜ」
しかし小戸は桑田の値段提示を完全に無視して、
「ここで何してるのかな?」
「何ってあんた。屋台だぜ。調理部にとって大事なイベントだ。ちげえか?」
「そうじゃない。何を売ってるかって聞いてるんだ」
「ああ、そういう事か。今のお客さんね」
桑田は小戸の言わんとする事を察した。「ノンアルコールのビールにワイン、それにチューハイってとこさ。あとはソフトドリンクに、そのミネラルウォーターもな。なんにも悪い事してねえぜ」
「遠目では酒に見えるぞ」
小戸は桑田の後ろに置かれているコンテナを胡散臭げに見やった。
コンテナの内側に張られた氷水の中にペットボトルや缶が浮かんでおり、ノンアルコール飲料もたくさん見受けられる。
「心配してくれてありがとよ。でも残念だったな。もう申告済みさ。大体法律違反だろうが」
「お前の事は心配していない。ただ、我が校の面子に関わる話だ」
「ああ。あんたはその立場だったな」
「それはそうとお前、もう行かなくていいのか?召集が掛かってるぞ」
「何、もうそんな時間かよ…」
時計を確かめた桑田は、やれやれと首を振った。「ったく、時が経つのは早いもんだぜ。言ったのってアインシュタインだっけか?」
小戸は後ろの暖簾をめくって外を見渡せるようにした。
「早くした方がいいな。副会長がご機嫌斜めだ」
その佐伯は腕組みをしてそわそわしながら右足で地面を叩いている。
その様子を見て、桑田も急いで身支度を整え始めた。
「まずいまずい。あいつを怒らせたらとんでもねえ事になっちまう」
それから段ボール箱を抱えて裏から入って来た調理部員に向かって、「おい初坂!引き継ぎ頼んだぜ」
「各車、砲弾積み込みOKです」
「うっし。くれぐれも忘れ物とか無いようにねぇ」
待機用の広場には、フロンティア学園が持ち込んだ戦車…即ちレオパルト、SU-100、ハリーホプキンス、ルノーUE、LVT、ラムⅡが横一列に並び、隊員達がそれぞれの持ち場たる戦車の整備と装備の確認に追われていた。
蒸し風呂のカヴェナンターは、学園艦で留守番なのでここにはいない。
「みんな、緊張していますよ」
「正直、マジで緊張するぅ」
塚野の表情は青ざめて、少々やつれているようだ。
「お腹の痛みは、どうですか?」
他の隊員達と同じく、塚野もまた緊張していたが、隊長という立場や、今回の予選リーグの結果が自分自身の境遇も左右するとあっては人一倍のストレスに晒されていた。
おかげで朝食後に腹の調子が悪くなり、トイレに駆け込んだものである。
「もー最悪。まだ一戦もしてないのにすっごい疲れたんだけどぉ」
その時、襟首を掴んだ状態で桑田を引っ立てる佐伯がやって来た。
一歩後ろに小戸が従っている。
「ほら、任務完了よ」
と、佐伯が桑田を前に押しやった。「全く、手を焼かせないでよね」
「まあまあそう怒らないでくださいって副会長」
「カヴェナンターに閉じ込めて蒸し焼きにするわよ」
「あー。あれはやばかったよな…」
どうやら効果的だったらしい、逃げるようにして自分の持ち場として与えられたLVTに駆けて行く。
それから時間が数分経過し、野島が塚野と話し合っていた時だった。
「ズドラーストヴィチェ」
とロシア語で声を掛けられて振り向くと、オリーブドラブを基調とした上着とワインレッドのシャツと黒のミニスカートを着た、クールそうで黒の長髪の背が高い女性が立っていた。
塚野は咄嗟に何と返して良いか思い浮かばず、
「え、あぁ。ハ、ハロー!アンシャンテ!ダンケ!シェーシェー!」
「挨拶が多国籍になってんぞ」
横から突っ込みを入れる野島だが、相手の女性はすぐに日本語で、
「大丈夫です。私も日本人ですよ。ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「え?はぁ…やっぱそうだと思った」
「嘘つけ」
塚野と野島の漫才をスルーして、ロシア語の少女が語を継ぐ。
