ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
塚野が野島と一緒にバラトン工業高校戦車道チームの詰める格納庫に行くと、やはり相手チームも明日の試合に備えて、隊員総出で戦車の整備作業の真っ最中だった。
「あら、フロンティア学園の人?」
出迎えた隊員はマヨルと名乗り、3年生だった。
自軍の村江や大地、青師団高校のエル隊長もそうだったが、戦車道経験者はやはりその顔立ちや雰囲気を漂わせている。
「はい。食材の提供のお礼をしに来たんです」
「なるほど。私から隊長に伝えておきますよ」
「あ、実は・・・」
その先を言い淀んだ塚野に、マヨルはなんだろうと首を傾げた。
「ん、どうしました?」
「隊長に、会わせて貰えませんか?その・・・話もしてみたくて・・・」
「忙しいのは重々承知なんですが」
と、野島も一緒にお願いしてみると、意外にもマヨルは微笑みながら頷いた。
「なるほど、分かりました。ついて来て下さい」
マヨルの後について行くと、格納庫の隣に併設された一人用の三角テントに案内された。
ランタンの灯りで光るテントに、1人の座っているシルエットが浮かんでいる。
マヨルが入り口部分を捲り、
「隊長。お客さんです」
「お客さん?」
「フロンティア学園の隊長と副隊長です」
途端に噎せ返る音がそれに応じ、まだ咳き込みながらタールツァイ隊長がテントから顔を出した。
その手にはハンガリー系の高校には全く似つかわしくない、益子焼の湯呑みが握られており、テント内から漏れ出たランタンの灯りに照らされている様子を見ると、どうも湯気の立つ緑茶に見えた。
「やあどうも」
と、タールツァイはにっこりと挨拶して、また咳き込んだ。
「いやあ、別に挨拶なんて良かったのに」
テントの外に急遽設けられた木製のテーブルを、キャンプ用に売られている折り畳み椅子で囲みながらタールツァイはそう言いながら2人にも飲み物を勧めた。
「こんなものしかありませんが、どうぞ」
マヨルが運んで来たのはトラウビソーダ入りのペットボトルだった。
説明だと、どうやらハンガリーやオーストリア、クロアチアで生産されるグレープ味の清涼飲料水のブランドらしい。
なかなか悪くない味で、タールツァイに促されると、コップに注がれた分を塚野はあっという間に飲み干してしまった。
多分、明日のプレッシャーでいつの間にか喉がカラカラだったのだろう。
「おい、もうちょっと遠慮しろよ」
野島はそう言ったが、すっかり給仕役になったマヨルが構わず
「おかわりを」
と言ってペットボトルを傾け、2杯目を注いだ。
「副隊長ですか?」
野島の質問に、マヨルは首を横に振った。
「私じゃありません。2人いますが」
「後で紹介するよ」
と補足しながら、タールツァイは湯呑みの緑茶を豪快な動作で飲み干した・・・まるで酒飲みのように頭を後ろに倒しながら。
「うーん。今呼んで来るわ」
そうタールツァイに言うと、トラウビソーダのペットボトルを置き、「ご自由にどうぞ」と言って格納庫に歩き去って行った。
「んで、話をしたいって?」
急須から熱々の緑茶を湯呑みに注ぎ直しながらタールツァイが尋ねると、塚野はどう切り出したものかと未だ悩みながら、
「その・・・どんな人なのかなってぇ」
タールツァイは急須を静かに置くと、塚野の顔を数秒間観察するように眺めた。
野島も目線で2人を交互に見て様子を窺う。
「なるほど。君も飯が喉を通らなかったタチか」
見事に言い当てられたので、塚野はキョトンとしてしまった。
その様子が面白かったのかタールツァイは笑い出し、熱々の湯呑みを持つ手に力が入って手を振り振り離した。
「あっちっち」
「でも・・・どうして分かったんで?」
「そりゃあこっちもそうだったから」
あっけらかんとした性格のタールツァイは塚野や野島にとっても親しみやすく、初対面なのに前に会った事があるかのような人物だった。
青師団高校のエル隊長も親しみやすい印象を受けたが、タールツァイはそれ以上だ。
「戦車道の経験者でも、そのような事があるという事ですか?」
野島の質問に、タールツァイは少し顔を斜め上に向けて考えた後、
「どうかなあ。私だけかもしれないけどさ・・・んまあ、ちょっとした悩みがあるからかな?」
「悩み?」
食い付いた塚野に、タールツァイは片眉を上げて見せた。
「なあるほど。そっちにも大なり小なり悩みがありそうだね。んまあ、人間たるもの、悩みを抱える生き物だけど」