「私はプラウダ高校のノンナです。準備でお忙しいところ申し訳ありませんが、実はお願いしたい事がありまして…」
「お願い?」
ノンナと名乗った女性は上着のポケットをまさぐってデジタルカメラを取り出し、それを持った手をSU-100の方に振った。「あの戦車…SU-100と私のツーショットを撮って貰えませんか?」
「え…あ、勿論、オッケーですよぉ!」
塚野はノンナからデジタルカメラを受け取ると、乗員達に一端どいて貰った上で、ノンナとSU-100がフレーム内に綺麗に収まる最適な位置取りを調整した。
立ち位置が決まると、手振れを起こさないように集中し…過度な緊張で消耗し、手元が震えそうになるのを必死に抑えながら…
「はあい、チーズ!」
と合図を出して数枚分を撮った。
「こんな感じでいいすか?」
「スパシーバ。SU-100、好きなんです」
返して貰ったデジタルカメラの画面を確認しながら、ノンナは撮影の動機を説明した。「高校の戦車道でSU-100を使っているチームはなかなか無いもので…」
「…あ、ひょっとしてうちのホームページ見た感じ?」
「はい。予選リーグの出場校で知らない名前を調べていたら、あなた方がSU-100を使っている事を知りまして。それで一目見ようと」
「なるなる…あ、そう言えばプラウダ高校って…」
「何です?」
「確か戦車道の強豪の1つ…でしたっけ?」
「そう言われていますね。でもそれは、たゆまない努力あってこそ保たれる名声です。そして名声は結果論に過ぎません。我がプラウダ高校は、プラウダの戦車道を世に知らしめ続けるだけです」
「なんか深い…」
その時、反対側のポケットに入っていたらしいノンナの携帯電話の着信音が鳴った。
塚野や野島は聞き覚えがあれど何かまで思い出せなかったが、その着信音は『コロブチカ』と呼ばれているロシア民謡の出だしだった。
「はい、ノンナで…」
途端に雷のような大音声が地吹雪のように、
『ちょっとノンナあ!今どこにいるのよお!私を置いて消えるなんていい度胸してるわね!』
地吹雪の如くまくし立てる勢いに、塚野と野島は思わずギョッとして顔を見合わせたが、ノンナは慣れているらしく、一切微動だにせず表情一つ変えずに聞いていた。
しかも驚いた事に、明らかに耳が大音量に晒されているにも関わらず、携帯電話を遠ざける事すらしていない。
戦車の砲撃音を日常的に聞いているからだろうか・・・
一通り相手がまくし立て終わると、
「…何でもありませんカチューシャ。今から帰ります」
『だから今どこに…』
相手の声がまた問い詰めようとしたが、ノンナは構わず携帯電話を下ろしてそのままスイッチを切ってしまった。
それからまだ目を点にしている塚野と野島を見て苦笑し、
「びっくりしましたよね。カチューシャ隊長はいつも元気一杯なんです」
「は、はぁ…それにしても元気一杯でびっくりしたぁ」
「それがカチューシャのいいところです。では、私はこれで帰ります。予選、頑張って下さいね」
立ち去るノンナが人込みの中に消えて行っても尚、塚野と野島はきょとんとした表情で棒立ちになっていた。
と、その直後。
「Hola!」
今度は親し気なスペイン語で声を掛けられたが、呆けていた状態だったので一瞬何と言ったのか分からず狼狽えた。
「え、あ、な、何ですか!?」
振り返ると、2人の女性が立っており、片方はロングヘアでもう片方はショートヘアの赤バンダナを頭に巻いていた。
服装からして明らかに戦車道チームのようだが、まず最初に目を引いたのは胸元が実に開放的な青色の上着だった。
因みに下は抹茶色のスカートである。
「おいエル。どうやらびっくりさせちまったようだね」
と、赤バンダナがなんだか面白そうにエルと呼んだロングヘアに言った。
雰囲気からして、このエルという人物が隊長で間違いなさそうで、赤バンダナは恐らく副隊長だろう。
エルが最初の声掛けの時と同じように、親し気に手を差し出してきた。
「私はエル。青師団高校の隊長よ」
塚野の目が驚愕で見開かれると同時に、体中に電流が走ったように硬直する。
青師団高校…初戦の相手だ。
しかもこの後始まる試合でいきなり相手にする事になる。
「つ、塚野スズネです…フロンティア学園の隊長…で…す」
喉をカラカラにしながら握手に応じると、相手は力強くも温もりのある手で握り返してきたので、塚野は意表を突かれると同時になんだかこの人物に前から知り合いだったかのような親しみを感じた。
佇まいやその口調からも、相手が場数を踏んだ歴戦の経験者である事はすぐに感じ取れたが、それでいてなんだか安心感を与えてくれる人物という印象だ。
西住まほの影響を受けていると思われる逸見エリカが切れ味のある人物とするなら、このエル隊長は包容力がある人物と表現すべきか。
手を離すと、エルは後ろで腕を組んでいる赤バンダナに顔を向けた。
「こちらが副隊長のバスク。そちらの副隊長は…あなたで良かったかしら?」
「はい。副隊長の野島カエデです」
野島は塚野と対照的に冷静に努めているが、バスクには見透かされていたようだった。
「トップの2人が今からてんぱってるようじゃ、試合が思いやられるね…て言うか…塚野隊長…だっけ?腹でも下したのかい?そのままゾンビ映画にでも出られそうな面してるじゃんね」
「もう、やめなさいバスク」
と、エルが副隊長の冷やかしを嗜めると、2人に謝る。「ごめんなさい。でも、もうちょっとリラックスした方が良いのは確かね」
塚野は気持ちを切り替えるように両頬を叩いた。
「そ、そうですよね!深呼吸して落ち着かないと…」
不思議とエル隊長には人を落ち着かせる能力が備わっているようだ。
大きな音で深呼吸する間、ふと塚野は、この人物の下でなら喜んで隊員として献身的に動くのではないかなと言う考えがよぎった。
それ程にこのエル隊長には隊長としての魅力がある。
黒森峰の西住まほの時もそうだったが、各チームの隊長には人を惹きつける何かが生来備わっているものらしい。
自分は果たしてどうか…
と、それはそうと…
「大丈夫?随分息切れしてるようだけど…」
気が付くとエルが心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
深呼吸のし過ぎで却って息切れを起こしていたらしい。
「あ、まだ緊張してたかも…ハハ…」
「気にしないで。誰にでも初めてはあるものよ」
エルはよく分かるというようにうんうん頷いた。
その時、女性審判員のアナウンスが入る。
『間もなく、予選リーグ第1回戦、青師団高校対フロンティア学園を開始。関係者は至急、試合会場に集合して下さい!』
10分後、青師団高校チームとフロンティア学園チームの隊員同士が向き合って立っていた。
「両チーム、隊長、副隊長、前へ!」
蝶野の合図で、エル、バスク、塚野、野島が列の中から進み出ると、まず蝶野が今回の審判長担当であると挨拶し、「一同、礼!」と言う合図で両チームがお辞儀をし合った。
「それでは、試合開始地点に移動せよ。各チーム、全力を尽くすように」
蝶野が踵を返して離れて行くのを見送った後、エルが更に進み出て来て、フロンティア学園の面々、それから塚野と野島を交互に見た。
やはり威圧感は皆無で、経験者としての余裕はあるが落ち着いており、こちらも相手に敬意を払う気持ちにさせてくれる。
「いよいよね。お互い頑張りましょう」
「…はい!」
どういうわけか、相手のオーラに狼狽えるというよりは受けて立つという気合が湧き出て来る。
バスクにもそれが分かったらしく、
「…ほう?さっきとは面構えが違うねえ」
再び握手を交わし合ったが、なよなよしていたさっきとは違い、今度はこちらも力強く握り返す。
「宜しくお願いします!」
エルが微笑み返した。
「Buena suerte…幸運を!」
予選リーグの第一試合、青師団高校とフロンティア学園の戦いが火蓋を切って落とされた。
<第4話・終>