「まあ、そんなところですぅ」
「うちはさ」
と、タールツァイは自分の悩みを話し始めた。「つい最近人事が変わったのよねえ。さっきのマヨル先輩が隊長だったんだけど、それが私になったってわけ。事情は色々あるんだけど、ヘッドを一新したチームを引っ張ってくのが、私の役目。しかもこの予選リーグで一定の成果を収める必要があるってわけ」
話しながらタールツァイは、塚野の共感する表情から似たような悩みを抱えていると察した。
一口緑茶を啜ると、
「塚野隊長も同じ悩み?」
「あ、あんた、エスパーか」
塚野が思い切ってジョークを口にすると、タールツァイはまた豪快に笑った。
「君、面白いね。是非とも交流したいなあ」
「おめえ、やんじゃねえか」
と、野島が手の甲で塚野の二の腕をトントン叩いた。
「ええと、そのぉ・・・」
「あ、ああ、話しにくい感じ?」
しかし塚野は、思い切って話す事にした。
タールツァイからこれだけあけっぴろげに接して貰って、こちらは完全シークレットというわけにはいかない。
塚野は、自分が戦車道を立ち上げた経緯、そして予選リーグで負けられない理由を話した。
相手の顔色を窺いながら、慎重に話をしてみたが、意外にもタールツァイは表情一つ変えず、真剣な面持ちで塚野の身の上話に一言一句耳を傾けていた。
「ははーん。インパクトあるなあ」
そう感想を述べたタールツァイだったが、そこに嘲りや侮蔑の色は無く、塚野や野島にとってこれは意外であった。
それと同時に、塚野はなぜか胸の中のつっかえのようなものが霧のように消えていくのを感じた。
自軍のメンバーではなくて敵軍の隊長に話を聞いて貰ってそうなったというのもなんだか奇妙な話だったが・・・
タールツァイは不意に立ち上がると、
「夜食でもどう?小腹空いちゃった」
すると塚野も腹が鳴った。
「んじゃあ」
「オーケー。野島副隊長は?」
「あたしも」
野島も話に合わせると、タールツァイはまたテントの中に入って行き、次に出て来た時はほかほかの白米が盛られた茶碗が3つ載ったお盆を持っていた。
「話し相手が欲しくて、余分に作ってたんだよね」
苦笑しながらタールツァイは塚野と野島の前に白米入り茶碗を置くと、「お茶漬けだけどいい?」
「いやいや、どうもですぅ!」
「無性に食べてえ」
ハンガリー料理の後には、こういうあっさりした和食は胃のウケが良いのかもしれなかった。
緑茶が注がれると白い沢庵をおかずに、3人は一心不乱にお茶漬けを掻き込んだ。
緑茶で連結が切れた白米の粒と、ポリポリとした歯応えで味の濃い沢庵が実にマッチしており、あまりよく嚙まずとも、すいすいと喉を通って腹の中に流し込まれていく。
「にしてもさ、塚野さん」
タールツァイが肩書を外した事に塚野は気付き、注意を惹かれた。
タールツァイは先を続ける。
「なんにしても、ここまでチームを引っ張って来たんだから、もっと自分を誇りに思ってもいいんじゃない?私は凄いと思うなあ。どん底から這い上がって来たんだからさ」
「そ、そうかなぁ」
「そうだともよ」
タールツァイは自分の右手を、塚野の右手の上に優しく置いた。「もう君は、立派な隊長だと思う。だから明日はお互いに頑張ろ?敵同士ではなく、友人同士として・・・それぞれ負けられないと思うけどね」
その時、マヨルがアンヌとニコラを伴って現れた。
タールツァイが、
「あれ、遅かったじゃん」
「ああ、見つけるのに時間が掛かってしまって」
「ふーん。まあいいや」
それ以上の追求はせず、タールツァイはこの2人の副隊長を塚野と野島に紹介した。「こっちがアンヌで、そっちがニコラ。お嬢と毒舌でいいよ」
「た、隊長!?」
「なんすかそれ!?」
タールツァイの適当な紹介にアンヌとニコラが驚愕して抗議したが、本人はどこ吹く風である。
マヨルは苦笑していたものの、口出しはしなかった。
「ええと・・・アンヌさんとニコラさん。宜しくお願いします」
さすがにタールツァイの勧めに乗るわけにはいかず、塚野と野島は丁寧に2人と挨拶を交わした。
ただ、お互いに明日の試合に備えてそれ以上だべっているわけにもいかず、自己紹介が済むとそれぞれがそれぞれの作戦会議に戻って行った。
しかしタールツァイと意気投合した事で、塚野は明日のプレッシャーが緩和されている事に気が付いた。
最も負ければ塚野にとって致命的だが、プレッシャーに怯むのではなく、頑張ろうと言う気持ちが今は優っていた。
<第6話・終>